欧米におけるCDP 利用の最新動向
~次のステージへ向かう顧客データの未来~
Text:織田 浩一
CRM(顧客関係管理)プラットフォームが登場して25年、オンラインでユーザーのクッキーやデバイスIDを管理するDMP(データ管理プラットフォーム)が登場して10年が過ぎようとしている。そしてここ2、3年の間に、両者の課題を解決しながら企業の顧客データを様々なソースから統合する、CDP(Customer Data Platform、顧客データプラットフォーム)の導入が進んでいる。その状況について解説したい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
CDPとは
まず、CDPとは何かについて解説しよう。
現在、多くの企業はマーケティング、広告、ソーシャルメディア、企業サイト、Eコマース、アプリ、顧客サポートなど多岐にわたるチャネルを利用して、自社の顧客や見込み客のデータを収集している。しかし、それらのデータを一人ひとりの顧客を識別して統合できていないのが現状だ。これを解決するのがCDPである。
下図を見てもらうと、まず左側に収集データがある。この中には企業の1stパーティー・データを含めた個人・デモグラフィックデータ、サイトでの行動データ、エンゲージメント、取引データ、モバイルやデバイスからのデータなどが含まれる。それらを統合し、顧客一人ひとりの個人情報、取引やオンライン、モバイル、エンゲージメント行動を一元管理できる。それらをセグメント化、予測分析をして、メールやソーシャルメディア、オンラインなどのマーケティング、カスタマーサポートチャネルでの対応に生かすことで、顧客体験を向上させるというものである。そして、これらのマーケティング活動による顧客の行動変化のフィードバックもデータとして利用する。
CRM、DMPの課題
上図を見て、顧客データを統合するCDPは、今まで使われてきたCRMやDMPと同じ機能を提供するものであると多くの人が思うのではないだろうか。これらのプラットフォームとの違いを見てみよう。
まずはCRMとの比較だ。もともと、営業向けの顧客関係ツールとして登場したため、顧客の名前、住所、メールアドレス、購買履歴、購買商品分野と金額などのデータを収集・分析し、電話・メールで営業活動に活用するためのシステムである。したがって、Web、モバイルアプリ、ソーシャルメディアでの顧客の行動や、まだ顧客になっていないユーザーや見込み客のデータ収集や分析においては課題がある。また、CRMシステムがマーケティングオートメーション(MA)やメールマーケティングシステムなどから見込み客データをインポートしているが、対応がリアルタイムではなく、24時間に一度のバッチかそれ以上の時間間隔に設定されていることも多い。そのため、商品に対し興味関心の高い見込み客の行動データがリアルタイムでアップデートされず、対応が後手に回ることが多いのが課題である。
DMPは、オンラインのクッキーIDやデバイスIDによってユーザーの行動データを集めるのが目的である。その企業が持つ1stパーティー・データに加えて、媒体社などから提供を受ける2ndパーティー・データ、他のデータプロバイダーやデータエクスチェンジなどから提供される3rdパーティー・データなどを含めて、各ユーザーに統合することが可能。しかし、これらのデータはいずれも名前やメールアドレス、住所など個人情報を含まない。また、これらの行動データは90日程度までしか保管しないケースが多く、長期的な顧客データとして取り扱うことが難しい。さらに、利用ケースは主にリターゲティング広告やオーディエンス・セグメンテーションなど、広告ターゲティングでの利用に限定されているのが現状である。
CDPは、この両者の課題を解決し、広告、マーケティング、顧客体験、営業、カスタマーサポートなどの分野で、ユーザー、見込み客、顧客一人ひとりを認識して対応することを可能にするプラットフォームなのである。
CDPの成長
調査会社Research and Marketsが今年9月に発表したCDP市場分析では、2018年の世界のCDP市場は9億370万ドルであるが、5年後の2023年には32億6510万ドルにまで伸び、毎年29.3%の割合で成長していくと予想している。北米市場が最も大きいが、マーケティングテクノロジーの普及で遅れているアジア・パシフィック市場で、CDPによるデータ統合を目指す企業や政府機関が普及を推進するという観点から、アジア・パシフィック市場が最も速く成長していくという予測も出ている。
企業の利用状況はどうだろうか。Forbes InsightがCDPのTreasure Dataのために、400社の企業幹部に対して実施した2018年6月の調査資料「Data Versus Goliath: Customer Data Strategies To Disrupt The Disrupters」によると、「マーケティング部署が必要とするCDPを利用しているか」という質問に対し、45%が「はい」と答え、33%が「はい、ただ構築中」と答えている。8割近くに上る企業で利用が進んでいるのが分かる。
また、CDP業界動向を調査しているCDP Instituteによると、2018年前半にベンダーが22%増え、業界の雇用人数も31%伸びているという。これは前年同時期と比べて、ベンダー数が59%、雇用人数が76%伸びていることになる。同時に、この業界では新規投資もまだ増加している。2018年前半で14億7000万ドルと、対前年比で27%上昇している。CDPベンダーが拡大する時期にあり、依然として積極的な投資傾向が続くと見られる。
機能と利用ケース
次に機能と利用ケースを解説したい。
ガートナーがCDPの機能をまとめているので、それについて紹介しよう。
大きくは「(1)データ収集(Data Collection)」「(2)プロファイル統合(Profile Unification)」「(3)セグメンテーション(Segmentation)」「予測・意思決定(Prediction & Decision)」、そして「(4)データ利用(Activation)」である。
まず、「(1)データ収集(Data Collection)」では、DSP、CRM、タグ管理ツール、ソーシャルメディア分析、カスタマーサポートのテキスト分析など様々なツールからAPI連携などでデータを取り込むことができ、それを利用可能な形で保存できるというものである。
そして「(2)プロファイル統合(Profile Unification)」段階では、顧客、見込み客のID、プロファイルと関連する行動や取引データなどを統合することで彼らの全体像を理解する機能である。その人が最後に購買したのはいつか、ロイヤリティは高いのかなどを理解するためのものである。
「(3)セグメンテーション(Segmentation)」では、取得したプロファイル、行動データから事前に設定したルールに従って、例えば、「ディスカウントを求める顧客」「高い価値の顧客」「新規ビジター」などのセグメントに顧客・見込み客をセグメント化する。そして、多くのプラットフォームでデータモデルがすでに構築されていたり、統計分析ソフト「R」やBIツール「SAS」などを使ったカスタム分析が可能だったりするものが多いので、「予測・意思決定(Prediction & Decision)」段階でこれらを使って予測分析をし、コンテンツや割引の最適化、商品推奨、顧客ジャーニー分析などが行える。
そして、「(4)データ利用(Activation)」では、メールやソーシャルメディア、Eコマースプラットフォームなど外部マーケティングシステムを介して顧客・見込み客への必要なメッセージを送ることができるというものである。
次に利用ケースを見てみよう。主にデータ管理、解析、エンゲージメントなどの分野で考えられる。
データ管理
- GDPR(ヨーロッパの個人情報保護規制)への対応
- オムニチャネルでのパーソナル化のための他チャンネルでの顧客データ収集
解析
- 自社の理想的な顧客のプロファイル構築
- 新しいオーディエンスセグメントの発見
- オムニチャネルでのアトリビューション分析
- 解約の可能性の高い顧客の認識
- カスタマージャーニーでの特定の見込み客の段階の認識
エンゲージメント
- 広告入札金額の最適化
- 次の商品推奨
- メール、ソーシャルメディア、Webでのコンテンツのパーソナル化
代表的なプラットフォーム
最後に主に欧米で利用されているCDPをいくつか挙げておこう。前述のCDP Instituteによると、世界で70ほどのプラットフォームがあり、その数はさらに増えつつある。
Segment
数百のA/Bテスト、アトリビューション分析、CRM、ビデオ、リターゲティング広告、メールマーケティング、ソーシャルメディア、カスタマーサポート、課金プラットフォームなどの外部プラットフォームと統合しており、それらとのデータ互換が可能。IBM、DigitalOcean、New Relic、LogMeInなどが利用している。
mParticle
こちらも150ほどの外部プラットフォームと統合。大手メディア、Eコマースなどが利用しており、Spotify、Jet、AccuWeather、Overstock、JetBlue、NBCUniversal、Ticketmasterなどが顧客となっている。
Datorama
7月にSalesforceが買収を発表し、Salesforce Marketing Cloudの一部になる予定。IBM、Pepsi、Unileverなどが利用している。
Tealium AudienceStream
大企業向けタグ管理ツールから始まったTealiumであるが、CDPとしてAudienceStreamという製品を提供している。
Arm Treasure Data
今はソフトバンク傘下のArm(アーム)の下でCDPを提供。今後はIoTデバイスを含めたデバイスデータ・プラットフォームになっていくことを発表している。Canon、Subaru、Mujiなどが顧客となっている。
メール、Web、モバイルアプリ、SMS、カスタマーサポート、店舗などの顧客、見込み客との接点が細分化し、多チャンネル化していく中で、CDPのように顧客データをオンライン、オフラインチャネルで統合し、顧客、見込み客の理解を高め、次の施策に生かすことはこれからますます重要になっていくだろう。そして、スマートスピーカーやスマートホームデバイス、クルマのコミュニケーションシステムなどIoTデバイスがさらに普及をしていく中で、接点はさらに細かくなっていく。CDPの次の段階は、これらを含めて機械学習やAIで予測分析を行うものになっていくだろう。