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2018年03月28日

本格化する「農地の市場化」~中国経済改革の第2ラウンドが始まった
農民が一夜にして資産家になる日

 6億人ともされる中国の農民が、極論すれば「一夜にして資産家になる」時代が現実のものになるかもしれない。

 中国では、ここ20年ほどの改革のプロセスで、都市部住民には不動産(使用権)の私有と売買、貸借が認められ、地価高騰で人々は急速に富裕化した。しかし農村部の土地ではそうした改革が行われず、農民には土地の使用権すら売買や貸借をする権利がない。そのため土地の市場価値が上がらず、農民はいっこうに豊かになれないできた。

 このままでは希望がないと考えた農民は都市部へと職を求め、多くが事実上の「国内移民」として定住化した。都市と農村の経済格差拡大、農村部の極端な高齢化や耕作放棄地の増加といった問題の根底にはこの政策のゆがみがあった。

 しかし、状況は大きく変わりつつある。都市部の住宅政策と同様の構図で、農村部でも条件付きながら農民に土地(使用権)の売買や貸借を認める政策が急速に具体化している。2018年末に開かれた十三回全国人民代表大会(国会に相当)第七次会議では「農村土地請負法」の改正案が議決され、改革の根幹はほぼ固まった。これまで事実上、資産としての価値はゼロに等しかった農村部の土地に、いきなり資産価値が生まれることを意味する。

 このことは中国社会に大きな変化をもたらすはずだ。1949年の社会主義革命以降、綿々と続いてきた都市部と農村部の区別に根本的な変更を迫り、農村の富裕化に道を開くものと言える。生活コストの高騰や競争の激化などで大都市住民に一種の疲労感、停滞感が出る一方、「これからは農村だ」との見方は勢いを増している。中国経済改革の第2ラウンドが始まったと言えるかもしれない。農村の土地改革に対する日本国内の関心は高くないが、もっと注目すべき問題と思う。今回はそのあたりの話をしたい。

農業をやらない「農民」たち

 先日、江蘇省無錫市郊外の農家、王さんを訪ねた。彼は筆者の岳父(妻の父)が経営する工場に10数年前から勤務する男性で、同市郊外の農村出身。今もその土地で暮らす。戸籍上は農民だが、都市部から比較的近いこともあって、王さんの父は若い頃に近くの工場に就職し、その時代から家は専業としての農家ではなくなった。農地は王さんの母親が人の手を借りながら耕作していたが、母親も高齢で農業は厳しくなったので、農地は自分たちが所属する農業集団(後述)に返還し、代わりに年金のような形で月々の現金給付を受ける形にした。

 王さん、さらに王さんの奥さんも会社勤務なので、「農民」とはいえ、生活は都市住民と変わらない。王さんはクルマが好きで、日本で生産されたSUBARU(スバル)の輸入車を買った。「こいつはエンジンの音がいいんだよね」とお気に入りだ。毎日、この車で無錫市中心部にある会社に通う。

王さんの自宅。居間には長寿を祈る絵と両脇に対聯(左右が対になった文言)がかかる

土地の新たな可能性

 王さん一家はすでに農地はないので、今回の農村土地改革で関連するのは自家消費の作物をつくる土地(「自留地」と呼ぶ)、そして自分が住む家が建っている土地(「宅基地」と呼ぶ)の話になる。実際、王さんの自宅周辺を案内してもらうと、有効に使われずに放置されたり、半ば家庭菜園のようになってしまったりしている土地がたくさんある。面積も大小さまざまで、利用効率はよくない。また王さん家族が住む共同住宅にしても、1980年代に建てられたもので、かなり老朽化している。

王さんの自宅近くに点在する「自留地」。周辺の農家が自家消費の野菜などをつくる土地だが、現状はほとんど家庭菜園のような趣で、管理状態はよくなく、有効活用されていない

 これらの土地は、現今の法律では、それぞれ現在の用途以外への転用は認められない。地元の戸籍を持つ王さんには、それらの土地を「使う権利」は認あるが、その使用権は財産権として確立しておらず、売買、貸借する権利はない。

王さんの自宅は1980年代に立てられた集合住宅で老朽化が進むが、「宅基地」(住宅用地)の使用権が個人の自由にならないので、なかなか改築も簡単ではない

 しかし、もし制度の改革で「自留地」や「宅基地」の財産権が認められ、自分の意志で売却や貸借ができるようになれば状況は変わる。周囲の農民たちと協力して、まとまった農地として外部の農業企業に貸し出すとか、細切れの自留地や宅基地を統合し、区画整理をして新たな商業用地、賃貸住宅用地として活用するといった方法が取れるようになる。土地から上がる収益でいわば「地主」としての収入を得る道が開ける。

「宅基地」を再整理して新築された農家。農家ごとにバラバラだった住宅用地を整理し、まとまった新しい住宅を建設する例が増えている

 実際、一部近隣地域では、政府の実験的なプロジェクトなどの形ですでに自分の土地使用権を手放し、都市部に移った人もいる。また土地使用権を他の個人や企業に貸し出して、その賃料をもらっている例もある。王さんの自宅近くに政府の主導で開設された「現代農業博覧園」では、さまざまな野菜や果実、花卉など高付加価値の農作物の栽培や観光農園、フィッシングパーク(釣り堀やバーベキューなどの複合施設)の事業に乗り出した農民も出ている。本格的に農村の土地制度が変われば、こうした流れはさらに強くなるだろう。

農業集団の農地を統合し、政府の主導で開かれた新しいタイプの農場。外部の企業と地元の農業集団が協力して花卉や苗木の栽培を行っている
農地を活用して開かれたレジャー施設。もともとあった池を利用して観光釣り堀やバーベキュー場などを運営。農地の高付加価値化を狙う

農村部の土地は農民の集団所有

 ここで中国の土地制度について若干、説明しておきたい。ご存じの方も多いと思うが、中国の土地は個人や法人が所有することはできない。中国の土地の所有形態には2種類しかなく、都市部では「国有」であり、農村部では「集団(中国語では「集体」)所有」となっている。すべての土地はこのどちらかに属する。

 「国有」はわかるとして、「集団」とは何かというと、中国の農民は全員、どこかの農業集団に所属する建前となっている。これは1950年代、社会主義中国の建国初期、中国国民の大半を占めていた農民を集団農場に組織化したことを起源とする。後には一時期「人民公社」という政治・社会・経済をすべて結合した組織として存在した。1980年代初頭、「人民公社」は消滅したが、農業集団の形式そのものは残り、今に至る。

 つまり都市部の土地は国家のものだが、農村の土地は、正確に言えば国のものではなく、農民たち(の集団)のものである。この集団所有の農村の土地は、さらに3つに分かれる。1つは市場で販売するための農作物を栽培する「耕作請負地」(承包地、責任地)、2つめは家族が食べる作物を栽培するための「自留地」、3つめは自分たちが住むための家を建てる「住宅用地」(宅基地)である。「宅基地」に農業集団が公共的な施設や道路などをつくる建設用地を加えて「集団建設用地」と呼ぶこともある。

 この3つの土地のうち、「耕作請負地」に関しては、食糧生産量確保の観点から、用途の転用は厳しく制限されており、今回の「農村土地請負法」の改革でも議論からは外されている。現在、議論の主要な対象になっているのは「自留地」と「宅基地」(集団建設用地)に関してである。

近隣に広がる農地(承包地、責任地)。国家としての食料生産量を確保するため、他用途への転用は規制され、今回の土地市場化の対象にも入っていない。植えられているのは小麦

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