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次世代中国 一歩先の大市場を読む

ファーウェイが目指す「ノアの方舟」~企業の競争力と国家の関係を考える

「愛国」の政治宣伝に鈍い反応

 しかしながら、そうした愛国主義的な思惑によるファーウェイ礼賛が、大きな「反米運動」のような流れになっていないのも今回の特徴といえる。ネットの一部に熱くなっている人はいるが、街で米国製品の不買運動が起きる気配もないし、米国車が壊されたといった話もない。ネットの書き込みには「ファーウェイ頑張れ!」「民族の誇り」「中国人の気概を見せた」「国産品を買おう」といった書き込みが、数の上では多数を占めてはいる。しかし一方で、「貿易戦争は互いにメリットがない。どこかで話をつけるべき」とか「ファーウェイの実力はまだ米国企業には及ばない。無理な戦いは避けるほうがいい」といった冷静な意見も少なくない。

 反日運動は簡単に起こせるが、米国は日本よりはるかに強大で、簡単に勝てる相手では当然なく、本気で戦うにしても長い時間と努力が必要で、下手に騒げば大きな損害を蒙りかねない。しかし、それ以上に、経済成長で社会全体の所得水準が底上げされ、スマートフォンの普及で情報量が飛躍的に増えた中間層の人々が、現在の生活に一定の満足度を持っており、極端な言論には簡単に動かなくなってきていることが大きな理由だろう。

「中国企業らしくない」会社

ファーウェイ本部に設置された研修施設“ファーウェイ・ユニバーシティ”(筆者撮影)

 ファーウェイという企業は、中国企業の中では極めて特異な会社である。創業は1987年。中国広東省の経済特区・深圳で電話などの通信関連機器を開発する会社として誕生した。中国では、まずは市場を見渡して、「売れる」と判断した製品をさっさとお手軽に造って売り抜ける――というタイプの商売をする企業が多い中、同社は創業当時から、まず一定の目標を定め、コツコツと研究開発を積み重ね、製品の力で市場を切り開くという、どちらかと言えば日本企業型とでも言うべきやり方をしてきた企業である。

 毎年、売上高の10%以上を研究開発費に投入してきたことで知られる。2018年の研究開発費は153億ドル(約1兆7000億円)に達し、その額はAmazon、アルファベット(Googleの親会社)、サムスン電子に継いで世界第4位と報じられている。全従業員18万人の45%が研究開発部門に所属しているという。

 今回「スペアタイヤ」のメッセージを発したハイシリコンも伝説的な企業だ。設立は2004年。当時、エンジニアの1人だった何庭波・現総裁の能力を創業者の任正非氏が見込み、「自社で半導体をつくりたい。2万人のエンジニアと毎年4億米ドルの資金を渡すから、なんとかモノにしてくれ」と命じたという話が語りぐさになっている。

 当時の何氏は30代半ば。半導体企業の立ち上げは当然、簡単にはいかず、「金食い虫」と嘲笑されながらも努力を重ね、2012年、K3V2という高性能のチップを開発、業界を驚かせた。さらに2014年、Kirin(麒麟)910、翌15年にはKirin 925と立て続けに世界最高レベルの性能を持つプロセッサーを開発、世界のトップグループに入る半導体企業となった。

5G向けのファーウェイ製基地局は小型、軽量、低コストで、世界各地で高い競争力を誇る(ファーウェイのオフィシャルホームページより)

 ファーウェイ本体にせよ、傘下のハイシリコンにせよ、ほぼゼロの状態からスタートし、ここまで急速に世界水準の技術力を蓄積してきた企業は、中国の製造業では他に例を見ないと言っていい。商機を見つけて右から左、手っとり早くお金を儲ける気風の強い社会にあって、まず目標を定め、長い時間とお金をかけて技術や人材を蓄積するという正攻法の戦い方を志向する会社だ。

「反日」の嵐の中、日本に来たファーウェイ

 ファーウェイと言えば、私の記憶に鮮明に残っていることがある。
 2012年9月、日本政府の尖閣諸島国有化をきっかけに中国国内で反日運動が起こり、一部の暴徒化した人々が日系企業や商店を破壊したり、放火したりした事件が起きた。中国政府は激しい対日非難を繰り返し、当時、中国の政府や企業の訪日ミッションは次々と取り消しになり、日本に滞在する中国人留学生の中には帰国を考える人もいた。中国国内の雰囲気は「触らぬ神に祟りなし」で、とにかく日本とは距離を置こうとの考え方が支配的だった。

 そのまさに反日情緒のさなか、同年10月、千葉県の幕張メッセで日本最大の家電・IT見本市「シーテック(CEATEC)ジャパン2012」が開かれた。政府の姿勢を忖度した多くの中国企業が参加をキャンセルする中、ファーウェイは予定通り出展、それも日本の有名企業をも上回る規模のブースを出し、最寄りのJR海浜幕張駅から会場まで自社の広告で埋めつくすという大胆な姿勢を見せた。「政治と商売は別」という原則を自ら行動で示した形で、「なるほど、ホネのある会社だなあ」と感じた。

 私は中国社会に片足を突っ込んで暮らしていて、この国で「政府の方針と異なることをやる」のがいかに面倒で、リスクのあることかよくわかる。それでも敢えて日本に行って堂々と商売をする勇気と自信、その度胸に、ちょっと感動したのである。

 ファーウェイは、ただただ権力者の思惑を忖度しつつ、上目遣いでビジネスをしてきた企業ではない。もちろん絶対的な権力者が支配する中国という国の企業として、政治との良好な関係の維持は不可欠である。そのために同社が権力者との間でどのような取引をしているのか、していないのか、私は知らない。しかし、それは何も同社に限った話ではなく、中国企業ならどこも境遇は同じだ。その中でファーウェイという会社は、基本的にグローバルかつオープンな思想を持った、圧倒的に「マシ」な企業であることは間違いない。

 そのような、中国の中でも希有な存在の企業を米国政府があえて血祭りにあげ、みすみす「向こう側」に追いやってしまう結果になったことは残念でならない。

「ノアの方舟」

 ハイシリコンの何総裁が「従業員への手紙」で語った「ノアの方舟」は、突き詰めて言えば、この世界で何が起きても、誰にも邪魔されず、自分たちの理念を追求するために自立して行動できる基盤をつくることだ。そのためには、世界で自分たちしか持っておらず、世界中の誰からも必要とされる技術を持つ。それが企業にとって最も確実な安全保障である。優れた製品や技術力からなるその基盤のことを「ノアの方舟」と表現しているのである。

 これはおそらく真理だろう。しかし現実の世界には国家というものがあり、そこには政治がある。米国にも中国にも「国」としての利害がある。ファーウェイは本来、どこの国の政治にも関係なく世界で自由にビジネスができたら、それが一番儲かるし、世の中のためにもなると思っているはずだが、それが叶わない。

 私から見れば、ファーウェイという優れた発想と実行力を持つ企業を、国家という存在が寄ってたかって潰そうとしているかに見える。グローバル化とデジタル化が急速に進み、AIやIoTで世界中のすべてのリソースが連結しようとしている現在に至るも、「国家」が守ろうとするのは自らの縄張りの中にいる者だけである。いま私たちが注視すべきは米中対立ではなく、国家と企業の対立ではないのか。グローバル企業にとっての「ノアの方舟」は本当に実現できるのか。これはファーウェイだけの問題ではない。

ハイシリコンは世界最高水準の半導体を自社で設計、生産している(ファーウェイのオフィシャルホームページより)