次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国が描く「世界レベル」の都市の構想とは?
「都市圏」の実現に向けた政治経済の動き
Text:田中 信彦
田中 信彦 氏
BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
北京・上海「二本足打法」から「八ヶ岳」的構造へ
近年、中国国内を歩いて気がつくのは、たとえば四川省の成都や湖北省の武漢、河南省の鄭州、陝西省の西安といった内陸部の都市のめざましい成長ぶりである。これらは北京や上海など、いわば「首都クラス」に次ぐレベルの都市群だが、超大都市の成長が一段落し、一部では「頭打ち感」が出ているのに対し、これらの「二番手都市」は行政や経済、日々の生活面など多方面で整備が進み、都市機能が飛躍的に高まっている。
そこには政治の明確な意図がある。14億という膨大な人口がとにかく「食える」段階はすでに超え、数億単位の人々が生活の質的向上を本気で求め始めている。その要求に応えるためには、中産階級の生活の舞台としての効率の高い都市の存在が不可欠だ。その視点で考えると、現状、都市の収容力が圧倒的に足りない。極論すると、北京、上海に続くグローバルクラスの都市を全国に10個ぐらいつくらないと、「先進国並み」の豊かな生活を実現するのは難しい。そういう問題意識を中国の政策決定者は持っている。
そんな構想のカギになるのが「都市圏」という概念だ。地方の大都市を中核に、複数の都市を連携させて「世界クラス」の都市群を育成する。その構想に大きな影響を与えているのが「東京首都圏」の成功である。全国に多数の巨大な「都市圏」をつくることで、北京、上海中心の「二本足打法」的な構造から、「八ヶ岳」的な都市連合の構造へと、中国社会の骨格は変化していく方向にある。このことはビジネス面でもさまざまな影響を与えていくことになるだろう。今回はそんな話をしたい。
人口100万人以上の都市が65
中国では以前から「○線都市」(「○級都市」と呼ぶこともある)という呼び方で都市のランクを表すことがよくある。明確な基準があるわけではなく、分類にはさまざまなバリエーションがあるが、基本的には以下のような感じだ(都市名は順不同)。
一線都市(首都およびそれに準じる機能を持つ都市)
北京、上海、広州、深圳
一・五線都市(各省や自治区の省都、それに準じる都市で有力なもの)
杭州、南京、成都、鄭州、武漢、西安、重慶、瀋陽、天津、長沙、厦門、青島、蘇州など
二線都市(各省や自治区の省都、それに準じる都市)
合肥、石家荘、南寧、桂林、長沙、南昌、長春、太原、海口、ウルムチなど
三線都市(省都ではないが、各省レベルで主要な役割を持つ都市)
以下、四線都市、五線都市、六線都市
三線都市以下になると、特に著名な観光地でもない限り、外国人で名前を聞いたことがある人はほとんどいないだろう。数が多すぎるので例示は省略する。
また最近では、省都であるかなどにかわらず、都市部の人口を基準に「超大都市」「特大都市」「Ⅰ型大都市」「Ⅱ型大都市」といった分類をするケースも増えてきている。
中心の都市部人口 | |
---|---|
「超大都市」 | 1000万人以上 |
「特大都市」 | 500~1000万人 |
「Ⅰ型大都市」 | 300~500万人 |
「Ⅱ型大都市」 | 100~300万人 |
ここに挙げた4つのレベルの都市、つまり中心部の都市部人口100万人以上の都市が中国には現在、65ヵ所あるとされている。
「中心部の都市部人口」とあえて断っているのは、中国の行政区画としての「市」は周辺の広大な農村部も含んでいるケースが普通だからだ。ここではそれら農村部を含まない、都市部の人口を基準にしている。詳しい説明は省くが、東京や大阪、名古屋などで言うところの「区部」の人口の概念に近いものと思ってもらえばいいかもしれない。
「大都市の特権温存」でできた強烈な格差
中国という国のパイ全体が持続的に拡大を続ける中で、いま大きな課題となっているのが首都クラスの「一線都市」もしくは「超大都市」に続く力を持つ都市をどのようにつくっていくか――という問題である。
中国には日本の10倍以上の人口がいる。国土の広さは25倍ある。GDPはすでに日本の2.5倍を超えた。しかし、あたり前のことながら首都・北京は一つしかなく、経済の中心、上海も一つしかない。この2つの街に情報やお金、ヒトが日本の10倍の量で集中したら、機能不全に陥るのは必定だ。
その人口集中圧力をこれまで中国は戸籍(戸口)の管理(都市部への移動の制限)という強力なカベをつくって防いできた。それは制度上では「成功」し、発展途上国につきものの深刻なスラム化は起きていない。しかし、その強引な措置のおかげで、もともと(たまたま)超大都市に住んでいた人たちの特権は温存され、不動産価格の高騰による資産の増大、医療・教育環境の享受といった面で、他の場所に住む人たちとの間に強烈な格差ができた。これをなんとかしなければならない。
「生活水準向上要求」にどう対応するか
問題は格差だけではない。より大きな課題は「これからどうするか」である。国全体の所得水準が上がり、以前、この連載でも触れたように農村部でも生活レベルは急速に向上している。大都市のみならず農村部からも人々が続々と海外旅行に出かける時代だ。世界各地の大都会を自分の眼で見た人たちの要求水準は急速に高くなっている。こうした「生活向上要求」にどのように応えていくか、これは中国の為政者にとって大きな課題だ。
中国国家統計局の調査(2017年)では、家族3人の家庭で年収6~50万元(日本円で100~800万円)を「中産家庭」と定義しており、その数が1億8000万戸ある。年収100万円は先進国の相場で「中産」とは言い難いので、多少割り引くとしても、おそらく現在、中国には1億戸程度の「中産」家庭があると見ていいだろう。そして、その数は、今後10年、20年といった時間軸で、2倍、3倍と増えていく可能性が高い。その人たちが仕事に就き、よりレベルの高い教育を受け、快適な日々の生活を送るには、とてつもない規模の都市基盤が必要だ。北京や上海といった現状グローバルクラスの一部の都市だけで、それらの人々の要求に応えるのは無理なことは明らかである。
新たな「都市圏」を育てる
そこで浮上してきたのが、既存の「超大都市」とは別に、それに次ぐレベルの大都市およびその周辺の都市を連携し、一線都市と肩を並べる「世界級」の都市をつくろうという構想である。
中国の国家戦略立案に中心的な役割を果たす政府機関、中国国家発展改革委員会が今年になって順次発表した「現代都市圏の育成と発展に関する指導意見」および「2019年新たな都市化の建設重点任務」などによると、「都市圏」を以下のように分類している。
中心の都市部人口 | 総人口 | |
---|---|---|
超大都市圈 | 2000万人以上 | 5000万人以上 |
特大都市圏 | 1000~2000万人 | 3000万人以上 |
大都市圈 | 500~1000万人 | 2000万人以上 |
中都市圈 | 300~500万人 | 1500万人以上 |
小都市圈 | 200~300万人 | 1000万以上 |
このうち最も大きい「超大都市圏」は規模が巨大すぎ、都市の効率が低下する可能性があることから、これ以上の拡大は抑制する。そして最も小さい「小都市圏」は逆に規模が小さすぎ、「世界レベル」に必要な集積がしにくいとの理由で、これも構想外としている。つまり中国で構想されている新たな都市圏は、中心都市部の人口が300~2000万人、都市全体の総人口が1500~3000万人ぐらいの規模が想定されていることになる。規模的には立派な世界の大都会だろう。
人口が減少を始めた北京・上海
現実の都市に当てはめて考えてみると、北京や上海は中心的な都市部の人口が1000万人を超え、当地の戸籍を持たない人も含む「常住人口」では2000万人を超える。周辺都市を合わせて考えれば、総人口5000万人を超えていると言えないこともない。実際、全国的には戸籍による大都市への転入制限は着実に緩和されつつある現在でも、北京や上海は人口の流入を厳しく管理しており、これ以上の規模拡大を抑制する姿勢は鮮明だ。
北京市の常住人口は2018年末現在、2154万人で、対前年比0.8%減少した。前年2017年も対前年比でマイナス0.1%とわずかながら減少しており、2年連続の人口減少となった。上海市の2018年の常住人口は2423万人で、対前年比で5万人ほど増えているが、前年の2017年は史上初めて対前年比で2万人強減少しており、数十年来の常識だった人口増加に歯止めがかかっていることは間違いない。