米国で続々誕生するモバイル完結型サービス
~スマホ1つで仕事探しからメガネの試着まで可能に~
Text:織田浩一
今やスマートフォンは生活のリモートコントローラーともいえる存在になった。食事から移動、買い物、支払い、そして仕事探しまで、モバイルで完結するサービスが多数生まれている。今回は、筆者が米西海岸シアトルでの生活の中で、どのようなサービスを利用しているかを解説したい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
iPhoneの登場とロケーションデータで市場が変わった
初のiPhoneが登場したのは、2007年6月。当時は、Palm Treo 680やSony Ericsson W810、そしてBlackberryの端末が競合製品で、どれもiPhoneよりもずっと小さなスクリーンとキーボードを搭載していた。日本のガラケーに似た形のフリップフォンと呼ばれるものも多数売れており、Motorola RAZRなどが主流であった。
筆者は、iPhoneの機能レポートを書くために、すぐに予約した。1週間ほど利用してレポートを用意したが、GPSチップは搭載しておらず、通信タワーの距離からロケーション認識をしているため精度が低く、3Gにも対応していなかった。アプリも限定的であったことを覚えている。
そのレポートには将来の予測としてロケーションデータを使ったサービスなどの可能性について触れた。実際にそのようなサービスが多数登場したのはiPhoneにGPSが搭載され、4G/LTE対応してからである。それがモバイルサービス市場を大きく変革させたのである。
今や、スマートフォンで完結するサービスが多数登場しており、スマートフォンを生活のリモートコントローラーと言ってもいい状況が生まれている。
Uberから始まるモビリティ周辺ツール
ロケーションデータを利用したモバイルサービスで一気に広がったのは2009年にスタートしたUberだろう。モバイルアプリで目的地を指定し、自分のいる場所を示すことで黒塗りハイヤーを呼び、支払いまでアプリで完結してしまうサービスである。一般の運転手が自分の車を利用して同じサービスを提供するUberXも2012年からスタートさせた。何人かのユーザーで一台を共有するUberPoolや、6人乗りの車を提供するUberXLなど多数のサービスを提供している。ソフトバンクのビジョンファンドからの大型投資でも話題になっている。現在、世界に1億1千万人のユーザーがいる大型サービスに成長した。
筆者が住む米西海岸シアトルでは、BMWが運営しているReachNowとメルセデス・ベンツが運営しているcar2goという2つの乗り捨て型カーシェアリングサービスが展開されている。この2社はまもなく統合されることが発表されている。下図のReachNowが用意するMiniのように市内に500台程度あるシェアカーを専用アプリで見つけ、アプリを使って解錠して利用する。目的地に着いたらまた市道に駐車し、最後にアプリで施錠して利用が完了する。シアトル市とこれらのカーシェアリングサービス企業が提携しているため、市内での駐車が許可されている。利用料金は分毎に0.45ドル。一回の利用は10-20分程度のことが多いので、せいぜい5-10ドル程度の料金だ。あまり車を利用しない人には、車を所有するよりも非常に廉価だ。
この2つは自動車によるサービスであるが、Uber傘下にあり、ラスト・ワン・マイル交通手段としてエレクトリックスクーターや自転車を提供しているJumpというサービスもある。都市によりスクーターか自転車のいずれか、または両方が許可されているかは異なるが、多くの交差点に設置されている。
アプリでどこにあるか確認し、車体についている二次元バーコードをアプリでスキャンすることで解錠して利用可能となる。乗り捨て可能で、鍵を掛けることで利用が終了する。利用のたびに1ドルと一分0.15ドルの料金が発生する。通常利用するのは数分なので2-3ドルの料金で収まることがほとんどだ。
これらのスクーターや自転車は充電が必要であるが、それもモバイルアプリで完結している。ユーザーと同じアプリを利用して自転車の電池残量の少ないものを見つけ、それを指定の充電場所まで持っていくと、次の利用のためのポイントをもらえる。スクーターではJumpは自社で充電が必要なものを集めて充電しているが、同様のサービスを提供しているBirdでは自宅に持って帰って充電することで1台当たり5ドルからの収益が得られたり、充電ステーションを設置したりすることで収益を得ることができるので、新たな仕事として行う人も増えているようだ。
公共サービスの中にもモバイルで完結するものがある。シアトル市では、路上駐車が以前までの硬貨によって支払うものから、モバイルアプリで支払うものに変わった。利用者は、PayByPhoneが提供する駐車管理アプリに自分の車のナンバープレートとApple Payなどの支払い方法を事前に登録しておく。
繁華街の通りに下図のような各通りに対応した5桁のロケーション番号が表記された看板が立っているので、その番号をアプリに入力し、30分から4時間までの間で利用時間を設定する。その場で駐車料金の支払いまで済ませられる。指定時間の終わりが近づくと、SMSで「あと10分で時間が切れる」などとメッセージが入る。アプリで時間延長も可能だ。
駐車を取り締まる警察官もPayByPhoneから提供されるアプリを使い、ナンバープレートと駐車残り時間を見ながら違反キップを切ることができる。
コマースもモバイルで完結
コマース分野でここ数年盛んなのがDTC(またはD2C:Direct To Consumerの略)と呼ばれる消費者に向けて直接製品を販売するメーカー群の登場である。ウールで作られたスニーカーを販売するAllbirdsやユニリーバに買収されたカミソリの歯の販売を手がけるDollarShaveClub、Walmartが買収した男性向けファッションブランドBonobosなど、多数の分野でDTCブランドが登場している。
ほとんどがデジタル世代のミレニアル層をターゲットにしている。モバイル中心のユーザーインターフェースでアプリを使った注文やチャットによるカスタマーサポート、クレジットカードやApple Payなどの課金システムに対応しており、プロセスすべてがモバイルで完結するものである。多くのDTCブランドは今ではリアル店舗を展開しており、製品を実際に試すことができる。
形状記憶フォームでできたベッドマットレスを扱うCasperは、同社のマットレスの心地よさを実証するために、家で100夜まで試して返品できるサービスを展開している。
マットレスは下図のように比較的小さな箱に圧縮された形で格納して家に届けられ、箱から出すと普通のマットレスのサイズになる。もし気に入らなければ、モバイルサイトから指示すれば無料で同社がマットレスを取りに来てくれて、返金される。
ファッショナブルなメガネを手頃な値段で提供するというコンセプトをかかげるWarby Parkerでも、同じように試し買いができる。$95からのメガネの販売を手がけており、今では数多くのリアル店舗を展開しているが、初期はモバイルアプリから5つまでのメガネを注文し、家で試着して希望するものだけを購買できるという仕組みから始まった。
今では下図にあるように、AR(拡張現実)機能を使って、メガネフレームが自分の顔に合うかをアプリ内で試すことができる。30日間は返品可能なので安心して購買できる。
Amazon Goはリアル店舗でありながら、究極のモバイル完結型小売ビジネスといえるだろう。コンビニほどの大きさの店舗で、主にランチやディナーボックス、サンドイッチ、飲み物、スナック、食材などを販売している。全米で十数店舗あり、これから3000店舗まで増やしていくという。プライム会員としてAmazon Goアプリに登録すると二次元バーコードが用意され、駅の改札のような入口でそれをスキャンして入店する。あとは店内にある好きな商品を取り、そのまま店を出ればよい。5分ほどすると購入明細がアプリに送られてくる。
ギグエコノミーの仕事もモバイル対応
仕事ももちろんモバイルで完結する時代である。Uberでも運転手向けのアプリがある。自分の運転免許証や自動車を登録し、承認を受け、どこに利用者が待っているかを確認したり、その利用者を届けていくら売上を得たか、その日や、週の売上などの集計を確認したりできる。
このようなギグ(スキマ時間にできる仕事)はほかにも多数サービスがある。自分がいる場所の近くで短時間の仕事を紹介するアプリがWonoloである。イベントのスタッフ収集、小売店での人材が少ない時間帯の補充、チェーンレストランの調理スタッフ、化粧店舗チェーンの倉庫運営、オフィス業務など幅広い分野の仕事がある。ちょっとした時間で仕事を決め、申し込むことが可能だ。自分の家や大学の近くから検索し、時給は最低いくら、などというフィルタリングも可能で、仕事が終わるとすぐに支払いが行われる。企業側は、同社の登録ページで企業情報、仕事内容、スタッフに必要な経験や時給、必要な人数を登録する。その地域にどれぐらい対象になりそうな人材がいるかなどを見ながら設定することが可能となっている。
ここに挙げたものはあくまでも数例で、スマートフォンの登場によりモバイルで完結するサービスは数え切れないほど誕生してきた。今年から来年にかけて5Gが始まり、AR・VRグラスやウェアラブル端末、IoT端末が大量に普及すると、今度はデバイスとデバイスが勝手にコミュニケーションを行い、これらのデバイスがまったく新しいリモートコントローラーとなるサービスが多数生まれてくると考えられる。モバイル端末を超えて、どのようなサービスが生まれてくるのかが楽しみである。
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