レゴ®を使って目標を言葉にする 今、注目のSDGsの実践ワークショップとは?
以前、ピコ太郎さんがPRしていた、「SDGs(エスディージーズ)」というキーワードを聞いたことがあるだろうか。SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」のことで、先進国と途上国が手を携え、2030年までに達成すべき世界共通の目標を示したもの。こう聞くと自分とは何の関係もない世界に聞こえるが、決してそうではない。今話題の「働き方改革」をはじめ、今後の企業活動においても重要なトピックスとなっているのだ。このSDGsをテーマに、企業向けの実践ワークショップを主宰しているのが、こども国連環境会議推進協会・事務局長の井澤 友郭氏だ。このワークショップは、レゴ®ブロックを活用したワークや対話を通して、一人ひとりの気づきと学びを深めることができることから、多くの企業が注目しているという。
働き方改革をはじめ、企業が抱える課題に直結するSDGsとは?
近年、国際社会では「SDGs(エスディージーズ)」というキーワードが注目を集めている。
「SDGs」とは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。2001年に策定された「MDGs(ミレニアム開発目標)」の後継として、2015年9月に国連のサミットで採択された世界共通の目標だ。持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットからなり、目標達成期限は2030年。先進国と途上国が一丸となって社会課題解決のために取り組み、地球上の「誰一人取り残さない」ことを目標に掲げている。
こう聞くと、自分の仕事とは縁遠い世界だと感じてしまうが、実はそうではない。「以前のMDGsは先進国による途上国支援が中心であり、環境と社会の問題だけがフォーカスされていました。一方、今回採択されたSDGsには、『ジェンダー(社会的差別)』や『働きがいのある雇用と経済成長』、『持続可能な都市づくり』、『持続可能な生産と消費』など、先進国の課題も数多く盛り込まれています。女性の活用や働き方改革など、企業が抱える課題とも深くかかわっているのが、SDGsの特徴です」
そう語るのは、こども国連環境会議推進協会(JUNEC)事務局長の井澤友郭氏だ。井澤氏がJUNECに参加したのは2003年。折しも、温暖化防止を目指す環境NGOの活動が世界的な広がりを見せ、井澤氏も裏方として環境教育のワークショップを担当した。そして2005年から始まる「国連・持続可能な開発のための教育の10年」を契機に、環境教育プログラムから、環境を良くすることが経済を発展させ、経済が活性化することによって環境や社会も良くなるという、持続可能性をテーマにした教育プログラムに転換した。
「環境保全活動と経済活動は、本質的には二項対立の構造ではないはずですが、やはり営業や製造などの”現場”では、ノルマといった数字を背負うことになります。学生時代に環境保全活動に関わっていても、必ずしもCSRに配属されるとは限りません。そういった理想と現実のジレンマを、社会に出る前の学生時代に体験することが重要ではないかと考え、課題解決の方法を考えるきっかけとなるような教育プログラムの開発を始めました。これが、現在のSDGs実践ワークショップの原型となっています」。
右脳と左脳を活性化させ、問題解決のヒントを得る
現在、JUNECが行っているSDGs実践ワークショップは、レゴ®ブロックを活用した創造的で革新的な対話のメソッド「レゴ®シリアスプレイ®」を積極的に取り入れている。レゴ®ブロック(以下、レゴ)を使って作品を作り、その作品について参加者同士が語り合うことで、右脳と左脳の双方を活性化させ、問題解決に役立てるというものだ。
このメソッドは、スペースシャトル事故の続発という事態に直面したNASAが、事故の再発防止のためチームビルディングに活用したことで、一躍世界の注目するところとなった。これを機に、Googleをはじめ欧米グローバル企業が相次いでこのメソッドを導入。現在では多くの日本企業も、組織のビジョン創りや戦略立案、キャリアデザイン、組織変革など、様々な目的で活用している。
それでは、レゴを使ってワークショップを行うことで、具体的にどのような効果が得られるのか。井澤氏はこう語る。
「例えば、『仕事でどんな壁を感じていますか』と聞かれた時、それを言葉で適切に表現することは難しい。でも、『あなたが感じている壁をレゴで作ってください』と言われれば、人は無意識に色を選び、形を作って、自分が見ている”景色”を再現しようとします。つまり、言葉で表現するより手を動かしたほうが、『自分が本当に見ているもの』に到達しやすいのです」
あるテーマに沿ってレゴで作品を作り、「なぜその色を選んだのか」「なぜそのブロックをそこに置いたのか」と質問し合ううちに、参加者は自分でも気づかなかった思いや感情、課題を可視化し、気づきを深めてゆく。作品の意味を言語化するプロセスの中で、「無意識の意識化」が行われ、問題解決につながるヒントが得られるのである。「それこそが、ワークショップにレゴを活用する最大のメリットです」と井澤氏は語る。
レゴを活用して、組織の「壁」を壊す
現在はファシリテーターとして、年間150回以上の、SDGsやリーダーシップ開発、組織開発など様々なテーマでワークショップをこなす井澤氏だが、近年は企業からの依頼が急増しているという。こうした企業向けワークショップで人気の高い企画の1つに、「壁を壊せ」シリーズがある。
企業が抱える壁には様々なものがあるが、中でも深刻な大企業病の一因となっているのが「組織の壁」だ。この「組織の壁」がもたらす問題の1つに、テリトリーの固定化・硬直化がある。例えば、若手社員から新しいビジネスの提案があっても、上司が「それはうちのミッションではない」と却下し、新しいアイデアやチャレンジの芽を摘んでしまうことも少なくない。
「『壁を壊せ』シリーズのワークショップでは、『あなたの職場にはどんな壁がありますか』と問いかけ、まずはレゴで“壁”を表現してもらいます。参加者は、同じグループのメンバーからの質問に後付けで答えるうちに、『ああ、この壁って俺自身なのかなあ』『この壁は、思っていたほど高くないな』と、気づいていく。また、ファシリテーターの側から、『本当に、その壁が諸悪の根源なのですか』『壁はなぜできたのだと思いますか』と問いかけ、気づきを促すこともあります。様々な方法で参加者の心をかき混ぜることによって、無意識の中に眠っているものを顕在化させ、新たな気づきが得られるように仕向けていくわけです」と井澤氏は説明する。
例えばある企業では、離職率が高く人材がなかなか定着しないという悩みを抱えていた。そこで、雇用対策の1つとして、副業解禁の検討をスタート。「副業の壁」を克服することを目指し、レゴを活用したワークショップに臨んだ。
「『このまま50歳過ぎまでこの会社にいて、自分はこの先、本当にやっていけるのか』と不安を覚え、副業を持つことを考え始める人は多い。とはいえ、副業を認められても、最初の一歩が踏み出せない人が多いのも事実です」と井澤氏は指摘する。
そこで、ワークショップの冒頭ではパネルトークを実施。大企業に籍を置きながら副業を実践している先人をパネラーに招き、「副業の壁をいかに乗り越えたか」という経験談を語ってもらった。その上で、参加者に「副業に二の足を踏む理由」をレゴで表現することを促し、一歩踏み出すためのきっかけを提供したという。
他にも、「働き方改革の壁」を題材にしたケースもある。近年、働き方改革の一環として、オフィスのフリーアドレス化やテレワークの導入を検討する企業が増えている。しかし、これらの方式を導入しても生産性が上がらず、メリットを享受できていない会社も多い。テレワークやフリーアドレスを導入しても、社員の勤務実態や生産性を可視化する手段がなければ、管理業務が煩雑になり、マネジメント層の生産性低下につながりかねないのが実情だ。
井澤氏は「たとえばフリーアドレスでは自分の部下の居場所がわからず、『俺の仕事って、羊の放牧と同じでさぁ。部下を集めるだけで大変なんだよ』と嘆く管理職の方もいます。働き方の問題は、個人の価値観と密接にかかわっているので、システム論で解決することは難しい。羊(=社員)を囲いの中に入れておくこと、という管理職マインドを変えないかぎり、『働き方改革の壁』を克服することはできません。何が働き方改革を阻む壁となっているかに気づき、マインド自体を変える必要がある。そのきっかけ作りという意味で、このワークショップには一定の意義があるのではないかと考えています」と語る。
組織としてのコミットメントの確立もサポート
このように、レゴを活用したワークショップは、参加者に気づきを促し、行動を変えるためのきっかけを提供するという点で大変有効なツールだ。だが、それは単に、個々の参加者に気づきを促すだけではない。企業の要望次第では、組織の総意をまとめ、ゴールを設定してコミットメントの明確化を支援するケースもあるという。
こうしたケースでは、参加した組織のメンバーに「皆さんが仕事でコミットするものは何ですか」と問いかけ、一人ひとりが組織としてチャレンジすべき目標やビジョン、バリューなどをレゴ作品として表現する。次に、全員の作品を並べ、組織全体として作りたい世界像を合作し、再構築していく。そして、参加者全員の総意としてゴールと具体的なアクションを言語化し、組織としてのコミットメントを確立していく。
このように、レゴを活用したワークショップでは、参加者個人の気づきやマインドの変化を促すだけでなく、組織変革のための具体的なサポートも行っているという。働き方改革というテーマは、SDGsのゴール8「働きがいと経済成長」にも取り上げられており、日本企業の間でもSDGsへの注目度は着実に高まっている。実際、このワークショップに参加した後、自部門の事業にSDGsを組み入れるケースも増えているという。だが、日本企業がSDGsに対して積極的な理由は、それだけではない。もう1つの理由に、ESG投資の問題がある。
2006年、アナン元国連事務総長は、金融業界に向けて責任投資原則(PRI)を提唱した。機関投資家が投資を行う際、投資先の企業が環境や社会への責任を果たしているかを重視する、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)投資を行うことを提言したのである。これを機に、日本企業の間ではESG投資対象を決めるひとつの指標として、企業のSDGsへの取り組み度合いが問われるようになった。
「単に『当社は働きがいのある職場です』というより、『当社はSDGsの8番にコミットしています』という方が、より大きなインパクトがある。これからは、ESG投資で高い評価を受けるためにも、日本企業は自社の取り組みを世界に向けて発信していく必要があります。そのためには、『自分たちの仕事はSDGsのどの部分にかかわっているのか』を意識し、現場のマインドを変えていく必要がある。そのためのツールとして、ぜひSDGsを使いこなしてほしいですね」と、井澤氏。SDGsのさらなる普及を図るためにも、今後はファシリテーターの育成に力を入れていきたい、と抱負を語る。
「誰一人取り残さない社会の実現」に向け、世界規模で広汎な課題の解決を目指す、SDGsの取り組み。それは、環境と社会の問題を解決するのみならず、企業価値向上とビジネスチャンスの拡大ももたらす。そして、企業のみならず個人もまた、自分の仕事をSDGsに接続することで、世界共通の課題解決に貢献することができる。SDGsは一人ひとりがより人間らしく生きるためのツールであり、個人の働きがいの創出という点でも大きな可能性を秘めているといえるだろう。