2019年03月11日
~wisdom特別セミナー「デジタル時代の新ビジネス」~
金融のデジタル化から考える、デジタルトランスフォーメーション
デジタルテクノロジーは凄まじい勢いで進化を続け、社会・経済を大きく変えようとしている。私たちは、今、どういった変化の潮目にいるのか。その中でデジタルテクノロジーとどう向き合うべきなのか。あらゆる産業に大きな影響を及ぼす金融のデジタル化をテーマに、世界の先進的な取り組みを考察するとともに、顕在化しだしたデータ活用の影の側面を整理し、デジタル社会の「信用の構築」に向けて留意すべきポイントを考えていく。
時代はFinTech 3.0に突入し金融サービスの流動化が加速
現在はPCやモバイルデバイスだけでなく、車や家・家電、カメラ、スマートメーターなど様々なモノがインターネットにつながり、データを生成する時代だ。コンピュータ資源と情報へのアクセスが普及していく中で、大小様々なプレイヤーが社会を豊かにする同質の機会を得て、未来創造型の取り組みでスマートな社会をつくっていく。
このような社会像が「Society 5.0」といわれるものだ。「これまでの情報社会からSociety 5.0への変革期にある現在、世界は『新しい社会への潮目』を迎えつつあります」とNECの岩田 太地は訴える。
この渦中にある代表格が、さまざまな産業に影響を与える金融業界である。FinTechが大きなうねりとなって、他業界を巻き込んだ変革を迫られている。
FinTechという言葉は近年になって用いられるようになったが、金融とICTの融合の歴史は半世紀以上前にさかのぼる。1960年代に閉域網で店舗間がつながるようになり、ATMが登場した。ここでは変遷がわかるように、あえて、FinTech 1.0の時代とする。1980年代に入るとオンラインバンキングが可能になり、インターネットの登場でその利用が加速度的に広がった。これがFinTech 2.0。ただし、サービスの主流は銀行が顧客に対してサービスを提供する、いわゆるInside-out型(一方向型によるサービス提供)だった。また、ここまでのデジタルテクノロジーの金融における役割は、大きく、効率化と顧客チャネルのオンライン化(ユビキタス)だった。
大きなターニングポイントになったのが、2008年のリーマンショックだ。金融の不満が爆発し、多くの金融人材がICT業界に流出した。同じ頃、iPhoneが登場し、スマートフォンが瞬く間に社会に浸透していく。大衆化されたスマートフォン等を活用し、デジタルテクノロジーが金融ビジネスモデルの根幹を変えだした。「現在のFinTech 3.0の時代が幕を開けたわけです。スマートフォンで様々な金融サービスを利用できるようになり、金融サービスの大衆化とデジタルテクノロジーによるビジネスモデル変革が進みました」と岩田は話す(図)。
”ケニア発”FinTechサービスが示唆する重要なヒント
この流れは先進国だけでなく、世界の隅々にまで広がりつつある。アフリカのケニアで普及している個人間送金・決済サービス「M-PESA」はその象徴だ。購入したカードに記載された番号をデバイスに入力すると、その分の金額がアクティベートされる。番号を共有することで、遠く離れた故郷の家族や友人に送金できるようになった。
アフリカの国々は金融インフラが未成熟で、銀行口座を持てない貧困層も少なくない。「M-PESAは口座がなくても、銀行に行かなくても送金や決済ができる。だからこそ、利用者数を大きく伸ばしていったのです。これはFinTechサービスを考える上で、非常に重要な視点です」と岩田は指摘する。
米国のFinTech企業もこの視点を基軸に成功を収めている。お金の借り手と貸し手のマッチングサービスを展開するLending Club社はその1つだ。貸し手は主に資産運用をしたい個人投資家。銀行預金よりも高いリターンが得られ、借り手は消費者金融より低い金利で融資が受けられる。双方にメリットがあることから利用者が増え、同社は急成長している。これは、伝統的金融機関が担ってきた仲介・マッチングというビジネスモデルをデジタルで置き換えるものだ。
Square社のサービスもユニークだ。小売り店舗が専用のICカードリーダーを導入するだけで、スマートフォンやタブレットでクレジットカード決済の受付が可能になる。個人事業者のような、小規模店舗でも簡単にクレジットカード決済に対応できる。同サービスは日本にも“上陸”し、利用者が次第に増えつつある。特徴的なのは、ビッグデータを活用し、カード決済対応できる店舗の不正検知等を行っていること。従来のカード決済を扱える店舗審査の概念を変えた。
米国流FinTechは金融業界以外からスタートアップが参入し、利用者ニーズを捉えた革新的なサービスを提供する。「それに対し、日本やEUのアプローチは既存金融機関とタッグを組む潮流がある」と話す岩田。そのための法改正も進んでいる。
日本では2016年の銀行法改正により、銀行や持ち株会社による事業会社への出資制限が緩和され、銀行が新規事業に参入できるようになった。2017年には銀行に対し、オープンAPIに係る体制整備の努力義務が課された。銀行のシステムを金融以外の事業者にも公開し、新規サービスの創出を促すのが狙いだ。
EUでは決済サービス指令(PSD:Payment Service Directive)を改正したPSD2が、2018年1月から施行された。従来のPSDでは対応できないFinTech企業の台頭を後押しするためだ。これにより、欧州の金融機関はオープンAPIの公開が義務化されることになった。
社会に大きな影響を及ぼすAIによる信用スコアリング
こうした流れは新しいFinTechサービスの台頭を促し、社会の発展へとつながっていく。その一方で新たな懸念も顕在化してきた。それが「信用スコアリング」に対する警戒感である。
銀行は明確な方針と手続きに沿って、顧客がどんな人物なのかという与信を行っているが、多くのFinTechサービスはこのプロセスをAIが担う。人のスキルやノウハウを学習したAI、もしくは、データから人が行うプロセスとは違った仕組みを導き出したAIが与信業務を行うわけだ。
AIの判断・審査は極めて数学的なものになる。アルゴリズム構成や使用データが共通していれば、A社の評価とB社の評価が連動し、A社で排除された者がB社でも排除されるという事態が起こり得る。「慶応大学の山本龍彦先生によるとAIがあらゆるシーンで利用されるようになると人事採用、融資、保険、教育といった人生の重要な場面で、このようなセグメントに基づく確率的評価が決定的な意味を持ち、私たちはその評価に反論できなくなる。AIに不適格の烙印を押されたことで、社会的に排除された者たちが、仮想空間でスラム(バーチャル・スラム)を形成して溜まり続ける──。そんな息苦しい未来を危惧する声もあるのです」と岩田は語る。
実際、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書「ホモ・デウス」の中で、AIによってごく一部のエリートと多数の無用者階級に分断された、かつてない階層社会が到来する恐れがあると指摘。人類史上、最も重大な決断が、今なされようとしていると訴えている。
既存金融機関を含むFinTech企業の取り組みはあらゆる産業に波及していく可能性がある。「ここを足掛かりとして、既成の枠組みを超えたエコシステムで、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、活き活きと快適に暮らすことのできる超スマート社会を目指す。これはデジタル時代に課せられた重大な使命です」と岩田は訴える。
その実現に向けて、NECは様々な取り組みを進めている。日本取引所グループの業界連携型DLT実証実験環境を利用し、2017年9月からブロックチェーン技術を活かした証券会社の共通的なKYC(Know Your Customer 顧客確認)プロセスの調査・研究を行っている。2018年4月には証券会社を中心とする18社と共同で「証券コンソーシアム」を発足し、「KYC・本人認証ワーキンググループ」においてKYC業務の高度化を検証中だ。KYCは重要な顧客情報を取り扱う業務であり、顧客にとってどのように自分のデータを管理できるかということは、信用スコアリングにもつながるからだ。さらに同10月にはオープンAPIを活用した産業横断イノベーション研究会「API Economy Initiative」を発足。「安全なデータ連携による金融サービスの創出・拡大に向け、金融業界および他業種企業・組織との共創活動を展開しています」と岩田は説明する。
AIをはじめとするデジタルテクノロジーをどのように使い、どうやって透明性を保ち、人権を尊重していくか。今後もNECは先進ICTと豊富な知見を活用し、人々がより明るく豊かに生きられる超スマート社会の実現に貢献していく構えだ。