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2019年03月07日

~wisdom特別セミナー「デジタル時代の新ビジネス」~

中国のテクノロジーは、なぜ日本と違う成長をするのか。背景にある5つの視点とは

 中国・アリババグループのオンライン決済サービス「アリペイ」の利用者は9億人を突破し、日本とは桁違いのスケールで膨張を続けている。なぜこれほど普及・浸透しているのか。テクノロジー論に終始しても、本当の理由は見えてこない。中国のテクノロジーは、日本社会とは異なる定着・成長の仕方をしている。その背景を5つの視点から読み解き、中国と日本の「違い」を理解した上で、日本企業が世界で戦うための「知恵」を考察していく。

広大な中国は何事も大きな枠組みで考える

 中国のテクノロジーとそれに基づく新たなサービスは、日本社会とは異なる定着・成長の仕方を見せている。そこにメリットを認めれば、一気に社会に浸透していく。アリペイやウィチャットペイなどの決済システム、中国版Uberと称される滴滴出行(DiDi Chuxing)、シェア自転車、フードデリバリーサービスなどはその一例だ。

 「背景には、社会主義国特有の社会制度や法律、人々の意識や行動パターンなど様々な要因が潜んでいます。これを見ずに、テクノロジーだけ議論しても意味が薄い」。こう話すのは、亜細亜大学大学院 アジア・国際経営戦略研究科講師で「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)の著者でもある田中 信彦氏だ。

亜細亜大学大学院
アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)
前リクルート ワークス研究所客員研究員
田中 信彦 氏

 田中氏によれば、考えるべき視点は大きく5つあるという。

 1つ目が「大きさ」である。中国の人口は日本の10倍、国土面積は25倍ある。二大都市である北京と上海は、日本の本州北端と南端に匹敵する1200kmも離れている。「移動の高速化を図るために、主要都市を結ぶ高速道路や高速鉄道の整備が進み、モノの輸送手段としてドローンも活用されています」(田中氏)。

 日本のように国の隅々まで電線を張り巡らせることが難しいため、通信手段はモバイルが前提だ。スマートフォンの普及と相まって、これがEコマースの成長につながった。Eコマースを利用すれば、長い距離を移動しなくても、その場で欲しいものが買える。より速く、より遠くへ──。Eコマースの成長に後押しされ、現在はドローンよりも輸送力を高めた無人飛行機の開発が進められているという。「人口が多く、国土が広い。何事も大きな枠組みで考えることが習慣化しています」と田中氏は話す。

リスクは「大小」で判断し、常にチャンスを探している

 2つ目は「成長のタイミング」だ。「中国では急速な富裕化とモバイルインターネットの普及が、同じタイミングで起きたのです」と田中氏は話す。都市部の平均所得は2004年頃からその成長率を急速に高めていった。ECサイトのタオバオが誕生し、アリペイがサービスを開始したのもこの頃だ。2008年には3Gモバイル通信がスタート。2012年にはiPhone4が中国で正式発売され、本格的なスマートフォン時代に突入する。翌2013年には4Gモバイル通信が開始され、現在その利用者は10億人を突破し、アリペイ利用者も9億人を超えた。

 日本は金融をはじめとする成熟した社会インフラをベースにICT化を進めてきたが、中国は社会インフラが未成熟なところにモバイルインターネットの波が押し寄せ、人々も急速に富裕化していった。「成熟した社会インフラを持ちつつ、ICTで利便性や効率を目指す日本とは、ここが決定的に違う。まるで白紙の上に絵を描くように、既存の仕組みや既得権のない領域に、ICTが自然な流れで浸透していったのです」(田中氏)。

 3つ目は「仕事に対する価値観」だ。「日本人は仕事にやりがいや人生の意義を求め、経験を重ねていく。つまり、仕事の『蓄積』を非常に重視します。それに対し、中国人の多くは仕事を『お金を得る、増やす手段』と捉える傾向が強い。仕事も投資も同列で考え、常にチャンスを探し、メリット(損得)に敏感です」と田中氏は説明する。

 また日本人は「スジが通らない」「スジを通せ」など「べき論」が好きだが、中国人は「どれだけあるのか」という「量」を重視する。この違いはリスク感覚に如実に表れる。「日本人はリスクの『有無』を考え、徹底的にリスクを排除しようとします。中国人は、リスクはあるものと考え、その『大小』で判断します。このリスク感覚は、仕事も投資も同列で考えることと無縁ではないでしょう」と田中氏は分析する。

人の流動性が高く、プライバシーより安全を優先する

 4つ目が「人の流動性」だ。日本では転職市場が成長するなど昔に比べて人材の流動性が高まったとはいえ、そのことをネガティブに捉える傾向がまだ根強い。しかし、中国は流動が前提の社会だ。先述したように、蓄積よりもチャンスやメリットを追い求める。より良い条件や待遇を提示する会社があれば、すぐに乗り換える。「それが新しい技術の成長や普及を促すカギになっています」と田中氏は見る。

 そして5つ目が「プライバシー(隠私)感覚」である。中国では安全はプライバシーに優先するという考え方が浸透している。それを象徴するのが、政府サイト「信用中国」の個人信用情報システムだ。「よい行動を奨励し、社会に害悪を与える行動には懲罰を与える」というモットーに基づき、税金・公共料金の支払い、公民の義務の履行、違法行為の有無、社会奉仕活動への参加状況などをポイント化し、事実上の「官営版・市民信用格付け」を行っている。

 都市レベルでは実際に運用が始まっている。代表的な例が、浙江省杭州市の「銭江ポイント」だ(図1)。ポイントに応じてアメとムチが用意されている。「例えば、低ポイントの個人には、公務員や公的機関の職員になる資格の停止、公的サービスや出国制限などの措置が執られます。ポイントの高い善良な市民はこうした制限が課せられることはなく、様々な優遇策を受けられます。法人の場合は債権や新規株式の発行制限、政府補助金の受給資格停止、日常業務や会計に対する監査強化などの措置が執られ、優良企業はこうした制限を受けずに済みます」(田中氏)。

銭江ポイントの一例

 低ポイントの個人は不動産融資が受けられなくなったり、航空機や高速鉄道の利用も停止されたりする。法人の場合は許認可事業から締め出され、不動産取引も制限される

 中国は社会主義的国民の管理に慣れており、世の中には「支配者」がいるものという前提で成り立っている。個人信用情報システムが治安に貢献しているほか、本人確認が容易にできることから公共交通機関にチケットレスで乗れるなど利便性も高い。メリットに敏感な中国人には概ね支持されているという。山東省威海市、江蘇省蘇州市、北京市なども同様のシステム導入を予定しており、いずれ全国すべての都市に普及する見込みだ。

 5つの視点に共通する根本的な違いは「変化」に対する見方である。「変化を前に、日本人は『蓄積』で勝負しようとし、中国人は『チャンス』を探す。そのため、日本社会は継続性・一貫性・完璧性にこだわりすぎ、意思統一が遅くなりがち。製品やサービスも高コストで過剰品質です。一方、中国社会は維持・継続が苦手で持続的改善に弱く、『その道一筋のプロ』が育ちにくい」と田中氏は語る。

 ただし、これは良し悪しの問題ではない。中国にだけ、あるいは日本にだけメリット/デメリットがあるわけでもない。「テクノロジーは本来、中立なものです。そこだけ見て『進んでいる』『遅れている』と一喜一憂するのではなく、社会的背景や国民性まで踏み込んで成長の背景を理解することが重要です」と田中氏は訴える。グローバルビジネスを展開する日本企業は、5つの視点に基づく論考を重く受け止める必要がある。

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