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~wisdom特別セミナー「デジタル時代の新ビジネス」~
アマゾンやアリババが掲げる「ニューリテール」戦略とは?ビッグデータがもたらす未来
米国で1970年代にダイレクトメールから始まった顧客データの利用環境は、インターネットやモバイルの普及、AIやIoTなどのデジタル技術との統合により大きく進化。現在はオンライン/オフラインのデータを統合した「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」へと発展した。顧客満足度や顧客体験価値を高め、売上アップを目指す。CDPはその強力なエンジンだ。先行する米小売業界の事例は、日本企業が目指すデータ活用戦略の有力な試金石といえるだろう。
ネットとリアルの行動をデータ化し、統合利用が可能に
顧客データを広告やマーケティング、優良顧客の育成に活用する。米国小売業界ではこうした施策がおよそ半世紀前から展開されてきた。
始まりは1970年代に普及したダイレクトメールだ。1990年代半ばになると、CRMや電子メールなどを活用したロイヤリティプログラムが次々スタート。2000年代半ば以降は顧客属性だけでなく、オンライン・モバイル行動もデータ化されていく。
2010年代に入るとクレジットカード利用データに代表されるように、第三者データとの統合も進み、データ基盤がプラットフォーム化されていく。そして誕生したのが「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」である(図)。
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オンライン/オフラインの多種多様な顧客データを蓄積・統合する。顧客一人ひとりをトラッキングすることで、今後の行動や求めるものを分析・予測し、体験価値の向上や売上拡大などマルチチャネルに対応した効果的な施策を展開できるようになる
「CDPとは顧客一人ひとりの属性データや行動データを収集・蓄積・統合するためのデータプラットフォーム。Webのオンライン情報だけでなく、オフラインの購買情報、サードパーティデータなども収集・統合し、顧客個人をキーに様々な分析や予測が可能です」。広告・メディア業界向けのコンサルティングサービスを展開するデジタルメディアストラテジーズ社で代表を務める織田 浩一氏はこのように説明する。
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代表
織田 浩一 氏
現在はスマートフォンの爆発的な普及、AIやIoTなどのデジタル技術の発展により、あらゆる情報をこのCDPに取り込むことが可能になった。「例えば、店舗内にWi-Fi環境やビーコンを設置し、来店者の所在位置や滞在時間、訪問回数、スマートフォンでの閲覧内容などのデータをリアルタイムに収集。過去の購買履歴を基に、興味のありそうなコーナーを店内ナビゲートしたり、売場内での消費者の所在位置に応じてクーポンなどをスマートフォンに送信したりすることが可能です」(織田氏)。
店内ビデオ分析により、来店者の動きを追跡してマッピングするほか、視線や表情までわかるメリットを活かし、どの広告や商品にどんな反応をしているかを分析。広告や販促・商品陳列の効果判断に役立てているところもある。
AR(拡張現実)技術で商品に関する情報やポイントをポップアップ表示するなど、利便性とゲーム感覚の楽しさを提供することで、消費者体験の向上とロイヤリティを促進する取り組みも始まっている。
CDP・DMPを含めた米国のデータ市場規模は2兆円超の巨大マーケット
顧客データの利用に早くから取り組んできた米国小売業界は、このCDPを積極的に活用している。2017年の米国企業における広告やマーケティングを支えるデータ戦略投資およびCDP・CRM・DM・データウェアハウスなどデータソリューション投資を合わせた金額は2兆円を突破した。「データ市場は米国で既に巨大なマーケットを形成しているのです。多くの米国企業がデータやCDPのようなソリューションに対する投資価値を認めている表れです」と織田氏は述べる。
実際、データ利用と売上の関連性は非常に高い。顧客データ戦略を実施した企業のうち、対前年比で売上が10%以上向上したトップパフォーマーの割合は70%超にのぼるという。
例えば、全米第2の小売チェーンTarget社は、顧客IDを基に顧客属性、購買・行動履歴などオンライン/オフラインの膨大なデータを統合・活用し、妊婦にターゲットを絞り、その行動パターンからクーポンやキャンペーンメールなどを送付した。「その結果、妊婦や赤ちゃん向けの食品・日用品の売上が向上。440億ドルだった売上を670億ドルに拡大することに成功しています」と織田氏は話す。
米国で進むリアルタイム価格の導入と音声コマース戦略
CDPなどを活用したデータ戦略は進化を続け、新しい施策が次々と生み出されている。なかでも織田氏は2019年のトレンドとして3つのデータ活用施策に注目する。
1つ目は「リアルタイム価格」だ。これは競合との価格優位性、それが売上に与える影響などをトラッキングし、販売価格を動的に変えていくもの。
EC事業者へのソリューションを提供するOmnia Retailはこれを実践することで、クライアントサイトのクリック率を20%アップさせることに成功したという。さらに同社はこの仕組みを検索広告への入札価格の調整にも活用。「広告入札価格と販売数を日々トラッキングし、動的な商品価格と売上、利益の最適なバランスを機械学習で分析することで、ROAS(広告投資対効果)の最大化を目指しています」(織田氏)。
リアルタイム価格はEC事業者だけでなく、既に欧米では家電量販店やスーパーマーケットなど実店舗でも導入が進んでいる。商品の陳列棚に設置した電子式価格パネルが中央のシステムと連動することで、競合店舗やECサイトの価格変化に対応して販売価格をリアルタイムに変動させる。なかには優良顧客向けにパーソナル化された価格調節を行っているところもある。
2つ目は「音声コマース」だ。AIを実装したスマートスピーカーに話しかけると、人の言葉を理解して商品・サービスの購入が可能になる。
音声コマースの世界の利用者数は2017年の1200万人から2018年に5億2000万人に一気に急増した。スマートスピーカーへの対応でEコマースの売上が30%向上した企業もある。
音声コマースとともに、テキストチャットの利用も高まっている。音声とテキストを含むチャットボットに対応した方が、モバイルアプリを提供するより50%以上売上が向上するという。「Webサイトやアプリの音声会話機能、テキストチャット機能への対応は、米国では不可欠の戦略と考えられています」と織田氏は話す。
これに伴い、検索サービスのSEO対策も新たな局面を迎えつつある。音声とテキストチャットが次の時代の重要な検索対策となるからだ。「今後は音声やテキストチャットによる検索ワードでランキングトップになる必要がある。SEO戦略を再考する必要があります」と織田氏は指摘する。
体験価値を高める様々なタイプのレジレス店舗が登場
そして3つ目が「AIチェックアウトフリー」である。顧客を認識するAI画像認識、オンライン決済サービスなどを活用することで、実店舗でレジを通さずに買い物ができる。
2016年12月にAmazon本社周辺にオープンした「Amazon Go」を皮切りに、レジレス店舗は米国で次第に広がりを見せている。
2018年8月には米スタートアップ企業のZippinがAmazon Go方式のコンセプトストアをサンフランシスコに開設した。同じくスタートアップのCaperは、バーコードとクレジットカードのスキャナーを内蔵したショッピングカートの開発を目指している。カートに商品を入れるだけで決済が完了するため、比較的低コストで既存店舗に導入できる。現在、米ニューヨーク州のスーパーマーケットで実用化に向けたテストが進行中だ。
米国では小売業界を中心にCDPの整備と活用が進み、実際に利用企業は大きな成果を上げている。リアルタイム価格の導入、音声コマース、AIチェックアウトフリーなど新たなデータ活用施策にも積極的に取り組んでいる。「この波は日本にも必ず押し寄せてきます。日本でも先進的な企業はEコマース分野でリアルタイム価格の導入や音声コマースへの対応を既に始めています」(織田氏)。
データをいかに活用するか。それがこれからの企業の明暗を分ける。競争力強化を目指すためには、既存の枠組みを超えたCDPの整備と活用に積極的に取り組むことが肝要だといえそうだ。