ローソンが「デジタル人材不足の壁」を打ち破った方法とは
~最先端AIでターゲティング広告の商品購入率が約12倍に~
DXを推進し、いかに新しいビジネスモデルで成長戦略を描くか――。これは多くの企業が直面する重要なテーマだといえるだろう。しかし、これは言葉で表現するほど容易なことではない。その最大のボトルネックの1つがデジタル人材の不足だ。新しい技術を活用した取り組みを実践したくても、人的リソースの不足によって思うようにプロジェクトが進まないのである。こうした課題を打ち破り、成果をあげているのが約1万5000店舗のコンビニエンスストアを展開するローソンだ。同社では、データマートを自動生成し独自のAIによって特徴量抽出を自動化する「dotData」を活用。データ分析の知識や経験がない担当者でも、容易に予測モデルの作成などが可能になった。これにより、ターゲティング広告の商品購入率が約12倍に向上。さらに自社利用のほか、取引先メーカー向けのマーケティング活動や商品開発などにも活用され、新しい価値を生み出しつつある。
約76%の日本企業がデジタル人材不足を痛感
DX推進の取り組みにおいては、しばしば直面する課題がある。それは実務を担当するデジタル人材の深刻な不足だ。経済産業省が2022年11月に発表した調査によれば、日本では実に76%の企業がデジタル人材不足を感じているという(※)。情報通信白書(2022)の調査でも、デジタル化を進める上での課題・障壁として、日本企業は「人材不足(67.6%)」をあげている。これは米国・中国・ドイツの3カ国に比べて非常に多い数値だ。
- ※ 経済産業省「デジタル人材育成プラットフォームの取組状況について」
これを受け政府も対策を急いでいる。「デジタル田園都市国家構想」では、その基本方針において、地域で活躍するデジタル推進人材を、2022年度から2026年度までの5年間で、230万人を育成する目標を掲げた。しかし、これは5年をかけた中期目標であり、足元の人材不足がすぐに解消されるわけではない。
「価値観」に基づいて優れた商品を適切な顧客へ
こうした状況は、約1万5000店舗のコンビニエンスストアを展開するローソンにとっても決して他人事ではなかったという。
同社では、購買履歴と会員別の価値観情報をベースとした「価値観に基づいたターゲティング」の実現に向けて、AIや予測分析を駆使したさまざまな取り組みを進めている。これは、データから購買者の価値観を高い精度で把握することで、個人の価値観に合わせた商品の推薦や、店舗の改善に役立てるアプローチ。「小売店だからこそ得られる購買者のデータを活用してメーカーの商品開発や販促活動の支援にも役立てています」と説明するのは同社の小林 敏郎氏だ。
この施策は、2015年ごろからスタートした。「小売業において、商品の評価は主に販売数で判断されます。時間をかけて優れた新商品を開発しても、上手く売れないと評価されず、購買者に認知される前に終売になってしまい、非常に悔しい思いをしていました」と小林氏は当時を振り返る。
「価値観に基づいたターゲティング」とは、膨大なデータから購入者の価値観を抽出した購買販売モデルにより、購買者の価値観と、商品の購買の関係を学習することで、クーポンのデザインや配信、販促、商品開発強化につなげる仕組みだ。
具体的には、ローソングループが持つ膨大な購買履歴および商品情報などのデータから、購入者の行動や特徴を抽出し、クラスター分析によって、購入者の価値観を抽出分類していく。たとえば「ご褒美女子型」と名付けた価値観では、「若年層の女性が中心で、自分自身に関心が強く、自分へのご褒美を重視している」といった具合だ。同じ年代・性別でも求めるものがさまざまな要素で変わるため、価値観で分けることが重要となるわけだ。
とはいえ、価値観の分類は容易なことではない。というのも、複数の因子から構成されており、ID-POSや商品マスタ群、価値観分類を含む会員マスタ群などさまざまなデータソースから、分析に必要な項目を精査しデータマートとして整備することが必要だったからだ。また、こうしたデータマートの整備は基本的に人の手で職人的に行わなければならなかったという。この作業には大きな工数がかかり、価値観と購買の関係という最も重要な分析になかなか手が回せない状況に陥っていた。
「データマートは、データの変化や、新しいデータの追加、新しい商品のトレンドなど、一度作成したら終わりではなく、継続的にメンテナンスをする必要があります。ターゲティングをより多くの商品へと拡大していく必要がある一方で、外部のデータサイエンティストへ委託すると、柔軟な対応が難しく、またコスト面も課題でした」(小林氏)
そこで小林氏は、これらの課題を解決するための打開策を模索。その解決の糸口となったのが、データマートを自動生成し独自のAIによって特徴量抽出を自動化する「dotData」だった。
一流のデータサイエンティストと同等だったdotDataの分析精度
人的なリソースが不足しているうえに、データマート修正への柔軟な対応や外部委託が難しいという現実を踏まえれば、「自動化が必要不可欠でした」と小林氏は説明する。ただし、自動化を実現できるとしても、抽出する特徴量や分析精度の品質が低くては意味がない。
「導入の検討にあたり、dotDataと外部の大手データ分析コンサル企業に同じ条件を与え、その分析結果を比較・検討するテストを実施しました。その結果、dotDataは一流のデータサイエンティストとそん色ない分析結果を得ることができました。さらに、利用するにあたり、人手でのデータ加工をほとんど必要としなかったため、これしかないという結論に至りました」(小林氏)
dotDataを導入した最大の理由として小林氏が挙げたのは、データの変化や追加に柔軟に対応できること。ローソンには、全国に展開する約1万5000店舗のデータが日々蓄積している。これを細かく分析するために必要な特徴量の抽出とデータマート作成が大きな課題であり、これを解決するツールとしてdotDataが最適解だったという。
また、導入の際、人的リソースを増やさず、既に部門にいる人材でも使えるツールにするべく使いやすさにもこだわった。具体的には、独自のUIにdotDataを組み込んだのだ。これにより、データ分析の知識や経験がないマーケティング部門の担当者でも、いくつかの必要な情報の入力やパラメータの選択を行うだけで、予測モデルの作成などが可能になった。誰にでも簡単に扱える「使い勝手の良さ」にまで気を配ることで、「難しいから使わない」や「わからないからわかる人にやってもらう」といった弊害をなくしている点も、データ活用を進めるための重要なポイントになったといえるだろう。実際、専門家でなくても、分析結果を必要としている人が結果を見られるようになったことで、データの価値も上がり、活用範囲も広がっているという。
広告デザインの最適化で商品購入率が約12倍に
dotDataを活用した「価値観に基づくターゲティング」は、ローソンが構築するBI (Business Intelligence)ツールに組み込まれ、販売促進、商品開発、パートナーであるメーカーとの連携などに活用されている。
2021年に実施された大手菓子メーカーのロッテとの取り組みはその一例だ。この施策では、まずdotDataによって分析したローソン会員の価値観と「トッポ」(ロッテの菓子製品)の購買との関係から、デザイナーがさまざまな購入者の価値観に対応する複数のレシート・クーポンのデザインを作成。次に、出力された予測スコアに基づいて、約20万人の会員を対象に、各会員の価値観に最適化されたデザインに基づいた、「トッポ」の新商品のレシート・クーポンを配信した。
その結果、予測スコアによるターゲティング精度の向上によって4倍、価値観によるデザインの最適化によって3倍、トータルで購入率が12倍まで大きく向上し、dotDataを活用した価値観に基づくターゲティングの高い有用性が示された。
「性年代別という大枠ではなく、個々人の嗜好に合わせてアプローチできれば、ローソンの商品の魅力を適切な購買者に伝え、販売数を伸ばすことができるという仮説をもとに、価値観に基づくターゲティングの開発をスタートさせました。この事例で、それが間違いではなかったと証明することができました」(小林氏)
Cookieレス時代の新たな購買者理解に向けて
ローソンは今後、「価値観に基づくターゲティング」をさまざまな形で展開していく予定だ。会員一人ひとりのデータを用意し、スマホアプリとの連携による最適化したターゲティングやカスタマージャーニーの設計、店舗運営、新店舗出店なども視野に入れています。小林氏は「近い将来に取得が難しくなるCookie(Webサイトを閲覧したときに、そのサイトや入力したデータ、利用した端末といった情報のこと)の代わりに、小売店舗における購買が、購買者を理解するための重要なデータとなると考えています」と、次のステップに目を向けている。
また、「Cookieレス時代に向けた新しいデータマネジメントモデルとしての活用も検討しています。商品を繰り返し購入してくれる可能性が高い方に、メーカーは直接アプローチできませんので購入者の接点となる小売の強みをより活かすことができるはずです」と小林氏は期待を寄せる。もし自社のデータを活用し、メーカーの商品開発や販促活動を促進できれば、新たな収益の柱をつくることが可能となるからだ。
「データを多く保有されている企業ほど、データ価値を最大限に引き出すためにdotDataが力を発揮します。データ分析が企業の競争力となる中で、分析のスピードや柔軟性を最大化するために、外部への委託ではなく、分析の内製化を進めたいと考えている方には、最適なソリューションとしておすすめします」と最後に小林氏は語った。