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故障予測分析をAIでさらに高度化
空の安全を守るJALエンジニアリングの取り組みとは

 高度な技術の結晶である航空機。航空機の不具合は重大事故につながるリスクがあるため、安全・安心なフライトを実現するには、徹底した整備が不可欠だ。さらに航空機の不具合に起因する遅延・欠航を防ぐためには、従来の整備プログラムに加えて不具合の発生を未然に防ぐ予防的な整備も必要となる。そこで航空業界では、航空機の故障予測の実現に向け膨大かつ多様なデータを収集し、分析を行っている。「未来の空を創るリーディングカンパニー」として日本の空の安全を守るJALエンジニアリングでもビッグデータ分析を用いた航空機の故障予測に取り組んできた。さらに近年は、その取り組みをさらに強化すべく2019年に予測分析自動化AI「dotData」を導入。従来、整備士の五感で検知していた不具合の予兆に加えて、フライトデータや整備データの中からより多くの予兆を見い出せるようなったという。ここでは、「航空機の不具合に起因する遅延・欠航ゼロ」を目指す同社の取り組みについて見ていきたい。

SPEAKER 話し手

株式会社JALエンジニアリング

谷内 亨氏

技術部 システム技術室(当時)

ビッグデータ分析を用いて航空機の不具合の予兆を検知

 いかに安全・安心なフライトを実現し、フライトの遅延や欠航をできるだけ抑制していくか、これは航空業界において最重要テーマの1つだといえるだろう。より安全性を高めるためには、不具合が発生してから修理するというリアクティブな対応ではなく、よりプロアクティブな姿勢が必要となる。そこで注目されているのが故障予測だ。故障予測とは、不具合が実際に発生する前に、部品を交換するなどのメンテナンスを行うこと。これにより不具合による航空機の遅延や欠航を防止し、安全・安心なフライトにつなげるわけだ。その実現に向け、一部の企業では、蓄積した多様なデータの分析を行っている。

 ビッグデータを分析することで機械や設備稼働の重大因子をとらえ、不具合が発生する前に部品を交換するなどの適切なメンテナンスを行うわけだ。JALエンジニアリングも、こうした先進企業の1つ。同社は、JALグループが運航する航空機の機体や部品の整備を一手に担っている。JALグループの機材以外にも、国内外の航空会社の機材を国内の空港で整備するサービスも手掛けており、航空機整備に関して国内トップクラスの実績を誇るという。

 近年は航空機に取り付けられたセンサーから取得した大量の「フライトデータ」を分析し、そこから不具合の予兆を見い出す施策を実践。「故障予測プロジェクト」と名付けられたこの取り組みは2016年からスタートし、これまで数々の実績を積み重ねてきた。

故障予測プロジェクトにおけるdotDataの連携イメージ

 同社の技術部で分析を手掛ける谷内 亨氏は、その内容を次のように語る。「運航中の航空機から得られるセンサーデータと、過去に実施した整備に関するデータ分析ツールで統合的に分析しています。その具体的な方法は、まず整備士・エンジニアの経験と知見に基づいて不具合に至るシナリオの“仮説”を立て、その仮説を過去データに基づいて検証した上で、予兆を示す『特徴量』をデータの中から見い出します。それから、実際にその特徴量を用いて予兆を検知できるかどうか、過去データを用いて検証します」。

 こうした一連の手法は同社内で「仮説検証型分析」と呼ばれる。これまでに不具合の予兆を検知できる「故障予測モデル」を100件ほど作成するなど、この手法は着実に成果を上げてきた。

「特徴量」を抽出するためのツールとしてdotDataを採用

 一方で、この手法では予兆を検知できない不具合もあった。例えば電気系統のトラブルは、その1つだ。メカニカルな部品トラブルと異なり不具合に至るシナリオの”仮説”を立てにくく、仮説検証型分析で故障予測モデルの確立が困難だったという。

 そこで同社が新たに取り組んだのが、データを使った仮説の検証ではなく、データから不具合の兆候を示す特徴量を見い出し、仮説を導出する「仮説探索型分析」だ。この方法では、整備士の知見がなく仮説を立てるのが難しい不具合でも、センサーデータや整備データの傾向から何らかの兆候がつかめる可能性がある。

 とはいえ、仮説探索型分析を実行するには膨大なデータの中から特徴量を見い出す必要があり、従来のデータ分析ツールでは対応が困難だった。そこで白羽の矢を立てたのが、特徴量自動設計という独自の技術をもつ「dotData」だ。

 「当時弊社の別部門に所属していたデータサイエンティストが、『素晴らしい技術なので、ぜひ試してみた方がいい』と故障予測プロジェクトに紹介してくれました。当時はデータの中から自動的に特徴量を見い出し、しかもそれを人間が解釈可能な形で提供してくれるという技術がほかにはありませんでした。私も『これは予兆の傾向をつかむのに使えるのではないか』と思いました」(谷内氏)。

 仮説探索型分析の肝は、データの中からいかに有意な特徴量を見い出せるかにある。当時からAIや機械学習のツールや製品はほかにも存在していたが、それらの多くは、仮説検証型と同様に特徴量は人間が設計して与える必要があり、また結果もブラックボックス化されがちだった。その点、dotDataはツール側で自動的に特徴量を抽出し、しかもそれをすべて可視化してくれるため、まさに「仮説探索型」の故障予測プロジェクトのニーズに合致していたわけだ。

サンプリングデータを基に特徴量を抽出する独自手法を考案

 当初、故障予測プロジェクトで扱うデータは、「仮説探索型」に適さないのではないかとの懸念もあったという。航空機が生成するセンサーデータは1機当たり数千種類もあり、中には0.2秒に1回の頻度で生成されるデータもある。データ量が膨大なため、過去の全データを学習させるのは明らかに非現実的だったからだ。

 そこで両社で議論を重ねて、dotDataによる仮説探索型の予兆分析を可能とするために、入力データのつくり方に独自の工夫をすることにした。具体的には、すべての過去データを投入するのではなく、不具合が発生したフライトデータと直前のフライトデータを「異常データ」として抽出し、同じく一部抽出した「正常データ」と一緒にサンプリングデータとして投入。これにより、限られたデータ量を基に正常と異常を選り分ける特徴量を自動抽出させることにしたのだ。

 「サンプリングデータを基にdotDataが最終的に抽出した特徴量の中から、私たちが『これはエンジニアリング的に意味がありそうだ』と判断した数十個をさらにピックアップして、従来と同じ手法で検証した上で故障予測モデルを構築するフローを確立しました。このように、単にツールを使うだけではなく、そのベストな使い方を日々改善することで、成果は確実に上がっています」(谷内氏)。

 2019年から、このフローで不具合の特徴量抽出を試験的に実施したところ、明らかに不具合の予兆を示す有効な特徴量の抽出に成功した。また、既に仮説検証型分析を用いて有効な特徴量を特定していた不具合について、dotDataで分析したところ、まったく同じ特徴量が検出できた。この結果を受け、2020年から本格的にdotDataを使った仮説探索型の故障予測分析を開始した。

不具合の予兆を検知するための特徴量を作成することに成功

 dotDataを用いた仮説探索型分析によって有意な特徴量を作成するのに成功している。その1つが、ボーイング787のエアコンシステム部品の不具合の予兆検知に関する特徴量だ。この取り組みは、航空技術協会の表彰審査会委員長特別賞を受賞。また、ほかに取り組んだ分析案件では、整備士・エンジニアの知見によると「対象システムが動いている最中に何らかの兆候が表れる」と考えられていましたが、dotDataで分析してみたところ「対象システムが停止している最中に特定の傾向を示す特徴量が存在する」ことが判明した。

 従来のデータ分析手法にdotDataを組み込むことで、人の知見を基にした従来の分析では見い出せなかった新たな特徴量が作成され、同社の故障予測プロジェクトは大きな弾みが付いた。ただし谷内氏は「現状には決して満足しておらず、さらに成果を上げるべくdotData活用の“質”と“量”の双方で取り組みを強化していきたい」と話す。

 「質の部分では、dotDataの技術者の方々の議論をさらに深めて、より優れた分析手法を模索したいと考えています。また量の部分でも、社内のより多くの方々に分析・予兆検知に取り組んでもらいたいと考えており、既に部品整備部門の方々と共同で分析を進めて成果を上げています」。

 谷内氏は自身の経験を踏まえた上で、dotDataの導入を検討している企業に次のようにアドバイスする。

 「dotDataは本当に素晴らしい技術ですが、AIはそもそも『データを丸投げすれば自動的に返答してくれる』というものではありません。『自分たちは何のためにAIを利用するのか』という点は、実際のデータと分析を回しながら明確化していくアジャイルなアプローチで、自分たちに真に価値のある使い方を検討することをお勧めします」。

 「今後も、dotDataが導き出す特徴量によって予測整備を強化し、空の安全を守っていきます」と最後に谷内氏は語った。