本文へ移動

デジタル人材不足を解消するカギはAIにあり?
三井住友海上が実践する「現場が使えるAI」というアプローチ

 企業や政府・自治体など、業種業態を問わず重要なテーマとなっているのがデータ活用の促進である。さまざまなデータから新たな知見を導き出すことができれば、経営や社会にかかわる多様な課題を解決できるようになるからだ。ただし、ここで大きな障壁として立ち塞がるのが、データ活用を推進したいが、そのためのデジタル人材がいないというデータ活用の壁だ。これを新しいアプローチで乗り越えつつあるのが三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)である。同社では 2020年2月、日本全国で約3万8000の保険代理店の営業活動をAIで支援する仕組み「MS1 Brain」をリリース。そこで使われるAIモデルの設計・構築を効率的に行う手段としてdotDataを採用した。これにより「現場が使えるAI」を整備し、データサイエンティストの数が限られるなかでも、AIモデルの精度を維持することが可能になった。さらに同社でdotDataを活用し、自社にとどまらないさまざまなビジネス効果を生み出すなど、保険ビジネスとテクノロジーを掛け合わせた「インシュアテック」へとそのすそ野を広げつつある。

SPEAKER 話し手

三井住友海上火災保険株式会社

松村 隆司 氏

ビジネスデザイン部
データサイエンスチーム
シニアアドバイザー

和食 昌史 氏

ビジネスデザイン部
データサイエンスチーム長(上席)

桑田 修平 氏

ビジネスデザイン部
データサイエンスチーム
課長(データサイエンティスト)

8割以上の企業・組織がデジタル人材の不足を実感

 デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の課題として、多くの企業・組織が挙げるのがデジタル人材の不足だ。それは独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が調査した「DX白書2023」からも見て取れる。日本企業では、DXを推進する人材の「量」「質」ともに「やや不足」と「大幅に不足」を合わせた回答は実に8割を超えているのだ。このように日本ではデジタル人材の不足が深刻な課題となっており、自社に必要な人材を確保できるかどうかは、今後の事業戦略をも左右しかねない。さらには、デジタル人材が不足していることを理由にDX推進の歩みを止めてしまっては、日本の国際競争力の低下をも招きかねない状況といえるだろう。

保険代理店の営業活動をAIで支援する「MS1 Brain」

 デジタル人材不足の課題を新しいアプローチで乗り越える、好例といえるのが三井住友海上だ。同社は、損害保険グループ国内シェアNo.1のMS&ADインシュアランスグループの中核企業の1社。日本全国に多数の拠点を置くほか、近年はアジアを中心に全世界41カ国に拠点を展開するなどグローバルビジネスにも力を入れている。

 現在は、DXを全社的に推進しており、損保業界を常にリードし続けている。そうした同社の取り組みの1つに、損保業界として初めてAIを搭載した代理店営業支援システム「MS1 Brain」がある。

 これは、保険代理店向けに提供している業務支援システム「代理店MS1」の追加機能として2020年2月から提供を始めたもの。過去7年間の契約情報や顧客情報などをAIが分析し、「どの顧客にどのタイミングでどんな商品を提案するべきか」を代理店の営業担当者に提案する仕組みだ。

MS1 Brain

 MS1 Brainの開発に至った背景について、同社でこの企画を先導した松村 隆司氏は次のように語る。

 「新たな顧客体験を創造するためには、お客様についてより深く知る必要があります。従来は代理店の営業担当者の経験と勘に頼ってきましたが、よりパーソナライズされた体験を提供するにはデータをより科学的に分析・理解・活用することが必要です。当社が蓄積する大量のお客様に関するデータを分析するために、AIの導入が不可欠であると判断しました」。

 ただし、AIを導入・活用していくには課題もあったという。最大の障壁となったのが冒頭で触れた「人材不足」だ。三井住友海上には保険商品の設計やリスク分析を担うアクチュアリーは多く在籍しているものの、データサイエンティストを擁する部門を組成して間もなく、どうしても社外のデータ分析人材に頼らざるを得なかったのだ。

AIのブラックボックス化を回避できる仕組み

 もちろん、社内でデータサイエンティストを育成する施策も始めてはいたが、高度なスキルを備えた人材を育成するにはどうしても時間を要する。こうした人材に関する課題について、同社のデータサイエンスチーム長を務める和食 昌史氏は次のように話す。

 「外部の人材に依存しすぎると、その人たちがプロジェクトから離れた後にスキルが社内に残らず、やがてシステムを維持できなくなってしまう懸念がありました。そのため、データサイエンティスト人材を中途採用したり社内の人材育成施策を強化したりしましたが、同時に社内のスキル不足を補う手立ても講じる必要もあると考えていました」。

 そんな折、さまざまなAI製品に関する調査を続けるなかで出会ったのが、「dotData」だ。dotDataはAIモデル設計・構築作業の大部分を自動化してくれるため、三井住友海上が抱えていた「データを扱える人材の不足」や「人手による運用の限界」などの課題を解決してくれるのではないかという期待を持った。

 そしてもう1つ、同社が注目したポイントは、特徴量を自動で設計してくれるとともに、その内容を人が解釈できる形で分かりやすく提示してくれる機能だ。これについて同社のデータサイエンティストである桑田 修平氏は次のように述べる。

 「一般的なディープラーニングのモデルは中身がブラックボックス化されているため、トラブルに対処したり精度をチューニングしたりしようと思っても人が手を入れられる余地がありません。また、弊社のAI活用においては、主役はあくまでも人で、AIは人をサポートする道具として位置付けていましたから、やはり中身を人が見て理解できることを重視していました。その点、dotDataは『特徴量やプロセスが見える』という、当時としては画期的な特徴を備えていました」。

 AIの精度を追求しようと高度なプログラミング技法を駆使した結果、開発した本人以外にはメンテナンスできなくなり、やがて運用が回らなくなってしまうというケースもAIのプロジェクトではよく見られる。その点においてもdotDataはGUI操作で直感的にモデルの設計ができるため、「精度と運用性を高いレベルで両立できます」と桑田氏は高く評価する。つまり、AI活用のために、高度な人材を用意するのではなく、AI活用の敷居を大きく下げ、現場向けに環境を用意することで、デジタル人材不足という課題を回避できると判断したわけだ。

アップセル・クロスセル成約率が2~3倍にアップ

 三井住友海上は、dotDataの機能や性能を確かめるべく、米dotData社の支援を直接受けながら試験的に特徴量とAIモデルを構築。既存手法で開発したモデルと比較した。その結果、既存モデルを上回る精度を発揮するとともに、保険商品を購入するさまざまな顧客の行動パターンを特徴量として発見できることが検証され、正式にdotDataをMS1 BrainのAIエンジンとして採用。2020年2月にサービスをリリースした。その導入効果は早々に表れ、それまで代理店の営業担当者の経験と勘、活動量に頼っていた営業活動が、MS1 Brainの提案を取り入れることで効率的かつ効果的になり、よりパーソナライズされた顧客体験の提供が可能になった。

 「生命保険や火災保険に加入見込みの高いお客様をスコアリングし、より見込みの高いお客様に提案することで代理店活動の効率化とともにお客様満足度の高い提案を実現できました。また、保険契約の解約や他社への切替意向の高いお客様を抽出することで、解約・切替抑止のための活動に早期に取り掛かれるようになりました」(和食氏)。

 さらには「特徴量を可視化できる」というdotDataを活用し、例えば「年間の保険料が“6万5000円以上”の方は更改時にドラレコ特約を付帯しやすい」「“7年以上”契約継続している方はドラレコ特約を付帯しやすい」といったように、人間が感覚に頼っている点を具体的にアクションのとれる数値として定量化。これらの特徴量を明示的な営業ノウハウとして蓄積するとともに、代理店の営業担当者がお客様に説明するための「トークスクリプト」として整備した。これにより、販売商品数アップを狙うクロスセルや保険料単価アップを狙うアップセルの効果(クロスセルの場合は成約率、アップセルの場合は特約付帯率)は従来比2~3倍にまで達しているという。

MS1 Brain以外でも導入効果が続々と

 こうした成果を受けて、現在dotDataをMS1 Brain以外の業務エリアにも適用しつつある。例えば同社が提携する海外の生命保険会社に対して、保険解約の要因を分析したところ、契約継続率に影響を与える「保険商品」や「支払方法」といった要因の抽出に成功。その結果から「保険料を継続して払えない人や、クレジットカードを持てない人に対して無理な販売をしているのではないか」という仮説を立て、インセンティブ設定の高度化を実現した。これは重要施策に新たな示唆を得ることができたとして、同社のCEOからも高い評価を得ているという。

 また、自動車保険の契約データや顧客属性データを分析することで顧客の車買い替えタイミングを予測し、自動車ディーラーのご紹介を提案するといった保険とデータを通じた新たな価値創出も積極的に進めており、大きな成果を上げている。

 三井住友海上では、データや分析を活用した営業活動や顧客接点におけるデジタルの有効性が実感したことで、MS1 Brainをはじめとするツールの活用が飛躍的に進展するとともに、社員・代理店のDX意識が向上。さらに特徴量を自動で生成・抽出できるdotDataの強みを活かして、自部門が抱える課題解決のヒントを得たいというような相談も増えているという。

 今後、データ分析人材の育成とあわせて、dotDataの利用を社内にさらに広めることで、データドリブン発想の文化を社内に醸成し、その先の新たなイノベーションを生み出していくという。つまり、保険ビジネスとテクノロジーを掛け合わせた「インシュアテック」のさらなる加速を見据えているわけだ。

 「他社に先んじてAIによるビジネスモデル変革を実現するために、dotDataを導入することはとても有用だと考えます。研究者のような専門的なスキルを必要とせず、ビジネスに役立つデータからの洞察、すなわち特徴量を発見することができる唯一の製品として、多くの企業のイノベーションを加速する製品であると確信しています」と松村氏は語った。