サプライチェーンを止めるな!
中外製薬、テルモ、NECと学ぶ需要予測AIのリテラシー
【参加無料・wisdom特別オンラインセミナー】(アーカイブ配信中)
実例から学ぶ!新ビジネス創造のヒント ~デジタルで変える社会・産業・生活~
サプライチェーンのレジリエンスを高めるためのデータサイエンスをテーマに、サプライチェーンデザインと改革を専門とする早稲田大学准教授大森峻一氏とNEC需要予測エヴァンジェリスト山口雄大が実例からビジネス変革を加速させるヒントを探ります。
製品を安定供給するためのサプライチェーンの構築は、製造業にとってビジネスの根幹であると同時に、社会的使命でもある。その使命を果たすためのさまざまなノウハウを共に学ぶべく、NECは需要予測にスポットを当てた「デマサロ!(デマンドフォーキャスティングサロン)」というウェビナーを定期的に開催している。第6回のテーマは「需要予測AIのリテラシー」。AIを活用するために実務担当者が身につけておきたい、機械学習モデルの基礎知識や運用の際に気を付けるべきポイントなどを学んだ。好評だったプログラムの一部や放送後の出演者のこぼれ話を紹介する。
患者や医療現場に確実に医薬品・医療機器を届ける
山口:必要としているお客様に製品をきちんと届ける──。製造業にとって、サプライチェーンを適切にマネジメントし、事業を継続することは、社会的責任を果たす上でも重要な取り組みです。そのために需要を予測して、最適な生産・調達・物流計画を立てる。需要予測はこのトリガーとなる重要な業務です。とりわけ、本日、ゲストにお招きしたお二人が携わる医療分野ともなれば、製品がお客様の健康や生命を支えることになる。需要予測の責任も重大ですね。
若松氏:はい。長くサプライチェーン関連の業務に就き、現在はDXを推進する部門に所属している私も、日々、その責任をひしひしと感じています。
テルモは、「医療を通じて社会に貢献する」ことを企業理念に掲げており、患者様の生命・健康を守り、医療従事者の負担を軽減するため、高品質かつ安全な医療機器や医薬品を提供し続けることはサプライチェーンの至上命題です。そのためにも市場ニーズを正確に把握できるよう、需要予測には力を入れて取り組んでいます。
中臣氏:製薬会社も同じです。必要としている患者様に医薬品をきちんと届けることは中外製薬の使命。その使命を果たすために、その医薬品がどれだけ必要とされるのかを知ることは非常に大切だと考えています。
実際、製薬会社は、研究開発の段階から新薬がどれくらいの患者さんに必要とされるかを予測しています。医薬品の承認プロセスは、とても複雑で、開発を終えても、その医薬品が患者さんの手元に届くまでには少し時間がかかります。認可を得てから需要を予測し、供給体制を構築していると、その期間がさらに長くなることになってしまう。必要としている患者さんに、少しでも早く新薬を届けたい。その思いから、短期的、中期的、両方の視点で需要を予測し、医薬品の供給体制の構築、生産計画の適正化、安定供給につなげています。
私が所属しているデータサイエンスグループは、研究やマーケティングなど、現場のさまざまな部門と連携してデータ活用に取り組み、全社にデータサイエンスを根付かせる横断的な組織。その一貫として、需要予測にも携わっています。
これからのサプライチェーン担当者はAIを活用する意識を持つべき
山口:私は、キャリアの中で長くサプライチェーンの実務に携わってきました。NECに転職してからは、AI・アナリティクス統括部という部門に所属しています。メンバーには、データサイエンティストもおり、共に働く中でデータやAIの有効性を体感。「サプライチェーンに携わる人はAIを理解し、AIを使って業務を改善していく意識を持つべき」と強く感じるようになりました。プログラミングまではできなくても、AIで何ができるのか、どうすれば価値を引き出せるのかを知っておけば、需要予測やサプライチェーンの適切なマネジメントに必ず役立ちます。
まず、現状、多くの製造業がどのように需要を予測しているのを振り返ります。
多くの企業で取り入れられているのが、過去の実績を基に予測する方法(時系列モデル)です。基本的には過去の実績データさえあればよく、負荷も少ないのですが、実績を基にした予測であるため、大きな環境変化が起こると対応が遅れてしまうというデメリットがあります。
経営者や営業担当者などが、いわゆる「勘」「経験」を頼りに予測を行っている場合もあります(判断的モデル)。属人的、根拠が曖昧、後任への継承が困難といったデメリットもありますが、不完全なデータでも予測できます。
気温と売り上げなど、「原因」と「結果」の因果を活用して予測する手法(因果モデル)もあります。この方法の良い点は、シナリオ分析が行えること。猛暑、冷夏の時に飲料の売り上げがどう変わるかなど、条件を変えてシミュレーションし、意思決定に役立てることができます。
そして近年、ここに加わったのがAIの1つである機械学習を活用した需要予測です。
中野:私はNECでデータサイエンティストをしています。お客様の課題を解決するために、機械学習もよく利用します。機械学習による需要予測とは、気象情報、販売実績など、需要に影響があると考えられる多様なデータを機械学習に投入して、分析モデルを作成。その分析モデルに予測したい期間のデータを当てはめ、需要予測を行う方法です。
原因と結果、因果、シナリオを利用する点では、山口が紹介した相関・因果関係を利用する方法と同じですが、人ではなく機械で処理することで、膨大なデータ、さらに複雑なシナリオに対応し、予測の精度を高めたり、業務の効率化を図ったりできる可能性があります。もちろん環境変化へも素早く対応、属人性の排除にもつながります。
山口:機械学習で需要予測を行う際のポイントはなんでしょうか。
中野:データがなければ分析もモデル作成も行えませんから、データを集めることが大切です。ただ、やみくもに多種多様なデータを集めればよいというわけではありません。そのデータが需要の変動にどのように影響しているかを考え、理解することも大切です。
例えば、年収を推定する際に「職業」「年齢」「居住地域」など、関係の深そうな要素がいくつかあります。機械学習の用語では、これらを「特徴量」と言いますが、予測に有効と考えられる特徴量をいかに抽出し、その組み合わせを設計するかが機械学習を活用する上での重要なノウハウであり最大の難関となります。関係のありそうなデータを大量に分析にかけて、どの特徴量が強い相関を持っているかを把握することもできますが、最近は、特徴量の発見や抽出自体を自動的に行ってくれるツールも登場しています。
山口:機械学習に取り込む過去データは、どれくらいの期間のものを用意すればよいでしょうか。
中野:分析の目的によっても変わりますが、需要予測が目的であれば、私は最低2年分が目安だと考えています。初めの1年分のデータからモデルを作成し、次の1年分のデータから最新の需要を予測するのが一般的な方法です。
山口:直近1年分のデータだけだと、予測モデルの評価を直近の数カ月分の実績で行うことになってしまう。それでは、予測モデルが季節ごとの需要を適切に再現できているかを確認するのは難しい。その点、2年分のデータがあれば、1年を通した評価を行えますね。
中野:ただ、例外もあります。新型コロナウイルスの感染拡大のように、それまでとは全く異なる環境に変化した場合です。当然、平常時のデータで作成した分析モデルは通用しません。コロナ禍における需要を予測したいなら、短期間でも、その期間にデータを絞り込む、コロナ禍明けの需要を予測したいなら、その期間のデータは除外するなど、目的に応じたデータの取捨選択が大切です。
特徴量の設計だけでなく、アンサンブル学習、中でもブースティングなど、予測の精度を高めるためのさまざまなノウハウがあります。一部を解説して、この番組のアーカイブにも残しておりますので、ぜひ参考にしてください。
精度偏重は禁物。目的や成果とのバランスを見極める
山口:需要予測のために機械学習を導入するとしたら、プロジェクトはどれくらいかかるものでしょうか。
中臣氏:企業の規模なども関係してくるとは思いますが、データを集め、さまざまな分析モデルを試して、検証するのに約1年。結果を受けて、実際に導入するのに半年から1年。合計で1年半から2年くらいかかるという印象があります。やはり長期にわたりますから、手戻りでさらに多くの時間がかかったり、プロジェクトが頓挫したりしないよう、マイルストーンを細かく区切って、着実に前進させることが重要です。
山口:特徴量となるデータは、どれくらい用意するべきでしょうか。
中野:大量のデータを投入しても比較的問題ない手法、逆に特徴量同士が干渉しやすい手法、分析や学習手法にもよりますが、あまりにデータが多すぎると精度が上がらない傾向があります。状況に応じて10~20種類くらいに絞り込むのがよいと思います。
山口:機械学習による需要予測が向いている製品分野、向かない製品分野はありますか。
中野:季節で需要が変動するような製品は、予測がしやすいと思います。また、消費期限が短く、予測誤差が即、廃棄につながるような場合は、予測精度を高めるメリットが大きい。多少コストがかかっても機械学習モデルの導入を検討するのが良いのではないでしょうか。
山口:精度と誤差の話が出ましたが、機械学習とはいっても、100%の精度で予測が行えるわけではありません。精度をどれくらい上げれば、コスト削減や機会損失につなげられるのか。目指す精度と目的、成果の見極めは非常に重要ですね。
若松氏:100%ではない数字を意思決定に役立てるわけですから、私は、なぜその結果になったのか、解釈性も重要だと意識しています。S&OPのプロセスにおいては関係者間でのコンセンサスメイキングが重要ですよね。
山口:そうですね。いくら機械学習が学習や分析を自動的に行ってくれるとはいえ、データから示唆を得て、意思決定し、目的とするビジネスの成果につなげるのは、やはり人。どこまで精度を追求するか。そして100%ではないことを踏まえて解釈性をどう高めておくか。機械学習はそのバランスが重要です。
ここで紹介したポイントを意識すれば、機械学習は必ず製造業のサプライチェーンの強化に役立つはずです。社会的責任を果たすためにも、積極的に活用していきたいですね。
【放送を終えて】データ活用人材と現場の連携をどう図るか
中臣氏:最後に精度と解釈性、成果の見極めやバランスが重要という話がありましたが、私たちデータサイエンティストは、ともすると数字を追いかけ、その先にあるビジネス成果を見失いがちです。そうならないよう意識することが大切だと感じました。
中野:精度だけに振り回されすぎたり、成果の観点が抜け落ちてしまったりしないよう、データ活用人材と現場が密接に連携することが大切ですね。
中臣氏:中外製薬では、その点を意識して、データサイエンティストから積極的に働きかけるようにしています。例えば、各本部と定期的に会合を設けて、どんなことに困っているかをヒアリングしたり、いつでも相談可能な窓口を設けて社内に発信したり、場合によっては「こんな用途にAIやデータが使えますよ」と啓発活動を行ったりしています。中外製薬は、もともとデータに対する意識が高いという前提はありますが、こうした活動を行いやすくするために、社内デジタル教育を通じた風土つくりも重視しています。
若松氏:勉強になります。テルモでも、データ活用人材の育成や組織整備を進めていますが、2つの視点が分離してしまわないよう、これからの取り組みを進めたいですね。
山口:両方を極めた人材や組織を育成できれば、それが理想なのかもしれませんが、現実的ではありません。データサイエンスのプロ、ドメイン知識を持ちビジネス仮説を構築できる現場のプロ、それぞれの知見やノウハウを蓄積し、うまく連携していくのが理想的だと私は考えます。人材育成や組織整備、データ活用人材と現場の連携についても、今後のデマサロ!でぜひ取り上げたいですね。
需要予測ホワイトペーパー「精度より成長を求める新製品需要予測」
S&OP(Sales and Operations planning)、中でも特に新製品や主力製品の需要予測では、予測精度よりも、SCM、マーケティング・営業、ファイナンスなどの各種ステークホルダーにおけるセンスメイキングが重要になります。本稿では需要予測におけるセンスメイキングで重要になるであろう、予測の透明性と組織パフォーマンスの再現性向上のためのアイデアを提唱します。