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新製品の需要予測に決め手あり! 注目を集める「センスメイキング」とは?

 物流の2024問題もいよいよ間近となり、様々な業界、業務領域において需要予測iの重要性が高まっている。リスクを予見し、市場や顧客のニーズをいち早くとらえることができれば、新たなビジネスチャンスを創造できるからだ。しかし、企業を取り巻く環境は大きく変化し、先を読むことが難しい。特に先例のない新製品は過去のナレッジだけで正確な需要を読むことはできない。そこに新風を吹き込むのが「センスメイキング」理論だ。この理論に基づく新たな需要予測手法とビジネスにおける活用の方向性について考察したい。

NEC
AI・アナリティクス統括部
需要予測エバンジェリスト
山口 雄大ii
NEC
AI・アナリティクス統括部
リードリサーチサイエンティスト
江藤 力

部門ごとの知見だけに頼らない、新たな意思決定プロセスが必要に

 世界情勢の変化やAIをはじめとするテクノロジーの急速な進展により、ビジネス環境は大きく変化している。物事の不確実性が高く、変化は急激に訪れる。新型コロナウイルスのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻、大国間の貿易摩擦などはその一例だ。モノの供給が滞り、グローバルサプライチェーンは混乱に陥った。これまでのサプライチェーンの脆弱性を露呈した形だ。こうした外的環境の変化に追従するにはどうすればよいのか。

 その有効なアプローチの1つが、企業のSCM(サプライチェーンマネジメント)に関する意思決定プロセスを見直すことだ。従来のSCMの意思決定プロセスではまず営業、マーケティング、SCMプランニング部門などが需要予測に基づいて販売計画を立てることが一般的だ。また、工場やロジスティクス部門は生産・輸送能力やKPIを踏まえて供給計画を立てているだろう。

 「経営層はこれらを総合判断してSCMに関わる大きな意思決定するわけですが、販売計画と供給計画の間には、ほとんどの場合、ギャップが生まれます」とNECの山口 雄大は指摘する。

 例えば、売る側は欠品を恐れ、期待値も込めて多めに販売計画を立案する場合があるが、供給側がこれに追い付かない。対応できても、計画より売れなければ在庫が膨らんでしまう。急激な社会・経済環境の変化がこれに追い打ちをかけ、さらなるギャップを生むことになる。

 「大切なことは販売計画と供給計画の中長期のギャップを可視化し、常時モニタリングして、部門横断で意思決定をくり返すことです。これにより、不確実な環境下でも、プロアクティブな事業リスク管理が可能になります」(山口)。

 その重要なキーワードが「S&OP(Sales and Operations Planning)iii」である。需要予測、供給計画に携わるメンバー一同がビジネス戦略を理解し、トップマネジメントの意思決定をサポートするアプローチだ。

組織の意思決定は「センスメイキング」で進化する

 このS&OPアプローチを推進する上で、NECが注目している考え方がある。それが「センスメイキング」理論だ。直訳すると「意味付け」や「納得性」を意味する。今から20年程度前に、アメリカの組織心理学者カール・ワイク氏によって提唱された理論ivであり、VUCA(※)時代の組織哲学として、その重要性が改めて注目されている。

 変化の激しいビジネス環境では、過去のデータを基に分析しても「正解」を導き出すのは難しい。絶対的な正解がない中で、どうやって行動を起こすか。センスメイキングはその原動力になるという。「組織やチームのリーダーが現状を踏まえたこれからの行動に意味付けを行い、関係者を納得させるストーリーを語る。これによって全員で行動を開始することで、市場や顧客からの反応を早期に得て、自社の活動を調整していくのです」と山口は説明するv

リーダーが周囲を納得させるストーリーを示し、変革を牽引。結果や反応を見て、行動は機敏にアップデートしていく。そのストーリーにはデータ分析に基づくインテリジェンスが欠かせない

 注目したいのは、トップやリーダーの語るストーリーがすべてではないという点だ。「センスメイキングが重視しているのは『腹落ち感』です。これがなければ、関係者の納得や理解が得られないし、モチベーションも上がりません。経営学ではリーダーによるストーリーテリングが重視されていますが、我々はそれに加えて、これからはAIなどによる高度なデータサイエンスの併用が重要だと考えています」と山口は指摘する。

 「データを活用することで、組織はインテリジェンスを獲得し、迅速な意思決定が可能になります。データという客観的な裏付けによって、腹落ち感も高まっていきます」とNECの江藤 力は語る。

 もし環境が変化したり、施策の成果が十分に得られたりしなければ、打ち手はアジャイルに変えていく。組織が一丸となって同じ方向を向いていれば、軌道修正もスピーディに行うことが可能だ。

  • VUCA:※Volatility:変動性・Uncertainty:不確実性・Complexity:複雑性・Ambiguity:曖昧性

新製品の需要予測で大切なことは関係者の「腹落ち感」

 センスメイキング理論とデータサイエンスを活用し、NECが提唱するのは新しい「新製品需要予測(センスメイキング需要予測)」だ。「新製品は過去にない需要を生み出していくもの。それだけに、組織の腹落ち感をきちんと醸成した上で、意思決定につなげることが重要です。NECでは、センスメイキング理論に基づき、データを独自の2種類のAI技術で分析することで、これまでと違った新しい需要予測オペレーションを考えています」と山口は話す。

 従来の需要予測では「短期的な予測精度」を重視するが、このセンスメイキング需要予測では、「シミュレーションやシナリオ分析に基づく意思決定」を重視するvi

従来の需要予測AIは過去データを学習して短期的な予測を行うが、新製品は過去データにはない因子や条件を持つ場合が多い。そのため、計画合意の際のセンスメイキングと需要創造のためのアクション検討に重きを置き、腹落ち感を醸成する工夫が必要になると考えた

 意思決定に至るプロセスの中でさまざまな分析を行うが、その作業を人手だけで対処するのは難しい。そこでセンスメイキング需要予測におけるベース予測では、AIとデータを活用して作業の効率化を図り、同時に予測プロセスと根拠の透明性を高めることで属人性を排除している。

 まず行うのが「類似性判断」だ。これは、発売済み製品の中から類似品を選定するが、どのようなマーケティングや売り方をし、どれだけの成果を挙げたのか、これをさまざまな評価軸(価格帯、素材・機能、発売季節、販売チャネル、マーケティング施策など)で整理することで実施する。従来、この作業は人が経験に基づく暗黙知で行ってきたが、担当者によるバイアスがかかってしまい、重要な視点が欠落したり、記憶に依存したりと、ブラックボックス化してしまう。これをAIが行うことで暗黙知である評価軸を定量的に可視化し、判断の再現性を高めている。

 次に行うのが「差異分析」だ。こちらは、過去に発売された製品の属性や販売実績、マーケティング施策、当時の天候情報などを用いて、製品やカテゴリごとに需要との因果関係を可視化する。そして、新製品の需要を類似品での因果関係を用いて予測する。「キードライバーと我々が呼ぶ、需要に特に大きな影響を与える因子に、重み付けを加味する独自のアルゴリズムによって、新製品と類似品の条件の差異を考慮した予測値を算出します」と江藤は説明する。

 ここまでがデータドリブンのベース予測だ。しかし、新製品は新しい価値の創出を目指すという特性上、過去のデータにはない因子や条件がある場合がほとんどだ。そのため、AIが未学習の情報を考慮し、人が補完する必要がある。これをサポートするのが「意思入れ予測機能」だ。

 「例えば、類似品では行わなかった人気アニメとのコラボキャンペーンを行う場合、需要の増加が見込まれます。過去データで加味できていない情報をプロフェッショナルが経験に基づき意思入れを行うことで、より精度の高い予測が可能になります」(江藤)。

 関係者の合意と腹落ち感の醸成をサポートする機能もある。それが「レポート機能」だ。予測や意思入れの根拠について、担当者コメントが入力できる。これによりこれまで暗黙知となりがちだったナレッジが蓄積・管理され「なぜこの予測値になったのか」「今後目標達成に向けて重要な営業活動は何か」といったプロセスと理由の共有が進む。こうして導き出された需要予測は腹落ち感が高くなり、トップマネジメントの意思決定をサポートする重要な提案になるという。

 実際、需要予測の価値を重んじる飲料メーカーでは、実証実験を行ったvii

 「誤解を恐れずに申し上げると、新製品の需要予測で重要なのは精度ではありません、企業として目指す目標があるはずで、その達成確率を高めることです。そのためには予測根拠と因果関係の透明性を高めたうえで、AIの学習データにない情報を議論し、データドリブンの予測と目標のギャップを埋めるためのアクションを、様々なステークホルダーで話し合ってアジャイルに決めていくことが重要だと考えています。センスメイキング需要予測はこのプロセスをドライブするものなのです」(山口)

  • センスメイキング需要予測の考え方については併せて、「需要予測相談ルーム」からダウンロードできるホワイトペーパーviiiもご参照ください。

サプライチェーンデザインを見直し、利益を最大化する

 SCMにおける先進的な技術の活用には他にもチャンスがある、例えばサプライチェーンデザインの見直しだ。企業の競争力を高めるためには物流コストと生産コスト、つまりはサプライチェーンコストの最適化が有効だ。

 物流コストと生産コストは、拠点の「グローバル集中」と「ローカル分散」を軸に考えることが有効だが、難しいのは、この2つが相反関係にある点だ。物流コスト(主には輸送コスト)はグローバルに集中するより、消費地に近いローカルで分散した方が低コスト化できる。その一方、生産コストはグローバルで集中した方が、規模の経済によって効率が上がりコストが下がる。

 「最も利益率が上がるのは、トータルサプライチェーンコストを最小化した時です。どちらか一方に寄せるのではなく、製品やカテゴリの特性や市場を鑑みつつ、トータルサプライチェーンコストを最小化できる拠点配置を考えることが大切です。ここまではSCMの実務家であればわかっていると思いますが、ここにデータサイエンスを活用することで、とりうるデザインの選択肢が増えるというのが重要です。例えば3Dプリンティングによって生産コストが劇的に下がれば、物流コストを下げることを優先し、ローカル分散も選択しやすくなるといったイメージですix。」(山口)。

 すでに先進的な企業はサプライチェーンの各所でデータサイエンスを使った変革を進めている。NECはこうした取り組みもサポート可能だx。「サプライチェーンデザインをシミュレーションし、お客様の戦略に基づく変革に向けた選択肢を提案します」と山口は述べる。

VUCA時代における3つの競争力の源泉とは

 ハーバード大学の竹内教授によれば、VUCA時代の競争力の源泉は、「スピード」「アジリティ」「クリエイティビティ」の3つだという。それをデータサイエンスの文脈に当てはめると、スピードは「データ管理の効率化」や「高度な分析の自動化」、アジリティは「需要変動のアラート(変化への気づき)」やそれに伴う「需要シミュレーション」、クリエイティビティは「暗黙知の組織知化」や「新しい需要の創造」といった要素が挙げられる。

 「中でも特に重要なのがクリエイティビティだと考えています。これからは、適切な意思決定を支援できるモデルなどに知見を蓄え、専門家の方々のアイデアを創発していくことが重要です。その支援に向けた技術をこれからも開発していきたいと思います」(江藤)。

 とはいえ、センスメイキング理論に基づくS&OPアプローチは、全社横断の中長期的な取り組みになる。何から手を付けていいかわからない――。そんな企業向けにNECは「SCM DX診断」を無償で提供している。「これは学術的なフレームワークに基づくS&OPのレベルチェックを行うもの。需要予測、需給調整、S&OPという3領域について設問に回答すると、お客様の強みと優先的改善ポイントに関する示唆が提示されます。これを各社のオペレーションの文脈で解釈し、実際の変革に落とし込むことが重要です。」(山口)。

  1. 需要予測って何? 不確実な時代にモノを売り切るスキル!『すごい需要予測』山口雄大氏|PHP研究所 - YouTube別ウィンドウで開きます
  2. Amazon.co.jp: 山口 雄大: books, biography, latest update別ウィンドウで開きます
  3. VUCAな環境下におけるS&OPの課題と進化の方向性 『S&OP』セミナーレポート第1弾
  4. Karl E. Weick, Kathleen M. Sutcliffe, David Obstfeld. "Organizing and the Process of Sensemaking". Organization Science. 16(4):409-421. 2005.
  5. より詳細で正確な解説は以下を参照。
    入山章栄.『世界標準の経営理論]第23章.ダイヤモンド社.2019年.
  6. Mark Lawless. “Going Beyond the Demand Plan- Business Forecasting for Strategy Development”. Journal of Business Forecasting, Winter 2022-2023, p.30-33.
  7. NEC、AIによる新商品需要予測と予測精度マネジメントによる収益拡大に向けた戦略立案高度化の実証実験をアサヒ飲料と実施(プレスリリース)
  8. 山口雄大.「精度より成長を求める新製品需要予測」.NEC.2023.
  9. 山口雄大/竹田賢編著.『企業の戦略実現力』第2章.日本評論社.2023.
  10. NEC Advanced-S&OP人材: NEC Advanced-S&OP