

手ぶらでの入場と決済に多くの人が笑顔
ゴルフトーナメント会場で証明された顔認証の価値
女子プロゴルフトーナメントの会場で観戦客が手ぶらのまま入場や買い物をしている。秘密は顔認証技術だ。顧客体験の向上と顔認証技術の活用ノウハウを蓄積する目的で企画された顔認証サービスが多くの人を驚かせ、笑顔にした。共にサービスを企画したCCCMKホールディングスとNECのキーパーソンに顔認証技術の社会実装の可能性と課題を聞いた。
顔認証の社会実装は様々な配慮が必要
女子プロゴルフツアーの一戦「Vポイント×SMBC レディスゴルフトーナメント」の会場に少し変わった“仕掛け”が用意された。場所は、選手たちがプレーしているコース上ではない。会場への入場ゲートと食事やグッズを販売する店舗ゾーンだ。その仕掛けによって、一部の観戦客がチケットや財布はもちろん、スマートフォンすら手元に取り出すことなく、“手ぶら”でゲートを通過し、食事や買い物の支払いを行った。
同じ体験をしたことがある人、最新技術の動向に詳しい人、もしくは勘のするどい人はピンときたかもしれない。そう。その一部の観戦客たちは、顔認証によって入場や決済を行ったのである。トーナメントの主催者であるCCCMKホールディングス、およびカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が、顔認証技術で世界No.1の認証精度を誇るNEC(※1)に声をかけ、顧客体験向上の一環として顔認証サービスを企画したのである。
現在、様々な技術が社会のデジタル化に貢献しているが、顔認証技術はその1つである。広く利用されてきたICカードやパスワードによる認証に比べ、顔認証は「なりすまし」が難しく、強固なセキュリティを実現できる。またICカードを持ち歩いたり、パスワードを管理したりする必要がないことから利便性も高い上、非接触で認証を行える点は衛生面でも注目されている。つまり顔認証技術は、安全・安心で快適な暮らしを支える技術としての期待を集めているのである。
このような特徴が評価され、顔認証は、まず政府機関や空港などで採用された。最近ではマンションやホテル、コンサート会場やエンターテインメント施設、店舗決済、オンラインでの本人確認など、より幅広い用途に用いられるようになっている。
「多くの人は相手の『顔』を見て、その人が誰かを判断しています。つまり顔認証技術は人間が行っている『認識の仕方』をシステムで再現した技術。そう考えると人にとって極めて自然で『身近』な技術だとNECは考えています」とNECの横川 孝太は言う。

第二リテールソリューション統括部
シニアプロフェッショナル
横川 孝太
ただし、顔認証技術を社会に実装するには、法令順守に加え、利用者に対する倫理的・法的・社会的課題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues )に配慮する必要がある。例えば、海外では顔認証のための学習データが特定の人種に偏ってしまい、特定のグループに対する認証精度に問題が出た事例がある。国内でも「不安」が原因で顔認証の実証実験が中止になったことがある。
「顔認証技術の価値を高めるには技術の進化だけでなく、そのようなELSIを把握し、対処方法を考えながら、適正に社会に実装しなければなりません。NECは大阪大学と共同で顔認証技術のELSIに関する研究を進めるなど、技術の適正な利用に向けた取り組みも行っています」と横川は話す。
Vポイント×SMBC レディスゴルフトーナメントにおける顔認証サービスも、顔認証技術を活用するための経験や知見を蓄積したいという思いが背景にある。
「私たちの思いは大きく2つありました。1つは観戦に来たお客様に新しい体験を提供し、純粋にゴルフトーナメントを盛り上げたいという思い。もう1つは社会や当社のビジネスにおけるVポイント×顔認証の可能性を探りたいという思いです。今後、顔認証技術の導入が進むことは間違いないでしょう。私たちも大いに期待しています。だからこそ、現在の技術はどれくらい成熟しているのか、どのようなリスクがあるのか、お客様は受け入れてくれるのかなど、顔認証技術の可能性や適切な導入時期を見極めたいと考えました」とCCCMKホールディングスの橋本 慶喜氏は言う。

Vポイント×SMBC レディスゴルフトーナメント大会プロデューサー
橋本 慶喜氏
例えば、CCCはカスタマーエクスペリエンス事業として、カフェでもオフィスでも、お客様が自由に使い方を選べる空間を提供するSHARE LOUNGE事業を手がけている。また、リテール事業では、全国各地に蔦屋書店を展開している。さらにエクスペリエンスデザイン事業では、顧客体験価値の提供を目指してお客様企業と共に様々なイベントを運営したりしている。施設への入退場や決済、Vポイントの付与に加えて、顔認証で顧客を認識し、パーソナライズした情報やサービスを提供するなど、これらのビジネスの中には顔認証技術が有効な場面が多くあるはずだ。
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※1
米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証ベンチマークテストでこれまでにNo.1を複数回獲得
<URL>https://jpn.nec.com/biometrics/evaluation/index.html
※NISTによる評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。
利用者の笑顔や高齢者夫婦の姿に見えた可能性
Vポイント×SMBC レディスゴルフトーナメントの顔認証サービスは、サービスを利用できる特別なチケットを購入した観戦客を対象に提供した。実際に体験を行った購入者にはVポイントをプレゼントするという特典も用意し、積極的なサービスの利用を促した。
「当初は、どの程度の反響があるか見えないところもありましたが、チケットの売れ行き、現地での結果を見ると、サービスは非常に好意的に受け入れられました。顔認証技術には誤認識や個人情報の扱いなどに対する懸念を指摘する声もありますが、そうした懸念にまつわる不安は、かなり解消されているのかもしれません」とCCCMKホールディングスの平能 準吾氏は話す。

Vポイント×SMBC レディスゴルフトーナメント大会ディレクター 兼 大会事務局長
平能 準吾氏
平能氏が話すようにサービスを利用する観戦客の様子からは、顔認証技術の可能性がはっきりと感じられた。利用者たちは、口をそろえてチケットや財布、スマートフォンなどを取り出すことなく入場や決済を行えることを便利と評価した。
「サービスを利用したお客様の多くが『すごい!』『本当にできた!』と笑顔になっていました。私は長く顔認証技術に携わっていますが、どちらかというとセキュリティ色が強い顔認証技術が人を笑顔にできるとは、あまり想像していませんでした。これから顔認証技術の社会実装をさらに推進する上で大きな自信につながりました」とNECの大工原 俊貴は話す。

金融ソリューション事業部門
デジタルファイナンス統括
主任
大工原 俊貴
橋本氏はある高齢者夫婦の姿が強く印象に残っているという。「特別チケットを購入したものの、事前に顔を登録していなかったそうです。一番のお目当ては、トーナメントの観戦ですから、いち早く入場したいはず。顔認証サービスの利用は諦めるのかなと思っていると、『絶対にサービスを利用したい』と言って、その場で顔登録作業を行ってくれました。その様子を見て、幅広い年代の人が顔認証を拒否せず、前向きに受け入れている。もはや導入しない理由はないと感じました」。

NEC主催のゴルフトーナメントでも顔認証サービスを提供
顔認証サービスの運用を通じて課題も見えた。1つは通信環境だ。「ゴルフ場のように市街地ではない場所は通信環境があまりよくない場合があります。顔認証は通信できることが前提ですから、利用する場所によっては対策が必要だとあらためて感じました」と横川は言う。
また、先に紹介した高齢者夫婦が事前の顔登録を見逃したように、利用するための設定作業は、プロセスやインタフェースなどを見直す余地があると感じた。「これらの課題に気付けたことは、多くの人によろこんでいただけたことと同じくらい大きな成果です」と大工原は話す。
今回の経験を踏まえて両社は、既に次の展開を見据えている。
「私たちは、ライフスタイルを提案する企画会社。お客さま一人ひとりの生活に寄り添い豊かな体験を創造することを目指しています。実用性と受容性を確認できた顔認証技術は、それを実現する有効な力になると確信しました。例えば、イベントにおいては、入場から決済まで、すべて顔認証で完結することがすでに可能。入場や決済自体が新しい体験にもなる。来年のVポイント×SMBC レディスゴルフトーナメントをはじめ、様々なビジネスを通じて顔認証技術による新しい体験を創造していきたいですね」と平能氏は述べる。
またNECは、自身が主催する女子プロゴルフツアー「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」でも顔認証サービスの提供を企画。新しい試みに挑戦しながら、今回、見えた課題の解決にも取り組む。
「昨年のNEC軽井沢72ゴルフトーナメントで、NECは初めて顔認証による決済システムを導入しました。ただ、昨年は初めての試みということもあり、物販店舗と一部のお客様に利用を限定しました。今年はそれを拡大。物販店舗だけでなくキッチンカーも対象とし、さらに来場したすべてのお客様が顔認証による決済を行えるようにします。昨年も利用したお客様には好評で『早い!』『便利』といった言葉をいただきましたが、より多くのお客様に利用してもらう今年は、レジ待ちや混雑を気にすることのないスマートなお買い物体験の快適さを、より強く感じてもらえると確信しています。CCCMKホールディングスの協力のもと、利用したお客様にはVポイントをプレゼントする特別な企画も用意しています。ぜひ楽しみにしてください」と大工原は言う。
“顔をかざすだけ”が当たり前の暮らしを少しでも早く実現するために、両社はこれからも様々な施策に挑戦する。その試行錯誤を通じて蓄積する経験や知見は、社会にとっても重要な財産。これからの両社の取り組みに大いに期待したい。

- 参考: NEC軽井沢72ゴルフトーナメント [2025年 8月15日 - 8月17日]
- 参考: 生体認証
- 参考: 流通業(小売業・外食業)