

大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「null²」に見る、本人証明の新潮流

近年、DXの進展により、IDや属性に加え、資格、経歴、外見、声、健康状態など多様な個人情報のデジタル化が進み、より多くのデジタルの利便性が享受できると期待されている。将来的には、生まれ持った身体以外のデジタル上の分身を持つ未来も予想されており、デジタル社会における基盤として重要な位置を占めると考えられている。
2025年4月13日に大阪・夢洲で開幕した大阪・関西万博。8つのシグネチャーパビリオンの一角である、落合陽一氏がプロデュースした「null²(ヌルヌル)」では、デジタル上の分身であるMirrored Body®を作ることができる。そのMirrored Body®の情報を安全・安心に管理、本人性を担保するために不可欠なテクノロジーとして、NECはVC(Verifiable Credentials 後述)発行の仕組みを提供している。
そのパビリオンを通じて、デジタルヒューマン時代やweb3時代に必要となってくる本人証明とはどのようなものか、深堀していく。
シグネチャーパビリオンnull²
大阪・関西万博内にある8つのシグネチャーパビリオンは、万博のテーマを象徴するパビリオンで、各プロデューサーの意向がより強く反映され、趣向を凝らしたデザイン性の高い展示になっている。
「null²」は、リングとウォータープラザを望む絶好のロケーションに位置し、外観は周囲の景観をリアルタイムで反映・変形させる新素材「ミラー膜」で覆われ、風景自体を生きた彫刻へと変換する。
内部は前後左右上下、全方向が映像表示可能な鏡張りLED空間となっており、来場者は中央に配置されたモノリスと呼ばれるLEDディスプレイに表示された自分や他の参加者の分身(Mirrored Body®)と対話することができる。まさに、”未来のデジタル社会”を体験できるパビリオンとなっている。

個人情報管理が求められる時代へ
現代の我々は、様々なサービスを受ける際に自身の個人情報を提供している。これまで、私たちが使ってきたSNSのアカウント、運転免許証、保険証、社員証などのIDはすべて企業や政府など、何らかの“管理者”によって発行・管理されてきた。本人であっても、IDの中身や使い方を自由にコントロールできるわけではない。近年、個人情報に対するプライバシー保護の必要性が今まで以上に高まっていることもあり、今後より一層必要となるのが、個人が自身のID情報を管理し、場面に応じてそれを必要な情報だけを高精度に開示することである。
そういった将来に向けて、「null²」では、来場者が自律的に情報開示を行えるように、NECの顔認証技術を使用したDID/VCソリューション「NEC Digital Identity VCs Connect」が導入されている。
DID/VCとは
DID/VCとは、Decentralized Identifier(分散型識別子、以下DID)とVerifiable Credentials(デジタル証明書、以下VC)を組み合わせた新しいデジタルIDの仕組みだ。この技術の本質はシンプルで、自分の身分や資格情報を、第三者に依存することなく、自ら管理し、必要なときにだけ安全に提示できる。プライバシーとパーソナライズを両立させる。それがDID/VCの世界である。

null²で提供される、顔認証を活用したDID/VC技術
「null²」で導入されている「NEC Digital Identity VCs Connect」は、利用者の顔画像をVC化(Face VC)し、改ざんできない形でスマートデバイスのウォレットに格納することで、本人性を担保し、なりすましなどの不正を防ぎ顧客体験の向上を支援している。顔認証技術をDID/VCに組み合わせることで、デジタルの世界で高い信頼性とセキュリティを実現することができるのが特長である。

本ソリューションの中核を担うのが、世界最高レベルの性能を実証しているNECの顔認証技術だ。この技術は、世界的権威のある米国国立標準技術研究所(以下NIST、注1)が今春に結果を公表した顔認証技術のベンチマークテスト「FRTE(Face Recognition Technology Evaluation) 1:N Identification、注2」で、NECは世界第1位を獲得した(注3)。このテストでは、1,200万人分の顔画像を用いた「1:N認証」(注4)において、認証エラー率わずか0.07%という極めて高い精度を記録。また、撮影から10年・12年以上経過した画像を使用した2つの経年変化テストでも第1位となり、NISTのWebサイトに掲載されたFRTE 1:N Identificationの主要8項目すべてで世界2位以内に入る、圧倒的な評価を受けている(注5)。

この高精度な顔認証をDID/VCの本人確認に組み込むことで、ユーザーは煩雑な手続きなしに、瞬時に自らの本人性を証明することが可能となる。これにより、利便性とセキュリティを両立した「シームレスなユーザー体験」が実現され、ストレスフリーなサービス利用が可能になる。
特に、なりすまし防止が重要課題となるDID/VCの運用において、「顔」という生体情報を用いた本人認証は、極めて高い信頼性を持つ。さらに顔認証は非接触かつ迅速に行えるため、金融、行政、医療など、高度なセキュリティと利便性が求められる分野での活用が広がりつつある。
DID/VCに世界最高水準の顔認証技術を統合することによって、NECは「本人証明」を次のステージへと引き上げている。この技術革新は、個人のアイデンティティ保護とデジタルサービスの快適性を両立する、新たなデジタル社会の基盤となる可能性を秘めている。
NECの技術への落合陽一プロデューサーコメント

NECの顔認証技術は実は世界で一番使われている顔認証技術の一つで、そのおかげで今回の万博体験でも非常にスムーズに顔を公開することができるなど、そういった意味では非常に信頼性が高く高速で利便性が高い技術だと思っています。Verifiable Credentialsの重要なところは、自分らしさを表現しているデータの集まりを自分で管理するという時代がそこに見えていて、そういったデータをどうやって利活用してよりなめらかなもしくはより自然な社会に繋がっていくかということがキーワードだと思っています。顔というのはすごくわかりやすいアイデンティティなので、そういったところに今後色々な自分のデータを自分で管理するという名目で、色々なものが紐づいていくのだろうなと思っています。
DID/VC技術がもたらす今後の可能性
DID/VCの導入が進めば、本人確認や資格証明、契約手続き、就労認証など、さまざまな手続きを効率的かつ安全に行えるようになるなど、幅広い分野での活用が期待されており、その可能性は計り知れない。
たとえばヘルスケア業界では、健康志向の高まりを受けて多くのサービスが展開されているが、現状では心拍、睡眠、ストレスなどテーマごとにデータが断片化され、統合的なサポートが難しいという課題がある。DID/VCを活用すれば、個人の健康情報を安全かつ一元的に管理・共有できるようになり、利用者にとって利便性の高い「トータルヘルスサポート」が可能になる。
これまではサービス提供企業それぞれに顔情報などの個人情報を預ける必要があったが、利用者自身が自らのデジタルウォレットに格納して自己管理することができるため、様々なリスクを低減しつつ、新しいサービスの享受が可能となる。企業も個人から開示された情報に基づき、よりきめ細やかなサービス提供ができるようになるため、例えば、スマートシティやMaaS(Mobility as a Service)といった複数の事業者を横断したサービスで活用も実現できる。
さらに現在、欧州のGDPR(General Data Protection Regulation、一般データ保護規制)をはじめとし、同意管理やサードパーティークッキーの問題など、個人情報保護の必要性が今まで以上に高まってきている。このような動向の中で今後、自身のデータを手元で保持し、自らの意思で開示する形へとデータ流通のあり方が変わる事が想定される。顔認証を活用したDID/VCは、今後あらゆる業界に広がっていくだろう。
「本人証明」の最前線を、さらに深く知りたい方はこちら
⇒https://jpn.nec.com/web3/index.html
- (注1) NIST: National Institute of Standards and Technology(米国国立標準技術研究所)の略。技術革新や産業競争力を強化するために設立。
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(注2)
各国のトップベンダーが参画する世界的なベンチマークテスト。千万人超の大規模データにおける認証の精度の評価が行われた。
- (注3) NISTにおける評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。
- (注4) 認証端末上の顔情報と登録データベース上の複数人の顔情報を照合しユーザーを本人認証する方式。
- (注5) 2025年3月18日時点。(出典)Face Recognition Technology Evaluation (FRTE)(NISTIR 8271 DRAFT SUPPLEMENT、2025/3/18)