

熱量高まる大阪・関西万博、その先にある価値とは
~未来社会の実験場でサステナブルな社会を体感する~
ついに開幕を迎える大阪・関西万博(正式名称:2025年日本国際博覧会)。158の国・地域と7の国際機関が参加を表明しており(2025年3月時点)、会期中の来場者数は約2820万人を見込んでいる。その最大の魅力は未来社会の実験場のコンセプト通り、最先端の技術を実際に体感できること。大阪・夢洲の会場には未来社会を彷彿とさせる光景が広がっている。その一方、サステナビリティ(持続可能性)に向けた取り組みがさまざまな分野で進められている点も大きな特徴だ。今回の万博に関して、注目すべきポイントとは何か。EXPO共創プログラム・ディレクターを務めるパノラマティクスの齋藤 精一氏に話を聞いた。

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏
パノラマティクス主宰/株式会社アブストラクトエンジン代表取締役/クリエイティブディレクター
1975年 神奈川県伊勢原市生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学ぶ。
2006年に株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。
社内アーキテクチャ部門を率いた後、2020年に「CREATIVE ACTION」をテーマに、行政や企業、個人を繋ぎ、地域デザイン、観光、DXなど分野横断的に携わりながら課題解決に向けて企画から実装まで手がける「パノラマティクス」を結成。
2023年よりグッドデザイン賞審査委員長。2023年D&AD賞デジタルデザイン部門審査部門長。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。
2820万人を対象とする巨大なアンケート・プロジェクトが始動
日本の南極の観測隊が2000年に発見した隕石「火星の石」、人気アニメ「機動戦士ガンダム」に登場する「ガンダムの実物大像」、iPS細胞を立体的に培養した「iPS心臓」、場内と外の2地点をつなぐ空飛ぶクルマのデモ飛行――大阪・関西万博のニュースがメディアで取り上げられる機会も増え、万博への期待は目に見えて高まりつつある。
「夢洲の会場だけでなく、『日本全国を万博会場にしよう』という万博+観光の取り組みも、ここへ来てようやく盛り上がりを見せつつあります。夢洲の万博会場の面積は2020ドバイ万博の約3分の1で、155ヘクタールとコンパクト。このため、パビリオン同士が近接していて、会場からは海や明石海峡大橋も見えます。全長2kmの大屋根リングの端から端まで一望できるような万博会場は、今までなかったのではないか。その意味で、これまでの万博とは密度が違いますし、海外のパビリオンも含めて、熱量が上ってきています」とパノラマティクスの齋藤 精一氏は語る。

齋藤 精一氏
また、未来社会の実験場のコンセプト通り、最先端のテクノロジーをショーケースとして展示し、実際にユーザが体感できることにも大きな意義があると齋藤氏は言う。「今回の万博は、多くの来場者を対象にした、巨大なアンケート・プロジェクトのようなものです。生体認証やセキュリティ、医療、モビリティ、AIといった次世代の技術を組み合わせて、例えばデジタルヒューマンのようなものをつくる。それを来場者の皆さんに触ってもらって、データを収集・フィードバックし、そうした技術が内包する可能性や美しさ、怖さを感じとってもらう。それこそが万博の醍醐味だと思うので、パビリオンに実装される最新テクノロジーには期待しています」。

大阪・関西万博の開催にあたり、NECは店舗決済と入場管理のための顔認証システムを提供。さらに、メディアアーティストの落合 陽一氏がプロデュースするシグネチャーパビリオン「null²」(ヌルヌル)でも、技術協賛という形で支援を行っている。
パビリオンや大屋根リングもリユースマッチングで再利用
さらに今回の万博で注目したいのは、最新テクノロジーだけではない。未来に向けて新たな仕組みづくりが進められていることも大きなポイントだ。その柱というべきテーマの1つに「サステナビリティ」がある。それを象徴する建築物の1つが、映画作家の河瀨直美氏がプロデュースするシグネチャーパビリオン「Dialogue Theater - いのちのあかし -」だ。
このパビリオンは、奈良県十津川村と京都府福知山市にある2つの廃校を解体し、万博会場に移築して再利用したもの。昭和前半に建てられた木造校舎が郷愁を誘う、ユニークなパビリオンだ。

「今回の万博では、コロナ禍や戦争の影響で建築費が高騰したため、皆が頭を抱えていました。ところが、河瀨さんは、廃校を移築することで問題を解決してしまった。70年の大阪万博では、会期終了後にパビリオンを他所に移築した例はたくさんありましたが、どこかから古い建物を移築してきてパビリオンをつくった例は過去にないのではないでしょうか」。
既存の建物をリユースしてつくられているのは、「Dialogue Theater - いのちのあかし -」だけではない。日本館に隣接する「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」も、万博から次の万博へリユースするという画期的な試みである。これは、建築家・永山 祐子氏が考案したドバイ万博の日本館のファサードを解体・移築し、再利用したもの。このように、今回の万博では、サステナビリティの一環として「リユースによるCO2排出量削減」の取り組みが行われている。

そのベースとなるのが、2024年4月に策定された「EXPO 2025グリーンビジョン」だ。これは、持続可能な社会の実現に向けて、脱炭素編、資源循環・循環経済編、自然環境編、横断的事項という4つの視点から方向性や対策をまとめたもの。このガイドラインにもとづいて、サステナビリティに配慮した調達コードが策定され、「使用済みのものをできる限り再利用する」ためのリユースマッチング事業がスタートした。
このリユースマッチング事業とは、万博で使われた建築や建材・設備、備品などを有効利用し、産業廃棄物を削減する取り組みである。そのための仕組みとして、Webサイト「万博サーキュラーマーケット ミャク市!」を開設。先行して、博覧会協会が所有する一部の施設やシグネチャーパビリオン、大屋根リングなどのリユースマッチングが始まっている。
「循環型の仕組みが実装されたヨーロッパとは違い、日本ではまだリユースの仕組みが定着していない。契約や所有権移転の手続きが非常に複雑だということもあって、これまでは社会実装できていなかったのです。その仕組みを、万博を機に実装していこうというのが、『ミャク市!』を立ち上げた理由です。こうしたイベントでは膨大な量の産業廃棄物が発生するのが常ですが、万博を壮大な実験場として見るならば、こういう形で循環させていくのがベストだと思います。このリユースマッチング事業を今後のレガシーにしていきたいですね」と齋藤氏は抱負を語る。
ビジネスパーソンの出会いと共創の場~フューチャーライフゾーン
万博のシンボルともいえる大屋根リングの内側には、海外パビリオンとシグネチャーパビリオンが集約され、リングの外側に国内パビリオンを配置。また、会場西端はフューチャーライフゾーンとなっている。この一帯が、大阪・関西万博のもう1つの柱である「共創」の拠点となっている。

フューチャーライフゾーンの一角にあるのが、齋藤氏が管轄するTEAM EXPO パビリオンだ。
TEAM EXPO 2025は「共創を生み出す場」であり、多様な人たちがチームを組んで多彩な活動を展開する参加型プログラム。参加者が共創相手や仲間を探したり、アイデアをシェアしたりできる交流の場となっている。
「期間中は会場のどこかで、マッチングのイベントも行われています。休みの日にフラッと会場を訪れても、自分の仕事や活動につながる気付きを得ることができると思います」と齋藤氏は話す。

また、フューチャーライフヴィレッジでは、世界が抱える課題を解決する良質なプロジェクトを選定した「ベストプラクティス」を展示。向かいに未来の都市、隣には空飛ぶクルマの発着場があるなかで、フューチャーライフヴィレッジでは、「未来の暮らし、未来への行動」というテーマでさまざまな実験や実装が行われる予定だ。

「実は今回の万博でも重要な意義を持つのが、フューチャーライフヴィレッジとTEAM EXPOパビリオンだと思っています」と齋藤氏。その理由を次のように語る。
「2025年に万博を開催する意義としてよくいわれるのが、『課題先進国である日本が、少子高齢化と労働人口減少をAIなどの技術で補っていく』ということです。世界には水や医療の問題のように、『日本では解決できているが、ほかの国や地域では解決できていない』問題がまだまだ山積している。その解決策やノウハウを、IP(知的財産)も含めて共有できることが万博の真骨頂だと思うのです。例えば、奈良の中川政七商店には、『1925パリ万博に(麻織物のハンカチーフを)出展した』という証書がある。まだカメラが普及していない時代に、日本の大工はパリ万博で見たものを脳裏に刻んで帰国し、擬洋風建築をたくさん建てた。これこそがノウハウの共有です。重要なのは、今の時代に一体何ができるのかということです。例えば、日本では既に克服した公害の問題に、今も苦しんでいる方々が世界のどこかにいるのであれば、そのノウハウは共有した方がいい。それも国連とか国同士のレベルではなく、市民同士で刺激を与え合えるのが万博のいいところ。ベストプラクティスやTEAM EXPO 2025が、その機会を提供できる場になってほしいと考えています」。

なお、フューチャーライフゾーンではCo-Design Challenge の展示も行われる。
Co-Design Challengeとは、中小ベンチャーをはじめ多彩なプレイヤーとの共創により、新たな物品やサービスを開発し、社会課題の解決や未来社会の実現を目指すプロジェクト。第1弾はモノの開発、第2弾はモノの開発に加えて全国各地の生産現場で来訪者にものづくりを体感してもらう、オープンファクトリーがテーマとなっている。

写真提供:2025年日本国際博覧会協会
「日本全国のものづくりを強くし、地域を強くすることも万博のミッションの1つ。オープンファクトリーでは、ツアーも含めた受け入れ体制を整えているので、日本全国に足を運んでいただくよい機会になると思います」と齋藤氏は言う。
人の熱量が経済効果を生み、地域と産業を強くする
今回の万博は、世界に向けてどのような価値を発信していくのか。齋藤氏はこう持論を述べる。
「万博は文化と産業の祭典です。今の時代になぜ万博などやるのかという批判もありましたが、100カ国以上の人々が半年間苦楽を共にすること自体、すごい価値だと思うのです。世界には経済が発展途上の国もあれば、経済発展を経験して少子高齢化に直面している国もある。人と人とのコミュニケーションがあるからこそ、それがきっかけで特定の国が好きになったり、そこで出会った何かを一生追いかけたりするわけですよね。そういうきっかけを与えてくれるのが万博だとしたら、もう一度、その意味を考え直す必要があるのではないか。万博にパビリオンを出すことは始まりでしかありません。これまでの万博では、Team Expoのような試みはほとんどなかったと思います。万博会場でできたつながりが会期終了後も持続し、知恵の貸し借りができるような、“人が出会える場所”であってほしいと思っています」。
一方で大きな課題は「何をもって万博の経済効果とするのか」という点だという。「文化事業の経済効果は数値化が難しく、ともすれば来場者の人数で経済効果を測りがちです。『何人来たか』を数えることはもちろん必要ですが、それ以上に重要なのは、イベント開催後にリピーターがどれだけ増えたか、移住者がどれだけ増えたのかということです」と齋藤氏。単純な数値化にとどまらず、人や技術の交流がどのような波及効果をもたらすかを長期的に見ていくことが重要だ、と主張する。
「結局、物事は人の熱量でしか動かないので、今回の万博でも、『どの人が、どれほどの熱量を持って、何に取り組んでいるのか』を炙り出したい。『自分たちの能力を使って何ができるのか』が見えてくれば、地域は圧倒的に強くなるし、結果として産業も強くなる。万博がその熱量を生み出すきっかけになればと思います」と齋藤氏は語った。


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