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クリエイター 齋藤 精一 連載

ついに開幕まで1年を切った大阪・関西万博の「今」 ~共創をカギに国・まち・企業・個人がつながる未来へ~

 2025年4月13日~10月13日に開催される大阪・関西万博。開幕まで残り300日を切った今、現地では急ピッチで準備が進められている。今回のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。その実現に向け、重要なキーワードとして挙げられているのが「共創」だ。実際、国・まち・企業・個人を超えた共創を促す多彩なプログラムが提供されている。現状、どのような取り組みが進められ、どのような新しい動きが生まれつつあるのか。2025年大阪・関西万博のEXPO共創プログラムディレクターを務める齋藤 精一氏に、現在の進捗状況と今後の展望を聞いた。

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏

パノラマティクス主宰/株式会社アブストラクトエンジン代表取締役/クリエイティブディレクター
1975年 神奈川県伊勢原市生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学ぶ。
2006年に株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。
社内アーキテクチャ部門を率いた後、2020年に「CREATIVE ACTION」をテーマに、行政や企業、個人を繋ぎ、地域デザイン、観光、DXなど分野横断的に携わりながら課題解決に向けて企画から実装まで手がける「パノラマティクス」を結成。
2023年よりグッドデザイン賞審査委員長。2023年D&AD賞デジタルデザイン部門審査部門長。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。

Co-Design Challengeなど大きく3つの共創プログラムを展開

 万博開幕が間近に迫る中、メディアでは準備の遅れを指摘する報道が目立つ。課題が山積しているといわれる中、実際の進捗状況はどうなのか。齋藤氏はこう説明する。

 「昨年末には住友館も着工し、準備は粛々と進められています。ネガティブな報道が多いことは残念な状況ですが、振り返って見れば、ミラノ万博や70年大阪万博のときも同じような指摘はありました。また、ここへ来てポジティブな変化も見て取れます。企業や団体の間で『万博を、何かを変えるきっかけにしよう』という機運があることや、ボランティアも2万人の募集に対して5万5千人の応募が集まったことなどはその一例です」。

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 大阪・関西万博の特徴の1つは、キーワードとして「共創」が掲げられ、それを促すためのさまざまなプログラムが提供されているという点だ。

 プログラムは大きく3つある。まず1つ目が「Co-Design Challenge」だ。これは、大阪・関西万博を機に、あらためて「これからの日本のくらし(まち)」 を考え、多彩なプレイヤーとの共創により新しいものを生み出していく取り組み。万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発し、社会課題の解決や未来社会の実現を目指すわけだ。

著名デザイナーが中小ベンチャーのものづくりに伴走

 どうしてCo-Design Challengeを実施することになったのか。その理由について齋藤氏は次のように語る。

 「大阪・関西万博は、中小企業やベンチャーが参加できるメニューがあまり多くありませんでした。例えば、会場に置くベンチにしても、従来はスポンサーとして1000脚単位の提供が求められます。これでは、中小ベンチャーが参加しにくい。そこで、中小ベンチャーも参加しやすいプログラムとして新たにつくったのが、Co-Design Challengeです。中小ベンチャーの中には、ユニークでサステナブルな取り組みを実践している企業も多い。小規模でも意欲的なものづくりをしている企業に、ベンチ1脚の提供でもいいから万博に参加していただき、共創のもとに新しいアイデアを是非具現化していきたい。そのための仕組みとしてつくったのがこのプログラムです」。

 Co-Design Challengeでは、①万博を機会として新しい「何か」をつくること、②共創の取り組みであること、③デザイン視点で取り組むこと、④大資本でなくても取り組めること、という4つの条件を設定。第1弾の選定結果は2023年3月に発表され、12件が選ばれた。

 また、第2弾は、製造現場を公開してものづくり体験を提供する「オープンファクトリー」を対象に審査が進められ、2024年5月に11件が発表された。

 「Co-Design Challengeの特徴の1つは、デザイナーが伴走してつくり上げるという点です。世界的に評価されているプロダクトデザイナーや、地域づくりで実績のある方々が伴走して、『デザインをこんな風に変えてみたらどうか』『こんな素材を使ってみたらどうか』『こんなメッセージを乗せてみたらどうか』と助言しながら、ものづくりをサポートしていくわけです。補助金を出して後はお任せではなく、社会を俯瞰して見られる人たちが最後まで伴走する。要は、デザイナーとものづくりの方々を橋渡しして、共創する機会をできるだけたくさんつくっていこうというのが、Co-Design Challengeの大きな枠組みです」と齋藤氏は説明する。

 このプログラムを通じて、新たな共創の取り組みも始まっているという。

 その1つが、古来の「木の循環」を現代に蘇えらせた、「吉野と暮らす会」の取り組みだ。奈良県吉野地方は、室町時代以来500年にわたって優れた林業技術が伝承されてきた、吉野杉の一大産地である。「吉野材」は高度経済成長期の木材需要を支えたが、その後は吉野の製材業も衰退の一途を辿った。2012年、新たな吉野ブランドの再構築を目指して、20~40代の後継者が「吉野と暮らす会」を結成。Co-Design Challengeに応募したのは、「じっくり熟成させた生材をベンチにして、吉野だからこそ発信できる“木の循環”のストーリーを伝えたい」という着想がきっかけだった。

 だが、当初の企画書には練り直すべきポイントもあった、と齋藤氏は振り返る。「“木の循環”をテーマにするなら、林業の方と一緒に山に入って木を伐るところから始めるべきなのに、当初のプランは製材からのスタートだった。吉野には巨大な林業があるのに、製材所や木工所の人たちは林業の人たちとつながっていなかったのです」

 そこで、齋藤氏は「吉野と暮らす会」のメンバーに、吉野の林業関係者を紹介。これをきっかけとして、山での伐採から製材、ベンチ制作に至る一連の流れが実現し、万博への布石とすることができた。

「TEAM EXPO 2025」の役割は「人と人、企業と企業」をつなぐこと

 共創を促す2つ目のプログラムが、「TEAM EXPO 2025(以下、TEAM EXPO)」だ。これは、多様な参加者が主体となって、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の実現を目指す参加型プログラムである。

 「TEAM EXPOは、万博に参加する方法としてはハードルが低いプログラムです。『万博でこういうことをやりたい』と手を挙げ、共創チャレンジとして登録すれば、会期前から活動することもでき、さらに万博会期中は「TEAM EXPOパビリオン」で発表や展示することができます。参加メンバーも大企業、中小企業、自治体、団体、学生、個人と多岐にわたり、障がい者支援に取り組む団体もあれば、ダンスを踊りたい人もいる。万博に向けて皆さんがそれぞれやりたいことをやっている、というのがTEAM EXPOの特徴です」。

 TEAM EXPOから生まれた活動の1つに、「まちごと万博」がある。これは、まち全体を万博会場としてとらえ、まちから盛り上がる仕組みを大阪から全国に広げていこうという試みだ。

 2024年4月~6月には、関西など複数の箇所で、まちなかを舞台にしたイベントが行われた。その目玉となったのが、1日限りの特別ルートで運行された、イマーシブ列車「EXPO TRAIN 阪急号」である。車内には70年大阪万博当時のポスターや写真が展示され、参加者は「過去・現在・未来」をテーマにした体験型演劇を通じて、万博の「これまで」と「これから」を体験。音楽や紙芝居のパフォーマンスを実施したり、阪急沿線の魅力がつまったマルシェを開催したりと、開幕1年前を祝って車内で多彩な催しが行われた。



 TEAM EXPOではメンバー間の交流と共創を促すため、半年ごとに「TEAM EXPO 2025 MEETING」を実施。万博開催に先駆けて、会場展示とは別にオンライン上で展開する「EXPO COMMONS(旧称:サイバー万博)」を実施している。EXPO COMMONSとは、社会課題解決に向けて世界中の人々が意見を交換する、バーチャル空間を活用したプラットフォーム。EXPO COMMONS上では「共創先とのマッチングをAIで行う仕組み」が実装され、SNSを介した告知や仲間探しも活発に行われているという。

 このように、今回の万博ではさまざまな形で共創が進められている。とはいえ、共創という旗印を掲げたとしても、簡単に物事は進むわけではない。どうすれば共創を効果的に進め、成果を上げることができるのか。齋藤氏は次のように語る。

 「共創とは、自分に何かが欠けていることを認めることだというのが僕の持論です。うちではこれはつくれないから、代わりにほかの企業や団体、IPOにつくってもらう――。まずはそうした認識を持つことが、共創を成功に導くポイントではないでしょうか。もう1つのポイントは、人と人とをつなげる“ミドルマン”の存在です。例えば、『食品廃材で食器をつくる技術は社内にあるが、それを分解する技術がない』という会社に対しては、分解技術を持つ人たちを紹介して『一緒に議論されてはいかがですか』と勧める。企業や人をつないで、欠けているパズルのピースを埋めるお手伝いをするのがミドルマンの役割です。日本ではミドルマンが間に入らないと、なかなか共創が発動しない。同じような取り組みをされている企業同士をつなげていくことが、僕やEXPO共創事務局の役割だと考えています」。

夢洲の会場を飛び出して日本全体をパビリオン化

 共創を促す3つ目のプログラムが、「ベストプラクティス」である。これは、世界が抱える重要課題を解決する良質なプロジェクトを選定し、万博会場で展示・発信するプログラムだ。TEAM EXPOの共創チャレンジの中から、世界各地で実践できる、特に優れた事例をベストプラクティスとして選定。会期中は、万博会場のベストプラクティスエリアで展示される。

 「万博は草創期の1800年代から、『イノベーションを共有する場』であり続けてきました。例えば浄水のように、『日本では既に解決されているが、他国では未解決』といった問題はたくさんある。万博とはノウハウを共有し、世界の英知を共有できる場としての意義を持っています」。

 同様に、福島や能登における災害復興のプロセスを、海外からの参加者に見てもらうことも万博の重要な意義の1つだ、と齋藤氏は強調する。

 「日本は災害を経験して、どのように復興を進めてきたのか。それは、日本人が持つどのような哲学性やアニミズム(万物に魂が宿っているという思想や信仰のこと)的な自然観に裏付けられているのか。例えばそういったことを共有するのも、万博の大きな役割の1つ。それも単に映像やパネルで見るだけでなく、実際に現地に足を運び、地域の人とコミュニケーションしながら、肌身で感じていただくことが大事だと思います」。

 こうした考えにもとづき、大阪・関西万博では、会期中に全国各地のものづくりの現場を訪ねてもらう仕組みづくりを進めている。

 「Co-Design Challenge2024でオープンファクトリーを対象にしたのも、夢洲の万博会場を飛び出して、日本全体をパビリオン化しようという取り組みの一環です。サステナビリティやサーキュラリティにかかわる地域の取り組みは、展示パネルを見ただけでは絶対にわからない。そこで、万博では大阪だけでなく、さまざまな地域に足を運んでもらいたいと考えています」。

 これに先立ち、2024年4月には観光ポータルサイト「Expo 2025 Official Experiential Travel Guides」を開設。インバウンドをはじめとする万博への来場者を対象に、万博のテーマに関連した体験旅行の情報提供や予約・決済を行うための取り組みも始まっている。万博会場を日本全体に広げ、ものづくりを切り口とした地方創生と観光振興の一石二鳥を狙おうという考えだ。

共創が社会実装されることが最大のレガシーになる

 20年ぶりの日本開催となる大阪・関西万博。そこでのさまざまな体験を通じて、来場者は何を学び、「自分を変える」きっかけとすることができるのか。

 「それは、『自分の持つ能力が何か』を理解し、主体的に行動するということではないでしょうか。その意味で、今回の万博は、共創によって自分に足りないものを補完するチャンスでもある。どうすれば、自分の生活を豊かにしながら、社会にもよい影響を与えられるのか。実はそれぞれの方々に改めて主体者として感じてもらうことが、今回の万博における一番の目的だと思っています。さらに付け加えるなら、万博会場を“目次”として、さまざまな取り組みが行われている現地を訪ね、自ら体験してみる。それが結果として観光や産業復興につながることが、とても重要だと思います」。

 Co-Design Challenge、TEAM EXPO、ベストプラクティス――万博を機に立ち上がった共創の取り組みは、大阪・関西万博のレガシーとしてどのように後世に継承されるのか。齋藤氏は最後に、期待を込めてこう語った。

 「僕は、共創がいよいよ実装される時代が来たと感じています。そのために必要なのは、自分に足りないものを補完する人や企業と出会えるプラットフォーム。リアルとバーチャルとを問わず、それが実装されることが、今回の万博における一番のレガシーだと思います。地域課題も深掘りすれば、地域ごとに特性は全く違ってきます。画一的な方程式を当てはめようとして解決はできないので、その地域に合った形や規模で解決策をインストールしなければなりません。ここにあるアイデアが、地球上のどこかの国や地域で、多くの人を救うソリューションとなりうる。TEAM EXPOのような形で“共創が社会実装される”ことが、大阪・関西万博の最大のレガシーになると考えています」。