

SXとは?注目を浴びている背景と取り組むメリット、実践事例を解説
2023.06.05更新
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2025.03.13更新
近年、より効率的で価値の高いビジネスの実現を目指して、多くの企業が業務のみならず企業文化や組織の在り方にも及ぶ大規模な変革に取り組んでいます。その典型が、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。
しかし、株主、従業員、顧客など、さまざまな立場の人たちにとって信頼される企業となるためには、デジタル化によって組織やビジネスモデルの変革を図るDXとともに、持続可能性を高める取り組みが必要になります。そこで今、「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」と呼ばれる、新たな視点からのビジネス変革が注目を集めています。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは?
SXとは、「企業経営を取り巻く環境の不確実性が一段と増す中で、『企業のサステナビリティ』と『社会のサステナビリティ』を同期化させた上で、企業と投資家の対話において双方が前提としている時間軸を長期に引き延ばす経営の在り方や対話の在り方」を指します。
出典:サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会 中間とりまとめ|経済産業省
2019年11月、経済産業省は「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」を設置しました。同検討会は、2020年8月に発行した「中間取りまとめ」を報告し、その中で企業の持続的な価値向上に向けて、SXを上記のように提案しました。
また、大きく2つの観点から、企業の戦略や施策、業務プロセスを検討する必要があるとしています。
中長期視点での企業の経営リソースの配分
1つめの観点は、中長期視点から、事業ポートフォリオ(事業構成)、イノベーション創出に向けた種植えなどを管理・実践することです。市場のグローバル化やSNSなど、素早い情報拡散の手段が普及したことで、顧客ニーズの多様化と急激な変化が顕在化しています。さらには、大胆なビジネスモデルの変革が必須になる業界も増えました。また、生成AIや量子コンピュータのような新技術が登場し、その使いこなしの良し悪しが企業の競争力を大きく左右するようにもなりました。
こうした事業環境の変化に追随するためには、企業が保有する経営リソース(いわゆるヒト、モノ、カネ)は有限である一方、単純に現時点での採算性や貢献度だけに注目するのではなく、将来性を見据えた中長期視点での選択と集中が必要になります。
社会のサステナビリティを念頭に置いた経営
もう1つの観点は、社会のサステナビリティ(持続性)を念頭においた経営を目指すことです。近年、コロナ禍や米中対立など、市場やサプライチェーンの状況、技術やビジネスモデルを創出・選択する際の前提となる価値観を激変させる不測の出来事が次々と起きています。こうした不確実性の中で、企業が持続的に稼ぐ力を養っていくためには、将来の社会の姿からバックキャスト(逆算)して、中長期的なリスクとオポチュニティ(事業機会)を把握し、経営に反映していくことが不可欠です。
その際、ESG(環境・社会・ガバナンス)や国連が2030年での達成を目指す17の持続的開発目標(SDGs)などに関連した、足下の企業業績に直結しにくい事業も、その意義を熟慮して積極的に取り組むことが重要です。その理由は、中長期的な企業の社会価値を向上させ、企業の将来のビジネスを円滑に進めるための素地を生み出すからです。さらに、社会課題を解決するための製品・サービスの提供は、時代と社会の要請に応えるものであり、新たな成長事業へと発展する可能性があります。

企業のSDGsに対する取り組みについては、下記の記事をご覧ください。

2022年09月21日
SXと「DX」「GX」「SDGs」との違い
SXと似た用語に、「DX」「GX」「SDGs」があります。正しく使い分けるためにも、各用語の概要を理解しておきましょう。
用語 | 概要 |
---|---|
SX | Sustainability Transformation(サステナビリティ・トランスフォーメーション) 企業と社会のサステナビリティを同期化させた上で、企業と投資家の対話において双方が前提としている時間軸を長期に引き延ばす経営の在り方や対話の在り方 |
DX | Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション) デジタル技術を活用してビジネスモデルや業務プロセスを変革し、新しい価値と競争優位性を創出する取り組み |
GX | Green Transformation(グリーントランスフォーメーション) 温室効果ガスを発生させる化石燃料から太陽光、風力などのクリーンエネルギー中心の発電方法へと転換し、経済社会システム全体を変革しようとする取り組み |
SDGs | Sustainable Development Goals(サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ) 国連サミットで決められた17の目標と169のターゲットから成る国際社会の『持続可能な開発目標』 |
>>DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?注目される理由や企業の取り組み方を紹介
>>SDGsへの企業の取り組み方とは?事例やメリット、注意点を解説

SXが注目を浴びている背景
SXが注目を浴びる背景には、企業の社会的責任の追求や持続可能な成長への意識の高まりがあります。SDGsやESG、人材資本経営といった考え方が広まる中で、企業はビジネスの在り方や経営戦略を見直し、社会的な課題の解決と共存・共栄を目指す必要があります。
社会的責任の観点
社会的責任の観点から見ると、「SDGs」と「ESG」の2つの観点が主に注目を集めている要因として挙げられます。
SDGsの観点では、SXは持続可能な社会と環境を実現するための企業の取り組みとして注目されています。企業はビジネスモデルや経営戦略を再構築し、社会的な課題の解決や環境への負荷軽減に向けた取り組みを行うことが重要です。
ESGの観点では、2006年に国連が発表した国連責任投資原則の中で、ESGが新たな投資の判断軸になる旨を記載していたことから注目度が高まってきています。
企業には環境負荷の削減、社会的責任の果たすこと、透明性の確保など、ステークホルダーの利益を総合的に追求することが求められます。
人財資本経営の観点
SXは人材の育成や多様性の推進にも関連します。企業が従業員の能力開発や働き方改革の推進に注力すると、従業員は快適に業務に取り組めるようになり、企業の競争力にも影響します。
また政府機関や経済団体は、SDGsやESGに加え、人材資本経営の観点からもSXを推進しており、企業に対して方針や指針、支援策を提供しています。
SXは企業の競争力や持続的な成長を支える重要な要素となっており、経営に取り入れることで、社会的な価値創造と長期的なビジネスの成功に繋がります。
参考:伊藤レポート3.0・価値協創ガイダンス2.0の概要|経済産業省
経済産業省によるSX銘柄の創設
経済産業省は、SXを通して企業が持続的に成長原資を生み出す力を高め、中長期的な企業価値向上を実現できるよう、先進的な企業とその事例を選定・公表するSX銘柄を創設しました。
SX銘柄が公表されることで、SXの取り組みがより世の中に広まると同時に、投資対象を選別する投資家の間でもSXへの関心が深くなる可能性があります。企業にとってもSX銘柄に選定されることで、自社の取り組みがより多くの投資家に注目される機会となります。
企業のSXが進まない理由
SXは企業にとって重要な取り組みですが、実際に取り組みが進んでいる企業はまだ多くはないのが現状です。なぜSXの取り組みが進まないのか、その理由を解説します。
社内理解の不足と人材不足
SXの推進には、経営層・従業員双方の理解と意識改革が欠かせません。SXへの理解や意識の浸透ができていないと、目標に対する具体的な行動が実行されにくい状況が生まれます。また、SXに関する専門知識を持つ人材の確保や育成が追いついておらず、適切な戦略策定や実行が困難になっていることも課題の一つです。
コスト負担の大きさ
SXに取り組むためには、既存の経営戦略や業務プロセス、サプライチェーンなどを見直す必要があります。新たな技術や設備の導入、従業員のスキルアップへの投資など、多くのコストがかかる可能性があります。
SXは中長期的に見れば企業の競争力を高める要素となりますが、コストとリターンのバランスを考えた戦略が求められます。特に多くの中小企業にとっては、そこまでのコストを負担する余裕がないという点も大きな課題でしょう。
企業がSXに取り組むメリット
SXの取り組みは、社会貢献にとどまらず、企業の事業活動にも多くの影響をもたらします。その具体的なメリットを解説します。
投資家や社会全体に対するブランドイメージの向上
環境や社会課題に配慮した経営は、消費者や取引先からの信頼向上につながり、企業ブランドの価値を高める要因となります。また、ESGを重視する投資家からの評価が高まり、事業の成長に必要な資金調達がしやすくなる効果も期待できます。
従業員のエンゲージメントの向上
企業がSXに取り組むことで、従業員の中に「社会に貢献する企業で働いている」という意識が生まれ、働きがいやモチベーションが高まり、離職率の低下やエンゲージメント向上につながります。また、DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の推進により、多様なバックボーンを持つ人材を活かす組織風土を醸成できます。
中長期での収益性と競争力の向上
持続可能なビジネスモデルを構築することは、リスク管理の強化やイノベーションの促進にもつながり、企業の収益性や競争力の向上、市場での優位性確立につながります。また、環境規制への対応やエネルギーコストの削減、サプライチェーンの最適化などが可能となり、環境リスク・社会リスクに強い、安定した成長基盤の構築にもつながるでしょう。
SXを実現するためのポイント
SXを実現するためには、施策を企業のビジョンや戦略と結びつけ、全ての経営層・従業員が自分事として取り組んでいくことが重要です。ここでは、SXを効果的に推進するためのポイントを解説します。
企業の目指す姿の明確化
SXの取り組みを成功させるには、まず企業が社会にどのような価値を提供するのか、どのように長期的な価値向上を実現するのかなど、目指す姿を明確にすることが重要です。目指す姿は、企業全体の指針となるだけでなく、従業員一人ひとりの行動の判断軸にもなります。
また、SXに取り組む背景や得られる価値について組織全体で共通認識を持つことも欠かせません。そのためには、経営層が積極的に発信し、SXの意義を説明する機会を設けることが有効です。従業員やステークホルダーと価値観を共有し、組織全体でSXを推進できる環境を整えましょう。
目指す姿に基づく企業戦略
目指す姿を明確にした後は、実現に向けた具体的な戦略を策定していきます。現状とのギャップを明らかにし、短期・中期・長期それぞれの視点で戦略を立て、各タスクやスケジュールを明確化することで、より効果的に長期的な価値創造の基盤となるビジネスモデルの構築・変革を進められます。
KPIの設定・ガバナンスの整備
SXの進捗を継続的に評価し改善していくためには、KPI(重要業績評価指標)を明確に設定することが有効です。具体的な数値目標を設定することで、優先課題が明確になり、取り組みが進みやすくなるとともに、ステークホルダーに対しても取り組み状況を説明しやすくなります。
また、ガバナンスを整備し、リスク管理のフレームワークを策定、環境・社会リスクの特定と評価を定期的に実施することが求められます。さらに、意思決定プロセスにおいては、サステナビリティ委員会の設置や経営層への定期報告を行い、透明性と迅速性を確保することが効果的です。社内外のステークホルダーとの対話を強化し、多様な視点を取り入れることで、より実効性の高いガバナンスを整備することができます。
SX実践に必要なダイナミック・ケイパビリティとは
SXを実践していくためには、「ダイナミック・ケイパビリティ」が欠かせません。ダイナミック・ケイパビリティとは、変化を知る「感知力」、変化の意味を理解する「捕捉力」、組織全体を刷新する「変容力」の3つの力を要素とした企業の能力です。この3つの力の底上げには、デジタル技術の活用が極めて重要になります。それぞれの要素について説明します。
- ● 変化を知る「感知力」
- 業務のデジタル化が進み、顧客や商品のデータには、時代や社会の変化を映す貴重な情報が含まれるようになりました。「感知力」を高めるためには、質の高いデータをより多く収集できるシステムの構築が欠かせません。
- ● 変化の意味を理解する「捕捉力」
- 一見ありふれた、取るに足らない現象が、将来の大きな変化の兆しであることがあります。ビッグデータ解析や人工知能(AI)などを活用することで、事業環境の変化を可視化して傾向を探ったり、この先に何が起きる可能性が高いのかを予測したりできます。これらのデジタル技術の活用で企業の「捕捉力」は飛躍的に高まり、変化の兆しを見逃さずに対処することができるのです。
- ● 組織全体を刷新する「変容力」
- 「変容力」は、企業が持続的に競争力を発揮するために、組織全体を刷新していく能力です。事業環境の変化に応じて組織を柔軟に見直したり、人事制度を再構築したりする際に変容力が重要になります。なお、組織変革は一度きりではなく、継続的に見直して、企業の成長に合わせて最適な形で変容させていくことが求められます。
SX的発想のビジネス変革事例
デジタル技術の活用例の中から、SX的発想で行われているビジネス変革の例をご紹介します。
AIを用いた再生可能エネルギーの利用
まずはAIを活用した再生可能エネルギー利用の安定化です。短期的な経済効率から見れば、化石燃料の活用には合理性があります。しかし、地球環境の保全という観点から、再生可能エネルギーの活用は持続可能な社会に欠かせません。発電量が天候などに大きく左右される経済効率が低い手段を、上手に使っていく必要があるのです。そこで、AIを活用して天候の変化による発電量の変動予測や量子コンピュータを活用した配電計画の最適化などによって、需給バランスが取れる電力活用法を実践する試みが出てきました。
デジタル技術を活用した持続可能な農業
また、農業を持続的な産業に変える取り組みも進んでいます。日本の農業が衰退している一因として、作業量の割に収益が得られない点が挙がります。そのため、高度な技能を持つ農家も後継者がいないことが多いです。短期的視点からはなす術がない状態なのですが、デジタル技術を活用することで農業の魅力を高めようとする試みが数多く行われています。例えば、農家の目配りをIoTで、知恵をAIでシステム化し、質の高い作物を大量に生産して高収益が得られる魅力的なビジネスに、農業を変える取り組みが実践されています。
SXの実践事例
SXに取り組めていない企業も多い中、積極的にSXに取り組み、成果を上げている企業も存在します。ここからは、SXに取り組んでいる企業の事例を解説します。
大林組
大林組では、自社のサステナビリティを推進するべくサステナビリティ委員会を設けています。サステナビリティ委員会では、企業統治や経営戦略のサステナビリティ化における問題点の発見やその課題への対応方針の策定、そして経営層・取締役会に対して提言をし、実際に執り行う際の実施状況の確認を行っています。
サステナビリティ委員会に加えて、大林組は様々なサステナビリティの取り組みも行っています。その中のひとつに「環境に配慮した社会づくり」があり、持続可能な社会を実現するためサプライチェーン全体で脱炭素・循環・自然共生社会づくりに取り組んでいます。温室効果ガス排出量の削減、廃棄物の発生の抑制と再資源化、生物多様性の保全と自然保護など、「脱炭素」「循環」「自然共生」社会の実現に向けて事業活動全体を通じた環境負荷低減の取り組みを行っています。
出典:サステナビリティ|大林組
ユニリーバ
ユニリーバでは、「サステナブルな暮らしを”あたりまえ”にする」ことをユニリーバのパーパス(目的・存在意義)に掲げて、サステナビリティな活動に取り組んでいます。
地球の未来を改善すべく、気候変動へのアクションとして2039年までにCO2排出量実質ゼロを目指し、事業活動全体にわたって再生可能エネルギーに移行しています。また、人々の健康、自信、ウェルビーイングを改善すべく、誰もがおいしくヘルシーな食事を楽しめるようにすること、食品がつくられて消費されるまでのフードチェーンからの環境負荷の削減、植物由来の製品ポートフォリオの拡大に取り組んでいます。
NEC
NECは、2020年に発表した会社の存在意義や行動原則と個人とのつながりを示す「NEC Way」に基づき、サステナビリティ経営を推進しています。そのなかで下記の2つの組織を設立し、社内外の声を活かせる仕組みをつくりました。
- ● サステナビリティ戦略企画室:NECのサステナビリティ推進を目的とした専門組織
- ● サステナビリティ・アドバイザリ・コミッティ:社外の専門家・有識者が諮問する委員会
環境問題に対してNECは、”2014年7月に気候変動対策への貢献による社会価値を定量化し、2020年度にサプライチェーン全体のCO2総排出量に対して5倍のCO2削減貢献”という目標に焦点を定めました。この目標の達成に向けて、デジタル技術を使った高度な社会インフラを提供する「社会ソリューション事業」を通じて、気候変動の緩和と影響への備えの両面で貢献を強化してきました。その結果、2020年には7.7倍のCO2削減貢献を実現しました。今後も更なるCO2排出量の削減を目指しています。
出典:NECのサステナビリティ経営: サステナビリティ経営 | NEC
出典:Sustainability Report サステナビリティレポート 2021
企業の未来を左右するSX
近年、企業を取り巻くビジネス環境は、社会・環境問題や為替変動、地政学リスクなど多くの課題を抱えており、直近の未来さえ明確に見通すことが難しい状況になっています。このような環境で企業が安定した成長基盤を持つためには、DXだけでなくSXの視点が欠かせません。SXは単なる社会貢献ではなく、企業の信頼と競争力を高める戦略の一つとなっているのです。