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2022年03月16日

「認識」の変化で「市場」を創造する
~多様化時代の勝ち筋を創るマーケティングの新手法とは~

 情報氾濫などにより消費者の購買行動が多様化したことで、単発の販促施策や広告活動では、持続的な成長を期待しにくくなっている。各部門がそれぞれに頑張っているのに、思ったように商品・サービスが売れないと嘆くマーケターも少なくないはずだ。こうした現状を打破するアプローチとして注目されているのが「パーセプションフロー・モデル」だ。これは『The Art of Marketing マーケティングの技法』の著者、音部 大輔氏によって考案されたもの。パーセプションとは「知覚」や「認識」を指す言葉。活動の全体最適を通して、消費者の認識・知覚の自発的な変化を促すことで、最終的にブランド体験を通した消費者の「満足」につなげよう、というのがパーセプションフロー・モデルの考え方だ。その概要やメリット、BtoB領域にも活用できる適用方法について話を聞いた。

マーケティングの真髄は「市場創造」にあり!

 ――社会環境、消費者行動のデジタル化とともに、従来のマーケティング手法では最適解を導くのが難しくなったといわれます。その背景と、現代の企業が抱えるマーケティング活動の課題についてどうお考えか、最初にお聞かせください。

 マーケティングとは「売れる仕組みをつくること」という記述が定義のように語られることがありますが、これは必ずしも有意義な理解ではありません。単に売れる仕組みをつくるだけなら「価格を半額にする」のも一手ですが、これをもって「素晴らしいマーケティングだ」と理解されることはないでしょう。日本マーケティング協会などが唱導しているマーケティングの定義で、重要なキーワードが「市場創造」です。「いい商品」を再定義することによって市場を創造します。市場のシェアが大きく入れ替わるのは、このときです。

 それでは「市場創造」はいつ起きるのでしょうか。それは「顧客にとっていい商品・サービスの定義が変わる瞬間」です。ピンと来ないかもしれませんが、私たちの身のまわりでも定期的に起こっています。例えばクルマを考えてみてください。1990年代は「高級感、静粛性」、2000年代は「室内の広さ」、2010年代は「低燃費」、2020年代は「電動化、スマート化」と、いいクルマの条件は変わっています。この変化を「属性順位の転換(消費者が重視する属性が入れ替わること)」と呼びます。重要視する属性順位が転換するということは、市場ニーズの変化とイコールなので、市場が再創造されます。新しい市場に適合した商品、サービスが主導的なシェアを確立していきます。

株式会社クー・マーケティング・カンパニー
代表取締役
音部 大輔氏

 ――将来の市場創造を読まずに、既存市場だけを考えるからうまくいかない、ということですね。組織としての問題もありそうです。

 いま重視されている属性を満たしたらシェアを拡大できる、と考えがちですが、それは幻想にすぎません。既存の重要属性を競合よりよく満たしたことでシェアを大きく伸ばした例はほとんどないようです。高度経済成長のころには、顕在化しつつも解決されていない問題が日常にもたくさんありました。そうしたニーズを「高性能」「新機能」で応えることで、評価される時代だったかもしれません。最近では、いろんな領域で、解決されていない不満が少なくなっているように思われます。消費者が自分でも認識していないニーズを先回りできると、満足を生み出すことができます。

 組織やオペレーションが複雑化し、全体像を俯瞰するのが難しくなっています。それぞれの部門から見えている世界で個々に全力を尽くし、個別最適に陥りがちなのも現代の企業の課題の1つでしょう。また、同じ失敗は繰り返してしまうのに、成功は再現できないという課題もあります。これは振り返りが少なく、経験を知識に変えられていないからかもしれません。成長とは「昨日できなかったことが、今日にはできるようになること」と理解すれば、新しい知識を通してやり方がわかることが必要です。振り返りを通して、経験を知識に変え、蓄積しなければいけないのですが、日々の作業に追われて、何を学んだのか明確にできないまま進んでしまっていることもありそうです。

パーセプション(認識)で消費動向変化を可視化できる

 ――そうした課題を払しょくするため、どんな考え方が必要なのでしょうか。

 強調したいのは、消費者を中心に据えながら「いいなりにはならない」ということです。市場創造するには、消費者の期待を超える商品、サービスを提供しなければいけませんが、「いいなり」から期待を超えるアイデアを導くのは簡単ではありません。消費者の声を聞くことは重要ですが、来年乗りたいクルマ、欲しいものについて、明確に答えられる人は意外と少ないのも事実です。多くの場合は「いま欲しいもの」を答えがちで、そうした答えにとらわれていると属性順位を転換できません。意向に沿いながら、期待を超えていくにはどうすべきか、考えなくてはいけないと思います。

 また、失敗、成功の経験から学べるよう、ナレッジマネジメントを仕組み化する。ブランドの定義と、マーケティングの全体設計図を明示する。この2つも留意すべきポイントです。

 ――こうした消費者を中心とした全体設計を通して市場創造を実現するフレームワークとして、「パーセプションフロー・モデル」を提唱されていますが、概要についてお聞かせください。

 P&Gでブランドマネジメントに携わりながら考案、命名したもので、洗剤から消臭剤、食品、化粧品へと展開し、後にアルコール飲料、輸送機器、電力、放送局、医薬品、家電、アプリ、DtoC(Direct to Consumer)スタートアップなど適用範囲を広げていきました。BtoBへの適用も可能で、今では多くの日本企業でも採用されている考え方です。

 大きな特徴は、モデル名にもあるように消費者のパーセプション(Perception=認識)に影響する、4P(Product=製品、Price=価格、Place=流通、Promotion=販売促進)全域を含む企業活動を知覚に対する刺激、つまり知覚刺激ととらえることです。簡単にいえば、消費者の一連の購買行動プロセスを「認識が変化する流れ(パーセプションフロー)」としてとらえるわけです。

 それを起点に消費者のパーセプション変化を促し、満足度の高い商品やサービスを提供するためにはどうしたらよいのか。マーケティング活動全体の設計図を描いていきます。

 販売の視点から「どう売るか」へアプローチする考え方とは違い、消費者の視点から「どのように欲しくなり、満足するか」を考え、可視化していくところが大きな特徴です。パーセプションフロー・モデルでは、消費者の状態について「現状→認知→興味→購入→試用→満足→再購入→発信」を標準として、それぞれのパーセプションに従って行動が発生しており、どのような知覚刺激がパーセプション変化を促すのかを考えていきます。

 ――このモデルにはどんなメリットがあるのでしょうか。

 大きく3つあり、1つ目は「全体を俯瞰できる」ことです。マーケティングの課題としてあげられる「ROIが高められない」「他部門との協働を改善したい」「施策の成果分析が不十分」「デジタル化が進まない」などは、すべて全体図がないことに起因しています。

 マーケティングをほかのものに例えると、音楽ならオーケストラの演奏、建築なら大規模開発などになるでしょう。いろんな要素、人が関係して共創します。そのためには楽譜や建築図面など、全体の設計図が絶対に必要です。パーセプションフロー・モデルは複雑なマーケティング活動で全体設計図として機能します。全体最適に基づいて、個々の活動を企画・実行できるため、マーケティング活動の振り返りを通して、効果も効率も向上します。

 2つ目は「消費者中心の活動設計になること」。パーセプションの変化を可視化していれば、消費者を意識し続けられますし、自然にそうした視点、思考になっていくはずです。3つ目として、1枚のパーセプションフロー・モデルで一連のマーケティング活動を管理するため、社内外の関係者と「共通言語として共有しやすい」ことがあげられます。

マーケティング活動の全体像を可視化することで、多くの課題が解決できることも示唆される
マーケティング活動の全体像を可視化することで、多くの課題が解決できることも示唆される
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32人中31人の「No」から始まった市場の再創造

 ――消費者中心の活動の可視化である「カスタマージャーニー・マップ」とはどう違うのでしょうか。

 消費者視点、全体俯瞰、効果測定などの類似点もありますが、大きく異なるのは「パーセプションの変化を描いているかどうか」です。カスタマージャーニー・マップは行動を中心に扱い、4Pの中ではPlace、Promotionに重きを置きます。パーセプションフロー・モデルは認識の変化を扱い、4P全域の活動を対象にします。時間軸にも違いがあり、カスタマージャーニー・マップは過去~現在の消費行動を扱い、パーセプションフロー・モデルは現在を踏まえながら、未来の消費者行動を描きます。また、カスタマージャーニー・マップは基本的には「カテゴリーごと」なので、洗剤Aと洗剤Bの描き分けは至難の業か、たぶん無理です。パーセプションフロー・モデルなら、洗剤Aと洗剤Bが同じになることはありません。カテゴリーの標準的な購買行動のなかで効率性を改善するならカスタマージャーニー・マップが向いていて、市場創造やブランドごとの差別化を実現するのはパーセプションフロー・モデルが有効でしょう。優劣ではなく、使い分けが必要です。

新しい市場の創造につなげていくには、パーセプションフロー・モデルが有効だ
2つの手法には類似点もあるが、時間軸のとらえ方が大きく異なる。過去の行動分析ではなく、未来の消費者行動を予測し、新しい市場の創造につなげていくには、パーセプションフロー・モデルが有効だ
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 ――パーセプションフロー・モデルをベースに、企業はどんなマーケティング活動を実践すればいいのか。事例も含めてお聞かせください。

 全体最適に基づき、社内外の連携、そして協働がポイントになると思います。私がはじめてこのモデルを使ったのは、P&Gに勤務していたころの、洗濯洗剤アリエールのプロジェクトです。当時、粉末洗剤の市場は小型化に成功した花王さんのアタックが、新しい市場創造に成功した絶対覇王でした。「いい洗剤とは小さい洗剤だ」との認識が確立された市場で、アリエールはどこに勝機を見出せばいいのか。

 研究開発や製造部門と会議を重ね、実装できそうだった訴求が「除菌」です。ところが、消費者インタビューを行うと、32人中、31人が「いらない」と答えたのです。即時に棄却するのに十分な結果でしたが、除菌をそのまま機能として訴求しても響かないのだと解釈しました。菌が多いシャツと少ないシャツなら、ほとんどの人が菌の少ないシャツを選ぶことからわかるように、除菌に魅力がないわけではありません。重要なのは機能訴求の工夫というよりも、魅力的に見える状況を理解して、ベネフィット化できるか、だと思います。

 洗濯の後に天日干すれば菌はいなくなると多くの人は思っていましたが、天日干しでは菌はなくなりません。通常の洗濯では菌は残っているし、家族のために除菌機能がある洗剤を選びたい、というニーズに訴えかけました。その結果「いい洗剤とは小さな洗剤だ」から「除菌ができる洗剤がいい洗剤だ」と属性の順位転換が起こり、市場の再創造に成功したのです。複雑なコミュニケーションを必要としたこの事例が、パーセプションフロー・モデルの最初の実績だったといえます。

BtoB領域でも課題解決に直結する提案が可能に

 ――洗剤はBtoCの領域ですが、BtoB市場に適用させる場合、何か意識すべきところはあるのでしょうか。

 人間が意思決定するという意味では、活動の本質は大きく変わりませんし、BtoBでの運用例も増えています。パーセプションフローにおいて、働きかけるのは一人ひとりの心の中、つまりBtoCもBtoBも「人間」への働きかけという点では同じです。

 ただし、BtoCの場合とは、異なる自我の捉え方をする必要があります。具体的には、BtoBでは「組織の中の役割」という自我が強力なことが多いものです。購買担当者や意思決定者など、それぞれ役割に応じたアプローチをする必要があるでしょう。

 次に「いい商品」の定義が、その会社や置かれている立場によって変わっていくことも注意が必要です。例えば「ITシステム」を考えてみましょう。クライアントで、高いITシステム費用が問題となっていれば、初期費用や維持費が安いシステム、度々止まることに悩んでいるなら、ダウンタイムが少なく、冗長性が確保されたもの。経営サイドから「セキュリティは大丈夫か」と言われた後であれば、堅牢なセキュリティが重要になりそうです。このように対象者が置かれた役割や状況によって、働きかけていくよう、配慮が必要です。

 一方で、売る側にも属人的な要素は強く残っていることも多いので、パーセプションフロー・モデルで全体を俯瞰する意識を持つのは重要だと思います。

 例えば、複数の事業部が、それぞれ専門性の高い製品やサービスを提供している会社を想像してみましょう。きっと、事業部ごとや製品・サービスごとの営業担当がいると思います。各営業は、自分の担当分野にはかなり強いけれど、ほかの事業部の提供物には疎いといったことなど、よくある状況だと思います。この場合、特定事業部の営業担当者の能力が複数事業を擁する企業の限界能力になってしまいます。これでは、クライアントに不満が残ることもあるでしょう。

 かといって、すべての製品、サービスをカタログ的に紹介して、そこから選んでもらうというのでは、クライアントの担当者に負荷が掛かってしまいます。BtoBの場合、「クライアントは自社の課題も、必要なソリューションも理解している」を前提としがちですが、実は曖昧だったり、よくわかっていなかったりする場合も多いからです。消費者が意外と自身のニーズを明確に理解していないのと似ているかもしれません。

 こうしたBtoBの環境下においても、パーセプションフロー・モデルは有効です。クライアントが、現在どんな課題を重視しており、解決するにはどの製品・サービスが必要かを全体像を明示し、自社の複数事業部にまたがるソリューションを全体像の中で可視化できれば、説明も理解もしやすくなります。どこをどう改善すればいいかが見えれば、クライアントに対する貢献度も明確にしやすいでしょう。関連する複数事業を束ねての提案によりクライアントに気付きが生まれ、属性順位の転換が起これば、選ばれる可能性は高まるはずです。

 ――今後、どんなかたちで日本企業のマーケティングを支援していこうとお考えでしょうか。

 BtoCのビジネス支援、ブランド構築や組織構築支援を継続的に行いながら、パーセプションフロー・モデルを用いたBtoBへの支援も強化していきたいと思います。マーケティングは「市場創造」だと述べましたが、これはすべての企業に共通する課題であり、経営とも深くかかわるものです。市場を創造し続けることで、個々の企業はもちろん、日本全体として競争力を高められるよう活動していきたいですね。

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