日本のウェルスマネジメント業界の成長に必要なのは、
金融機関の壁を超えるコミュニティだ
近年、社会や経済、テクノロジーの変化に応じて金融産業はダイナミックに変化しているが、なかでも大きな変革が起きようとしているのが「ウェルスマネジメント」の領域だ。個人が保有する資産の管理を行うウェルスマネジメントはこれまで富裕層向けのサービスだと考えられてきたが、次世代への富の継承が進んできたことでミレニアル世代や女性、若い起業家など顧客の裾野が広がり民主化が進んでいる状況にある。多様な顧客のニーズへ柔軟に対応するにはデジタルテクノロジーの活用も必要不可欠となるため、DXへの期待も高まっていると言えるだろう。
加えて、日本の状況に目を向ければ、2023年に「資産運用立国」を目指すことが閣議決定されるなど、少数の富裕層に限らず資産運用や投資への注目は高まっている。現に日本が有する約2,000兆円の個人資産は多くが貯蓄されている状態にあり、ウェルスマネジメントにおいても活用されるポテンシャルを秘めているはずだ。
そんななか、NECは2020年にスイスのテクノロジー企業Avaloqを買収し事業の拡大に取り組んできた。もちろん、NECとAvaloqだけでビジネスのエコシステムを変えることは難しいだろう。そこで去る2月に開催されたのが、日本の金融機関10社を招いたクローズドな交流イベントである。
会場となったのは、東京・広尾のスイス大使館。Avaloqが生まれたスイスはウェルスマネジメント発祥の地として知られており、何世代にもわたって世界の富裕層の資産を管理してきたことでも知られている。金融の未来を考えるうえでも、決して無視することはできないだろう。日本を代表する金融機関が集まって行われたイベントからは、日本におけるウェルスマネジメントの進むべき未来が見えてきた。
スイス発のFinTech企業AvaloqとNECが生み出すシナジー
「2024年でスイスと日本は国交160周年を迎えました。両者の関係は、政治よりもビジネスの交流によって育まれたものです。スイスは日本にとって重要なパートナーでもありますし、どちらもFintech領域では伝統と最先端のテクノロジーを有している。私たちは最高のコンビネーションを発揮できると考えています」
この日の交流イベントは、アンドレアス・バオム駐日スイス大使によるスピーチから始まった。Fintechのなかでも1985年に創業しグローバルでウェルスマネジメント事業を展開してきたAvaloqと5Gや生体認証、AIなど先端的なテクノロジーのソリューションを数多く提供するNECが一体化することでシナジーが生まれ、業界のDXも進んでいくはずだとバオム大使は続ける。
同氏のスピーチを受け、日本でAvaloqのカントリーマネージャーを務める本田直行は「今日お集まりいただいたみなさまは、ともにウェルスマネジメント業界を盛り上げていく同士だと思っています」と語る。証券会社や銀行などこの日集まった企業はそれぞれ異なる境遇に置かれているものの、業界の成長を望む思いを共有しているからこそこの場にいるのだろう。
「今日は日本のウェルスマネジメントがどんな課題を抱えているのか、みなさまと意見交換を行えたらと考えています。そのうえで、AvaloqやNECがどのように貢献できるか考えていきたいのです」
オープンなアーキテクチャで柔軟にシステム構築
現在、Avaloqはどのように金融機関へサービスを提供しているのだろうか。参加者の自己紹介を経て、本イベントでは実際にAvaloqのソリューションを導入している企業から参加したゲストへ本田がヒアリングを行った。
「私は2000年代前半から東南アジアでビジネスの拡大に取り組んできたのですが、日本とは環境も異なりますし初めは厳しい環境にありました。そもそもウェルスマネジメントとはなにかきちんと定義できていませんでしたし、当社の強みはなにか、どんなサービスを提供すべきか議論を重ねることからスタートしました。実際にビジネスを展開していくことを考えたときに、インフラから変えていく必要を感じたのです」
Avaloqを導入した経緯を尋ねられたゲストはそう語り、当初は本部が推奨する金融商品の販売しか行わないなど「ウェルスマネジメント」を実践できていなかったことを明かす。インフラから変革を起こしウェルスマネジメントビジネスに取り組んでいくうえで、Avaloqのサービスは非常に有用なものだったという。
「Avaloqはグローバルで事業を展開していますし、世界のプライベートバンクやウェルスマネージャーが必要としている最先端の機能を利用できると考えていました。MiFIDのように世界で最も厳しい基準も満たしていますし、コストの面でもノウハウの面でもAvaloqには大いに助けられました。とくによかったのは、既存のシステムをインテグレーションしながら新たなツールを導入できたことです。ひとつのツールでさまざまな作業を行えますし、コンプライアンスチェックもしっかりしているので顧客に不適切な商品を提案することもありません。営業担当者のストレスはもちろんのこと、リスクもコストも下がったのは非常にありがたかったです」
ゲストがそう振り返ると、本田も「Avaloqはオープンアーキテクチャですから、ほかのシステムと接続しやすいんですよね」と応える。30年以上にわたって培ってきたノウハウはもちろんのこと、金融機関に合わせた柔軟なソリューションの提供はまさにAvaloqならではの強みだと言えるだろう。
規制と文化がボトルネックに
もっとも、金融機関が変われば抱えている課題も異なるものだろう。ゲストと本田の対談を経て、イベントは2グループに分かれたグループディスカッションへと移っていった。参加者のなかにはこの日初めて顔を合わせた者も少なくないが、各ディスカッションではそれぞれの金融機関がもっている問題意識が赤裸々に語られた。
まず最初のテーマは、日本のウェルスマネジメント発展における課題だ。
たとえばある金融機関は「投資助言事業を推進するなかで規制の縛りが多く、他社から助言事業を進めたいと相談を受けても新たな取り組みに踏み出しづらい状況にあります」と規制改革の必要を指摘する。Avaloqのように資産の運用やライフプランへの適用を行える多機能なプラットフォームが求められる一方で、銀行と証券双方の業務を行えないと包括的なウェルスマネジメントを進めることは難しいなど、規制によって変革が進みづらい状況にあるようだ。
続けて「手数料ベースから助言ベースのフィー体系に変えていきたいが、顧客から受け入れられるか不安です」「日本はアドバイスの対価としてフィーを払う文化がまだないと感じています」といった声が上がると、グループディスカッションの司会を務めるNEC DGDFビジネスユニット DF統括部 エグゼクティブ デジタルファイナンスリードの皆川和寛も「規制だけでなく文化の壁もあるわけですね」と頷く。規制と文化、双方を変えるには金融機関同士の協調が必要不可欠となるのだろう。
他方で、日本の金融機関の制度にも課題はあると各社は指摘する。たとえば定期的に異動が行われる環境では目の前の顧客やその親族にしっかりと時間をかけて向き合うことが難しくなり、個人が育ててきた関係性が成長していきづらい状況にある。こうした課題を解決しなければ、人材の定着や育成も進みづらいはずだ。また別の金融機関は「日本では役員が変わるたびに方針がころころ変わってしまうケースも少なくなく、ちぐはぐな動きをとっていることもあります。業界全体の成長が進んでいきませんよね」と指摘する。
さらにはたとえトップダウンで新たなシステムの導入に踏み切ったとしても、現場との乖離を埋められないケースがあるという声も上がった。「ウェルスマネジメントの定義が変わってしまうこともありますし、同じマインドを継続させなければいけません」と指摘されるように、日本企業の文化にもまだ多くの課題が残されているのかもしれない。
多様なニーズへ対応する柔軟なシステムへの期待
日本のウェルスマネジメント業界が成長していくうえでは、もちろんシステム面でのアップデートも必要だろう。グループディスカッションの後半では、より具体的にシステムやサービスを改善していく可能性が議論された。
「既存のシステムでは新しいソリューションや商品を取り入れようとしても導入コストが高くなってしまう」「必要な機能が自由に取捨選択できる柔軟なシステムが必要だと感じる」「コストを考慮し機能を削った結果、不足が生じてしまうこともあった」──多くの金融機関が指摘するのは、既存のシステムに対する不満だ。
「海外は自社独自のシステムとオープンなシステム、両建てでいいところを採用している印象を受けます」など海外との差異が指摘される一方で、「不便だと感じていても代案がないことも事実です」といった声もあがった。現状、多くの金融機関は新しいことへ取り組もうとするとコストの問題に直面してしまうことが多いようだ。とくに個別性の高い商品の場合はコストが見合わずマスリテール向けのサービスしか検討できなくなり、袋小路に陥ってしまうことも少なくないという。
加えて「一度大きなシステムを導入してしまうと身動きがとれない」「部署ごと、プロダクトごとにシステムが異なっており、その場しのぎの対応になってしまう」など、とくに大きな金融機関はその規模ゆえに柔軟性が欠けてしまうこともあるという。こうした状況においては、現場だけでなくユーザから不満の声が上がることが多く、なかにはシステムの統合によってむしろ柔軟性が下がってしまったこともあったようだ。
越境的コミュニティが業界の成長を促す
こうした状況のなかで、参加者の多くはデータ連携や一気通貫したシステムの重要性を訴えた。ときにはファイアウォール規制がボトルネックとなりデータ連携が進まないこともあれば、部署ごとの文化やこだわりが異なるがゆえにシステムの共通化が進まないこともあるという。
かように、システムの問題も突き詰めれば規制や文化の話に戻ってきしまうことも少なくない。日本のウェルスマネジメント業界が成長していくためには、金融機関はもちろんのこと、企業の壁を超えて新たな文化をつくっていく必要があるのだろう。
この日のイベントはグループディスカッションだけで終わらず、その後の懇親会でも参加者が積極的に交流する姿が見られた。本田は「今日のイベントをきっかけとして、みなさまと新たなつながりを生む関係性をつくっていきたいのです。これからもみなさまと議論を継続的に行っていけたらと考えています」と言って、イベントを締めくくった。
規制や文化を変え、日本のウェルスマネジメント業界を成長させるために──いま必要なのは単なるシステムやソリューションだけではなく、企業の壁を超えた豊かなコミュニティなのかもしれない。この日行われたイベントは、そんなコミュニティの種を蒔くものでもあったはずだ。