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技術の“ブラックボックス化”を乗り越えるための、実践的IT人材教育プログラム:「サーバ解体ラボ」

 DX が経営の重要テーマとなるいま、業務はクラウド・データ・AI などのデジタル技術の活用を前提に設計・運用されるようになった。

 一方で、サービスのクラウド化が進むほど、技術は「ブラックボックス化」し、現場での理解と適切な意思決定が難しくなっている。

 こうした背景からくる、企業のDX 推進を支える人材や、非エンジニアを含むビジネス部門の DX への理解力の底上げが急務となっている。企業はどのような対策を取るべきか。NEC の実践的な人材育成の取り組みから、打ち手のヒントを探る。

技術の“ブラックボックス化”とIT人材不足

 近年、さまざまな生成AIツールが普及するとともに、多くのサービスがクラウド化する一方で、技術の「ブラックボックス化」が加速している。日常的にデジタルツールを活用していたとしても、そのツールがどのような技術によってどう成立しているのか正確に理解している人は決して多くはないのかもしれない。

 多様な人々が気軽にデジタルツールの恩恵を受けているものの、結果としてデジタル格差が拡大しIT人材の不足が指摘されていることも事実だ。経済産業省所管の独立行政法人「IPA」の調査によれば、8割以上の企業がDX推進人材の不足を認識しているという。日々の業務としてインフラやクラウドに関わる人はもちろんのこと、私たちの生活を支えているデジタルインフラやツールに対する理解を深めることは、多くの人々にとって重要な意味をもつはずだ。

 幅広い産業に事業を展開するNECにとっても、この問題は避けられないものだ。だからこそNECは、IT人材の育成にも積極的に取り組んできた。新卒から入社数年目の若手社員や非エンジニアのインフラ領域への興味・関心を促進し、技術への理解を深めるべく、社内では定期的に研修が行われている。さまざまな研修が行われるなかでも特徴的な取り組みのひとつが、「サーバ解体ラボ」だ。本イベントは、日頃は直接触れることのないサーバを実際に解体することで、ITインフラの仕組みを理解するとともに、クラウドやオンプレミスの違いを体感的に理解することを目的としている。

本ワークショップには数十名の社員が参加した

サーバを実際に解体する体験型学習

 本イベントの特徴は、実践的なワークショップ形式を採用している点にある。NECソリューションイノベータの技術者が考案したストーリーのもと、参加者は複数のグループに分かれ、謎解きや脱出ゲーム形式でいくつものミッションを解決するプログラムへ挑戦。プログラムのなかで急遽サーバの障害に対応することになり、目の前に置かれたサーバを実際に解体しながら、サーバがどんなパーツから成り立っており、それぞれがどんな機能をもっているのか学んでいく。まず行われたのがミッション1「システムトラブルから脱出せよ!」だ。

参加者はミッションを解決するプログラムに挑戦する

 いまや「サーバ」という言葉を知らないビジネスパーソンは存在しないかもしれないが、それがどのように構成されているのかきちんと理解している人は必ずしも多くないだろう。一つひとつのサーバはパソコンと同じようにCPUやメモリ、HDD/SSD、電源ユニットなどから構成されており、タワーサーバやラックサーバなど形態に違いもある。ひとくちに「サーバ障害」と言っても、障害の内容によってチェックすべきパーツは異なっている。

サーバを構成する主な部材

 そこで本プログラムではより学びを深めるべく体験型学習設計を採用し、参加者たちが実際に発生しうるサーバ障害に対し、どのパーツに異常が発生している可能性が高いか検討していく。たとえばサーバの電源がすぐに落ちてしまう場合はサーバ内の温度を一定に保つ冷却ファンが故障している可能性があるなど、個々の障害に対応しうるパーツを確かめていきながら、参加者たちはパーツを確認し実際に取り外すことでサーバがどのように機能しているのか学びを深めていった。

 「エンジニアの方々と交流する機会も生まれたことで、ある種の共通言語も育まれたのではないかと感じます」と参加者のひとりが語るように、ワークショップ形式の研修は個々人の学習以上の意味をもつ。「共通言語」の構築によって部門を超えたコミュニケーションもより円滑になっていき、結果として人材育成も加速していくだろう。

ワークショップでは実際にサーバを解体しながらその仕組みについて学んでいく

クラウドとオンプレミスを使い分ける重要性

 続いて行われたミッション2は「クラウドorオンプレミスの移行を検討せよ!」だ。近年多くのサービスやインフラのクラウド化が進んでおり、柔軟な利用や拡張が可能なクラウドに対し、企業が自社でサーバやソフトウェアなどのITインフラを保有・管理するオンプレミスはその課題が指摘されることも少なくない。しかし言うまでもなく、クラウドが“先進的”でオンプレミスが“遅れている”とは限らない。NECが多くの企業との取り組みで実践しているように、機密情報を扱い高度なセキュリティが求められる領域においては、オンプレミスの方が優位なケースも少なくないだろう。

 今回のワークショップは、こうした背景を踏まえ、クラウドとオンプレミスの差異を理解するとともに、多様なニーズに対しどのようなアプローチをとるべきか学ぶことを目的としたものだ。そのために、まずは導入・維持コストの違いや、復旧方法や復旧スピード、影響範囲など障害対応の観点からそれぞれの特徴を整理していく。たとえばクラウドの場合は最短で数分から数時間でインフラ構築が可能であり、容易に機能を追加できるなど、導入・拡張の時間的・経済的コストが小さい一方で、障害が起きた際に自分たちが関与できる範囲が限定される側面もある。他方でオンプレミスはインフラ構築のコストが大きいものの、自由度が高いことが特徴だ。

オンプレとクラウドの障害対応の違い

 ただし、最適なシステムを構築するには、オンプレミスとクラウド双方を深く理解したうえであらゆるシチュエーションを想定する必要がある。たとえば障害発生時を想定するなら、クラウドは自動復旧や他拠点への自動切り替えを行えるため迅速に復旧できるが、ユーザが制御できる範囲は限られており、ときに他社へも影響が及んでしまう恐れもある。他方でオンプレミスは復旧こそ時間がかかるものの、影響範囲が狭く自社で自由に制御できるなど、より細かな対応が可能だ。近年は実際にクラウドサービスの大規模障害によって広範囲でトラブルが生じることもあるなど、ビジネス上のリスクへ対応するうえでも、オンプレミスとクラウドの理解は必要不可欠となっている。

 そこで本ミッションではカードゲームのフォーマットを採用しながら、「大量データの即時処理が必要に」「トラフィック急増」などいくつもの事象に対してどんな対策をとるべきか、各事象に対してどちらが適しているのか判断しながらクラウドとオンプレミスへの理解を深めていくこととなった。

ワークショップで導入されたカードゲームは、この日のために社員が独自に考案したものだ

 このワークショップの肝は、単にオンプレミスとクラウドそれぞれの特徴を学ぶだけでなく、使い分けの判断軸や障害対応の思考プロセスも合わせて身につけていくことにあると言える。オンプレミスなら「データ自社管理」「サーバ増設」「既存設備流用」、クラウドなら「オートヒーリング」「クラウド専用回線接続」「クラウドセキュリティ制御」など、いくつもある選択肢のなかからどれが適しているのか判断するとともに、総合的に見て、クラウドとオンプレミスどちらに優位性があるのか見極めなければならない。

 たとえば、トラフィック急増に対してオンプレミスなら「トラフィック制限」の手札が選択肢として挙げられ、アクセスに一定の制限を設けることでシステムのダウンを防ぐべきだが、トラフィック制限を行うと一部のユーザがアクセスできず、結果的に機会損失にもつながってしまう。他方で、クラウドなら「オートスケール」によって即時対応が可能であり、影響範囲も小さいためオンプレミスよりもメリットが大きいと言える。実際の業務においてはより複雑な条件が絡み合うため、クラウド/オンプレミスの使い分けもより繊細な判断が必要となる。NECは日々こうした研修を通じて人材育成に取り組みながら、さまざまな顧客企業の課題へと対応できる基盤を整えているとも言えるだろう。

社員同士で議論しながら、クラウドとオンプレミスそれぞれの最適な対策を検討する

技術の“ブラックボックス化”を乗り越えるために

 近年はクラウドの活用が広がっているものの、クラウドとオンプレミスのどちらかが優れているわけではなく、得意な領域が異なっている。高度なセキュリティや高性能のハードウェアが求められる際はオンプレミスの方が適しており、実際はお客様の要望やシステムの要件に合わせてハイブリッドな構成をとることが重要となる。

 たとえば安定性や統制に強みをもつオンプレミスであれば、高度なセキュリティが求められる基幹システムとの相性がよく、スピードと柔軟性に強みをもつクラウドならば新規システムの開発や実験的導入と相性がよい。いま多くの企業が問うべきは「オンプレミスかクラウドか」ではなく「両者の強みをどう活かすか」なのだろう。

オンプレとクラウドの得意領域の違い

 今回のイベントを企画したNECの金融ソリューション事業部門では、金融機関のニーズに合わせた多様なクラウドソリューションを提供している。さまざまな条件や環境に応じて柔軟なソリューションを提供できることは、NECの大きな強みだとも言えるだろう。「私は普段、金融機関の事務作業で使われているシステムの提案や運用サポートを行っているのですが、今回のワークショップを通じて、システム理解が深まったのはもちろんのこと、最適なインフラ検討にも役立てられると感じました」といった声もあがるなど、今回のイベントの意義は参加した若手社員の実感にも表れている。

 こうした取り組みは、社内のIT人材育成だけに寄与するものではない。他部署の人々とコミュニケーションをとりながら行われる体験型学習や、継続的な学びを生み出し社内の共通言語を育む人材育成の仕組みづくりは、常に最適な価値提供を行う判断の基盤を社内に整備するものであり、技術のブラックボックス化を防ぐものでもあるだろう。

 今後もNECは社内の人材育成はもちろんのこと、社会のDX人材不足にも対応していく予定だ。今回のプログラムも社内に留まらず活用可能なものであり、さまざまな企業のDX人材育成にも役立つはずだ。デジタルテクノロジーが複雑化する現在、多くの企業の課題を解決するには、単なるソリューションを提供するのではなく、人材育成も含めた多角的なアプローチが重要となってくるだろう。NECは安心・安全なITインフラの提供を超え、あらゆる産業のDXを加速させる社会基盤の構築へ挑戦してもいるのである。