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国際的ベストセラーの著者に聞く
ビジネスモデル転換とデザイン思考の有効性

 DXに向けた取り組みが加速する中で、AIやIoTなどの技術と並んで注目度が高まっているのが「デザイン思考」である。課題を起点とする思考法が、次のビジネスモデルを設計する力になるからだ。世界的なベストセラー「ビジネスモデル・ジェネレーション」の著者であるパトリック・ファン・デル・ピール氏と、NECのデザインチームのリーダーである熊谷 健彦にビジネスモデルの転換とデザイン思考の有効性について話を聞いた。

SPEAKER 話し手

NEC

熊谷 健彦

DX戦略コンサルティング事業部
エグゼクティブコンサルタントリード

Business Models Inc,

パトリック・ファン・デル・ピール 氏

CEO

デザイン思考で業務の改善をサポート

 ──「デザイン」によるDX支援を行っているそうですね。

熊谷:近年、デザイン思考という言葉を聞く機会が増えたのではないでしょうか。デザイン思考とは、簡単にいえば、ユーザーの視点に立って課題やニーズを発見し、その解決策を設計すること。解決策はモノに限りません。私たちは、デザイナーの視点でさまざまな課題を発見し、よりよいデザインを提案。製品やサービス、そしてビジネスモデルなどの変革を支援しています。

 ──具体的な事例をご紹介ください。

熊谷:例えば、ある電力会社様とのプロジェクトでは、給電指令室の新しい業務をデザインしました。

 給電指令室とは、給電を統括する組織。電力需要を把握して、発電量の増減を指示したり、ある系統で電力が不足しそうなら、別の系統から融通したりして、電力の需要と供給のバランスを保つ役割を担います。ミッションクリティカル性が高く、設備や人への負担などを考慮しながら、需要予測、電力の余力、融通履歴などの情報を適正かつ迅速に処理しなければなりません。
 この給電指令室の業務デザインを見直すために、私たちは現場に足を運び、情報の流れなどを整理。既存の業務の課題を洗い出しました。その上で、情報を確認するという行動に着目。最終的にメインディスプレイさえ見れば多様な情報や対応状況が一目でわかる新しい業務デザインを提案しました。

 ──NECは、なぜ、そのようなデザイン思考の支援を提供できるのでしょうか。

熊谷:実はNECのデザインに対する取り組みは古く、1958年以降、常に専任チームを組織して、ユニバーサルデザイン、エクスペリエンスデザイン、サービスデザインなどに取り組んできました。現在、私が所属するデザインコンサルチームは、そのDNAを受け継いでいます。
 その過程で、世界で実績のあるメソッドを用いて「NECのデザイン思考」のフレームワークを確立しており、このメソッドを提供してくれたのが、国際的なベストセラーである「ビジネスモデル・ジェネレーション」を出版したパトリック・ファン・デル・ピール氏がCEOを務めるビジネスモデル社です(図1)。

図1 NECのデザインに関する歴史
NECのデザインに対する取り組みは古く、さまざまな組織が継続的に研究を行ってきた。今もそのDNAは受け継がれている

人と人をつなぐプラットフォーマーへの転換事例

 ──ビジネスモデル社、およびピール氏は、長年、ビジネスモデルと提供価値について調査と研究をしておられます。価値とビジネスモデルは、どのように整理できるのでしょうか。

ピール氏:価値は常に変化し続けます。したがって、今は機能しているビジネスやビジネスモデルも、いずれは転換し、次の新しい顧客価値を生み出さなければならない。転換を考えることは、企業にとっては顧客価値の向上に向けた取り組みです。
 インターネットの普及前と普及後の社会を見れば、そのことは一目瞭然です。現在のビジネスモデルのほとんどは、生活者が、いつでも、どこでも、一日中デジタルとつながっていることが前提になっており、インターネットの普及前とは全く異なっています。
 つまり企業は、新しい価値を見つけ、それを実現することが求められます。どうすれば顧客に新しい価値を提供できるのか──。リーダーは、常に「付加価値」を意識した視点で物事を観察し、「新しい価値はどこにあるのか」を自問し続けなければなりません。

 では、新しい価値はどうやって見つけるのか。生活者の視点に立てば良いのか。あるいは、テクノロジーが起点となるのか。答えは両方です。

 テクノロジーはめまぐるしく進化し、生活者の行動は刻一刻と変化しています。ここ数年、私たちが学んだのは、そのテクノロジーの変化と生活者の変化の流れをしっかりと観察すべきということ。そこに新しいビジネスモデルがあるからです。
 世界的な混乱を巻き起こした新型コロナウイルスの感染拡大の中にも、そのヒントがあります。自粛生活を強いられる中で、多くの人が体を動かすこと、つまり運動の大切さを改めて理解しました。そして、今まで以上に運動を意識し、意識的に散歩などを行うようになった。そこで活用されるようになったテクノロジーが、歩数や心拍数を計測して、健康管理に役立てるスマートウォッチです。
 スマートウォッチをつければ、自分がどれくらい運動をしたかを可視化でき、運動の達成感や楽しさがさらに大きくなる。まさに新しいビジネスコンセプトの誕生です。

 ──ビジネスモデルの転換に成功した事例をご紹介ください。

ピール氏:当社は、これまで150を超えるビジネスモデルについて調査をしました。その調査を通じて、転換を大きく6つに分類しています。
 具体的には(1)製品からサービス、つまりモノからコトへの転換。(2)株主価値からステークホルダー価値への転換。(3)アナログからデジタルへの転換。(4)パイプラインからプラットフォームビジネスへの転換。(5)特異モデルから指数関数モデルへの変化。(6)線形から循環型への転換です。
 このうち、(4)パイプラインからプラットフォームビジネスへの転換について、代表的な事例を紹介します。

 オランダのSensireという企業は、看護師が自宅を訪問して、家事のサポートなどを行うビジネスを展開しています。
 同社の課題は、官僚主義がはびこる従来型の医療産業でした。提供するサービスが顧客に届くまでの課程、つまりパイプラインはムダの連続。医療費の40%~60%が、そこで失われている計算でした。
 しかも、その費用が国の財政を大きく圧迫。本当に必要な人のために使われていないにもかかわらず、政府は医療費を削減することを決定したのです。

 顧客は高度な医療サービスを求めており、対応するには、専門人材の育成や雇用が不可欠。それには、当然費用がかかる。そこにきて医療費の削減。もはや、自社のビジネスモデルは持続不可能とSensireは判断。既存のビジネスモデルをプラットフォームベースのモデルに転換することにしたのです。
 具体的には、ケアをする看護師とケアを依頼する顧客を直接つなぐデジタルプラットフォームを構築。いつ、どんなスケジュールで働きたいかという看護師の希望と、どんなケアが必要かという顧客の依頼をマッチングして、効率的に需給を結びつけます。
 プラットフォームは、ケアプランの自動作成や管理機能、訪問先のルートマップ表示など、テクノロジーを追加しながら進化を続けています。

デザイン思考ノウハウやトレーニングサービスを提供

 ──新しい価値を生む、新しいビジネスモデルを見つけて、実現するポイントはなんでしょうか。

ピール氏:新しいモデルを見つけても、既存のビジネスや文化が障壁になる場面は少なくありません。社外に飛び出す、つまりベンチャーを立ち上げて推進するのは1つの方法です。先のSensireでも、中心的な役割を果たした人物が、ベンチャーを立ち上げています。

 ──日本ではデータを活用したビジネスモデルに対する注目が高まっています。グローバルでは、どのような事例がありますか。

ピール氏:確かにデータは重要な経営資源です。しかし、大事なのはデータそのものではなく、データをどう価値に変えるかです。
 例えば、ナイキは、データを分析して、約60%の生活者が靴のサイズ選びに失敗していることを把握しました。しかし、このことは大きな気付きではありますが、まだ価値にはつながっていません。その後、ナイキは、ほかのデータも組み合わせた販売モデルを構築し、この課題を解決しています。この段階に至って、はじめてデータが価値を生んだといえるのです。

 ──ビジネスモデルを設計していく上で求められるスキルとはどのようなものでしょうか。

ピール氏:新しいビジネスモデルに挑戦することは、不確実性に立ち向かうことです。不確実な状況の中から課題と解決策を見つけて、新しいモデルを設計していくわけですから、デザイン思考は大きな武器になります。

 ──NECは、デザイン思考を実践するためのノウハウの提供も行っているそうですね。

熊谷:前述したNECのデザイン思考フレームワークの実践ノウハウやツール群をお客さまにも共有しています。また、人材育成プログラムの中に「フューチャークリエイションデザイン」コースを新設して、デジタル思考に関するトレーニングの提供も開始しました(図2)。

図2 NECの人材育成プログラム
AIをトレーニングするコースなどに続いて、デジタル思考を身につける「フューチャークリエイションデザイン」コースを新設した

 デザイン思考はDXを加速させる大きな力になります。ぜひ、NECのノウハウと知見を活用してください。