中部電力事例から学ぶDX人材育成のポイントとは?
~実践型研修プログラムでマネジメント層の意識改革を促す~
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データドリブン経営を企業文化として根付かせる方法とは?SMBCとNECの社内でデータ利活用を推進している部署の視点から、実際の取り組み事例を基に深堀します。
エネルギーの安定供給のみならず、成長戦略の実現に向け新規事業の創出にも力を入れる中部電力グループ(以下、中部電力)。同社では、変革を牽引するリーダーの不足がグループ全体のDX推進を阻む課題の1つとなっていた。そこで同社では、マネジメント層の意識変革を促す実践型研修プログラムをNECのサポートのもとに実施した。課題の解決には、デジタル活用を積極的に行う文化の醸成が不可欠だと考えたからだ。同社の取り組みを通し、DX人材育成のポイントについて紐解いてみたい。
DXを阻む最大の要因は「推進役の不足」
現在、多くの企業がDXを推進しているが、そこにはいくつかのハードルが立ちはだかる。その最大のボトルネックの1つがDX人材の不足だ。新しい技術を活用した取り組みを実践したくても、人材不足によって思うようにプロジェクトが進まないケースが多くみられる。
これはNEC自身が実施している調査(BluStellar Report NEC DX経営の羅針盤(※))でもあきらかだ。2023年・2024年ともに「DXの課題」として特に多く挙がった項目が「DX人材の不足」だった。また、「育成強化が必要な人材」としては「DXリーダー」「DX推進人材」と答えた企業が多く、ビジネス現場で施策を展開するメンバーを牽引するリーダーが不足している実態が浮き彫りになった(図1 『NEC DX経営の羅針盤』による2ヵ年の調査結果)。
中部電力もそうした課題を抱える企業の1社だ。電力自由化をはじめとする経営環境の変化に直面する同社は、DXを通じた効率化や新たな事業価値の創出を模索。そのために必要なITリテラシーを高めるさまざまな教育プログラムを用意・実施しているが、多くの課題を感じていたという。
「社員へのアンケートを実施したところ、『自分たちが積極的にDXを推進しようとしているのに上長は消極的』『デジタルに疎い年配の管理職にデジタル化の必要性や方法を説明してもなかなか理解してもらえない』といった声が事業部門の現場層から出され、『今の状況でDXを進めても思うような成果を挙げられそうにない』と感じていることがうかがえました」と中部電力でDX推進をリードする小島 靖規氏は振り返る。
この背景には「電力会社」という業種の特質もあるようだ。常に安全を最優先する姿勢が企業文化として浸透しており、それがDX推進時には“ブレーキ”として作用してしまうわけだ。
「変革を起こしたければ、事業部門を統括するミドルマネージャーや経営層のマインドを変え、管理職が率先してDXに臨む体制づくりをすることが必須ではないかと思いました」と小島氏は振り返る。
いかにしてマネジメント層の意識を改革するか
マネジメント層の意識を変えるためにどうすればよいのか。そう考えた小島氏が目を向けたのが、NECの人材育成プログラムである。
NECは「BluStellar Academy for DX」(旧名称は「NECアカデミーfor DX」)として、DXに必要なデジタル人材の育成を支援する実践型の教育を提供している。これは、長年にわたるNECグループの人材育成で培ったメソドロジーを外部にも提供するものだ。そのなかでも「実践型教育」に位置づけられる今回のプログラムは「変革アイデア創出編」「業務改革(内向きDX)編」「事業創出(外向きDX)編」「マインド・視座養成編」の4つに大別される(図4 BluStellar Academyの“実践型”DX人材育成プログラム体系)。
この中の「マインド・視座養成編」のプログラムをマネジメント層に実施し、DX推進の土台となるマインドセットを養うことができれば、事業現場で改革を牽引するDXリーダーの育成もスムーズになるのではないか――と小島氏は考えたという。
NECの坪井 壘も「ご相談を受けたときは、私もマネジメント層の皆さんに意識を変革していただくことが何より重要だと感じました」と話す。中部電力に限らず、マネジメント層のコミットが不十分なためにDXが思うように捗らないという企業は少なくないからだ。
状況を入念にヒアリングした坪井は、「マインド・視座養成編」のカリキュラムを中部電力向けにアレンジ。各部門の次期経営層候補である新任部長級を対象に「DXに必要な思考力と視座を引き上げるためのプログラム」と、参加者同士の議論を通じて「中部電力グループのネットワーキング・連携力強化を図るプログラム」を用意した。このプログラムを経て、自分の成功体験と前提が違うことを直視してもらい「デジタルシフト」を理解し、実践するマインドセットの獲得が狙いだ(図5 デジタルシフトとは)。
「デジタルを駆使すれば、これまでの制約を超えて多様な情報を瞬時に・しかも大量に共有できるようになります。デジタルシフトの本質をマネジメント層にしっかり理解してもらうことで、DXが円滑に進む土壌をつくれるのではないかと感じました」と小島氏は語る。
小島氏がこのプログラムに注目したのはもう1つ理由がある。それはこのプログラムが、NEC自身が痛みを伴いながら自らの企業風土改革を進めた経験をベースにしていたという点だ。NECでは、強靱で柔軟な企業文化を再構築し、力強く成長し続けるNECの実現に向けた変革プロジェクト「Project RISE」を2018年にスタートさせた。この改革では、“大企業病”“保守的”といった社員の声と徹底的に向き合った。これまでのカルチャーからの転換に向け、「会社の成長の源泉は人」との認識に立って社員の成長を促す人事評価制度や、スマートな働き方を実現する構造的な変革が実行された。
「その過程では経営層が多数のグループ社員と直接対話して課題を抽出したり、改革プロジェクトの担当者が各事業部門を回ってマネジメント層に変革の必要性を訴えたりといった『泥臭い取り組み』を行ったと聞きました。組織が大きいゆえのやりにくさは当社にも共通するところがあるので、改革をやり遂げられたNECの経験や知見を参考にさせてもらいたいという思いもありました」(小島氏)
研修でプランニングした施策を実際の事業で展開
こうして2023年秋に実施された研修プログラムでは、DXの本質を理解するための各種講義も行われたが、大きな力点が置かれたのは経営層や新任部長同士によるディスカッションである。「デジタルを活用して何をどう変革するのか」「DX実行を阻む壁とそれを乗り越える方法は何か」「各人がDXにどうかかわるのか」「自分自身のXとは何か」などのテーマの議論をとおして、DXを「自分ごと化」するのが目的だ。DXの進展を妨げる「社内の壁」についても話し合われるなど、自社の状況を客観的に認識するとともに、目指すゴールを全員で共有した(図6 中部電力様_経営層・新任部長級DX研修プログラム)。
注目すべきは、口頭ではなくビジネスチャットでも議論が行われたことだ。「中間管理職以上の世代は対面の会話やメールをメインのコミュニケーション手段としていますが、若い世代はより迅速に意思を疎通できるチャットの方が便利だと感じています。チャットは社内の『情報の民主化』を進めるためにも有用なツールになると考えられるので、ディスカッションで体験的に使ってもらいました」(坪井)。実際、テキストによるやり取りは対面での話し合いに比して遜色なく活発になされ、多種多様な意見や考えが飛び交った。
研修にはもう一つ、特筆すべき試みが組み込まれた。それは各受講者が立案したDX施策を、自身が所属する部門の業務計画や目標に具体的な項目として盛り込み、実行したことである。
例えばある部門では、業務知識をナレッジとして簡単に共有できる環境づくりを進めた。その部門では業務ノウハウが代々先輩社員から後輩社員へOJTで継承されてきたが、それをデータ化することで誰もが必要な時に必要ナレッジに直ちにアクセスできるようになった。将来的にはそうした情報を生成AIに要約させ、よりスピーディーにナレッジを把握できる仕組みも検討しているという。
「管理職は『対面指導をしなければノウハウをしっかり伝授できないのではないか』といった思いを抱きがちですが、このようなデジタルシフトを試みようとする姿勢が芽生えたことに、この研修プログラムを実施した意義があったと感じています」(小島氏)。
研修実施後の受講者へのアンケート結果は総じて高い満足度を示すものとなり、「変化を嫌うことがDX推進の壁となっていることを自覚した」「自らが旗振り役を果たすことの重要性を実感させられた」「普段はなかなか知る機会のない他部門のマネージャーの考えに触れることができた」などの声が寄せられた。
「この研修プログラムで得られた成果は、今後あらゆる局面でのデジタル活用推進に弾みをつけるとともに、各部門でのDX人材育成の促進にも結びついてくれるはずです」と小島氏は期待を寄せる。
社会貢献にもつながるより高次元のDXに導く
こうして本研修プログラムは、マネジメント層の中で「組織管理の在り方にも変革を起こそう」とする機運をもたらしつつある。この先を見据え、中部電力のDX戦略グループと人事部が協力して進めているのが、必要に応じてメンバー自身の主体的な判断や行動を尊重する「自律協働型マネジメント」への転換である。
「これまでのマネジメントは上長の判断や指示に従わせる『管理統率型マネジメント』が主流でした。もちろん設備の施工や運転のような、確立された方針・手段に従って業務を遂行しなければならない場面ではそうした管理が必要ですが、新たな事業価値を創造するような業務では自律協働型のマネジメントがふさわしいと考えています」と小島氏。
日本の伝統的な人事観では、管理職はあらゆる局面で部下・メンバーより優れていることが前提となっているが、テクノロジーや事業環境がめまぐるしく変化する状況では必ずしもそうとは限らない。最近の若い世代は自律協働型を望むケースが多いことも踏まえ、今後は管理職の役割をより柔軟なものにしていく意向だ。ただし慣れ親しんだマネジメントの仕方を変えることに管理職が抵抗感を抱くケースも想定される。
それぞれの業務における変革にせよ組織管理の変革にせよ、個々の取り組みを地道に進めて小さな成功体験を積み上げることでしかDXは実現しない。小島氏が望むのは、その過程をとおしてNECから厚いサポートを受けることにあるという。
「NECは自らがDXやCX(コーポレートトランスフォーメーション)に苦しみながら取り組んだ経験を土台として、お客様の痛みや悩みに深く共感しながらゴールに向かって伴走することを信条としています。その中で、さまざまな形で人材育成に取り組んできましたが、その要諦は『変革力』。ひとたび変革力が浸透し、自律的に動けるような人材を擁する企業になれば、サステナビリティやグリーンといったさまざまなテーマに対してもレジリエンス高く推進できるようになります。それにとどまらず、今後も中部電力様の今後の事業のあるべき姿と照らし合わせ、社会貢献をはじめとしたより高次元のトランスフォーメーションにもご支援していきたい」と坪井は語る。
今後もNECでは自らの経験で培ったノウハウや技術のもと、企業変革とその先の社会を見据えたDX支援を展開していく考えだ。
参考:お客様を未来に導く価値創造モデル「BluStellar(ブルーステラ)」
参考:企業のDXを加速する「DX人材育成」