楽天・味の素・NECのCxOが語る
不確実な時代に勝ち抜くデジタル変革のアプローチとは?
デジタル技術の進化で、私たちの生活やビジネスはリアルからバーチャルへと急速に広がりつつある。市場は世界規模でつながる一方、日本では労働人口の減少が進み、生産性向上と働き方改革の両立が避けられない。さらに、変化のスピードはこれまで以上に速く、企業には柔軟な対応力が求められている――。こうした不確実な時代に、日本企業はどのようにデジタル変革を進め、競争力を高めていくべきか。楽天・味の素・NECのCxOが、自社の挑戦と未来へのビジョンを語り合った。
SPEAKER 話し手
楽天グループ株式会社

黒住 昭仁氏
専務執行役員 Group CIO & Group CTO
味の素株式会社

香田 隆之氏
執行役専務 CDO/生産統括
株式会社グローブエイト

瀧口 友里奈氏
CEO
経済キャスター
NEC

吉崎 敏文
執行役
Corporate SEVP 兼 CDO
3社の変革に共通するのは中長期的な視点
瀧口氏:いま市場は劇的に変化しています。この中で日本企業の強みを生かし、競争力を強化するにはどうすればいいか。日本ならではのデジタル変革・経営変革とは何かを議論していきたいと思います。まず各社が目指す変革についてお伺いします。そのきっかけとなったターニングポイントがあれば、そちらもお聞かせください。
黒住氏:楽天グループは2023年から「AI-nization(エーアイナイゼーション)」に取り組んでいます。これは全従業員がAIを活用して生産性向上などを図る取り組みで、マーケティング効率、オペレーション効率、クライアント効率をそれぞれ20%向上させる「トリプル20」という目標を設定しています。
「AI-nization」はグループ内だけに閉じたものではありません。AIをサービスとして取引先企業や消費者にも幅広く提供する計画です。すでにその第一歩として先進的エージェント型AIツール「Rakuten AI」の提供を開始し、楽天モバイル契約者専用コミュニケーションアプリ「Rakuten Link」に搭載しました。
専務執行役員 Group CIO & Group CTO
黒住 昭仁氏
瀧口氏:楽天グループはAIネイティブな会社への変革を進めているわけですね。味の素とNECはどのような取り組みを進めているのですか。
香田氏:味の素グループは2017年頃から企業価値が上がらず、これが変革のターニングポイントになりました。世の中の変化に追随できていなかったことが原因です。
そこで2018年に先代CDOが任命され、会社としてDXに本格的に取り組み始めました。R&D、生産、SCM、マーケティング、営業の各分野でデータを活用し、経営の高度化を目指す。これが味の素グループのDX戦略です。
2022年に新体制になり、そのタイミングで私がCDOに就任しました。新社長が断行した中期経営計画の廃止も大きなターニングポイントの1つです。
これまでの中期経営計画は短期目標を積み重ね、その達成を目指すフォーキャスト型でした。しかし、この仕組みでは各部門が自部門の達成可能な目標を設定し、結果として「部分最適」に陥り、企業全体の成長につながらないという課題がありました。そこで目先の目標を定めず、将来のありたい姿を「2030ロードマップ ゴール」として定義し、そこからバックキャストして毎年の取り組みを決めていくように変更しました。
短期の数字を求めすぎず、長期的なゴールに向けてエネルギーを使う。これにより会社全体の考え方が大きく変わりました。
執行役専務 CDO/生産統括
香田 隆之氏
吉崎:NECは2011年までかつてない苦難の時期でした。赤字を4回も経験し、携帯電話、コンシューマPC、半導体事業からも撤退しました。ここから始まった変革のターニングポイントは大きく2つあります。
1つは前CEOの新野が2018年に打ち出した「カルチャー/人事変革」です。社内の風通しを良くして、外部から新しい人材を積極登用する。この時期に私も外資系企業からNECに転職しました。
もう1つは現CEOの森田が2021年からリードしている「組織/プロセス変革」です。グループ全体のプロセスを変革し、集約できる業務は集約し、全体最適を目指す。当然、それに紐づくITのプロセスも変革しています。
DX事業においては「ビジネスモデル」「テクノロジー」「組織・人材」の3軸で進めています(図1)。その集大成と言えるのが、お客様を未来へ導く価値創造モデル「BluStellar(ブルーステラ)」です。
NECのDX事業のユニークさは、最後にブランディングを行ったこと。まず自らが変革を実践することが最初にある。また、先述したように、その変革はカルチャーから入っていきました。カルチャーの変革は一筋縄ではいかず、長い時間がかかる。だからこそ最初にカルチャーの変革に着手しました。NECがいま大きく前進できているのは、このアプローチの賜物だと思います。
AIとデータの活用でプロセスもビジネスも劇的に変わる
瀧口氏:カルチャーの変革は長くかかるから真っ先に取り組んだというのは非常に印象的ですね。会社としての変革に続き、次は皆さんが具体的にどのようなデジタル変革に挑んでいるかを深掘りしたいと思います。
株式会社グローブエイト CEO
瀧口 友里奈氏
黒住氏:楽天グループは、楽天市場や楽天モバイル、楽天銀行など多様なサービスを有機的に結びつけた「楽天エコシステム」という経済圏を構築しています。そのど真ん中にあるのがデータです。あらゆるデータを一カ所に集約すべく、グループ全体に働きかけ、分散するデータプラットフォームやプライベートクラウドの統合を進めています。
瀧口氏:その中で先ほど紹介された「AI-nization」も加速させていくわけですね。
黒住氏:おっしゃる通りです。「AI-nization」は「ビジョン」「戦略」「ロードマップ」の3本立てで進めています。「AIの力で人間の創造力を高める」というビジョンを掲げ、それを実現するための戦略をロードマップに基づいて遂行しています。
第1弾の戦略であるデータの整備では、楽天グループの多様なデータと世界中のナレッジを集約したディープラーニング基盤の構築を進めています。第2弾ではここにオフラインのデータも加味して企業向け「Rakuten AI」を提供します。そして第3弾では楽天グループの各種サービスに組み込んだ消費者向け「Rakuten AI」を提供し、より良い顧客体験を目指します。
瀧口氏:香田様はどのような取り組みを進めていますか。
香田氏:グループのDX戦略の中で特に力を入れているのがデータマネジメントです。今まではデータは各部門や各工程で閉じていました。これを統合すれば、データが会社共通の資産となり、部門の壁を超えて活用できる。そのための基盤「ADAMS(味の素データマネジメントシステム)」の整備を進めています。
ポイントはこれを自分たちで内製していることです。内製によるデータ統合を3年以上続けており、分散していたデータもだいぶ集約できてきました。今ではデータをもとに、市中在庫の推定なども可能となりました。
瀧口氏:成果を上げるまでには、大変なご苦労もあったのではないですか。
香田氏:統合的なデータマネジメント基盤をつくると宣言した時には、周りから猛反対されました。「そんなところにお金を使って何が生まれるのか」というわけです。でもスモールサクセスで実績を示していくと、徐々に理解してもらえるようになりました。DXの成功には、地道な活動がとても重要になります。
瀧口氏:NECはいかがですか。
吉崎:データマネジメント基盤に全てのデータの集約を図るという、味の素様の取り組みにNECのBluStellar事業の目的も似ています。その目的は、最先端技術をもって社内とお客様の現場で実践した成果を知見として蓄積することにあります。こうして集約した知見を価値創造モデル「BluStellar」に組み込み、市場へ高速に展開することで価値に変えていく。これがNECのアプローチです。この取り組みの成果として、既に500を超えるプロダクト&サービスと150のオファリング、30の業種共通・業種別シナリオが体系化されています。
BluStellarのもう1つの価値は、将来の技術の進化を明確に示すことです。例えば生成AIは文書の翻訳や要約を簡単に行えますが、今では多くの企業がその先を見据え、AIエージェントによる業務のプロセス変革を考えています。これが進むとAIエージェント同士が会話して一連のタスクを処理できるようになる。人の業務を代替できるようになるわけです。そういう世界がまもなく訪れようとしています。
大事なことは技術の進化を見据えた上で、何に、どう使うかを決めること。スピード感を理解して進まないと取り残されてしまいます。我々自身が変革を進めるとともに、そのことを強く自覚してお客様の変革を支援しています。
執行役
Corporate SEVP 兼 CDO
吉崎 敏文
黒住氏:興味深いお話ですね。AIサービスが普及すると、eコマースのプラットフォーム自体が変わるのではないかと私たちは見ています。AIオペレーターのような仕組みが浸透していくと、ユーザーの好みや予算をもとに、どの店舗のどのような商品が良いのかを提案し、買い物まで代行できるためです。そういった未来も見据えて、AIビジネスへのシフトを考えています。
社会を巻き込んだ変革を推進し、日本を元気にしたい
瀧口氏:AIの進化によって新しい世界が訪れようとしている。どんな価値を提供してくれるのか今から楽しみです。デジタル変革はそのために不可欠の取り組みですが、システム開発のように実現して終わりというものではありません。今後どのような取り組みを考えているのか。皆さんの展望をお聞かせください。
黒住氏:カギを握るのはデータです。楽天グループは膨大なデータを保有していますが、オンラインデータが中心です。データの取り扱いには十分に留意し、プライバシーとデータ保護に取り組みながら、今後はより一層オフラインデータも取り込み、さらに自治体や政府とも連携することで、日本全体のデータを活用するフェデレーションモデル(分散型協調モデル)を目指します。これをベースに提供するAIサービスを誰でも手軽に利用できるようにすることで“AIの民主化”を促し、日本を元気にしていきたいですね。
香田氏:私は生産現場に長くいたため、日本企業の生産性が低いといわれるのがすごく悔しい。ただ、日本の商習慣は世界から見ると非常に複雑なのも事実です。ここにデジタルを使えば、大幅な効率化が可能だと考えています。
その一環として取り組んでいるのが、業界横断型の次世代データプラットフォームです。物流分野で使われるグローバル標準の識別コード「GS1標準コード」を活用して物流業務をデジタル化し、メーカーだけでなく、サプライヤー、物流業者、卸・小売りまで共通のデータを使えるようにします。併せて、包装機など生産機械のデータコードの統一を図りたいと考え、産官学でコンソーシアムを創って取り組んでいます。我々は、DXは、政府含め、日本社会全体で推進していくものだと考えています。こうした取り組みを通じて、メーカーとして存在感を示し、日本社会全体の変革に貢献していきたいですね。
吉崎:NECはテクノロジーカンパニーとして、最先端技術がどのように経営に資するのかを示し続けてきました。その象徴となるのが、先ほど触れたBluStellarです。BluStellarとはイタリア語で「青い星」という意味で「夜空で最も明るく輝く星のように、人々と社会が進むべき旗印になる」という想いが込められています。NECはこのモデルを通じて、お客様や社会の課題と向き合い、最先端のテクノロジーでその解決を支援し、日本の成長に貢献していきたいと考えています。
クライアントゼロの考えに基づいて最先端技術を自ら活用するとともに、先進的なお客様と共創を推進。その取り組みから成功要因を抽出・分析・パターン化し、成功ノウハウをオファリングにすることで、実績に裏付けされた最先端DXを素早く市場に提供していく
瀧口氏:いま多くの企業が成長の道筋を模索しています。AIやデータを使った変革に取り組む企業に対し、最後に一言ずつアドバイスをいただけますか。
黒住氏:デジタル変革への取り組み方は企業によってさまざまだと思いますが、どんな形にせよ、トップのコミットメントは不可欠です。掛け声だけでなく、自らが変革を指揮するという強い意識が変革の強力なエンジンになります。
香田氏:組織はその実力以上のスピードでは走れないと私は思っています。自社の実力を理解した上で、学ぶべきところは学び、最適な変革のアプローチを考えることが大切です。
吉崎:実際に変革に取り組むのは現場の社員たちです。組織やカルチャーも一人ひとりの社員で成り立っています。変革を推進する際は社員それぞれの“持ち味”をどう引き上げるか。これも同時に考える必要があるでしょう。
瀧口氏:皆さんのお話を伺って、取り組まれてきた変革の中身がよくわかりました。これからも自社の変革を軸に、日本企業の変革をリードしていくことを期待しています。本日はどうもありがとうございました。
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