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「クリエイティブファースト」が導く日本企業の新たなDX戦略

 NECでは、日本企業および各種組織のDXが、持続可能な変革として社会に定着することを目指し、DXの取り組み状況を経年で調査・分析しています。本年も、日本国内に本社または主要拠点を置く、売上高300億円以上の企業に属し、自社のDXに関与した経験がある課長職以上の方200名に、DX推進の課題や必要なこと、AIエージェントの活用状況などについてアンケートを実施。「DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026」としてまとめ、2026年4月17日に公開しました。

 本連載ではその調査結果を踏まえて、日本社会がDXを本質的に進めるための示唆を、有識者四名へのインタビューを通じて紐解いていきます。

 第一回目は、政策研究大学院大学の安田洋祐氏に、DXの基本、組織の作り方、そしてAIの進化がもたらす可能性をうかがいました。効率化で生まれた余力を「価値創出」へ転換するための組織設計として、安田氏が提言する「クリエイティブファースト」の考え方を解説します。

■調査概要

  • 対象地域:日本全国
  • 対象者 :日本国内に本社または主要拠点を置く、売上高300億円以上の企業に属し、自社のDXに関与した経験がある課長職以上、200名

■調査結果:DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026―AI時代、事業変革に求められるものとは

SPEAKER 話し手

経済学者/政策研究大学院大学 教授

安田 洋祐 氏

1980年東京生まれ。02年東京大学卒業。最優秀卒論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し経済学部卒業生総代となる。米国プリンストン大学へ留学、07年にPh.D.(経済学)を取得。政策研究大学院大学助教授、大阪大学准教授、教授を経て、25年10月より現職。専門はゲーム理論およびマーケットデザイン。American Economic Reviewをはじめ、国際的な経済学術誌に論文を多数発表。政府の委員やテレビのコメンテーターとしても活動。

1.DXの基本と日本企業の課題
DXの基本は定型化された業務の省人化
ただし効率化で終わらせず、浮いたリソースを価値創出へ振り向ける

──日本企業のDXやデジタル化の現状について、安田教授のご見解をお聞かせください。

 DXの基本は「定型化できる業務はテクノロジーで定型化し、無人化ないしは省人化を進める」ことだと考えています。従来は人手に頼っていた非定型業務を、テクノロジーの力で定型化して効率化し、そこで生まれた余力で新たな付加価値を創出していくことが求められるでしょう。

 しかし実際には、多くの企業でホワイトカラー業務の省人化・無人化が進んでいません。たとえ取り組めていたとしても、効率化によるコスト削減に留まり、本来期待される新規事業やサービス開発などの付加価値創造まで及ばないことが多いのです。

 この傾向は1990年代のIT革命時にも見られ、アメリカや欧州企業で省人化・無人化による効率化が進展した一方、日本では生産性向上の効果が限定的でした。その背景には、欧米とは異なる雇用慣行などがあったと考えられます。さらに現在でも、日本は産業用ロボットの導入実績で世界2位を誇っていますが、ホワイトカラー業務の省人化・無人化は依然として遅れが目立つ状況です。

──なぜ、日本ではホワイトカラー業務の省人化・無人化が進まないのでしょうか。

 省人化・無人化によって人員が減っても、日本の雇用形態では余剰人材の解雇が難しいなど、日本独自の事情が大きく影響しています。現場レベルでも、省人化・無人化を推進して業務が非属人化し、自分の存在意義がなくなるかもしれないと思うと、疑心暗鬼になって誰もDXを進めようとは思いません。現場が前向きに取り組めるような、評価や処遇と連動したわかりやすいインセンティブが必要です。

 加えて、付加価値創出やマネタイズはコスト削減に比べてはるかに難易度が高い。新規事業やサービス開発には多様なスキルとプロセスが必要です。ホワイトカラーの業務を単純にAIやSaaSなどのデジタルツールに置き換えても、浮いた人材を有効活用する仕組みがなければ、変革にはつながりません。

 効率化で生まれた余剰人材をどのように生かし、企業価値向上につなげるべきか。単なるコスト削減に留まらずに、余剰人材を新たな価値創出に挑戦させるための受け皿となる組織設計が不可欠なのです。

2.新たな組織「クリエイティブ部門」の設計
多様な人材が、現場課題から価値を生む
―省人化の次に挑む新しい「箱」を作る

──DX加速のための人材と、それを生かす組織戦略は、NECのDX実態調査でも毎年、最大の課題として挙がっています(図1:事業変革推進における課題、「DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026」より)。省人化・無人化と価値創出を両立するためには、どのような組織設計が求められるでしょうか。

 私は「クリエイティブファースト」という発想で「クリエイティブ部門」を新設し、そこに省人化・無人化によって生まれた人材をシフトさせるべきだと考えます。その際に、DXに貢献した人を集めるのがポイントです。

 つまり、ホワイトカラーの定型業務をAIやテクノロジーで効率化した人たちが、空いた時間と能力を生かしてクリエイティブな業務に挑戦できる「箱」を用意するわけです。受け皿が明確になれば、現場も「効率化の先に何があるか」をイメージしやすくなり、今やっている非定型業務の定型化を積極的に進めていくモチベーションも生まれます。

図1:事業変革(トランスフォーメーション)推進における課題

──従来の新規事業開発部門などとの違いを、もう少し詳しく教えてください。

 クリエイティブ部門は社内の多様な人材が集う独立した組織体として設計します。

 かつて、ロボットの導入などによってブルーカラーの省人化・無人化が進んだ際には、仕事の減ったブルーカラーがホワイトカラーや管理職へ転換する道がありました。しかし現在、ホワイトカラーの新たな受け皿、待遇が改善するような新たなポジションが明確に存在はしません。

 これがボトルネックとなって、AI導入による効率化が進みにくい状況にあると思います。だからこそ、クリエイティブ部門のような新部門を新設して、ホワイトカラー人材がキャリアアップできる新たなルートを設けるべきです。

 新たな価値創造に挑む人材は、今後の企業競争力の源泉です。業務効率化やAI活用を進めた人がクリエイティブ領域へ移る仕組みを作れば、現場が前向きに取り組めるような、評価や処遇と連動したインセンティブも明確になります。

──NECのDX実態調査では、テクノロジー人材・ビジネス人材・クリエイティブ人材の円滑な連携が、DX満足度が高い傾向でした(図2:人材連携とDX満足度の関係性、「DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026」より)。この結果をどう捉えますか。

 様々な研究会などでDXがうまくいっている企業の事例を聞いていると、テクノロジーファーストではなく、「課題ファースト」や「ビジョンファースト」の姿勢で、変革を進めているという傾向があります。ビジネス人材が現場のニーズや課題を踏まえてビジョンを整理し、クリエイティブ人材が新たな付加価値を設計し、テクノロジー人材がそれを実現・実装するなど、相互に補完し合う仕組みが構築されています。このような連携によって、効率化だけでなく、事業やサービスの革新につながる取り組みが進みやすくなると思います。

図2:人材連携とDX満足度の関係性

■ビジネス(B)人材:事業・収益化

ドメイン知識、戦略立案。「どう稼ぐか」を描く

■テクノロジー(T)人材:実現・実装

技術の目利き。「絵に描いた餅」を動くものにする

■クリエイティブ(C)人材:顧客体験・デザイン

顧客視点の体験設計。「使い続けたくなる」価値を造る

3.AIの進化とDX加速の可能性
AIが「定型化」と「クリエイティブの民主化」を加速し、DXを動かす

──近年におけるAIの急速な進化は、ホワイトカラー業務の定型化や、クリエイティブ業務へ参画する可能性も広げていくと思います。その点について、どうお考えですか。

 おっしゃる通り、AIの登場により、今まで進まなかったDXが加速される2つの大きなチャンスが生まれたと思います。

 一つ目は、AIの進化によって、これまで人手に頼っていた非定型業務を定型化しやすくなってきたことです。従来はホワイトカラー業務の多くが非定型で効率化が難しいとされてきましたが、AIの進化により、会議資料の自動生成や顧客対応の自動化など、属人的だった業務もAIが担えるようになっています。

 二つ目は、「クリエイティブ業務」の間口が大きく広がっていることです。これまでクリエイティブな業務は、一部の才能や経験を持つ人だけが担う領域とされてきました。しかしAIによるアイデア生成や市場分析支援を活用することで、多様な人材が新規事業や製品開発に関わりやすくなります。クリエイティブの民主化が進めば、多様な視点や発想が組織に集まり、今までになかった新しいサービスや新発想の製品などイノベーションの可能性が高まると考えています。

 また、AI活用の成否は社員一人ひとりの試行錯誤の積み重ねにかかっています。多くの社員がAIを使いこなす中で、想像を超えたクリエイティブな成果が生まれることも少なくありません。経営層には、社員が自由にAIを活用し、失敗も含めて挑戦できる環境が求められます。AIが進化している今が、クリエイティブ部門を作るチャンスだと思います。

4.クリエイティブ部門に求められる多様性とインセンティブ
コスト削減から価値創出へ―社内人材を生かす組織デザイン

──新たな組織としてクリエイティブ部門を実現していくためには、どういった設計が必要になるのでしょうか。

 まず一つ目は、多様性の設計と公正な評価です。

 多様性の本質は、性別や年齢、経歴といった属性を問わず、幅広いバックグラウンドを持つ人材がフラットに評価される仕組みにあります。

 例えば、2023年にノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン教授が研究で示したように、選考において応募者の氏名・性別・年齢・所属などの属性情報を伏せて評価する「ブラインドオーディション」は、ジェンダーや年齢バイアスを排除し、純粋にアイデアや成果で選抜する手法として有効です。クリエイティブ部門でも、匿名でアイデアを募集し、選ばれた人にプロジェクトリーダーを任せるなど、従来の昇進や役職と切り離した評価・登用が必要です。

 また、日本の労働市場に根強く残る「時給(賃金)プレミアム」、例えばコンサルタントなど長時間働ける仕事ほど1時間あたりの単価も高くなる構造は、多様性を阻害する要因の一つです。DXやAIを活用して非定型業務を定型化できれば、属人的な長時間労働に頼らず、誰もが短い時間で高い生産性を発揮できる環境を作ることが可能です。これはクリエイティブ部門の多様性拡大にも直結します。

 二つ目はインセンティブ設計です。クリエイティブ部門へのチャレンジ機会や、成果に応じた処遇の見直しをわかりやすい報酬や待遇改善として提示することで、現場が安心して改善提案や業務の再設計に踏み出しやすくなるため、積極的な組織変革を促すうえで不可欠です。

 さらに三つ目として、日本企業は「人材不足」と言われますが、実際には社内に多くの未活用人材が眠っています。従来の人事異動やローテーションでは適材適所を十分に実現できていません。クリエイティブ部門という新たな挑戦の場を作り、全社員を対象にアイデアや実績を基にしたマッチングを行うことで、組織内の多様な才能を生かせます。

──クリエイティブ部門の規模や流動性、権限の設計も重要だと思いますが、その点はどのようにお考えですか。例えば、ある会社では、社運をかけた大きな新規事業の際は数百〜数千人規模で人が一斉に重点領域へ移る「民族大移動」と呼ばれる動きが起きたと聞いたことがあります。

 こうした大規模な人材シフトは、単なる配置転換ではありません。挑戦する側により高い報酬や裁量が紐づくことで、新しい事業を形にする原動力になります。移る人たちのモチベ―ションが高くなることで、新規事業の成功確率も高まるでしょう。

 他には、リクルート社で行われている社内コンペのように、年次や所属に関わらずアイデアで機会を得られる仕組みも、社内の知恵を広く吸い上げて事業化につなげるうえで示唆的です。

 このような事例を踏まえると、クリエイティブ部門は少数の専門家だけを集めた出島ではなく、複数部門から一定割合の人材が出入りできる流動性も持たせた新たな組織として設計することが重要だと考えられます。

 例えば、業務の定型化・省人化に貢献した人が期間限定で参加できるローテーション型や、週のうち数日は元部署で残りはクリエイティブ部門で活動する兼務型など、部署間での行き来を前提にすることで、組織内の知識と現場課題が横断的に混ざりやすくなります。

 また、参加者の待遇改善や成果連動のボーナスなど、誰にとってもわかりやすいインセンティブを用意することで、現場から改革の知恵を引き出しやすくなり、新規価値創出を進めやすくなると思います。

 つまり、クリエイティブ部門という新たな組織を作って終わりではなく、それがうまく機能するためのインセンティブ設計を合わせて行うことが重要なのです。

5.第四次産業への展望と日本企業への提言
AI時代の人材シフト戦略—クリエイティブファースト経営

──クリエイティブ部門の役割も含めて、未来に向けてどのような展望をお持ちでしょうか。

 農業(第一次産業)、製造業(第二次産業)、サービス業(第三次産業)と人材の活躍の場が広がってきた中で、これからはクリエイティブな仕事を「第四次産業」として本格的に位置付けるべき時代が到来したと考えています。

 私が提唱する第四次産業とは、農業・製造業・サービス業といった既存の産業分類を超えて、産業横断的に存在するクリエイティブな仕事の領域です。

 第四次産業の時代には、業務効率化で生まれた余力を、企業内外の新しい価値創出につなげていくことが重要です。従来のブルーカラーやホワイトカラーという枠組みを超え、クリエイティブ職能を産業横断的に位置づけることが、企業の持続的な競争力強化につながります。

──最後に、日本企業や経営層へのメッセージをお願いします。

 経営層やDX推進の責任者には、まず「社内人材の活用」を最優先に掲げていただきたいと思います。外部採用に目を向ける前に、自社に眠るリソースやアイデアを最大限引き出す仕組みを設計することが重要です。そしてそのためには、ブラインドオーディションのような匿名アイデアの募集や、異動・待遇改善をインセンティブとしたローテーション制度の導入など、従業員一人ひとりの挑戦と成果が正当に評価される環境づくりが不可欠です。

 AIやDXの目的は単なる効率化やコスト削減ではなく、「クリエイティブファースト」の発想で付加価値を生み出すことにあります。経営層自らがクリエイティブ部門という新しい組織を創設し、第四次産業へのシフトを先導することが、企業の持続的成長につながると信じています。

 組織変革は一朝一夕には進みませんが、まずは実践の場を設けて、挑戦を促す仕組みを整えることが、未来の日本企業の飛躍への第一歩となると考えています。日本企業のさらなる挑戦を応援しております。