日本企業のDXを前に進めるには
――BTC人材から考える組織のあり方と事業変革の未来
NECでは、日本企業および各種組織のDXが、持続可能な変革として社会に定着することを目指し、DXの取り組み状況を経年で調査・分析しています。本年も、日本国内に本社または主要拠点を置く、売上高300億円以上の企業に属し、自社のDXに関与した経験がある課長職以上の方200名に、DX推進の課題や必要なこと、AIエージェントの活用状況などについてアンケートを実施。「DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026」としてまとめ、2026年4月17日に公開しました。
本連載ではその調査結果を踏まえて、日本社会がDXを本質的に進めるための示唆を、有識者四名へのインタビューを通じて紐解いていきます。
第二回目は、「異能の掛け算」の著者で、BTC(ビジネス・テクノロジー・クリエイティブ)人材を組み合わせたチーム作りを提唱する井上一鷹氏にインタビューを実施しました。DXの推進が叫ばれて久しい中、多くの企業で取り組みは進む一方で、実態としては業務効率化に留まるケースも少なくありません。日本企業のDXが抱える課題と、BTC人材の連携による事業変革の進め方についてお聞きしていきます。
■調査概要
- 対象地域:日本全国
- 対象者 :日本国内に本社または主要拠点を置く、売上高300億円以上の企業に属し、自社のDXに関与した経験がある課長職以上、200名
SPEAKER 話し手
株式会社Sun Asterisk Business Designer
C&E Service Design Pros.
General Manager

井上 一鷹 氏
大学卒業後、戦略コンサルティングファームにて大手製造業を中心に事業戦略・技術経営戦略・人事組織戦略の立案に従事。2012年にJINS入社。商品企画、JINS MEME事業、Think Lab取締役、経営企画部管掌の執行役員を経て、現在はSun Asteriskにてサービスデザイン事業の事業部長を担当。2022年に「異能の掛け算 新規事業のサイエンス(NewsPicksパブリッシング)」を上梓。
1.日本企業のDXの課題
DXの本質は「小さく試すこと」――BTC人材と意思決定の課題
──まず、井上さんのこれまでのご経歴を教えていただけますか。
私は戦略系のコンサルティングファームでキャリアをスタートし、経営コンサルタントとして技術を起点とした新規事業の構想に携わっていました。ですが次第に、企画を提案するだけでなく、それを実際に社会の中で実装するところまで関わりたいという思いが強くなり、意思決定が速く、次々と事業を生み出している企業であるJINSに入社しました。
JINSではメガネ型デバイス事業「JINS MEME」とワークスペース事業「Think Lab」の立ち上げに関わりました。メガネ型デバイスを通じて人の集中力についてのデータ収集を行い、ワークスペースという形で新しいビジネスに発展させるというものです。データを活用して新規事業を創出したという意味では、DXの先駆的な取り組みの一つだったと思います。
一方で、新規事業を立ち上げる中で強く感じたのが、エンジニアの不在という問題です。私自身はエンジニアではないので、事業のアイデアや企画はあっても、それを形にすることができないという壁を感じていました。そして、こうした構造的な課題は日本の多くの企業にも共通しているのではないかと思ったのです。そこでエンジニアを多数抱えながら、新規事業開発やDX支援を行っているSun Asteriskに参画しました。
株式会社Sun Asterisk Business Designer
C&E Service Design Pros.
General Manager
──企業でのDXの実践経験、そして現在は支援を行う側としての視点から、日本企業のDXについてどのような課題を感じていますか。
DXにおいて大切なことは、「試す回数を増やすこと」にあると思っています。小さな実験をできるだけ多く行い、小さな成功を積み重ねながら、成功する可能性が高いものに大きく投資していく。いわゆるリーンスタートアップ型の進め方です。
そのためには、「ビジネス」「テクノロジー」「クリエイティブ」という三つの領域の人材が掛け合わさることが重要になります。戦略・企画立案などを行うビジネス人材が事業として成立するかを見極め、エンジニアなどのテクノロジー人材が素早くプロダクトを形にし、UI・UXデザイナーなどのクリエイティブ人材が顧客の反応や体験価値に向き合う。この三者の連携が、新しい事業をドライブしていきます。しかし、日本企業ではこのBTCの人材構成が十分ではなかったり、組織として分断されていたりすることが多く、DXを進めるうえでの課題となっています。
さらにもう一つの大きな要因は、意思決定のプロセスです。日本はハードウェア産業で成功してきた歴史があり、大規模な投資を行い、効率化や改善を重ねながら事業を成長させるビジネスモデルでの成功体験が非常に強い。しかし、デジタル領域は小さな規模から試行し、段階的に成功を積み重ねるアプローチが重要です。「まずは数百万円を使って試してみよう」とスモールに始めて、うまくいきそうなものに投資を拡大する意思決定が鍵となります。こうした意思決定に、日本企業はまだ経験と慣れが不足していると思います。
2.DXが業務効率化に偏る理由
DXはどこを目指すべきか――効率化と変革のあいだで
──NECのDX実態調査では、DXの取り組みを「業務効率化」と「事業変革」に分けて見たとき、半数以上の企業が業務効率化に注力しているという結果が出ました。(図1:DX の重点意識、DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026)この傾向についてはどのように捉えていますか。
業務効率化に取り組む企業が多いのは、ある意味で自然なことだと考えています。効率化は既存事業のKPIに紐付けやすく、会社の評価制度の中で成果として測りやすいからです。新しい事業に取り組む場合は評価体系が存在しないことも多く、努力しても評価される保証がないため、社員も挑戦しづらいのだと思います。
もちろん、業務効率化を追求すること自体が悪いわけではありません。費用を回収しやすい分野に投資するのは、企業経営としてむしろ合理的な判断です。問題は、多くの企業が同じ領域で効率化を進めると、最終的には競争が激しいレッドオーシャンになってしまう点です。そうなると、本当に成果を出せるのは「誰よりも早く効率化を進めた企業」だけになる可能性があります。効率化のみに偏ったDXは、企業としての発展的な展望を描きにくくしてしまう側面もあると思います。
── 一方で、DXの議論では「事業変革の必要性」が強調されることも多いですが、そもそもすべての企業が事業変革を目指すべきなのでしょうか。
その企業にとって事業変革をするべきか、するべきではないか。それは本当に神のみぞ知るという話で、だからこそ重要なのは試行回数を増やすことだと思っています。小さく試し、結果を見て判断する。その回転数を上げることでしか、本当に変革すべき領域は見えてきません。
例えば大企業の場合、いきなり既存事業を大きく変革するのはリスクが大きすぎます。そこで、機能子会社など小さな組織で実験的に取り組むという方法があります。試した結果、「自社には適さない」という結論が出れば、その時点で撤退すればよい。企業全体の数%程度の規模で試し、うまくいったものだけを本体に取り込んでいく。DXは本来、そのような進め方が現実的だと思います。
そして、DXという旗印のもとで「すべてをデジタル化すべき」という風潮には慎重であるべきだとも感じています。これはJINS時代にも感じたことですが、例えば店舗を持っている企業であれば、そこで働くスタッフは数千人に及ぶ場合があります。その中で、もし会社が「これからはデジタルが主役です」と言い、顧客との接点がすべてデジタルに置き換わったとしたら、店舗スタッフは自分の仕事にどうやって誇りを持てばよいのでしょうか。そして後々、「やはり人の接客が重要だった」という揺り戻しが起きても、その時すでに人材がいなくなっているかもしれません。時代の流れに合わせて事業変革を進めることは重要ですが、その過程で人が傷ついたり、これまでの価値が損なわれたりするリスクにも目を向ける必要があると思います。
3.DXにおけるBTC人材の重要性
事業変革を動かすBTC人材の掛け算と連携
──DXを実際に進めていく上で、どのような人材や組織のあり方が重要になるとお考えでしょうか。
事業変革を実現するには「ビジネス」「テクノロジー」「クリエイティブ」という三つの観点を持つ人材が、掛け算で機能することが重要だと考えています。まずビジネスの観点で継続的に価値を生み、次の投資につながるエコシステムとして回る仕組みを作り、エンジニアによって実際にプロトタイプを作って試行の回転数を上げていく。そしてUI・UXデザインというクリエイティブの観点から、人間が使いやすい形に製品・サービスを落とし込んで発展させる。この三つの観点を持つ人材が密接に連携して、初めて事業変革は実現するという考え方です。
ただ、日本に限らず大企業ではこのBTCの人材が分断されているケースが少なくありません。既存事業の効率を高めるために、職種ごとに組織が分かれていることが多いのです。確かに合理的かもしれませんが、新しい事業を共に創り上げていくという場合、各担当者同士が顔も知らない状態で連携するのは難しいでしょう。そのため最近では、大企業の中にBTC人材を集めた機能子会社を作り、小回りの利く組織で新規事業を進めるケースも増えてきました。大企業の人材や資産を生かしながら、独立した組織としてある程度の自治権を与えて動かすことで、事業開発のスピードを高めようという取り組みは、一定の成果を上げている印象です。
──では、BTC人材が本当の意味で連携できる組織をつくるために、企業はどのような点を意識すべきでしょうか。
私がよく感じるのは、「知っている」「分かる」「できる」「教えられる」という段階の違いです。最初は、BTCという人材構造を「知っている」段階。ビジネスの観点がなければ事業は回らず、テクノロジーの人材がいなければ試すことができず、クリエイティブの意見がなければ人に使われるサービスにならない。まずはこの構造を理解するところからのスタートだと思います。
次の段階として、各人材に必要な要件が「分かる」状態。例えばビジネスデザイナーとはどんな役割なのか、エンジニアにはどのような専門領域があるのかといったことを解像度高く理解していると、一歩進んだ連携になるでしょう。
そして、自分以外の領域の解像度を高め、相手の立場を理解して依頼「できる」段階です。すべてを一人でできる必要はありませんが、ビジネス側の人間でも簡単なプロトタイプを作った経験があると、エンジニアとの会話の質は大きく変わります。お互いの立場を理解した上でのコミュニケーションができれば、より高度な解を導き出すことができると思います。そして最後は、自分ができることを他者に体系的に説明できる、「教えられる」状態。この各ステップのどこに今自分がいるのか、立ち位置を理解しておくことが連携する上で重要です。
その上で、BTC人材が互いの専門性を理解しながら同じ事業に向き合う。その密接な関係性が、事業変革のスピードを大きく左右するのではないでしょうか。
4.BTCの視点を意思決定に取り込むために
異なる正しさを重ね合わせる――これからの意思決定とリーダーシップ
──事業変革を進める上で、意思決定のあり方についてはどのような課題を感じていますか。
新規事業やDXの現場を見ると、最終的な意思決定がビジネス人材だけで行われているケースは少なくありません。あるいは、最初のコンセプト設計をビジネス側だけで進め、ある程度方向性が固まってからテクノロジー人材やクリエイティブ人材に渡すという分業的な進め方もよく見られます。ですが、テクノロジーをどう活用できるか、ユーザー体験としてどう成立するかといった視点は、異なる文化や感覚、バックボーンを持った人材が持ち込まなければ見えてきません。一方的にビジネス人材の感覚だけで進める意思決定は、歪なものになりがちです。
だからこそ必要なのは、BTCそれぞれの観点を持つ人が、各フェーズの意思決定の場に関わることです。最終的には誰かが責任を持って判断する必要はありますが、その判断に至るまでの議論の中にBTCの意見が入っていくプロセスが重要なのだと思っています。
──BTCの視点を意思決定に取り入れる上で、リーダーはどのような意識を持つべきでしょうか。
ここで難しいのは、BTCそれぞれの観点で、「正しさ」は異なるという点です。そのため重要なのは、どれか一つの正しさを押し通すことではなく、三つの観点の正しさが重なるポイントを探していくことではないでしょうか。
その前提として、自分の視点では見えないものを自覚することが大切です。自分の専門領域がどこまでで、どこから先は見えていないのかを理解していることが、リーダーにとって非常に重要だと思います。私自身、何かを判断するときには、「あのエンジニアならどう考えるだろう」「あのデザイナーなら何と言うだろう」と、自分の中に別の視点を呼び出すようにしています。自分の視点の外側を想像するためには、他者の視点を借りることも一つの方法です。
──こうしたBTCの連携や生成AIの普及など、ビジネス環境が大きく変化する中で、これからの経営者やCxOにはどのようなリーダーシップが求められるとお考えですか。
私は、人に仕事を依頼することと、生成AIに対してプロンプトを入力することは、かなり近い行為だと思っています。どちらも自分が何を実現したいのかを言語化できなければ、良いアウトプットは返ってきません。つまり、リーダーにとって重要なのは、まず課題を特定し、それを明確な言葉で表現する力です。
そしてもう一つは、その問いを誰に投げかけるのが最も効果的なのかを判断することです。どの人材に任せると最も早く仮説検証が回るのか、あるいはどのAIツールを使えば最も効率的なのか。こうしたリソース配分の判断が、経営の精度を大きく左右します。
そして最後に大切なのは、本気で任せること。人に仕事を頼むときは、「こういう意図でこの仕事をお願いしている」という明確な意思と、本気度が伝わるかどうかでアウトプットが大きく変わると思っています。誰に何を任せるのかを見極め、自分の意思を言葉で伝え、本気で任せる。そのリーダーシップが、これからの時代にはより重要になるのではないでしょうか。