AI 時代の価値観はどう変わるのか
――若い世代の変化から読み解く、社会と企業の関係
NECでは、日本企業および各種組織のDXが、持続可能な変革として社会に定着することを目指し、DXの取り組み状況を経年で調査・分析しています。本年も、日本国内に本社または主要拠点を置く、売上高300億円以上の企業に属し、自社のDXに関与した経験がある課長職以上の方200名に、DX推進の課題や必要なこと、AIエージェントの活用状況などについてアンケートを実施。「DXの最新動向と変化を読み解く実態調査2026」としてまとめ、2026年4月17日に公開しました。
本連載ではその調査結果を踏まえて、日本社会がDXを本質的に進めるための示唆を、有識者四名へのインタビューを通じて紐解いていきます。
第四回では、若者の価値観やカルチャー、消費傾向に造詣が深い文芸評論家・三宅香帆氏にインタビューを実施しました。今後の社会を担っていく若い世代の新たな価値観を手がかりに、アルゴリズムやAIの浸透によって変化する消費行動や、そこから見えてくる個人と企業の関係性の変化についてお聞きします。
■調査概要
- 対象地域:日本全国
- 対象者 :日本国内に本社または主要拠点を置く、売上高300億円以上の企業に属し、自社のDXに関与した経験がある課長職以上、200名
SPEAKER 話し手
文芸評論家
京都市立芸術大学非常勤講師

三宅 香帆 氏
京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『人生を狂わす名著50』 、『「好き」を言語化する技術』、『考察する若者たち』など多数。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で、書店員が選ぶノンフィクション大賞2024大賞、新書大賞2025大賞を受賞。
1.若者の価値観と消費傾向
「みんな」から「界隈」へ──アルゴリズムとAIが変える選択と行動
──2025年11月に上梓された『考察する若者たち(PHP新書)』では、若者の価値観として「界隈化」が挙げられていました。実際にどのような変化が起きているのでしょうか。
以前に比べ、世代全体で共有される感覚や共通の話題が生まれにくくなっていると感じています。例えば今の高校生に話を聞いても、クラス全員が知っている音楽やマンガがない、という声が多くありました。もちろん、ある程度広く知られている作品やアーティストは存在しますが、「みんなが好きで共有している」という状態にはなりにくい。関心が分散し、それぞれの領域で閉じたコミュニティ(界隈)が形成されています。
背景には、SNSなどのプラットフォーム側に組みこまれているアルゴリズムの影響が大きいと思います。これまでは、知りたいことを自分で検索し、見たいSNSをフォローして情報を得るのが一般的でした。しかし現在のSNSでは、「フォローしていなくても、興味がありそうなものが自動的に流れてくる」という状態が当たり前になっています。この変化はリアルの購買体験にも影響を与え始めていて、若い世代の中には「書店では本をレコメンドしてくれないので、何を選べばいいか分からない」と感じる人もいます。
さらに、この流れにChatGPTなどの生成AIが加わったことで、もう一段階大きな変化が起きています。それは、AIは単なるレコメンドに留まらず、「答えを教えてくれる存在」となっていること。親や先生に相談するのと同じような感覚で、AIに問いかけるケースも増えていると言います。
文芸評論家
京都市立芸術大学非常勤講師
──三宅さんの著書でも、若い世代ほど「正解」を求める傾向が強いと書かれていました。自分で検索するよりも、AIの方が「正解に近いもの」が得られやすい、という認識なのですね。
今の若い世代の価値観の根底には「報われたい」という想いがあり、曖昧なものよりも明確な正解やゴールを好む傾向にあると考えています。だからこそ、自分の問いかけに対して明確な「正解」を示してくれる生成AIという存在に、信頼を寄せる人が多い。少し上の世代であれば、インターネットには誤情報が含まれるという前提を持っていますが、AIは基本的に人間よりも賢いという認識が広まっているがゆえに、誤回答であってもそのまま信頼してしまいやすいのです。
このように、アルゴリズムの浸透とAIによる正しさの担保が組み合わさることで、人々の意思決定や情報取得のあり方は大きく変化し、自分に最適化された情報環境の中で行動する傾向が強まっていくと考えています。そしてこの価値観が広がっていくことで、インフルエンサーなど特定の個人の影響力は相対的に弱まり、「○○好きの界隈」といった単位で情報が流通していく。その結果、界隈ごとの分断と多様化が今後もしばらく続いていくのではないかと見ています。
──三宅さんの目から見て、他に若い世代の特徴や傾向はありますか。
今流行っているコンテンツを見ていて、若い世代ほど社会の格差を前提として受け入れているのではないか、と感じることがあります。現在はSNSなどの影響もあり、家庭ごとの経済状況や生活環境、都会で生まれ育った人と地方から来た人の違いなど、格差が可視化されやすい状況にあります。そしてAIの普及により、AIを使いこなせる人は生産性が高まる一方で、そうでない人との間に情報や機会の差が生まれやすくなっていますが、こうした状況すらも、若い世代は「変えられない社会の前提」として受け止めている印象があります。
2.人間とAIの関係
AI時代に残る、人ならではの価値とは
──ここまで、若い世代を中心とした価値観の変化や、消費行動についてお聞きしてきました。今お聞きしたアルゴリズムやAIが生活に浸透する中で、「人ならではの価値」はどこにあるとお考えですか。
まず前提として、アルゴリズムによるレコメンドが日常になったとしても、人はそれを“そのまま受け入れるだけ”ではないと思っています。どこかで「おすすめを超えたい」「意外なものに出会いたい」という欲求は残り続けるのではないでしょうか。例えば、インターネットで世界中の情報にアクセスできるようになっても、旅行に行かなくなるわけではありません。そして書店や雑貨屋で偶然の出会いを楽しんだり、フェスやイベントに足を運んだりと、「自分の予想を超える体験」を求め続けるので、リアルな体験の価値は下がらないという点が重要だと思います。
もう一つの人間にしか担えない価値は、「関係性の中で言葉を交わすこと」です。AIは基本的にユーザーを肯定してくれる傾向がありますが、実際の人間関係では「それはやめた方がいい」と敢えて肯定しない場面もあります。そうした言葉は、人と人との関係性の中で成立するものです。
ビジネスでも、外部のコンサルタントに「言いにくいことをあえて言ってもらう」というニーズがありますよね。相手との関係性があるからこそ、受け止められる言葉がある。この点はAIには代替できない、人間固有の価値だと思います。
──AIは格差を広げる側面もあると指摘されていましたが、逆に格差を縮める可能性についてはどうお考えですか。
現時点では確かに、AIを使いこなせるかどうかによって、情報や機会に差が生まれている側面があります。ただ長期的には、AIが「能力の差を補完する存在」になる可能性も大いにあると考えています。
英語ができないため海外旅行に行けなかった人も、AIによる翻訳やナビゲーションによってスムーズに行動できるようになる。ECサイトでの購入や映画館・テーマパーク・イベントなどの予約も、AIがそのプロセスを代替すれば誰でも簡単に利用できるようになるでしょう。現在のSNS中心の情報環境では、「情報を知っている人」と「知らない人」の差によって体験の質が大きく変わる場面がありますが、AIが情報を整理し、必要な人に適切な形で届けるようになれば、こうした情報格差は一定程度緩和されていくはずです。若者だけでなく、高齢者などにも情報へのアクセスポイントが広がるという点で、AIは格差を生むだけでなく、縮める方向にも機能し得ると考えています。
3.個人と企業の関係性
消費者と働き手に広がるアイデンティティの多様化と、企業に求められるもの
──人々の価値観の変化に伴い、企業と個人との関係も変わりつつあると考えています。まずは、企業と消費者の関係がどのように変化しているか、三宅さんのご意見を伺えますか。
大きな変化として、企業のサービスや商品について発信することが「自分のアイデンティティを表現する手段」になってきているという点があります。何にお金を使い、どのような体験をしたかも、SNSで発信されることが前提となり、自分を表現する要素になっています。背景には、SNSの普及に加え、アルゴリズムやAIによって情報や価値観がある程度平準化されてきたこともあると思います。その中で、「自分らしさ」をどこで表現するかという意識が強まり、結果として発信行動がより自己のアイデンティティと結びついているのではないでしょうか。
そのため企業としては、単純に市場が大きい多数派に向けて商品を展開するだけでなく、多様な価値観やアイデンティティに対応していく必要があります。「誰にでも売れるもの」だけでなく、「特定の界隈に深く刺さるもの」をどう提供するかが、より重要な時代になってきているのだと感じます。
──では、働き手と企業の関係性についてはいかがでしょうか。
こちらも大きく変化していると感じていて、特に若い世代では、「仕事に何を求めるか」が揺れ動いている印象があります。少し前までは「厳しい働き方」や「長時間労働」が課題として語られることが多くありましたが、今は逆に「ゆるく働くだけでは不安だ」という声が増えています。研修や講座、資格取得など学びの機会を求める人も多く、仕事を通じて自分が何を得られるのか、という点が重視されています。ここでも根底にあるのは「報われるかどうか」であり、「周りと同じように成長できている」という実感を持てる仕事でなければ、どれだけ気楽にゆるく働けたとしても不安、という現代の価値観の表れだと思います。
── 一方で企業の立場から見ると、個々人の価値観や志向は多様化している中で、人材を確保しなければならない状況です。働き手に対しても、そして消費者に対しても、異なるアイデンティティに応じた対応が求められるため、企業は両者の間で板挟みの状況にあります。
おっしゃる通り、アルゴリズムやAIによって個人の価値観が細分化されていく中で、企業には一人ひとりに向き合う、よりきめ細かな対応が求められています。そうした状況においては、消費者と働き手の双方に対し、個別最適なコミュニケーションや対応を支える存在として、AIが重要なものとなっていくのかもしれません。
4. 日本型DXへの展望
不誠実な体験が示す課題と、日本的感覚で捉えるデジタルエシックスの重要性
──AIが生活に浸透する中で、今後重要になるのが「信頼」の問題だと思っています。NECが実施した「AI時代に変化する消費者意識調査2025」では、AIサービスで不誠実と感じた経験をした人が約8割にも上りました。こうした状況を踏まえ、NECでは「デジタルエシックス」の重要性が高まっていると捉えていますが、この点についてどのようにお考えでしょうか。
重要な視点だと思います。AIやデジタルサービスが便利になるほど、企業は多くのデータを扱うようになりますが、「どこまで集めてよいのか」「どこまで利用者を導いてよいのか」といった判断には、価値観や文化に根ざしたエシックス的な視点が求められます。デジタルの世界ではグローバルなサービスを使うことが多いため、基準が欧米視点になりがちですが、こうした感覚は国によって大きく異なります。だからこそ、日本企業がデジタルやAIを活用する際には、日本ならではの感覚を踏まえて「誠実さ」を設計することが重要になるのではないでしょうか。
──その「日本ならではの感覚」とは、具体的にはどのようなものと考えられていますか。
象徴的なのは、日本ではAIやロボットの「キャラクター性」によって受け入れられ方が大きく変わる点です。例えばファミリーレストランの配膳ロボットも、無機質な機械として現れるのと、猫のような親しみやすいデザインで現れるのとでは、利用者の受け止め方が大きく異なると話題になりました。多少の不器用さやミスがあっても、「このキャラクターなら許せる」と感じる。これは単なる見た目の話ではなく、日本人がどこで不信感を持ち、何を受け入れやすいのかという感覚に関わる話だと思います。
日本には古くから、妖怪や八百万の神のように、人ならざる存在に意味や親しみを見いだしてきた文化があります。そうした感覚の延長線上で、AIやロボットのUI・UXをどう設計するかは、今後ますます重要になるはずです。
DXの議論でも、海外のような急進的な変革をそのまま持ち込んでも、日本ではなかなか根づかないと言われます。これは単に遅れているのではなく、日本の商習慣や文化に合う形がまだ十分に見つかっていないからかもしれません。ハンコのような慣習も、外から見れば非効率に映るかもしれませんが、日本人にとってはサインより責任の所在を実感しやすいという感覚がある。単純に正誤で割り切れるものではないのです。
だからこそ、これからの日本企業には、既存の技術を日本の社会や文化に合わせてカスタマイズする力が求められます。AIの開発競争だけを見るのではなく、日本の文化に合ったUI・UXや信頼の設計を通じて、人々に受け入れられる形にしていくことが重要です。何に安心し、何に不信感を持つのかを丁寧に見つめ直すことが、日本らしいデジタル技術の活用と発展につながっていくのではないでしょうか。