宇宙と教育の知見を融合し、かつてない学習教材を開発へ。そこに秘めた想いとは
宇宙、教育、SDGs――。この3つがキーワードとなる、異業種連携による新事業が生まれた。それが、全国の高校生を対象としたeラーニングの探究学習教材だ。探究学習とは、教師が立てた問いに対する正解を探すのではなく、自ら問いを立て、それに対する自分なりの答えを導く学習のこと。そこで本教材では、社会課題を入口として、宇宙開発で培った技術を用い、解決のための方策を探るアプローチとなっている。リアルな課題解決を疑似体験することで、生徒たちに自ら考え、探究する力を身につけてもらう試みだ。共同開発を行う2社のキーパーソンに、新事業の概要や想いについて話を聞いた。
教育×宇宙×SDGsから生まれた、画期的な探究学習教材
これまでにない学習教材の開発が急ピッチで進められている。それは「宇宙を題材にした、高校生向けの探究学習教材」だ。その内容はSDGsの実現に向け、宇宙技術を使った解決策を検討するというもの。生徒たちが身近かつリアルな社会課題をグループで議論し、人工衛星を使った解決策を模索するという。
最初に、人工衛星などの宇宙技術に関する基礎知識をアニメーションで学び、グループでアクティブ・ラーニング(生徒たちの能動的な参加を促す学習法)を行う。
例えば、砂漠化をテーマに立てたとしよう。生徒たちには地球の砂漠化について、現状や今後の予測について調べ、その上で、人工衛星がどう課題解決に役立てるかを考えていく。人工衛星にカメラを搭載し、赤外線や電波など、普通のカメラ以外のシステムを使えば、今まで見えなかったものが見えてくる。そうした計測データを基に、どんな解決方法があるのかを議論していく、といったイメージだ。
この前提にあるのは教育現場の変化だ。2022年度から、高校では「総合的な探究の時間」が必修化され、生徒は課題発見・解決学習、プロジェクトベースドラーニングに取り組むことになる。この教材でも、宇宙技術はあくまでも手段であって、目的ではない。目的は、子どもたちが社会に出て、役に立つ力を身につけるところにある。
注目したいのは、その内容だけではない。事業スキームも特徴的だ。この教材には、まったく毛色の違う2社が出資し、共同で開発しているのである。1社は、国内のEdTechを代表する企業である「すららネット」。「教育に変革を、子どもたちに生きる力を。」を企業理念として、AI×アダプティブラーニングによる対話型アニメーション教材「すらら」の開発、運営を行っている。「すらら」は国内で約2500校の塾、学校などに提供されているだけでなく、海外にも展開されている。
もう1社が人工衛星や探査機に搭載される機器の開発、製造をコア事業とする「NECスペーステクノロジー」だ。人工衛星、探査機はプロジェクトごとに設置場所、供給電力、質量に制約があり、さらに排熱対策、放射線対策などが必要となるため、開発はほとんどがオーダーメイド。お客様からの要求仕様に合わせた最適な製品を提供する事で日本のみならず世界の宇宙開発の発展に貢献してきた。
父親にできなかった宇宙の話を、たくさんの人に届けたい
なぜこのような異色のタッグが生まれたのか。新しい教材開発が生まれた背景について、NECスペーステクノロジーの新規ビジネス開拓チームに所属する猪又 栄治は次のように語る。
「当社の経営理念に『宇宙を身近に』という言葉があり、何か宇宙を身近に感じられる事業に取り組むべきだ、という想いが常にベースにありました。新規ビジネスを模索する中、常にこの理念は念頭にありました」
理由はこれだけではない。教育との連携を模索した背景には、猪又のある想いが込められているという。
「個人的で恐縮なのですが、私の家族に関係しています。父はテレビ局に納める高性能カメラに使用されるワイヤーハーネスの職人でした。兄弟は男3人。決して裕福ではない生活で、私は高卒で就職し、縁あって宇宙関連の仕事をさせていただき、約30年間、宇宙一筋で働いてきました。父は晩年、タクシーの運転手をしていましたが、亡くなった後、母からこんな話を聞かされました。『あなたは知らなかったことだけど、お父さんは、うちの息子は宇宙の仕事をしているって、お客さんにいつも自慢していたんだよ』と。仕事について父に詳しく話したことはないのに、いつも気にして、見ていてくれた父。そのとき『ああ、親父と、自分が携わった人工衛星やロケットが、どんな風に活躍しているのか、酒を交わしながら沢山話をしたかった』という想いが沸いてきたのです。そんな折、社長から新事業立ち上げの話を打診され、すぐさま父の顔が思い浮かびました。そこに『宇宙をもっと身近に』という理念と重なり、生徒が主体的に授業に参加するアクティブ・ラーニングと宇宙を題材にした教材を考え、すららネット様との出会いにつながっていったのです」
2社が共同開発に至る過程でも、「より多くの人に届けたい」という部分での共感があった。それを象徴するこんなエピソードがある。
NECスペーステクノロジーが、出資と開発を行うパートナーとして、国内教材メーカーや教材企画会社に声をかけたところ、最終的に3社が名乗りを上げた。1社は離脱し、残ったのは、すららネットと超大手の教材総合会社。社内では、事業規模を考え、超大手と組むべきという声も強く、猪又は悩んだ。そこで相談したのが、なんと当事者であるすららネットの社長である湯野川 孝彦氏だったという。
「普通、あり得ませんよね。ただ『湯野川さん、どう思いますか』と胸襟を開いて、お話したのです。失礼なお話だったにもかかわらず、湯野川さんには真摯にお応えいただきました。そのとき『大手の事業規模は確かに魅力です。でも、優秀な生徒だけを対象とした教材になりませんか』といわれ、目が覚めました。大事なのはビジョン、想いを共有すること。当社の幹部にその想いを正直に伝え、すららネットと組ませてくれとお願いし、共同開発の実現に至ったのです」そのときのことを猪又は鮮明に覚えているという。
生徒たちが自分事化できるよう、実社会とリンクした探究へ
こうして事業がスタートしたものの、かつてない教材であるだけに、最初は手探りの状態だった。そこで両社は教材開発に対してさまざまな視点から議論を繰り返したという。
「NECスペーステクノロジーは宇宙開発に携わってきた企業であるため、今回の新規事業でも、当初は子どもたちに宇宙を学んでもらう教材を考えていました。ただ、改めて教育現場で何が求められているか調査すると、『総合的な探究の時間』に関して、『教育資源が乏しい』『テーマの選定が難しい』など、先生方が悩みを抱えていることに気付きました。そこから検討をやり直し、宇宙をトリガーに、SDGsのような社会課題に向き合う探究学習へという流れがみえてきました。」(猪又)
すべてのミッションをSDGsとからめるようにしているのは、すららネット側の発案だった。「探究学習では、答えがないことに向き合い、考え、判断する学習のなかで、生徒の興味関心を引き出し、自分事化してもらうことが必要です。特に、日ごろ学んでいる教科学習の知識や、答えのない問題に立ち向かう力を、「社会課題解決」という文脈で発揮できる人材を育成することは、探究学習の究極の目的だと思います。そこでSDGsをテーマに据えることを提案したのです」と湯野川氏は語る。
また、この教材は実社会とリンクした内容になっているところも大きな特徴だ。「現実世界のプロジェクトでは予算も期間も限られています。そこで教材でもあえて制約を設け、予算や期間、技術をいろいろトレードオフしながら課題を解決する、マネジメント力を学ぶ工夫を取り入れました」と湯野川氏。また、教育現場の悩みに探究学習の過程をどう記録し、評価するかという課題があることもわかっていたため、教員による記録と評価をサポートする機能も盛り込まれているという。
業種は違っても「すべての子どもたちへ」という想いを共有できた
また先にも触れたように、本教材は普通の高校生たちでも楽しく没入できるレベルの内容となっている。ミッションの入口は、どんな生徒でも気軽に入れるように広く。そこで興味を持ったら、少しレベルを上げたミッションに取り組めるといったかたちだ。なぜ「どんな生徒でも」にこだわったのか。その背景には、すららネットの立ち上げ当初から続く、湯野川氏の教育に対する想いも大きい。
「前の会社で個別指導の学習塾の運営に携わったとき、生徒によっては成績が下がることもあり、課題を抱えた子どもたちに最適なソリューションがないことに気付きました。それが『すらら』のきっかけで、成績の良い子だけでなく、例えば学習障害や発達障害のある子や、経済的な困窮世帯の子ども、不登校の子どもも含め、すべての子どもたちが取り組めるeラーニングを提供したいという想いから始まりました。そこに社会的な価値があると確信していましたし、今回の共同開発に関しても、優秀な生徒たちだけを対象にするのではなく、間口は可能な限り広げたいと思っていました」(湯野川氏)
教育分野だけでなく、日本の将来にも直結する取り組みだと確信
こうして始まったチャレンジは、今後どう進化していくのだろうか。猪又は「子どもたちが社会課題の解決に目を向け、自ら考えるトリガーになってほしい」という願いを繰り返した上で、次のように語る。
「我々の子どものころに比べると、今はモノも情報も驚くほど潤沢にあります。しかし、選択肢が多すぎるため、子どもたちはどこにフォーカスして、自分の人生を考えればいいのか、わからない面があるように感じます。SDGsに含まれる社会課題に目を向け、自発的、主体的に考える力を養って欲しいし、宇宙に興味関心を持つきっかけにして欲しい。要望があれば、弊社の技術者を派遣しての講習会や、子どもたちを招いての工場見学なども弊社ができるサービスの1つとして検討していきたいと思います」
一方、湯野川氏は今回の共創から、すららネットのプラットフォームを活用した、新たな探究教材開発へ発展する可能性を感じているという。
「日本の理系学習の課題は以前から指摘されていますが、宇宙をトリガーに、身近な社会課題について考える過程で理系的な思考も育まれるはずです。この仕組みは国内に限らず、海外に向けた、教育現場発のクールジャパンとして展開するのも可能だと思います」
2人が考えるのは、自ら学び、考える楽しさを知ってもらい、子どもたちの人生の選択肢を広げてあげること。それは教育分野の改革だけでなく、日本の将来を語る上で欠かせないものだと確信している。両社の共同開発による未来に注目したい。