市民の健康増進に向け、岡山市が取り組む「一手」とは
~健診結果予測AIを使い、市民の行動変容を促す~
少子高齢化とともに増大する医療費が地方自治体の財源を大きく圧迫している。この課題を解消するには、住民の健康寿命を延ばすことが欠かせない。とはいえ、健康増進に向けた各自治体の取り組みは、必ずしも成果につながっていないのが実情だ。こうした中、岡山市は市民に生活習慣の改善を促すため、AIを活用したNECの健診結果予測シミュレーションと最新のヘルスケアアプリを組み合わせた支援策を展開。日々のライフログを分析して適切な生活改善メニューを提示することで、取り組みに参加した市民の健康意識を高めようとしている。ここでは、この取り組みの狙いやメリット、今後の展開について紹介したい。
市民の健康を維持・増進して医療費の適正化を図りたい
総務省の「情報通信白書」によれば、2020年に7341万人だった日本の生産年齢(15~64歳)人口は2030年に6773万人に減少し、総人口に占める65歳以上の高齢者は29%から32%に増加する見込みだ。
加速する少子高齢化は経済成長を阻害する一方で、医療費などの社会保障給付金は膨らみ、社会の持続性を脅かす可能性がある。こうした状況を見据え、全国の各自治体は医療費適正化に向けて住民の健康増進に資するさまざまな施策を展開するようになった。健康に関する活動やイベントに参加した住民に対し、景品やクーポンなどの特典と交換できるポイントを付与するなどのインセンティブを設ける動きも広がっているが、なかなか思うような成果を挙げられずに苦慮する自治体が少なくない。
複数の自治体が推進した「健幸ポイントプロジェクト」などを行ったこともある、人口約70万の政令指定都市、岡山市もそんな自治体の1つである。参加者の肥満度を表すBMIが減少傾向を示すなど一定の効果は見られたが、65歳以上の国民健康保険加入者の一人あたりの医療費は全国平均を上回っている。
医療費の適正化を図りたい同市は、住民の生活習慣改善に向けた新たな施策を2019年度より展開。特定健診(※1)を受診して特定保健指導(※2)の対象となった国民健康保険加入者に、過去3年間の特定健診結果をAIで解析し、現在の生活習慣を継続した場合の将来リスクを可視化した上で日々実践すべき改善メニューを示すためのスマートフォンアプリを提供した。しかし、その参加者は市が想定したほどには伸びなかった。
- ※1 特定健診:生活習慣病予防のため40歳以上を対象とする健康診断で、身体測定、血圧測定、血液検査、尿検査などを行う
- ※2 特定保健指導:特定健診の数値が基準値を超え生活習慣病リスクが高いメタボの人に対して実施する保健指導
「より早期から健康意識を啓発するべく、続く2020年度はアプリの提供対象を生活習慣病予備群の市民にも拡大しましたが、それでも参加者を大きく増やすことはできませんでした。とはいえ、参加した方の翌年の特定健診結果には改善傾向が認められ、取り組みそのものには大きな意義があることを確認できました」と岡山市 保健福祉局の坂内 洋平氏は振り返る。
将来の健診検査値予測を示し、その具体的な改善策を提案
そこで岡山市は同施策の「実行フェーズⅡ」として、より多数の市民が利用してくれる仕組みづくりを改めて模索。健診データに基づく「将来リスク」をよりわかりやすく示すとともに、生活習慣改善メニューを提示するアプリをさらに充実した内容に刷新することにした。複数の事業者に企画を募って選定したのが、先進ICTの活用でヘルスケア分野におけるライフサポートにも注力しているNECによる提案だった。
その内容は、アプリ提供対象者の特定健診や問診データをNECがAIで分析し、個々の市民の1~3年後の検査値予測を健診結果予測シミュレーションとして算出。それを岡山市が情報提供シートとして対象者に送付し、自身の将来の健康に危機意識を抱いた市民に、ヘルステック・ベンチャーのFiNC Technologiesが開発したスマートフォン向けヘルスケアアプリFiNCを提供して日常の健康管理に役立ててもらうというものだ。利用登録をした市民が日々の歩数や体重をはじめとするライフログを記録すると、アプリとつながったAIがユーザの属性や生活習慣に合わせて個別のアドバイスを配信する。こうしたパーソナライズされた情報提供を通して、健康増進につながる行動変容に結びつけていくわけだ。
「目的とする医療費適正化は多くの市民が健康にならなければ実現しないので、2021年10月にスタートさせたフェーズⅡでは、参加者の絶対数を増やすためのさまざまな試みもしました」と坂内氏。その施策の1つが、フェーズⅠでヘルスケアアプリの提供対象とした特定保健指導対象者や生活習慣病予備群に加え、新たに腹囲超過者にも参加を呼びかけたことだ。また、フェーズⅠの参加申し込みの主な手段は電話だったが、フェーズⅡでは送付した情報提供シートに付した二次元バーコードのリンク先から市民自身がアプリをダウンロードすることでより手軽に参加できるようにした。
さらにはウォーキングドクターとして知られるデューク更家氏によるセミナーを、2021年10月から2022年2月にかけて毎月開催。その会場でスマホの操作が苦手な人にアプリのインストールをサポートするとともに、アプリを起動させてから乗れば体重などのデータが自動的に記録されるFiNC Technologies製の体組成計を配布。毎日のライフログを記録する習慣づけをしてもらう一助とした。こうした取り組みを推進した結果、フェーズⅡの参加者はフェーズⅠの参加者の実に4倍強にまで増加したという。
「市が管理画面でアプリのアクティブ率などを随時モニタリングできるようにし、PR活動に力を入れるなど必要な対策を講じたことも功を奏したと思います」と坂内氏は語る。
生活習慣改善にとって重要なのは行動変容の“継続”
坂内氏は単に参加する市民の数が増えただけではなく、参加者へのアンケートで92%の人が「生活習慣改善を継続したい」、96%の人が「今後もこの健康事業に参加したい」と回答していることに大きな意味を見出している。訴求の仕方次第では参加者数を伸ばすこと自体はそう困難ではないかもしれないが、生活習慣改善意識を長期間持続してもらうことは容易ではない。ただし、それができない限り医療費の適正化にはつながらない。
それでは、なぜ岡山市では参加者の圧倒多数が活動を継続したいと望んでいるのだろうか。「この取り組みの入り口にあたる情報提供シートが送付された段階で、自らの健診・問診結果に基づく将来の予測検査値が強いインパクトを与えたのだと考えています」と坂内氏は推測する。
NECの健診結果予測シミュレーションでは、体重、血圧、中性脂肪をはじめとする項目の今後の予測数値が、「正常域」「保健指導判定値」「受診勧奨判定値」を示す3段階の顔マークで表示される。自身が近い将来、どのような健康状態になりそうかを直感的にイメージできるため、危機意識を醸成するのに一役買った格好だ。
この予測シミュレーションは市から情報提供シートとして送付されるだけではなく、利用者がWeb上で操作することも可能だ。自分が改善したい検査項目を入力すると、年齢や性別などの違いからその人に適した「おススメ生活改善」案を表示。それを実行した場合の将来の予測数値が示されるので、改善に向けて何をすればよいのかが明確にわかる。
市民に継続的に利用してもらう仕掛けはアプリにも組み込まれている。1日の人の活動の流れと行動心理学を掛け合わせ、科学的にモチベーションを喚起する“タイムジャーニー設計”が施されており、例えばその日の歩数が1,500歩に達するとそれを賞賛するメッセージを発信。1歩の幅を60cmとすると、1,500歩で1km弱。電車通勤をする社会人なら自宅を出てちょうど駅に着いた頃に通知を受けることになり、ウォーキングに対するやる気が引き出されるというわけだ。
「このアプリでは歩数、食事、運動、体重、睡眠、生理の6種類の身体に関する情報を一元管理できます。歩数や睡眠データはスマホのヘルスケア機能やウェアラブル端末で入力され、体重は専用体組成計と連携して計測。食事の内容はスマホで撮影すると栄養素などが解析されるというように、多くの項目が自動的に記録・分析されるので利用者に手間がかかりません」とNECの倉光 一宏は説明する。
行動変容の継続には「仲間がいる」、「自分なりの目標をもつ」、「自らを意識づける」、「参加する場所や指導者がいる」、「成果が見える」の5つの要因(※3)が必要だとされるが、このサービスはその5つの要因をすべて満たしている。
- ※3 出典:関西医療大学紀要「成人の運動習慣を継続するための支援に関する実証的研究」2016
「このような仕組みによって生活習慣改善に向けた行動変容を無理なく引き出すとともに、ユーザ本位の使いやすさを備えていることが、市民の継続利用に大きく寄与しているのと考えています」(坂内氏)。
トータルライフサポートでサステナブルな社会を実現
2022年度も岡山市はNECの健診結果予測シミュレーションとヘルスケアアプリを組み合わせた市民の生活習慣改善事業を継続している。
一方、NECも地域社会の健康事業の支援に向け、将来的に個々の人々の人生のあらゆるシーンに寄り添い、パーソナライズされた最適なサービスを提供することで、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に貢献したいというビジョンを描いている。
「ヘルスケアを出発点として、人々のありとあらゆる生活周りを支援するライフサポート構想を具現化することで、サステナブルな社会づくりをリードすることが私どもの使命だと考えています」(倉光)。
市民の健康を維持・増進したいという想いと、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上により、豊かでサステナブルな地域社会を実現したいという想い――新たな社会課題の解決に向けて、2つの想いは確実に結実しつつあるようだ。
- ※ この記事は2022年11月2日に地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が主催した「地方自治情報化推進フェア2022」における講演内容を再構成したものです