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With/Afterコロナを、どうチャンスに変えるか
JALが進めるDX戦略

 COVID-19により、航空業界は大きな打撃を受けた。2020年の国内線の航空旅客数は前年比で56.2%減少。国際線に至っては81.4%減少している※。しかし、そのなかでもJALではこの苦境を未来のための準備期間ととらえ、さまざまなDX施策に積極的に取り組んでいる。いまJALは DXで何を実現しようとしているのか。「NEC Visionary Week 2021」で実施されたセッション「After/With コロナにおけるJAL DX戦略について」では、顔認証技術を活用したDXでJALと協力しているNECが詳しく話を聞いた。

  • 出典:経済産業省 旅客運送業へのコロナ禍の影響とは

人財の力を生かす「地に足の着いたイノベーション」

 そもそも日本の航空業界では、COVID-19以前から積極的にデジタル化を進めてきた。

 「eコマースでの航空券販売や自動改札ゲートなど、日本の航空業界では世界でもいち早くデジタル化に取り組んできました」とJALのイノベーション推進部部長の斎藤氏は語る。JALは2011年から旅客基幹システム刷新に着手し、1967年から稼働していたレガシーシステムを7年がかりで移行させた。新システムはグローバルスタンダードに沿ったSaaSで、これがDXを推進するプラットフォームとなっている。

 「予約システムや発券システムまでが一新されたので、システムだけでなく全社のビジネス自体が変わっていきました。この経験が、全社でさらにDXを進めるうえでのマインドを整備するきっかけになったと思います。」

 しかし、このような大きな革新を行うに至っても、JALでは常に「地に足の着いたイノベーション」という意識を持ち続けてきたという。

 「先進テクノロジーを使って何かカッコいいことをしようというのではなく、しっかりと人財の力も生かして役に立つものを生み出していく。そのように地道に進めていく意識が重要だと考え続けてきました。」

日本航空株式会社
デジタルイノベーション本部
イノベーション推進部 部長
斎藤 勝 氏

 斎藤氏がそのように語るJALのDXを象徴するような取り組みが、アバターロボット”JET”だ。空港で接客を行うロボットなのだが、会話自体は遠隔でスタッフが行う。

 「AIロボットではまだまだできることが限られているというのもありますし、空港でデジタル化・自動化が進むなかで、人がしっかりとお客様をサポートするということも大事だと考えました。現在のロボットは2代目なのですが、面白い変更点として、声をかわいいロボット声からスタッフの地声に変えています。初代のロボットの声もお子様からは非常に人気があったのですが、実際に接客を行う場合にはやはり信頼感に欠けてしまうと考えて変更しました。『搭乗時間が迫っているので、お急ぎください』とロボット声で言われるよりも、遠隔のスタッフから言われているとわかった方が、効果的なコミュニケーションがとれますよね。」

 このロボットの開発目的も、当初は人財の力を生かすことが目的であったと斎藤氏は続ける。

 「JETは、もともと社員の働き方改革のために開発をスタートさせたものでした。ライフイベントなどで休職中のグランドスタッフも自宅から仕事に参加できるようにと考えて始まったものです。また、空港には多様な国からお客様がいらっしゃいますから、JETを使えば、お客様の母国語で対応できるスタッフが、遠隔地から会話ができるというメリットもあると考えていました。COVID-19が広がるなかで、JETにはまた新しい価値が出てきましたので、広く空港に展開できるように開発を進めています。」

顔認証を活用して感染症対策と利便性の双方を追求

 COVID-19の感染拡大を受けて、航空業界でも安全・安心を守るための新しいデジタルソリューションが次々に導入されている。たとえば、羽田空港で行われた画像認識技術を活用してマスク着用を検知するシステムの実証実験は、JALだけでなく空港ビルまでもが一丸となって取り組んだ事例だ。カメラ映像からマスクの非着用をリアルタイムに検知して、着用を促すことができる。さらに、今年の7月からは成田空港と羽田空港の国際線で顔認証搭乗システム『Face Express』の本格運用が開始された。この取り組みも、企業の枠を超えて、日本の航空業界が一致団結した結果実施されたものだ。

 JALではこの他にも多数の感染症対策を実施しているが、目を引くのは顔認証技術を利用したシステムの多さだ。斎藤氏は「国際線でのパスポートチェックのように、エアラインはもともと顔認証と非常に相性が良かった」と語る。

 「COVID-19が拡大する以前から、NECさんと組んで顔認証技術を活用した新しい旅行体験の創出に取り組んできました。南紀白浜での実証実験がそれにあたります。顔認証は、実際にやってみるとその特別さがわかるものです。たとえば顔認証決済というと、みなさんは『スマートフォンを出せばそれで済むじゃないか』と思うかもしれません。しかし、パッと商品を手に取ってレジの前に立つだけで決済が完了するというのは、やってみて初めて実感できる特別な体験です。やみつきになりますよ。」

 そのようななか、COVID-19感染の広がりとともに、顔認証の非接触サービスとしての側面が大きく注目され、活用されるようになった。

 「今年の春、鹿児島空港のラウンジでは、顔認証による入室システムの実証実験を行いました。マスクをしたままでも高精度に認証可能なシステムです。ラウンジではお客様にマスクの着用をお願いしているにもかかわらず、入室時には確認のためにわざわざマスクを外していただくというのは大変心苦しいですからね。マスクを着用したまま認証できる顔認証エンジンは非常にありがたかったです。また、南紀白浜空港では、サイネージの前で顔を認証していただくと、お預かりしたお手荷物の返却時間をお知らせするサービスを昨年10月末から実施しています。手荷物受取所での人の滞留と密を避けるシステムです。また、同じく10月末には羽田空港の売店で顔認証決済も開始しました。」

 しかし、顔認証の導入に障壁はないのだろうか。斎藤氏も「広く普及するためには、安全性の理解と社会受容がカギになる」と語り、企業横断や官民の協力によって、情報管理を進める必要性について言及する。

 NECの太田もこれに対し、安全性の追求は非常に重要だと応じる。

 「顔認証が正しく機能するためには、他人との入れ違いなどの間違いが生じるのは言語道断ですから、まずは精度の追求が安全・安心のための大前提になると考えています。だからこそ、認証精度で世界No.1の評価をいただいているNECの技術が社会にお役に立てるところはあると思っています。また、個人情報については、情報をハイセキュアに守る技術が重要になってきます。NECでも生体認証向けのハイレベルなセキュリティ技術をもっていますから、こうした技術開発には引き続き力を入れていくつもりです。
 そのうえで、現場の実態にあわせたセキュリティレベルと認証精度のバランスをとっていくことが重要です。顔認証の普及にあたっては、お客様と一緒になって利用シーンに合致した安全・安心なサービスを創り上げていくことが、これからさらに求められていくと考えています。」

NEC
クロスインダストリー事業開発本部
シニアマネージャー
太田 知秀

社内外での連携を活性化させるDX拠点 「JAL Innovation Lab」

 なぜ、JALではこのように多様なDX施策をすばやく実現することができるのか。その拠点として機能するのが「JAL Innovation Lab」だ。本社から数分の距離に設立された500m²ほどのラボスペースで、チェックインから搭乗までのカスタマージャーニーが再現されている。斎藤氏が部長を務めるイノベーション推進部のメンバーに加え、グループ社員3万6000人が誰でも参加可能な“ラボ会員”という制度に自ら手を挙げて、DXにチャレンジする有志約160人が活動中だ。「参加者の属性はさまざまです」と斎藤氏は語る。

 「もちろんIT部門の人間もいますが、客室乗務員、運航乗務員や整備士など、実に多様なメンバーが参加しています。最近ではオンラインでの活動も増えているので、海外から参加しているメンバーもいますね。IT部門の人財だけでは現場の勘所が掴めなくて上手くサービスを定着できませんし、現場の人間だけではシステムや技術面での発想ができません。両者がうまく連携することで、新しいイノベーションにつながる活動が実現できていると感じています。」

 しかし、有志で参加しているラボ会員やDXにチャレンジする社員たちは、なぜモチベーションを高いレベルで保持することができるのか。そこにはJAL独自の興味深いルールがあった。

 「ラボでは『3カ月ルール』という制度を設けています。限られたリソースを有効活用するために、3カ月でできる範囲を決めて、ポイントを絞った実証実験を行うようにする制度です。また、3カ月に絞ることで年間4回の挑戦ができることになります。これが多くのグループで同時発生しているわけですから、非常に多くのトライアルを実行することが可能です。まずは数を撃つことで、当たりに近づけていく。そんなアプローチをとれることが特長です。」

 また、ラボに参加できるのは社員だけではない。受発注という関係にとらわれることなく社外からも積極的に参加を募り、フラットでオープンな関係を構築している。現在までに約300社がラボに訪れ、共創に取り組んでいるという。社員が業務上での気づきや知恵をラボに持ち込み、社外からはテクノロジーやノウハウを持ち込むことで、新しいDXの種を生み出していく。

 NECも、そのパートナ―の一社だ。「JAL Innovation Lab」では現在(2021年9月)、「NEC I:Delight」と連携した展示を行っている。「NEC I:Delight」とは、生体認証を共通のIDとして複数の場所やサービスでも顧客へ一貫した体験を提供するコンセプトだ。本展示では、顔認証による搭乗ゲート通過はもちろん、顔認証によって乗り継ぎ便の搭乗口までのルートが案内表示されるという体験ができる。チケットやスマートフォンを提示することなく、体一つでフライトできるような新しい旅行を感じることが可能だ。しかし、こうした連携技術でJALが見据えているのはもっと先の未来だ。斎藤氏は語る。

 「私たちはいま、Afterコロナを見据えてMaaSへの事業展開を考えています。空港から空港という移動だけにとまらず、お客様の出発地から目的地までの移動をまとめてコーディネートする。また、手荷物も空港で預ければ滞在先のホテルまで直接届けてくれるようなサービスができれば、移動のハードルは大きく下がり、お客様の自由も広がるはずです。そのときにはさまざまなサービスを連携させるIDとして、顔認証が軸となってくると考えています。」

 顔認証をWithコロナの感染症対策として活用しつつ、Afterコロナへ向けた積極的な施策へとつなげていく。柔軟な組織体制とオープンイノベーションによって新たな取り組みをつづけるJALのDXは、パンデミックという未曽有の危機の先にある希望につながっている。