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サイバー空間で拡がる行政ビッグデータの価値
~地方行政における3D GISの可能性とは?~

 デジタル田園都市国家構想への期待が高まる中、多くの地方公共団体でビッグデータの利活用が加速している。その中でも特に注目されているのが国土交通省のプロジェクト「PLATEAU」(※)に代表される3D GIS(立体地図)データである。スマートシティやモビリティ、防災、インフラ管理をはじめとする「まちづくりDX」のインフラとして、先進的な地方公共団体で活用され始めている3D GISは、どのような可能性を秘めているのか。地方公共団体で独自のサービス開発に取り組むキーパーソンたちに話を聞いた。

SPEAKER 話し手

目黒区

早坂 嘉雄 氏

情報政策推進部行政情報マネジメント課
行政情報マネジメント係
係長

武山 大輔 氏

情報政策推進部行政情報マネジメント課
行政情報マネジメント係
係長

つくば市

家中 賢作 氏

政策イノベーション部 情報政策課
(兼)企画経営課 統計・データ利活用推進室
係長

熊本市

佐美三 知典 氏

健康福祉局 福祉部
健康福祉政策課
参事

NEC

岩田 孝一

デジタル・ガバメント推進部門
シニアエキスパート

さまざまな地方公共団体で進むデータ活用環境の整備

──地方活性化を加速する「デジタル田園都市国家構想」への期待についてお聞かせください。また、その実現に向け、データ活用環境の整備とデジタル実装をどのように進めていくお考えでしょうか。

目黒区 早坂氏:デジタル田園都市国家構想で挙げられている「デジタルの力を活用した地方の社会課題解決」という取組は、目黒区としても非常に共感しています。当区でもデジタル化の恩恵を区民の方々に提供していこうと、2022年4月に「目黒区DXビジョン」を策定しました。このビジョンでは大きく3つの取組を掲げています。まず1点目が24時間365日のオンライン申請や行政情報のプッシュ通知を行うなどの「生活を『もっと便利に!』」、2点目が誰一人取り残さないやさしいデジタル化の推進を行うなどの「区民サービスを『もっと親切・丁寧に!』」、そして最後の3点目が災害情報などのタイムリーな情報配信や安心の見守りサービスなどの「暮らしを『もっと安全・安心に!』」です。

熊本市 佐美三氏:熊本市では行政サービスのDXを推進するため、2020年11月に「DXアクションプラン」を策定しました。デジタル視点での業務改革断行に向けて、「標準化・共同化」「マイナンバーシステム活用」「クラウド・モバイル活用」「デジタルデバイド対策」「リスクマネジメント」「デジタル人材の育成」という6つの横断的視点で施策を推進しています。

 私はその中で、医療介護分野のデータ分析を担当しています。デジタル田園都市国家構想でも、データ分析を行いやすい環境整備を強く打ち出しています。本市でもデータ分析の重要性を庁内全体で共有できるような形にしていきたいと考えています。

つくば市 家中氏:つくば市では、全分野のまちづくりの指針となる「つくば市未来構想」を2015年度に策定しています。今後の50年のまちづくりの指針となる長期的な構想です。現在は2030年の未来像実現に向けた「第2期戦略プラン(2020-2024)」の過程にあります。私も策定に関わったこの戦略プランの基本施策Ⅳ-3には、3つの個別施策があります。

 1つ目は「人とテクノロジーが共生するスマートシティの推進」、2つ目は「データで市民を豊かにするまちの推進」、3つ目は「書かない・待たない・行かないデジタル窓口の推進」です。これらを実現するため、官民連携による革新的な技術開発や、多様なデータ連携による新たなサービスの迅速な社会実装を目指す取組を行っています。

NEC 岩田:NECでは、地方公共団体のDXを支援する立場として、さまざまなツール群を取り揃えるお手伝いをしています。ただし、いくら優れたツールを用意しても、それをどのように活用すれば何ができるのかといったストーリーがないと市場は活性化しません。そこで官民共同でデータ活用市場のビジネスチャンスを発掘する「パーソナルデータ活用研究会」を開催し、この座談会にも参加されている方々と一緒に、さまざまなユースケースを考えているところです。

 今後は公的機関によって提供される行政サービスのみではなく、地域の実情に合わせて、多様な主体を交えた地域完結型の行政サービスへの転換が必要です。そのためには行政ビッグデータ(※)の分析が欠かせない要件となってきますので、NECはその部分をしっかり支援する役割を果たしていきたいと思います。

  • 地方公共団体が持つ多様な行政データに匿名加工(個人が特定できないようなデータ加工)を施した匿名加工情報のこと

行政サービスの向上に向けたビッグデータ利活用が進展

──ビッグデータの活用に向けて、現在どのような取組をされているのでしょうか。既に検討されている行政サービスなどがあれば、お聞かせください。

目黒区 早坂氏:目黒区が保有する統計、防犯・防災、地理、暮らしなどのデータを公開し、利用者に広く役立てていただこうという想いで「目黒区オープンデータカタログサイト」を展開しています。2021年8月からはBODIK ODCS(※)のカタログサイトに関東圏では初めて参加させていただき、オープンデータの提供と利活用を本格化させています。

 また、東京23区の特別区ではデータの取得・分析・活用に向けた「特別区におけるDXの推進~データの取得・分析・活用に向けて~」という取組を進めていますが、目黒区もその研究会に積極的に参加しています。他区との連携を深めつつ、推奨データセットを参照したオープンデータの整備も検討しており、今後さらに区民のオープンデータの利活用に貢献していきたいと考えています。

目黒区 武山氏:私の担当領域では、住民データを匿名加工して統合的な分析データベースをつくり、BIツールなどを通してデータをビジュアルに可視化していく取組を進めています。そこで重要になるのはロジックモデルそのものというよりは、説得力あるストーリーづくりです。例えば、人口動態とそれ以外のデータをクロス集計し、関連性の分析ができるようになれば、それらをエビデンスとしてEBPM(※)の推進に貢献することができます。役所業務では、さまざまなセンシティブデータを扱うため、アクセス権や制御を厳格にした上で、住民の方々に役立つ施策をエビデンスに基づいて立案していくというマインド醸成に力を入れることが大切だと考えています。

熊本市 佐美三氏:熊本市ではデジタル技術を活用して地域の課題を解決し、持続的で上質な市民生活・都市活動を実現するため「スマートシティくまもと推進官民連携プラットフォーム」を立ち上げ、さまざまな取組を推進しています。その一環として私の部署では、国保や介護のレセプト、要介護認定や特定健診情報といった医療・介護分野のビッグデータを分析し、生活習慣病の早期発見や要介護状態を予防するための施策立案に役立てたいと考えています。

 既にデータを保有する各課と協議を進めていますが、回帰分析を進めていく上で説明変数や目的変数をどう設定するのか、どのような疾病に注目すればいいのか、それがレセプトのどの項目に注目すればわかるのかとかといった細かな課題が、分析方法を検討する上で非常にたくさんあることがわかってきました。多様な世代が健康で生きがいをもって暮らすことができるまちを実現するため、一歩ずつ着実に取り組んでいきます。

つくば市 家中氏:つくば市未来構想・戦略プランには、個別施策Ⅳ-3-②「データで市民を豊かにするまちの推進」があります。ここでは、職員が個人情報に配慮しながら分野横断的に庁内データを連携・可視化することで、日常業務や政策検討にいかせるようにしていくとともに、利用しやすいオープンデータを積極的に公開し、民間企業等における利活用を促進するものとして、6つの主要プロジェクトが進行中です。1つ目は、データの在り方を理解して仮説が立てられるような人材育成を行う「データ利活用研修とオープンデータ勉強会の実施」、2つ目はデータ形式の標準化や共有するための仕組みづくりといった「保有データを庁内活用できる環境の整備」、3つ目は庁内データ活用の調整等を行う「つくば市デジタル・ガバメント推進体制を活用した施策の推進」、4つ目はデータ活用に対する市民ニーズの把握や解決策を考える場を提供する「データを活用した課題解決の場の提供」、5つ目は「デジタル情報プラットフォームの導入による地域との連携推進」、6つ目が「医療介護分野におけるデータ分析による医療介護施策の推進」です。最後の医療介護施策の推進は熊本市の佐美三さんとも意見交換させていただいたことがあります。

──こうした地方公共団体の動きを受け、NECとしては行政ビッグデータの活用に向けて、どのようなアプローチが必要だと考えていますか。

NEC 岩田:全体最適で持続可能なまちづくりや市民参加型のまちづくりに、行政ビッグデータを、どのように活かしていくかを具体的なロジックツリーとともにユースケースとして示すことが重要だと考えています。その中でも近年、注目を集めているのが3D GISです。これはGIS上に実在する地形・建物・地形などを3Dで表現したデータですが、サイバー空間上で都市空間を可視化・再現できるため、フィジカル空間と双方向に作用しながら新しいソリューションを創出できるという期待が高まっています。

 3D GISと混同されがちな技術としてCADがありますが、3D GISは属性表示などの機能を搭載しており、地図としての特徴を排除していないことが、絵面を高精度につくるCADとは大きく異なります。3D GISは、より業務システムに近いものだといえるでしょう。

3D GISで都市の「デジタルツイン」が実現

──具体的にどのようなユースケースが考えられるのでしょうか。

NEC 岩田:都市計画・都市再生、浸水シミュレーション、人流、インフラ維持管理、モビリティなどは3D GISの代表的な使われ方です。例えば「5G/6Gのように直進性の高い電波を効率よく通すための基地局をどう配置するか」や「もし洪水になったら建物内にどのくらい浸水してくるのか」、「ビル内に大勢の人がいる中で避難誘導をどうするか」、「バリアフリーの移動経路をどう確保するか」といった検討は、3Dマップの方が間違いなく扱いやすいです。

 さらに、介護保険や障害者福祉、医療保険等の行政ビッグデータを時系列的に組み合わせれば、例えばある時点において高層マンション内で移動が不自由な人が何階にどの程度いるのかがわかり、避難誘導等のシミュレーションが可能になります。また、3D GISに固定資産税の行政ビッグデータを時系列的に組み合わせれば、建物の建築年数や材質から、ある時点における火災発生時の燃え移りなどを予測することもできます。

 こうしたユースケースを実証するために、パーソナルデータ活用研究会では行政ビッグデータを時系列に集約したデジタルツインと、それらを3D GISで可視化したメタバースを掛け合わせ、メタバース空間上にペルソナを再現して、EBPMなどへ活用することができないかを検証しているところです。

図 デジタルツインのイメージ
将来の行政サービスはリアル空間とサイバー空間を融合した形で提供される。住民情報は匿名加工を施した上で、3D都市モデルのデジタル空間上に対象地域と同じ属性・課題を持つペルソナとして再現される。そしてさまざまな分析・シミュレーションを行うデジタルツインにより一人ひとりに最適なカスタマージャーニーが形成されていく。

まちづくりDXの新たな原動力に

──地方公共団体の皆さんは、こうした3D GISの可能性をどう考えていらっしゃいますか。またGISとオープンデータ、ビッグデータ、行政ビッグデータを紐付けた際に、どのようなイノベーションやサービスが生まれるとお考えでしょうか。

目黒区 早坂氏:3D GISは非常に大きな可能性を秘めていると思います。目黒区でも2022年10月にオープンデータ推進策の一環として「めぐろ地図情報サービス」をスタートさせました。目黒区の都市計画情報、指定道路図、道路台帳現況平面図をご覧いただけるものですが、11月には別の形で3D GISをベースとした「目黒デジタルアーカイブ100」も稼働させています。これは区制施行90周年を迎えた記念事業の1つで、23区初となる目黒デジタル3Dマップと、資料データベースを活用した目黒デジタル百科事典で構成するものです。記録として残りづらい日常の風景や伝統芸能、生活やイベントといった写真・映像などのデジタルデータを蓄積し、誰もが簡単に情報を探せるアーカイブと位置づけています。

 その第一弾として公開した「みどりの散歩道」は、Re:Earth(※)のカメラワークやPLATEAUの3Dデータを最大限に生かしたもので、あたかも自分がその道を歩いているような躍動感あふれるマップとなっています。今後はAR(拡張現実)やVR(仮想現実)化など、100周年に向けてさらに進化させていくつもりです。

熊本市 佐美三氏:都市計画におけるインフラ整備などは莫大なコストをかけて行うため、途中で何か問題があった際に修正が難しいのが課題だと思います。しかし3D GISなどで事前に綿密なシミュレーションができるようになれば、リスクは大きく軽減されます。交通渋滞を解消するためにはどのような道路網を整備すればいいのか、“買い物弱者”と呼ばれる方々を救済するには、どのような交通網が適しているのか、移動販売車を走らせるならどのようなルートが適切かなどは、やはり行政ビッグデータとGISをセットで考える必要があります。防災でも、地図上では行けるはずの道が河川の増水や急な坂道などで通れなかったりするケースも多いので、豪雨時の避難路をわかりやすく伝える際に3D GISが非常に役立つはずです。

つくば市 家中氏:GISを活用するには、連携データの組合せをきちんと考える必要があります。数年前に台風が来た際、応援の要員としてリストの上から順番に電話で状況を確認するという作業をやりました。「ウチは大丈夫」という方がいる一方で、「どこにどう避難すればいいのか」と切迫している方もいるため、リストのつくり方に工夫が必要だと感じました。ハザードマップと要援護度の高い方の情報は把握できているので、あらかじめ優先順位の高い方をリストアップして避難経路を抽出しておけば、無駄なく安全に指示できると考えられます。こちらについては、優先順位を付けてデータ整理していく流れへとつながりました。今後、3Dマップ上に要援護度の高い方の連絡先を埋め込み、直接連絡できるようにすれば、緊急時にも素早く支援が行えるようになるでしょう。

EBPMに取り組むために何をすべきか

──今後、EBPMをはじめ新たな行政ビッグデータの活用やその促進に向け、どのような取組や挑戦をなさっていくお考えでしょうか。

目黒区 武山氏:データ分析を行うにも、“どこに必要なデータがあるのか”、“どの部署が分析を行うのか”といった、前段階でのやりとりや調整に多くの時間を取られているのが現状です。そこで住民情報などをしっかり匿名化したデータベースを構築した上で、データ分析基盤や、統計処理したデータを閲覧・共有するBIツールなどを導入し、研修や専門チームづくりを通じて情報共有の迅速化と業務効率化を進めていきたいと思います。これらの取組が庁内で浸透し、データ分析に関する職員のリテラシーを徐々に向上させていけば、EBPMの推進が加速されていくでしょう。

熊本市 佐美三氏:現在進めている医療・介護領域のビッグデータ分析によって、今後の状況を可視化し、さまざまな行動変容に取り組んでいくことがEBPM実現に向けた重要なテーマです。今後は業務量が増える一方、職員数は減っていくことが確実ですので、デジタルの力を活用した予測・予防型の行政サービスに転換し、住民と行政が互いにWin-Winの成果を得られる仕組みづくりを進めていきたいと思います。

つくば市 家中氏:データ分析を進める上で重要なのはデータの棚卸しです。先ほど武山さんが“必要なデータがどこにあるのか分からない”というお話をされていましたが、つくば市でも同じ悩みを抱えており、2017年からデータの棚卸しを進めてきました。現在は、500件以上の保有データ一覧として、その一覧自体をオープンデータとして公開しています。同じ悩みを持つ地方公共団体には可能な限り協力させていただくので、ぜひ一緒に取り組んでいきたいと思います。

 EBPMについては、まず進めていきたいこととして、ロジックモデル等を構築する前に、政策をしっかり説明できる妥当性を持たせることが重要だと考えています。狭義のEBPMに縛られるのではなく、広い意味で実務に活かせるEBPMを進められればと思います。

NEC 岩田:行政ビッグデータの利活用では、さまざまな地域課題の解決に向けて今後ますます3D GISの重要性が増してきます。そのためにも匿名加工を施したペルソナをリアルメタバース上で分析・シミュレーションできる環境をいち早く実現し、行政ビッグデータの新たな価値を追求していきたいと思います。

──皆様、本日はありがとうございました。