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サイエンス作家 竹内薫氏が解説!
気象予測のアルゴリズム ~科学でどこまで未来が見えるか

 さまざまな企業の取り組みとしても、温室効果ガスの削減といった温暖化対策は待ったなしとなっている状況です。工場のしくみを整備、流通の効率化、資源ゴミのリサイクル促進などに取り組むことによって、そのテクノロジーが新たなビジネスになることもあり、さらに最終的に企業のコストの節約にもなるなど、メリットも大きくなるはずです。

 そのためには、まず地球環境の現状を把握し、今後どのようなことが起こり得るのかを予測することが必要になります。そしてそれは、身近な天気予報にも関わっています。そこで、私たちが毎日気にしている天気予報は、はたして科学でどこまでわかるようになっているのか、それは、どのように予測されているのか、また最先端の科学で地球規模の未来の気候はどこまで予測可能なのか、――サイエンス作家の竹内薫氏に解説してもらいます。

竹内 薫(たけうち・かおる)氏

サイエンス作家。

1960年生まれ。東京大学教養学部教養学科、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学専攻、理学博士)。

「たけしのコマ大数学科」(フジテレビ)、「サイエンスZERO」(NHK Eテレ)など、テレビでの科学コミュニケーションでもお馴染み。YES International School校長も務める。

主な著書に『ゼロから学ぶ量子力学』『「ファインマン物理学」を読む(普及版)』『ペンローズのねじれた四次元〈増補新版〉』『ホーキング 虚時間の宇宙』『超ひも理論とはなにか』(いずれもブルーバックス)、『99・9%は仮説』(光文社新書)、『子どもが主役の学校、作りました。』(KADOKAWA)などがある。

天気予報と地球温暖化 ~意外にも予測しやすいのは…

 みなさんは天気予報と地球温暖化予測のどちらが簡単だと思いますか? 「えええ? 夕焼けが見えたら明日は晴れるとか、月に暈がかかっていたら雨……」という感じで、経験則でもある程度は天気が当たるので、天気予報の方が簡単だと思われるかもしれません。一方、地球温暖化は、100年先の未来がどうなっているかを予測するのだから、ほとんど不可能に思われます。

 実はこの問題、さほど単純ではありません。天気予報にも、ある限界があります。コンピュータ・シミュレーションを駆使して、現在では、一日か二日先までの天気は、ある程度正確に予想できますが、一週間先となると、おおまかな「傾向」しかわかりません。誰も、一週間後の正確な天気がどうなるかはわかりません。スーパーコンピュータを用いても予測できません。この限界は「カオス」と呼ばれています。

天気予報にはまだまだ限界が…(画像:iStock)

 個々の分子のレベルまで、現在の大気や海洋の状態が完璧にわかっているのならば、一週間後の天気も当たることでしょう。しかし、いくら科学が進歩して、コンピュータが進化しても、分子レベルまでのあらゆる物質の状態を知って、計算に組み込むことは不可能です。

 つまり、今日の天気についても、必然的に誤差があるのです。そして、その誤差は、シミュレーションで未来の天気を予測する際、時間とともに増大します。一日か二日であれば、まだ誤差が小さいので天気予報は当たりますが、一週間先となると、誤差が増大し過ぎて、予測ができなくなるのです。

 というわけで、天気予報には原理的な限界があります。

 では、100年後の未来を予測する地球温暖化(気候変動)の研究はどうでしょう? 一週間でさえ無理なのだから、100年後の未来なんて、ほとんど何も予測できないように思われます。ところが、気候変動研究では、(未来はまだ到来していないのでどうなるかわかりませんが、)大昔の気候を「予測」し、その結果が、古気候学の結果と合っているのです。なぜ、一週間後の天気が予測できないのに、何万年も前の気候は再現できるのでしょうか。

 実は、天気と気候には、大きな違いがあります。天気予報というのは、ある特定の地域(たとえば横浜)が、ある特定の日時に晴れているか、曇っているか、雨か雪か、風はどれくらい吹いているかなどを細かく予測します。一方、気候変動の予測は、たとえば年間の平均気温や降雨量などといった統計的な性質を扱うのです。ピンポイントでの細かい予測が必要な天気予報と、全体的な傾向を予測する気候変動研究は、似ているようで大きく異なるのですね。

さまざまなデータから天気や気候を予測(画像:iStock)
  • 注: 古気候学では、氷床コア(氷河や氷床をドリルで掘って取り出す氷のサンプル)に閉じ込められた気泡や氷の化学的組成、木の年輪、化石記録、堆積物など、さまざまな方法によって、大昔の気候がどうであったかを調べます。

基礎となる方程式とサブグリッド ~複雑なシミュレーションで精度を高める

 さて、天気予報も気候変動研究も、ともに数式とコンピュータを駆使してシミュレーションをします。いったいどのような数式を使うのでしょうか。

 原理的には、天気予報も気候変動も、物理学の基礎方程式を使ってシミュレーションをします。空気は、水などと同じように流れるので「流体」と呼ぶのですが、流体力学にはナヴィエ=ストークス方程式という基礎方程式があるのです。

 しかし、この基礎方程式をそのまま使って、すんなりとシミュレーションができるわけではありません。シミュレーションでは、世界をグリッド(=格子)に分割します。ほら、ちょうど、チェスや将棋の盤面みたいに、世界を碁盤の目に区切って、そのマス目を一つの単位として、エネルギーや熱や物質の出入りを計算するのです。でも、この世界は平面ではないので、マス目の代わりに立方体を単位として計算します(この立方体もグリッドと呼びます)。グリッドが小さければ小さいほど、シミュレーションは正確になりますが、あまり小さくすることはできません。そう、コンピュータの計算能力が追いつかなくなるからです。

シミュレーションにはグリッドが使われている(画像:iStock)

 実際にどれくらいの大きさのグリッドが使われているかといえば、数キロメートルから数十キロメートルといったところでしょうか。

  • 注: ナヴィエ=ストークス方程式には、フランスの物理学者クロード=ルイ・ナヴィエさんとアイルランド出身の数学者・物理学者のジョージ・ガブリエル・ストークスさんの名前が冠せられています。
  • 注: 現実には、グリッドの中で局所的に雲が生まれたりするので、そういった細かい現象を扱うために特別ルールを設けます。この特別ルールは、たとえば「気温が零度未満なら湿度に0.7をかけた数値、気温が零度以上なら湿度に0.3をかけた数値を、そのグリッドが雲で覆われている割合とする」といったような内容で、もちろん日本語ではなく、コンピュータのプログラミング言語で書きます。グリッドより小さいレベル(=サブ)での出来事を扱うため、このようなルールには「サブグリッド規則」という名前がついています。

気候変動の観測 ~データ収集力も格段に進歩

 さて、天気予報だけでなく、気候変動の予測がコンピュータ・シミュレーションによって行われていることがわかりましたが、もちろん、おとぎ話の世界ではないので、現実のデータを使う必要があります。長期間に渡り、シミュレーションの予測と現実の観測結果を照らし合わせてゆくのです。

 いったい誰がそのような観測データを収集するのでしょう? 世界各地に観測点を設置するのでしょうか? あるいは世界各地に研究者たちが赴くのでしょうか?

 たとえば、地球温暖化により、グリーンランドの氷床が解け続けていることがわかっています。常に観測し続けることが必要ですが、新型コロナの間、研究者たちがなかなか海外での移動ができず、地表に張り付いた観測だけではデータ収集が不充分な事態となりました。

さまざまな衛星が活躍(画像:iStock)

 そこで、気候変動観測衛星「しきさい」の出番です。「しきさい」は、従来の約1,000メートル四方という観測の細かさ(解像度と呼びます)から、約250メートル四方へと解像度が大幅にアップしています。高度800キロメートルの、地球を南北に巡る軌道から、一日に二回、地球のあらゆる地点の色や温度を観測できるのです。グリーンランドの氷床の大きさの変化など、気候変動の現状を把握するだけでなく、海水温などの測定により、漁業や農業へ情報を提供し、また、火山などの災害時にも活躍します。

 天気予報、気候変動のシミュレーションから、話が宇宙へと広がってきました。というわけで、次回は、宇宙の研究をご紹介しましょう。

  • 注: グリーンランドの氷河氷床がすべて解けると地球の海水面が約7メートル上昇すると推定されています。また、地球温暖化を止める努力をしない場合、2100年までに海水面が80センチ以上も上昇し、たとえば東京の湾岸部の多くは海水面以下になってしまうと予測されています。
  • 注: 気候変動観測衛星「しきさい」のリンク:https://www.jaxa.jp/projects/sat/gcom_c/別ウィンドウで開きます