サイエンス作家 竹内薫氏が解説!
宇宙はなにからできているのか ~森羅万象の謎に迫る
昔から人類が追い求めていた、宇宙とはいったい何なのかという謎。最新の研究でさまざまなことが解明しつつあるものの、まだまだ謎は多く残されています。前回の記事では地球環境を考えるうえで活躍する気象衛星について触れましたが、今回は宇宙の謎に切り込んでいく鍵となるX線天文衛星についても触れています。
宇宙開発は企業が取り組む大切な事業となっている現在、宇宙はいったい何から成り立っているのか、興味を持っている人も増えているのではないでしょうか。――サイエンス作家の竹内薫氏に解説してもらいます。
竹内 薫(たけうち・かおる)氏
サイエンス作家。
1960年生まれ。東京大学教養学部教養学科、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学専攻、理学博士)。
「たけしのコマ大数学科」(フジテレビ)、「サイエンスZERO」(NHK Eテレ)など、テレビでの科学コミュニケーションでもお馴染み。YES International School校長も務める。
主な著書に『ゼロから学ぶ量子力学』『「ファインマン物理学」を読む(普及版)』『ペンローズのねじれた四次元〈増補新版〉』『ホーキング 虚時間の宇宙』『超ひも理論とはなにか』(いずれもブルーバックス)、『99・9%は仮説』(光文社新書)、『子どもが主役の学校、作りました。』(KADOKAWA)などがある。
エネルギーと質量と森羅万象 ~「エネルギーがゼロ」「エネルギーを持つ」の意味とは
みなさんは宇宙が何からできているか、ご存じですか?宇宙といっても、宇宙空間だけでなく、太陽や地球や動物やウイルスなどを含む森羅万象のことです。
いま、森羅万象と書きましたが、物理学用語では「エネルギー」と言います。学校で運動エネルギー、位置エネルギーなど、いろいろな種類のエネルギーを習った覚えはありませんか?
ここで質問です。地面に落ちて静止したりんごはエネルギーを持っているでしょうか?
りんごは動いていないので、運動エネルギーはゼロですよね。また、地面は高さがゼロなので位置エネルギーもありませんよね。ということは、エネルギーはゼロなのでしょうか?
答えは否(いな)!実は、アインシュタインが発見した相対性理論では、静止していて、高さがゼロの物体にも「静止エネルギー」があるのです。アインシュタインが発見したのは、質量(いわゆる「重さ」と言い換えても構いません)とエネルギーが変換できるということです。
たとえば、ここに質量が1グラムの物体があるとしましょう。その質量が全部、エネルギーに変換されると、だいたい、100ワットの電球3万個を1年間、輝かせることができます。つまり、質量というのは「エネルギーの塊」のようなものなのです。
さて、森羅万象の話に戻りましょう。
森羅万象はエネルギーだと書きましたが、その意味は、「エネルギーがあるということが、そもそもこの世に『存在する』ということ」なのです。逆にいえば、エネルギーがゼロであれば「存在しない」ということになります。
- 注: アインシュタインの相対性理論には2種類あります。特殊相対性理論と一般相対性理論です。ここでのエネルギーと質量の変換は、1905年の特殊相対性理論の論文に書かれており、E=mc^2という数式で表されます。ちなみに、一般相対性理論は重力を扱える理論で、ブラックホールなどの研究で使われます。
宇宙を構成するもの ~物質ではない、「見えない何か」が大部分⁉
さて、現代物理学では、素粒子の標準理論というものがあります。素粒子から原子ができて、原子から分子ができて、分子から太陽や地球や動物やウイルスなどができると考えられているのです。
次が素粒子の一覧表です。
森羅万象は、つまるところ、この一覧表にある素粒子からできていると言えそうです。
ところが、話はさほど単純ではないのです。最新の物理学と天文学の知見では、ふつうの物質、すなわち素粒子一覧表の素粒子たちは、宇宙のエネルギーのうち、たった5%を占めるに過ぎないからです。
つまり、私たちが日常生活で見ている物質は5%だけで、残りの95%は、見えない、未知のエネルギーなのです。未知なので、素粒子一覧表のようなものもわかっていません。
面白いことに、その95%の内訳は判明しています。27%が「ダークマター」(暗黒物質)で、68%が「ダークエネルギー」(暗黒エネルギー)と呼ばれています。「ダーク」というのは「光と反応しない」という意味で、ようするに光らないし、光を反射しないので、見えないということです。
見えないにもかかわらず、どうして、宇宙の組成の68%がダークエネルギーで、27%がダークマターであることがわかるのでしょうか?
- 注: 素粒子の一覧表は大きく2つに分かれています。まず、物質を作っているのがクオークや電子など。そして、物質同士をつなぐ「力」のもとになる素粒子があります。光子などです。ちなみに、ヒッグス粒子は、番外編とでも言いましょうか、素粒子に「質量」を与える役割を担った素粒子なのです。
未知の「見えない何か」を捉えるために ~銀河の回転、宇宙のシミュレーション、そして観測
まず、ダークエネルギーがあるらしい兆候ですが、遠くの銀河や超新星が、これまで考えられていたよりも速いペースで加速度的に遠ざかっていることが、天文観測からわかってきました。宇宙が、ビッグバンの勢いだけで膨張を続けているという仮定では説明できない「何か」があるというヒントです。
それは、どうやら、アインシュタインが「生涯で最大の過ち」として捨て去った、宇宙を加速膨張させるエネルギーもしくは、それに似た何からしいのです。
次に、ダークマターがあるらしい兆候は、たとえば銀河が回転による遠心力で吹っ飛ばずに、現在のような形に留まっていることです。銀河内にある星やブラックホールなどの質量だけでは、銀河はその形を保つことができません。つまり、銀河を今の形に固めている余分な重力があるはずで、それは銀河全体に存在し、もしも目に見えるのであれば、後光(ハロー)のように分布しているはずなのです。
しかし、このような「兆候」だけでは、ダークエネルギーやダークマターの正確な割合まではわかりません。それを知るには、コンピュータによるシミュレーションが必要になります。ダークエネルギーやダークマターの割合をさまざまに変えてみて、現在、われわれが見ているような宇宙をコンピュータ内で再現することができるかどうか。現実の天文観測に合うような仮想宇宙は、ダークエネルギーやダークマターを何%に調整すれば、作ることができるのか。
前回の記事でご紹介した、天気予報や気候変動のコンピュータ・シミュレーションと同じような手法で、宇宙論学者たちは、ダークエネルギーやダークマターを組み込んだ仮想宇宙で、日々、計算実験を繰り返しているのです。
ダークエネルギーやダークマターは、正体不明ですが、銀河や銀河団など、遠い宇宙の天文観測によって、その重力的な影響を知ることができます。ダークエネルギーは、宇宙の膨大な質量により収縮しようとする傾向を打ち消して、宇宙を加速膨張させますし、ダークマターは、やはり膨大な質量によって、バラバラになるはずの銀河を重力で引っ張って「固めて」いるのですから。
天文観測には、さまざまな手法が使われます。天文台にある天体望遠鏡の他に、宇宙空間にある天文衛星もあります。たとえば、1993年に打ち上げられたX線天文衛星「あすか」は、当時としては世界初の精密な宇宙X線の分光と撮影を可能とし、宇宙最深部の銀河団の観測にも活躍しました。
また、2005年に打ち上げられたX線天文衛星「すざく」は、ブラックホールや銀河団などの宇宙の高エネルギー現象を観測することができます。
宇宙を知ることは、古代からの人類の夢でした。宇宙を観測することから暦が始まり、暦が確立することで農耕が発展しました。また、宇宙から地球に届く宇宙線やさまざまな粒子には、地球環境に深刻な影響を与えるものもあり、人類の長期的な生存と発展にとって、宇宙観測は欠かせません。
また、今後、地球の経済圏は、月から火星へと広がると思われます。宇宙のシミュレーションや観測により、ビジネスも宇宙スケールへと、大きく発展するにちがいありません。
- 注: アインシュタイン方程式には、宇宙を加速膨張させる、ギリシャ文字のラムダ(λ)で表される項が入っていたのですが、アインシュタインの存命時には、観測精度が今ほど高くなかったため、宇宙は加速膨張していることがわからなかったのです。現在、ダークエネルギーと呼ばれているものは、このアインシュタインのλに似た働きをする何かだと考えられています。