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セブン-イレブン・ジャパンの挑戦~パートナーと共創で挑むDX構想~

 デジタルトランスフォーメーション(DX)の期待が高まる中、業界をリードする取り組みで成長戦略を力強く歩む企業も出てきた。コンビニエンスストアチェーン最大手のセブン-イレブン・ジャパンはその代表例だ。同社では、未来に向けてどのような青写真を描き、それをどうやって実現していこうとしているのか。そのDX戦略の核心に迫り、デジタル時代のなかで日本企業が進むべき道筋を考えてみたい。

欲しくなるものが見つかる“新しい”体験を提供する

 少子高齢化に伴う市場の縮小や労働力不足、コロナ禍による消費者ニーズや購買行動の変化、さらにサステナブルな社会の実現に向けたSDGsやESG経営への対応――。ビジネス環境は大きく変化し、直面する課題は複雑・高度化する一方だ。

 この中で持続的な成長を遂げるべくDX戦略を推進しているのが、セブン-イレブン・ジャパン(以下、SEJ)である。国内2万1000店以上、世界17の国と地域で7万店以上を展開する業界最大手のコンビニエンスストアチェーンだ。

 SEJのDXビジョンは「未来に先回りした“新しい”体験の創出への貢献」である。「欲しいものがあるのはもちろん、欲しくなるものが見つかる。そんな体験を提供したい」。こう話すのはSEJの西村 出氏だ。

株式会社セブン-イレブン・ジャパン
執行役員 システム本部長
西村 出氏

 「AIによる発注支援、専用アプリによる商品提案など、時代の変化に即したニーズ・シーズを把握し、個々のお客様にピッタリな商品を提案し、生活に寄り添う情報サービスの提供を目指しています」と西村氏は語る。

 この実現に向け、Google Cloud Platform(GCP)マネージドサービスによるレガシー再構築、AIによるデータ利活用や業務のデジタル化をNECと共に推進している。

クラウドという“黒船”の登場で新しい判断が必要に

 新しい顧客体験に向け、着実に地歩を固める同社だが、こうした展望を開く前には大きな課題もあった。その1つが、これまで蓄積してきたレガシー資産だ。

 SEJは1970年代に発注業務をコンピュータ化し、NECと共同開発した発注端末機の店舗導入も実現。以前から積極的に情報システム投資を行い、コンビニ業界をリードするIT化を進めてきた。

 しかし、その巨大システムが足かせとなりつつあったのだ。いわゆる「2025年の崖」である。同社は、経済産業省からレポートが出る以前から危機感を抱いており、2015年に新たなチャレンジに向けて動き出した。パブリッククラウドサービスをベースに、業務マニュアルの電子化を検討したのだ。

 クラウドにマニュアルを置けば、従業員は店舗端末からいつでもマニュアルを参照できる。検索性も高まり、知りたい情報にすぐにアクセスできる。クラウドのメリットを活かし、最新技術によるシステム構築も視野に入れていた。

 これをITパートナーであるNECに打診したが、NECは首を縦に振らなかった。「当時、クラウドはまだ安全とは言い切れないと認識していました。SEJ様の大切な財産が、万が一でも流出するようなことがあってはならないと考えたのです。一方、NECには現状システムを安定稼働させる責任もありました」とNECの吉尾 理は振り返る。

NEC
エンタープライズ・トランスフォーメーション事業統括部
シニアディレクター
吉尾 理

 この時の印象を西村氏は次のように語る。「NECの姿勢は黒船の来襲を前に、頑なな姿勢を貫く“侍”に見えました」。セキュリティ面を考えたうえでの判断だったため、感謝の想いを抱く半面で、本当にこのままでいいのか、技術に出遅れているのではないのか、という思いが交錯していたという。

 SEJを守るための意識がぶつかり、この時はクラウド活用に踏み切れなかった。「SEJ様のシステムを安定稼働させる使命から、新しいチャレンジを避ける守りの姿勢になったことは否めない」と吉尾は自戒する。

 SEJ側にも問題があったと西村氏も続ける。「以前は業務上実現したいことをパートナーに伝えるだけにとどまり、技術的には“お任せ”していたため、正しくリスク判断することが難しかったことも事実です」。

共創を前提に組織・文化を変え、開発スタイルも刷新

 従来型の一括請負によるIT構築・運用は、ユーザ企業もベンダー側も安心感や責任の所在が明確になる。決まった要件に基づいてITを構築する、いわば「守るIT」としては正しい姿だが、このやり方では変化に機敏に対応することが難しい。「ユーザ企業とベンダーの境界線や責任分解は、時代の変化とともに変えていく必要がある。その変化に上手く対応できている企業とそうでない企業で、差がつきはじめています」とアビームコンサルティングの三宅 利洋は指摘する。

アビームコンサルティング株式会社
執行役員 プリンシパル
三宅 利洋

 パブリッククラウドの活用検討を機に、SEJとNECは新しい関係性構築に向けて議論を重ね「守るべきものを守りながら、新しいことにチャレンジする」という合意点を見出した。これを実践するため、SEJは組織・文化の変革に取り組んだ(図1)。

図1 SEJが推進する変革の方向性
スピード感を持ってDXを推進し、より大きな成果を上げるためには外部パートナーとの共創が欠かせない。自らが変わり、外部とも柔軟に共創できるように、変革のステージを3つに分けた

 「自社内のIT知識・スキルを向上させるため人材育成を強化するとともに、データ利活用文化を組織に定着させるための社内啓蒙を推進。セキュリティ・バイ・デザインの考えに基づく専門チームも立ち上げました。さらに既存パートナーと新しい協力関係を構築し、新しいパートナーとの協業によるオープン技術の導入も進めています」と西村氏は説明する。

 システム開発スタイルも変えた(図2)。「以前はオンプレミスでのウォーターフォール型開発で、専用ハードウェアごとに業務アプリを開発していましたが、これをクラウドベースでアジャイル開発を中心としたスタイルに転換したのです」(西村氏)。技術革新を柔軟に取り込み、システムを進化させ続けていくためだ。

図2 SEJの新しい開発スタイル
新しい技術を理解した人材を育成し、SEJのチームもベンダーと一緒になって開発を進める。ハードとソフト開発は柔軟性の高い疎結合を基本とすることで、新しい技術を取り込み、サービスや提供機能を素早く進化させることが可能になる

 NECもベンダーとしての役割を再定義した。「技術やソリューションを提供するだけでなく、店舗オペレーションを示唆できるような仕組みやサービスを提供し、リテーラーの真のパートナーにならなければいけない。検証段階から一緒に取り組みを進めるなど、これまでより一歩踏み込んだ共創活動に注力しています」と吉尾は語る。

 コンサルティング会社に求められる役割も変わりつつあるという。求められるのは、企業に伴走しながら現場を変えていく長期スパンでの支援形態である。「ユーザ企業、ベンダー、コンサルティング会社が三位一体になって最適なITを考えていく。ITは経営戦略に直結するため、経営と事業部門のニーズや利害を取りまとめ、調整を図ることも重要です。アビームコンサルティングは、ユーザ企業のその先にいるお客様や取引先にまで視点を広げた改善提案をより重要視しています」(三宅)。

 こうして構築した新たな関係性が、冒頭で触れたレガシー再構築やデータ利活用推進につながっているわけだ。

「ノウハウのデジタル化」で働きがい向上を目指す

 レガシー再構築はSEJのDX戦略の重要な柱の1つだが、これ以外にも「未来に先回りした“新しい”体験の創出」に向け、さまざまな施策が動き出している。

 「ノウハウのデジタル化」はその一例だ(図3)。ベテランスタッフがさまざまな局面をどう判断し、どんな行動をとるのか。これをAIで可視化して示唆する。「経験の浅いスタッフでもベテランスタッフのように働けるようになり、業務の生産性や品質の向上が見込めます。誰もが働きやすく、働きがいを感じられる職場づくりを目指したい」と西村氏は前を向く。長年の経験でしか学べなかったノウハウの伝承がスムーズに進むとの期待もある。

図3 ノウハウのデジタル化イメージ
形式知化することが難しいベテランのノウハウをAIに学習させ、見える化する。ベテランの判断・行動を示唆することで、さまざまなシーンにおいて誰もがベテランと同じように適切に行動できるようになる

 未来に向けて動き出しているのはSEJだけではない。NECでも、デジタル技術を生かした新しい店舗やサービスを、流通・小売業に向けて提案している。

 「商品棚の見える化」はその1つだ。これはNECの強みである画像解析技術を活かし、商品棚の状態をリアルタイムに監視し、補充優先度を示してオペレーションを効率化し魅力ある売り場づくりに貢献するもの。今後は、さらに売上データや来店客の属性データなどを掛け合わせた活用も可能になるという。

 このほかにも、生体認証による「ストレスフリーな決済サービス」、顔画像から顧客の年齢・性別を推定し最適な広告をレコメンドする「ターゲット広告サイネージ」、設備の情報を24時間自動収集し安定稼働と商品の鮮度保持を実現する「設備の稼働管理」など、店舗オペレーションの変革に向けた多彩なソリューションを提供している。

図4 デジタル技術の活用
AIや映像解析、生体認証などを業務へ適応することで、新しい顧客体験や生産性向上、働き方改革につなげていくことができる

 「DXの本質は産業・社会のレベルでデータを共有・活用することです。企業の枠を超え、社会変革につなげていく視点が欠かせません」と主張する三宅。暮らしになくてはならないコンビニは、重要な社会インフラの1つである。SEJのDXは一企業の変革にとどまらない大きな意義がある。それによって創り出される“未来”に多方面から注目が集まっている。