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2022年11月04日

川崎市が挑む災害に強いまちづくり
~宇宙からミリメートル単位の地盤変動を解析~

 およそ500km上空に浮かぶ人工衛星から、地表の変動をミリメートル単位で解析する。そんなにわかには信じられないような技術の運用が、既に始まっている。NECの合成開口レーダ(SAR, synthetic aperture radar)搭載衛星を利用したサービスだ。2022年2月25日には、川崎市とNECが「デジタル技術を活用した防災まちづくりに関する協定」を締結し、本サービスを核とした協力体制を発表している。

 9月12日に行われたNEC Visionary Week 2022 内のセッション「宇宙から暮らしを守る。新しい防災、インフラ維持管理」では、川崎市、NEC双方の担当者が登壇。人工衛星を使った防災まちづくりとはどのようなものなのか。最先端の宇宙利用の実態について、話が展開された。

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SAR衛星をインフラ維持と防災・減災に活用

 SARとは、マイクロ波を使ったレーダの一種だ。人工衛星に搭載すれば、可視光のカメラでは見えない雲に覆われた場所も、夜間の地表面であっても解析することができる。また、測距性に優れているため、地表の変化もミリメートル単位で解析することが可能だ。

 NECは日本初の商用SAR衛星ASNARO-2を開発して打ち上げると、衛星オペレーションセンターを新設して運用をつづけてきた。現在、衛星運用から衛星データ販売、衛星画像解析に至るまでのサービスをワンストップで展開している。しかし、このSARをどのように役立てるのか。

 「サービスは主に二つの分野で展開しています」と話すのは、NECで衛星データの利活用のビジネスを統括する石井だ。

NEC
電波・誘導統括部
シニア事業開発エンジニア
石井 孝和

 「一つは、インフラ維持管理分野です。宇宙から地表面を合成開口レーダ衛星を用いて観測し、点検対象となる社会インフラをスクリーニングして予防保全に貢献します。もう一つは、防災・減災分野です。広域の災害状況をいち早く把握して、優先的に調査すべき箇所を特定することが可能になります。」(石井)

図1: 衛星SARによるモニタリングサービス
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図1: 衛星SARによるモニタリングサービス
衛星SARを活用したサービスを主にインフラ維持管理、防災/減災の2つの分野で提供する

 さらに、衛星データの解析を行うNECの大野は、SARによるさまざまなユースケースについて語る。

 「たとえば、撮影したSAR画像の強度変化から建物の有無を検出し、空き地を検知するということができます。発災前後の変化や、省庁や自治体による住宅の増改築の把握などにも応用できる技術です。また、防災・減災分野では、冠水や斜面崩壊などの風水害が発生した際に被害エリアをいち早く把握することができます。遠隔からでも、一度に広域を把握することができるのは人工衛星ならではのメリットです。SARなので、悪天候であっても問題なく解析できることもポイントです。

 さらには、大地震時に建物へ大きな影響を及ぼす恐れのある大規模盛土造成地のスクリーニングを効率化することも可能です。のちにお話をいただく川崎市様でも、この技術を用いてモニタリングをした事例があります。他にも、地盤変動をミリメートル単位で計測して地下に埋設されたライフラインの高負荷箇所の推定、トンネルを掘り進めるシールド工事の影響確認、地盤沈下が懸念される港湾施設の健全性確認を行うなど、さまざまな用途での運用を検討しています。」(大野)

NEC
電波・誘導統括部
主任
大野 翔平

 SARによる解析は、近年急増しつつある大規模な自然災害への対策として重要な役割を果たし得るだろう。また、インフラ診断を担う熟練診断士の高齢化という問題にも対応できる。特に、日本ではいまインフラの維持が重要な局面を迎えている。その重要性を指摘するのは、モデレータを務めた木場氏だ。

 「日本のインフラの多くは高度経済成長期に集中的に作られてきました。私は港湾に関わる仕事に多く携わっていますが、岸壁においては、あと10数年で建設後50年以上経過するものが6割以上を占めると言われています。今のお話を聞いても、まさにインフラの維持管理はさまざまな場所で取り組まなければならない重要な問題だという印象を受けました。」(木場氏)

フリーキャスター/千葉大学客員教授
木場 弘子 氏

2200カ所の崖地から危険地点を一気にスクリーニング

 東京都と横浜市の間に位置し、約154万人の人口を抱える川崎市。近年では再開発も進み、注目度が増している都市だ。そんな川崎市は、いったいなぜNECと防災協定を結んだのか。川崎市の原氏は説明する。

 「川崎市の東半分は平野ですが、西半分は丘陵地で崖や造成地が多い地域です。神奈川県が指定した土砂災害警戒区域には、約2200カ所もの崖が存在しています。実際、毎年市内では崖崩れが発生しており、災害を少しでも減らすために、これまでさまざまな施策に取り組んできました。

 特に近年では点検の強化をしており、土砂災害警戒区域のパトロールということで年間約500カ所の斜面を職員が確認しています。これに加え、大規模盛土造成地の経過観察や災害時の緊急点検などを行ってきました。ただし、もちろんこれにはマンパワーの限界があります。数名の職員で日々の業務の合間を縫って目視点検するのは大きな負担となりますし、年間で見ることができるのは約500カ所にとどまります。また、我々では崖の状態を客観的な指標で表すことができず、おおよその異常の有無を評価する程度にとどまっていました。そこで、我々としてはより効果的・効率的な手法が必要だと考えていたのです。」(原氏)

川崎市役所
まちづくり局 指導部
宅地企画指導課
課長
原 天流 氏

 NECのSAR衛星を活用すれば、一度に広域を解析することが可能になり、一帯から危険な崖地や盛土造成地だけを抽出することが可能になる。危険が検知されたところにのみ、職員が重点的に訪問して目視点検を行うようにすれば、パトロールは一気に効率化する。また、仮に災害が発生した際にも、被害状況や被害区域をマクロな視点ですぐに把握することが可能になるだろう。市の防災・減災のために、NECとの協定には大きな意味があった。原氏はつづける。

 「本市では昨年度末に『川崎市デジタル・トランスフォーメーション推進プラン』を策定し、ICTを活用した行政サービスを推進しています。市としては、せっかくのSARデータを広く活用できないかという観点から他の点でも提携していきたいと考えており、これからはインフラモニタリングでの運用可能性も探っているところです。この協定によって、市民の安全・安心を守る災害に強いまちづくりを目指していきたいと考えています。」(原氏)

図2: 衛星SARを活用した防災対策の推進
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図2: 衛星SARを活用した防災対策の推進
衛星SARを活用した防災対策のイメージ(川崎市)

「一番がいいんだよ」から始まったSAR衛星利用

 川崎市は、SAR衛星を行政サービスに導入した自治体の第一号だ。NECの大野は、協定締結前の川崎市との会談で起こった興味深い話を披露する。

 「さまざまな自治体様へ本技術についてご紹介させていただいたのですが、やはり初めての試みでしたので、自治体での導入実績はまだ無いと話すとお断りをいただくことが多かったんです。しかし、川崎市様にお話をしたときは逆に『うちは一番っていうことですか?』と聞かれたんです。『一番がいいんだよ、うちは』ということで、話が前に進んでいきました。」

 原氏は「それを言ったのは、私ではないんですよ」と慌てて応じたが、「私の部署ではそういった新しい取り組みをしっかりやっていこうというような機運があるというのは間違いない」と述べる。川崎市の進取の気性を物語るエピソードだろう。

 ただ、いくら前に進もうとしても、勇み足をしては仕方がない。原氏自身も「人工衛星という大層なシステムを使う技術ですから、コスト的にもちょっと我々には手が出ないのではないかという心配があった」と語るとおり、導入を考える自治体や企業にとって、コストは大きな関心事だろう。

 これに対し、NECの石井は次のように語る。

 「どのお客様のところにお伺いしても、数億、数千万円かかるんじゃないのかというご質問をいただきます。しかし、我々としては、まずお客様の困りごとをしっかりとヒアリングさせていただいて、課題を把握することを提案のベースにしています。技術の押し売りみたいなことは、絶対にやりません。予算も含めてお客様のお困りごとをおうかがいし、できることとできないことをきっちりと丁寧にご説明して、ご納得いただいたうえでサービスをご提供するようにしています。まずは皆さまに、衛星というものをもっと身近に感じていただきたいです。

 また、仮にSARの技術が合致しない課題であったとしても、NECには他にもさまざまな技術があります。お客様の課題に最適な他のソリューションをご提案させていただくこともできるでしょう。川崎市様とも、このように何度も議論を重ねさせていただいて現在に至っています。」(石井)

 また、NECの大野は「川崎市様とのお打ち合わせでは、人工衛星でどういったことができるのかという質問を通じて活用案をいろいろといただいていて、それが非常に興味深い」とも語る。広域の情報を取得できる人工衛星だからこそ、きちんと使い道が整理されなくては情報過多で終わってしまう。木場氏が両者の関係を「相互的」と指摘するように、川崎市とNECの間では濃密なコミュニケーションのうえで良好な関係が構築されている。この関係こそが、実用的かつ本質的なDXを推進させる力となっているのだろう。

原因分析や将来予測、リアルタイム観測まで広がる可能性

 衛星SARによる解析は、今後、どんな発展を見せていくのか。NECの大野は技術的な側面から次のように語る。

 「SARで解析した地盤変動のデータや変化抽出のマップなどの動的な計測データとハザードマップなどの静的なオープンデータを共通プラットフォーム(GIS)上で集約することを考えています。そこにAI技術を活用すれば、地盤変動の要因分析や将来予測までも可能になるでしょう。現在は、そのことを視野に社内で研究に取り組んでいます。」(大野)

 また、石井が語るのは次のようなビジョンだ。

 「現在、多くのベンチャー企業で小型SAR衛星を打ち上げる事業が進んでいます。こうした企業と連携することができれば、さらに多くのSAR衛星を活用(コンステレーション化)して、衛星の周期に依存しないリアルタイム性の高いサービスが可能となるでしょう。」(石井)

 石井が語ったように、NEC1社だけではなくエコシステムを形成することができれば、ソリューションの幅は大きく広がる。川崎市でも、現在同じような連携を検討しているという。

 「基本的には協定に基づき川崎市とNECの2者間で進めていくつもりではありますが、データが蓄積してきたら、必要に応じて外部の有識者の方々に意見をうかがうことも考えています。」(原氏)

 変位データの観測だけでなく、地質や土の水分量の関係性などの専門知識やノウハウを結びつけることができれば、データに奥行きが生まれ、予測の精度は飛躍的に高まる。さらに、このノウハウが蓄積すれば多くの地域での防災・減災にも活用することができるだろう。川崎市が挑む宇宙利用行政サービスから、今後も目が離せない。

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