熊谷まちあるきアプリ「くまぶら」に見る スマートシティの新しいカタチとは
~まちなか回遊、混雑回避から住民のウェルビーイング向上まで~
熊谷市は快適なまちづくりで人口減少を抑制するべく、スマートシティを推進している。その取り組みの一環として、熊谷まちあるきアプリ「くまぶら」の配信を開始した。これはLINEをタッチポイントに、利用者の属性に合わせたイベント情報などを発信することで、市民や来街者に対してまちの魅力を手軽にダイレクトに伝え、市内回遊を効果的に促進するもの。将来的にはこのアプリを地域活性化だけではなく、住民のまちづくりへの参画、行動変容を促しウェルビーイング向上にも役立てる意向だという。ここではデジタルを活用し、まちの弱みも強みに転換していく熊谷市の実際の取り組みを中心にその効果や仕組みについて紹介したい。
市民や来街者の“まちなか回遊”を促進したい
人口約19万の熊谷市は埼玉県北部の中核都市だ。都心から 50~70 km圏にあり、工業・商業・農業ともにバランスよく発展してきたが、近年は多くの自治体と同様、少子高齢化がもたらすさまざまな課題に直面するようになった。
「人口減少に歯止めをかけ、多くの来街者を呼び込んで地域を元気にするには、ICTを活用してまちの魅力や快適性を向上させることが不可欠です。そこで公・民・学・金の各団体が連携して熊谷スマートシティ推進協議会を立ち上げ、『熊谷スマートシティ実行計画』を策定。その計画に基づきさまざまな取り組みを進めています」と話すのは、同市の市原氏だ。
熊谷市が重視する施策の1つが、市民や来街者に対する“まちなか回遊”の促進である。その要として期待されているのがラグビーだ。市内の熊谷ラグビー場は2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップ2019™日本大会の開催地の1つとなり、2021年8月からはジャパンラグビーリーグワンに所属する強豪チーム、「埼玉パナソニックワイルドナイツ」が本拠地としている。
「熊谷ラグビー場で行われるワイルドナイツの試合には、約1万人ものお客様が集まります。その方たちが市内の店舗などに立ち寄ってくれればまちも活気づくはずですが、観戦後すぐに帰られるお客様が大半なのが実情でした」と同市の大澤氏は振り返る。
ラグビー場を訪れた人にまちを楽しんでもらうための仕掛けづくりを模索していたとき、熊谷スマートシティ推進協議会の一員であるNECから提案されたのが、イベントをより価値あるものにするDXサービス「FORESTIS(フォレスティス)」をベースとしたアプリの活用だった。
そのアプリを熊谷市と市民・来街者を結ぶ“デジタル接点”として活用すれば、登録者にとって有用な情報を適宜配信できるとともに、イベント結果から改善点を把握し、次の施策に活かすというサイクルを回すことができれば、よりよいサービスを提供できるようになるのではないか――。そう考えた熊谷市はNECの協力を受け、市民と来街者のための熊谷まちあるきアプリ「くまぶら」を開発。2022年1~2月の熊谷ラグビー場でのジャパンラグビーリーグワンの試合日に実施した実証実験を経て、同年4月から本格的な運用を開始した。
LINEをタッチポイントとする使い勝手のよいアプリ
市が「くまぶら」を使って発信するのは、市内で開催されるスポーツイベントの案内、市内の店で使える割引クーポンに加え、市内各所の「熱中症予防情報(※)」や「かぜ予防指標(※)」など、市民や来街者に熊谷のまちをより楽しみ、快適に過ごしてもらうことに役立つ情報だ。
- ※ 2022年度施策
「『FORESTIS』はコミュニケーションアプリのLINEをタッチポイントとしており、熊谷市公式LINEアカウントへのお友だち登録に続けて『くまぶら』登録をしていただくだけで利用できます。“ダウンロード障壁”という言葉がありますが、わざわざ『くまぶら』アプリをダウンロードする手間がかからない分、市民や来街者に気軽に登録してもらえました」と、大澤氏は「くまぶら」のプラットフォームであるFORESTISの優位性を語る。
「幅広い年齢層の方が利用されるアプリに求められる第一の条件は使い勝手のよさです。直観的に操作できるユーザインターフェースにも好感を持てました」と市原氏もその使いやすさを高く評価する。
利用者の属性に応じた情報をピンポイントでプッシュ通知できるのもFORESTISの利点だ。「くまぶら」へ登録した興味分野や、活用実績などのデータをAIが分析することで、個人のニーズに合ったまちなかスポットや店舗などを、適切なタイミングでレコメンドする。
「たとえばラグビーの試合が終了した前後に店舗のクーポンやおすすめを配信すれば、大きな誘客効果が期待できます」(大澤氏)
実証実験ではこの仕組みにより、観戦後のまちなか回遊の促進と交通機関の混雑回避に一定の効果が見られた。地域活性化とまちの快適性向上に寄与することを確信した市は、2022年4月からの本格運用開始後もスポーツイベント開催時などに各利用者に有用な情報を発信。と同時に、熊谷市のよさを内外にアピールするための、「くまぶら」を活用した新たなイベントを企画・実行している。
名物を活かしたスタンプラリーに効果あり
熊谷市の名物に、ふわふわに削った氷が特徴のかき氷「雪くま」がある。提供する市内31店舗が組織する「雪くまのれん会」は、「熊谷のおいしい水を使った貫目氷を使っていること」「雪のようにふんわりした食感であること」「オリジナルのシロップや食材を使っていること」と雪くまを定義。市はこの名物をまちの活性化に活かすべく、2022年7~8月に「スマホde雪くまスタンプラリー」を開催した。
「この企画は、『くまぶら』の利用者に『雪くま』を食べ歩いてもらうことで市内回遊を促すもので、一定数のスタンプを集めた参加者に景品も提供することで参加意欲を高める工夫もしました。どの店も趣向を凝らしたシロップを使い、そこでしか味わえない個性的な『雪くま』を提供しています。最近のかき氷ブームともあいまって予想以上に多くの『くまぶら』登録者が参加し、全店舗を制覇した方が9人もいらっしゃいました。来街者を呼び込む効果的な仕掛けとなり、売上が前年を上回った店も多かったことから、2023年度以降もこのスタンプラリーを継続したいと考えています」と同市の黛氏は話す。
注目すべきは、この企画が熊谷市の新しいプロモーションにもつながっている点だ。2018年7月に国内観測史上最高気温である 41.1℃を記録した熊谷は、「暑いまち」として全国に名を馳せた。夏の暑さは市が対応すべき深刻な課題だ。こうしたウイークポイントを逆手に取り、暑い時期に市民や来街者においしいかき氷で涼を取ってもらい、経済効果ももたらしてくれるこの取り組みは、一挙両得の妙手といえそうだ。
蓄積されたデータの有効活用が今後のテーマ
「雪くま」と並ぶ熊谷市の貴重な地域資源がスポーツだ。前述の「埼玉パナソニックワイルドナイツ」のほか、7人制女子ラグビーチーム「アルカス熊谷」、女子プロサッカー WEリーグに所属する「ちふれASエルフェン埼玉」、プロ野球独立リーグ「埼玉武蔵ヒートベアーズ」の全4チームが熊谷市を本拠地とする。
市は、2022年12月から2023年3月にかけて、4つのスポーツチームのホームゲームやイベントへの参加を促す「スポーツスタンプラリー」を実施した。一定数のスタンプを集めると賞品が当たる応募抽選に自動エントリーされるようにすることで集客効果を高めつつある。「くまぶら」の運用を開始してから日が浅いこともあり、効果を本格的に検証するのはこれからだが、今後のまちの活性化に効果を発揮してくれるよう期待しているという。
「私どもの知見が乏しいなか、NECの担当者の皆さんは『デジタル化とは』『データ活用とは』という根底の部分から丁寧に助言してくれました。スタンプラリーのような試みに対しても、企画の実現に必要な多くのアイデアを出していただけたのはありがたかったです」と市原氏は話す。
市が今後取り組むべき重要なテーマとして挙げるのは、「くまぶら」を通じて得られた膨大なデータをさらに有効な施策づくりに活用することだ。
「FORESTISには、たとえば利用者がどのメニューをタップしたかといった履歴が蓄積されており、それを解析すれば次に打つべき手が見えてくるはずです。利用者に手軽に登録してもらえることや、属性に応じた情報を発信できることだけではなく、有意なデータを収集しやすいことも、FORESTISを選定した目的でした。2022年度の分析については現在NECさんと一緒に行っているところですが、今後はデータを根拠に取り組みの改善点を明らかにし、よりよい企画立案に結びつけるというサイクルをしっかり回せるようにしていきたい」と大澤氏は前を見据える。
また、これをきっかけに多くの職員がデータ活用に関心を抱くようになったことも、大きな効果だ。「利用者の行動履歴を踏まえて新しいサービスを創出することはスマートシティを目指す当市にとって極めて重要なので、先進自治体の取り組み事例を豊富に有するNECさんには、引き続き多角的な見地からアドバイスをしていただきたいですね」と市原氏はNECへの期待を口にする。
住民のウェルビーイング向上にも役立てたい
国が進めるデジタル田園都市国家構想の主眼は、デジタルインフラの活用で地域の社会課題を成長エンジンへ転換させることだが、目指すゴールは地域経済の活性化にとどまらず、その先にある「住民のウェルビーイング(心身が健康で、社会的にも満たされた状態であること)の向上」だ。
熊谷市でも住民のウェルビーイング向上を意識している。「2023年度以降は『くまぶら』の活用のなかで市民の幸福意識もリサーチし、何らかのかたちで指標化していきたいと考えています」と市原氏は話す。
このようにFORESTISはイベントや回遊の分析のみならず、行政と市民を結ぶ「ウェルビーイングシティポータル」として用いることも可能だ。ウェルビーイング向上につながる多様な情報を提供する一方で、アンケート機能を使って住民の意識や意見をヒアリングして分析すれば、より適切な施策の立案に活用できるからだ。
それを示す一例が、2022年11月に富山市の中山間地域で行われた実証実験だ。高齢者のウェルビーイングを高めるには、外出機会を増やして人との交流を促進することが重要だと考えられる。地域の社会福祉協議会や保健福祉センターはそのためのさまざまなイベントを用意しているが、これまでは「新規の参加者をなかなか呼び込めない」という悩みを抱えていた。
そこで、FORESTISを用いたLINEをタッチポイントとする住民ポータルを用意。祭りなどの会場を訪れた65歳以上の高齢者に登録を呼びかけ、公民館などで開催される各種イベントの告知を配信したところ、新規参加者を増やす効果が認められ、事後のアンケート調査からは、「明るい気持ちで過ごせる時間が増えた」といったウェルビーイングの向上を示す回答も得られたという。
このように「FORESTIS」は、来街者の誘致や回遊促進によって地域を活性化させるだけではなく、「情報発信」-「利用者の行動や意識の分析」-「施策へのフィードバック」というサイクルを回すことで、住民のウェルビーイングを高めることに貢献する可能性も秘めている。NECでは、今後もこうした観点からも全国の自治体のスマートシティをサポートしていく考えだ。