新たな経済・文化圏を生む「ファンダム・シティ」 その可能性とは
全国のさまざまな地域で再開発が進んでいる。確かに街並みはきれいで、整備されているものの、どれも似たようなまちが多く、個性のないまちが量産され続けているのではないか――。こうした状況に一石を投じるのが「ファンダム・シティ」という考え方だ。まちに愛着を持つファンが有形・無形のコンテンツを生み出して、まちを活性化していく。その可能性とは――。気鋭のクリエイティヴ・ディレクターとして知られるパノラマティクスの齋藤精一氏と、編集者・音楽ジャーナリストとして活躍する黒鳥社の若林恵氏が語り合った。
まちの“金太郎飴化”に大きな危機感
齋藤氏:再開発されたまちには高層ビルが建ち、ブランドショップや著名な飲食店、映画館などが入り、イベントスペースもある。きれいだし、行けばそれなりに楽しいが、どれも似たようなまちで「金太郎飴化」しつつある。今のまちづくりや都市開発のあり方に、僕は危機感に似たものを感じています。セクショナリズムに陥って、それぞれの「まちの魅力」というものが薄れているように思うからです。
若林氏:供給側が何をつくって供給すればいいか、わからなくなっているんでしょうね。だから似たようなまちになる。
齋藤氏:まちづくりの現在の潮流は、ハードウェアからソフトウェアに移ってきています。建物を建てるだけでなく、エリアマネジメント(地域の価値を高めるさまざまな活動)や人流・交通データを駆使したり、コミュニティをつくったりして、人の行き来や交流を促すという方向性です。まちの主役はハードではなく、人であるということに気づき始めたのでしょう。
ただ、問題はその先です。ハードからソフトに目が行っても、それだけでは金太郎飴化は抜け出せない。その打開策の1つとして、私が提唱しているのが「ファンダム・シティ」という考え方です。
ファンダムとは、特定のジャンルを愛好するファン集団のこと。日本のオタク的にいうなら、同じ沼にハマる同志たちといったところです。
そういうファンに支えられたまち。それがファンダム・シティです。そのまちに興味や関心を持ち、たとえ見返りがなくても、自分の能力を積極的に提供していく。まちが魅力と活気を取り戻すためには、そんなまちづくりが必要だと思います。
ファンダム・シティといえるまちは、国内ではまだこれからですが、注目したい取り組みは始まっています。広島市佐伯区皆賀の「ミナガルテン」はその1つだといえると思います。元園芸倉庫をリノベーションした複合施設で、カフェや本屋などさまざまなショップが入り、ワークショップやコミュニティ活動も活発に行われています。
東京の国立市にある「富士見台トンネル」では、トンネル下のスペースを利用して、店を持ちたい人や実験的な商売をしたい人向けに、日替わりの商店街を営んでいます。
愛着の持てるまちづくりにおいて、まちづくりを自分事化することは最も大切な要素ではないでしょうか。
消費する「まち」から、生産し発信する「まち」へ
若林氏:供給側と受け手側、つまりモノやサービスを提供する側と、消費する側という一方通行の関係性をそろそろ見直した方がいいですね。WebやSNSでつながりを持った消費者は、消費するだけではないからです。自ら作る側になり、経済的価値を生むことができる。生産も消費もコインの裏表みたいなものです。
例えば、自分の好きなミュージシャンを熱心に“推し活”するファンがいたとします。その人が発信する情報やグッズを、対価を払ってでも欲しいという別のファンが増えれば、一つの経済圏が生まれます。
齋藤氏:僕もそこに期待しています。ハードからソフトへの移行だけでは、ファンダム・エコノミーはつくれない。ファンダムなまちづくりが進めば、企業主導だった「コーポレート・エコノミー」が、消費者中心の「シビック・エコノミー」に変わっていきます。そのためには多様性を受け入れて、まちを1つの「プラットフォーム」に変えていく必要があると思います。
若林氏:まちは作ったことで得られる経済効果より、そこで行われる取引によって生まれる経済効果の方がはるかに大きいそうです。モノを売るだけの商業施設だけではなく、コンテンツをつくり出す生産者に機会と場を与えるようにしたらいい。生産者が増えたら活動も活発になり、まちというプラットフォームがマーケットプレイスになっていく。
齋藤氏:ファンダムなまちがあちこちにできて、自立分散的に活動できるのが理想ですね。そういうまちがつながれば、循環経済効果も広域に広がっていく。もっと大きな潮流のようなものが生まれるかもしれない。
実は「世界で最もクリエイティブだと思う都市」を尋ねた調査で、東京はニューヨークに次いで世界2位でした。ところが、世界の代表的な都市在住者に「自分のことをクリエイティブだと思うか」を尋ねると、驚くような結果が出た。他の世界的な都市では「そう思う」という肯定的な回答が70%前後を占めるのに、東京はわずか20%程度。創造性への自信が極端に低い。これはファンダムなまちづくりにも影響する大きな課題です。
自由な発想がまちを面白くする。そこに必要なのはルールではなく規範
若林氏:以前、仕事でナイジェリアにいるマンガのコレクターを取材したことがあるんです。部屋に通されたら、「NARUTO-ナルト-」のコミックがズラッと並んでいる。どうして日本のマンガが好きなのか聞いたら、日本のマンガを読むまで、マンガの主人公は白人だと思っていたと言うんです。マンガとはそういうものだと思っていたんですね。
これはその人だけではない。世界中がそう思ってきた。だけど、日本人はマンガというものを知ると、自分たちを主人公にして、どんどん作品を生み出してきた。それで世界から賞賛されるまでになった。日本人は自分たちが思っている以上に、クリエイティビティが高いんだと思う。
齋藤氏:ファンダムによる経済的な価値は確かに大きいけど、クリエイティビティという観点でとらえると、もっといろいろな可能性がありますね。モノやコンテンツを生み出すだけがクリエイティブではない。例えば、子育てや介護だってクリエイティブになる可能性はあると思う。
今のまちづくりは箱庭的で経済効果だけで動いています。これを変えていかないと、まちが面白くなくなっていくのではないでしょうか。
若林氏:そもそもクリエイティブかどうかって括りも必要ないと思いますよ。要は好きなことをやれる場があればいい。それがまちを面白くしていくんじゃないかな。
齋藤氏:供給する側は、ファンに積極的に“道具”を提供してほしいですね。あとは、好きなことができる場で“あり続ける”ことも同時に考えていく必要がありますね。何もしないと、無法地帯みたいになって、自分で自分の首を絞めることになる。かといって、ルールや制度で縛ると、自由な発想が損なわれる。なので、「規範」を決めて、逸脱したら都度調整していくみたいな緩やかなやり方がいいと思います。
Web3の活用で“つながり”が生まれ、まちが広がる
齋藤氏:ファンダムなまちづくりを考える時、物理的な受け皿とともに重要になるのがWebの技術です。インターネットは近い将来、今のWeb2.0から、ブロックチェーン技術などを活用したWeb3に移行すると見られています。
Web2.0は巨大なプラットフォーマーによって支えられている中央集権的な仕組みですが、Web3はもっと分散的な仕組みになるといわれています。基盤となるプラットフォームの内外に、無数の小さなプラットフォームが分散し、相互に連携しながら新たな価値を生み出していく。誰もがコンテンツの作り手、発信者になる。そういう世界がもっと身近なものになるでしょう。
若林氏:ブロックチェーン技術を使えば、コンテンツの流通も売買も安全に行えますからね。単に売るだけでなく、投資や寄付という形でお金を集めることもできる。自分で選んで、自分で決められる。
齋藤氏:リアルの場だけでなく、バーチャルな世界でもつながりが生まれます。ファンダム・シティの実現を目指す上でWeb3には大きな可能性を感じています。この技術活用を視野に、まちのファンを増やし、いろいろな形でファンもまちづくりに参加できる。そういった仕組みづくりも、これからのまちづくりの核にしていくべきだと思います。