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ファンダム・シティとは?
Web3時代のまちづくりの切り札に

 規格化され、本来の個性を失ったまちが各地で量産されつつある。住民が愛着を持てなくなったまちに、果たして未来はあるのだろうか。まちが存続するためには、まちのファンを育て、まちづくりに参加してもらうための仕組みが必要なのではないか――。そんな問題意識から、パノラマティクス主宰の齋藤 精一氏は地域に愛着を持つファンダム(※)に支えられた「ファンダム・シティ」をつくることが地域活性化のカギだと訴える。Web3時代におけるファンダム・シティの可能性とは何か。齋藤氏に話を聞いた。

  • 熱狂的なファン集団のこと

齋藤 精一 氏

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博 EXPO共創プログラムディレクター。2023年グッドデザイン賞審査委員長

Web3時代を象徴する新たな経済圏が生まれつつある

 近い将来、インターネットは、特定の巨大企業が情報や利益を独占するWeb2.0から、ブロックチェーン技術を活用したWeb3に移行するといわれている。では、Web2.0とWeb3の違いとは何だろうか。パノラマティクス主宰の齋藤 精一氏はこう定義する。

 「Web2.0がCentralizeされた(中央集権的な)仕組みだとすれば、Web3はDecentralizeされた(分散的な)仕組みです。“誰かがつくったコンセプトや仕組みを、皆で利用する”のがWeb2.0だとすれば、Web3とは、“一人ひとりが持つコンピテンシー(能力や行動適正)を活かして、誰もがつくり手となれる世界”と定義することができます」

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 従来のWeb2.0は、GAFAMが築き上げた巨大プラットフォームを基盤とする中央集権的な世界であった。だが、Web3の世界では、基盤となるプラットフォームの内外に、無数の小さなプラットフォームが分散し、相互に連携しながら新たな経済価値を生み出していくことになる、と齋藤氏はいう。

 「例えば、今、世界的にブームとなっているマインクラフト(通称マイクラ)というゲームがあります。マイクラには、自前のサーバを立てて、ほかの人と一緒にマルチプレイが楽しめる機能がある。それを活用すれば、マイクラの中に自分の世界をつくって、有料で他ユーザの参加を募り、ビジネスをすることも可能になるわけです」

 マイクラという大宇宙の中で、各ユーザが小宇宙をつくり、それぞれが新たな経済価値を生み出していく。近年注目される「クリエイターズ・エコノミー」や「ファンダム・エコノミー」にも通じる部分があり、Web3時代を象徴する新たな経済圏が生まれつつある、と齋藤氏は解説する。

 クリエイターズ・エコノミーとは、個人のクリエイターが表現活動によって収入を得るWeb上の経済圏のこと。その代表的なプラットフォームとしては、YouTubeやInstagram、TikTok、Twitter、Facebookなどが挙げられる。

 一方、ファンダム・エコノミーとは、“推し”を応援する熱狂的なファンによって形成されたコミュニティや文化=「ファンダム」が生み出す経済圏のことだ。ファンダム(fandom)とは、fanとkingdomを組み合わせた用語であり、アイドル、アニメ、漫画、スポーツなどさまざまな分野で活発な活動が行われている。

熱狂的なファンが生み出す巨大なパワー

 これらの経済圏では、クリエイターとファンは交流を深めながら、強い連帯感で結ばれたコミュニティを築いていく。クリエイターはファンのニーズに応えて作品やサービスを提供し、ファンは「推し活」を通じてクリエイターとの絆を実感しながら、作品やグッズの購入、イベント参加などを通じてクリエイターの生計を支えていく。

 「米国WIRED誌の創刊編集長ケビン・ケリーは、『1人のクリエイターは1000人の熱いファンによって支えられる』と語っています。この仕組みを実装したのがクリエイターズ・エコノミーであり、ファンダム・エコノミーであるといえます」(齋藤氏)

 こうしたファンダムを支えるWeb3型のプラットフォームとして、齋藤氏はBandcampの例を挙げる。Bandcampは、2007年に米国オークランドで設立された音楽ダウンロード販売サイトである。参加アーティストは「マイクロサイト」と呼ばれる自前の宣伝プラットフォームをつくり、機能やデザインをカスタマイズしながら、曲の販売や無料配信を行う。

 「Bandcampは、クリエイターズ・エコノミーを支援するプラットフォーム・ビジネスです。基本的には誰でも出店できるプラットフォームですが、今、SpotifyやApple MusicからBandcampに鞍替えするアーティストが続出しています。なぜなら、SpotifyやApple Musicだと、アーティストは約50%のマージンを納める必要がありますが、Bandcampではマージンは13~15%に抑えられ、クリエイターにより多く還元できる仕組みになっているからです」(齋藤氏)

 また、Bandcampではファンダムを運用するための支援も行っている。例えば、アーティストがファン向けにレコードやTシャツをつくって販売したいと思えば、それをつくるための工場をあっせんしてもらえるという。

 「ここでまさに起こっているのが、Decentralizeです。ファンコミュニティが共有する価値観は、コミュニティごとに非常に細分化されています。例えば、BTS ARMY(K-POPのアイドルグループ、BTSのファンクラブ)は、200ドルもするBTSのTシャツを喜んで買うけれど、そのTシャツはファン以外の人にとっては価値がない。要はそれぞれのコミュニティの内部で、独自に価値創造が行われているわけです。この価値創造のDecentralizeこそが、Web3の根幹をなすものだと考えています」(齋藤氏)

Decentralizeは日本のスタートアップに勝機をもたらす

 それでは、近い将来、世の中はWeb2.0からWeb3へ、CentralizeからDecentralizeへと全面移行するのだろうか。おそらくそうではない、と齋藤氏は否定する。「GAFAMの巨大プラットフォームはあった方が便利ですし、分散型のプラットフォームだけではできることに限りがある。その両方が必要で、今後はCentralizeとDecentralizeが混在する時代になっていくはずです」。

 こうした動きは、日本のスタートアップにとっても追い風となる、と齋藤氏は言う。

 「結局、GAFAMのプラットフォームのつくり方は、テクノロジーやエネルギーなど、多くのリソースをつぎ込み、さまざまな要因が相乗効果を発揮して生まれた奇跡的なサービスともいえる。だからこそ、日本のスタートアップはここを目指すべきではない、というのが僕の考えです。むしろ、これから注目すべきは、もっと小さいマイクロマーケットなのではないか。今は、情報に簡単にアクセスできて、必要なものや、自分の哲学に合うものが自由に選べる時代です。『高いマージンを払ってでも、巨大なプラットフォームの上でビジネスをしたい』という人もいれば、『もっとファンに安く提供したい』『もっと多くのファンに出会いたい』といって、新しいプラットフォームでのビジネスを選択する人もいる。こうした潮流を見据えて、ユーザに新たな選択肢を提供することが、今後ますます重要になって来るのではないかと思います」

ファンのいない“まち”はいずれ消滅する

 ファンダム・エコノミーは、物販やサービスに限った話ではない。その考え方は、地域のまちづくりにも応用できる、と齋藤氏は言う。

 人口減少が加速する中、“消滅可能性都市”は、全国の市区町村の約半数に上るとされている。「今後、ファン、つまり愛着をもった住民がいないまちは衰退の一途を辿り、延命が難しくなるのではないでしょうか」と齋藤氏はみる。

 「例えば、新宿ゴールデン街では、それぞれの店にファンがいて、その店を潰さないために、足しげく通う人たちがいます。行きつけの店が火事に遭えば、常連が修繕費をカンパしたりする。人とまちとのかかわり方に熱量があるわけです。一方、最近の都市開発では、古い店やまち並みがなくなり、どのまちも金太郎飴化しつつある。もちろん、見た目は綺麗だけど、どれも同じようなまち並みで、住民の熱量が失われているように思えます。昔は東京にも『まちのためにひと肌脱ぐよ』という人たちが大勢いたはずなのに、今は、まちに愛着が持てなくなっています。だからこそ、もう一度それを取り戻さないと、まちは活性化できないどころか延命すら危うい。『このままいけば、このまちは崩壊する。どうすれば、まちを消滅から救えるのか』。その問いに1つの解を提供するのが、“ファンダム・シティ”という考え方だと僕は思っています」

 現に、ファンダムの力を利用する形で、まちづくりを成功裏に進めている事例は少なくない。例えば、香川県高松市丸亀町の商店街では、まちの衰退に歯止めをかけるため、商店街の振興組合が主体となって再開発に着手。住民自身がデベロッパーとなって、共同でビル化やマンション建設を推進した。その結果、商店街は広場や中庭、診療所やライフスタイル・ショップを持つ快適な空間に生まれ変わり、かつてのにぎわいを取り戻しつつある。

まちづくりにはCentralizeとDecentralizeの両方が必要

 一方で、ファンダム化の副作用により、さまざまな課題が顕在化した地域もある。その一例として、齋藤氏はコロンビア大学留学中にかかわった、ニューヨークのハイラインのプロジェクトを挙げる。ハイラインとは、マンハッタンの鉄道高架跡地に建設された、全長2.3kmの線形公園である。2009年に開園したが、ハイラインの誕生によってまちのファンダム化が進んだ結果、ハイライン沿いの不動産開発が加速。これが不動産価格の高騰を招き、経済格差による分断を招くこととなった。

 「もともとニューヨークはDecentralizeされた都市で、ソーホーやチャイナタウン、リトルイタリーといった個性的なまちの集合体でした。ところが、ハイラインやブライアントパークの開園によって付加価値が上がり、不動産の価格や家賃が高騰してしまった。ファンダム化が行き過ぎたがために、まち自体が投資対象となってしまったわけです。家賃が払えなくなった住民はニューヨークを追い出され、家賃が安い地域への移住を余儀なくされた。マンハッタンのチャイナタウンも、ほぼ消滅してしまいました。本来ならニューヨーク市がブレーキを踏むべきであるにもかかわらず、大手デベロッパーに任せて行政が関与しなかったことも、事態を一層深刻にしたわけです。これは、Decentralizeの暴走が弊害をもたらした例といえる。やはり、まちづくりにもCentralizeとDecentralizeの両方が必要なのです」

ファンダム・エコノミーがまちづくりを変える

 ファンダム・シティを核としたWeb3時代のまちづくりを成功させるには、どうすればいいのか。いまだ正解は見えていないが、確実にいえるのは、ファンダム・エコノミーがこれからのまちづくりを大きく変えていく可能性を秘めているという点だ。

 まちの衰退に歯止めをかけられるかどうかは、まちに愛着を持つ住民や関係人口をいかに増やし、ファンもまちづくりに参加できるような仕組みをつくっていけるかどうかにかかっている、と齋藤氏は断言する。

 「このまちの人が好き、場所が好き、空気が好き、建物が好き、何でもいいと思うんです。そのまちに対して興味や関心を持ち、たとえ見返りがなくても、自分の能力をまちのために役立てたいと思える。そんなファンに支えられたファンダム・シティをつくるためには、どんなまちづくりをし、まちにどのような機能を持たせ、どのようにエリアマネジメントを行う必要があるのか。その点を因数分解していくことが、これからの課題だと考えています」

 最大公約数を考えて、独自性を捨て去るのではなく、むしろそれを突き詰めて、地域の愛着を育てるまちづくりを行う。同じようなまちづくりをすれば、大都市にかなうはずもない。言葉で表現するほど簡単なことではないが、自分たちのまちの魅力を見つめ直すことが、今後のまちづくりの原点となるのかもしれない。