「失敗できる研修」が人を育てる──VRが変革する人材育成の新たなあり方
ダイキン工業・NECファシリティーズのバーチャルトレーニング実践事例
アフターサービスや施設管理といった“現場力”が事業の品質を左右する領域では、OJT(オンザジョブトレーニング)に頼った人材育成が限界を迎えつつある。ベテランの減少、需要増によるサービスエンジニア採用の増加、そして複雑化・高度化する設備や業務。経験の差がそのまま品質のばらつきにつながる状況は、多くの企業にとって共通の課題である。NECはこの課題解決に向け、VRを活用したバーチャルトレーニングの仕組みづくりに取り組んできた。2023年にダイキン工業、2025年にはNECファシリティーズへ導入し、スキル習得の効率化と品質向上を図っている。本記事では、両社のキーパーソンおよびNEC関係者に、導入背景や将来像について聞いた。
SPEAKER 話し手
ダイキン工業株式会社

陳野 重汰氏
サービス本部 企画部 技術グループ
NECファシリティーズ株式会社

櫻井 永一氏
IT戦略統括部 DX推進部 エキスパート
アビームコンサルティング株式会社

加藤 祐作氏
AI & Technology Modernization Business Unit
Technology-Led Enterprise Excellence Sector
NECプラットフォームズ株式会社

柳生 拓哉氏
パブリック事業部門 パブリックプロダクツ統括部 デジタルイノベーショングループ 主任
NEC

高橋 大河
プラットフォーム・テクノロジーサービス事業部門 バイオメトリクス・ビジョンAI統括部
DxID開発グループ 主任
エンジニア人材不足で「OJTが回らない」状況が顕在化
——ダイキン工業、NECファシリティーズでは、ともにバーチャルトレーニングを研修の現場で活用しています。VRを導入する以前は、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
サービス本部 企画部 技術グループ
陳野 重汰氏
ダイキン工業のサービスエンジニア向けバーチャルトレーニングの導入にあたり、企画検討から開発・導入、業務運用への組み込みまでを一貫して担当した
陳野氏:ダイキン工業のサービス部門では、ビルの空調機や一般宅のルームエアコンなど、さまざまな機種の修理を担当します。サービスエンジニアの研修は、先輩に同行するOJTが中心ですが、どの現場を経験するかによって、習得できるスキルに差が出てしまうという課題がありました。
エンジニアとして本来経験しておくべき症状や対応が、担当する現場に左右されてしまう。こうした経験の偏りを解消できないかと考えたのが、VR活用の検討を始めたきっかけです。加えて、現場ではベテラン社員の減少と新人の増加が進み、OJT自体が十分に回らない状況も生まれていました。空調の修理では、機種ごとにチェックすべきポイントが異なります。そのため、特定の機種だけを扱う先輩に付くと、ほかの機種を経験できないまま独り立ちすることになる。こうした経緯から、従来の集合研修を、課題解決型のカリキュラムに改変していく必要があると考えました。
IT戦略統括部 DX推進部 エキスパート
櫻井 永一氏
施設管理人材の育成高度化に向けたDX推進の一環として、「FM-Base」へのバーチャルトレーニング開発プロジェクトに参画した
櫻井氏:NECファシリティーズでは、半導体工場のインフラ設備の施設管理事業を行っているのですが、人材不足が根本的な課題でした。平均年齢が高いこともあり、人材の早期育成を図るため、2024年に半導体工場の設備や作業を再現した研修施設「FM-Base®(※)」を開設。実機を操作しながら、インフラ設備の管理業務を学べる環境を整備しました。
- ※ 「FM-Base」はNECファシリティーズ株式会社の登録商標です。
施設管理の業務では五感を使った点検が多く、習熟には数年を要します。それを実機で学べる点にFM-Baseの価値があるのですが、千葉県我孫子市にあるため、全国の拠点から繰り返し通うのは容易ではありません。受講に要する移動コストや時間の制約が大きく、現場も限られた人数で運用しているため、研修のために我孫子市まで人を送り出す余裕がない。それが人材育成におけるネックとなっていました。
——「このままではまずい」と感じた出来事や、課題を実感したきっかけはあったのでしょうか。
陳野氏:ダイキンには全国に約60の拠点がありますが、「新人が増えている一方で、OJTで教育を行える人材が不足している」というアンマッチが顕在化していました。OJTの体制が不十分なので、新人が所内で待機する時間が発生してしまう。こうした非効率を解消するためにも、場所を問わず誰でも研修が受けられる環境が必要だと痛感しました。
櫻井氏:NECファシリティーズでも、エンジニアの平均年齢が上がる一方で、早期に離職してしまう新人も増えています。小さな事故も増え、施設管理の精度低下への懸念が高まっていました。
トップダウンでVRを活用した人材育成プロジェクトが始動
加藤氏:第三者の視点では、ヒヤリ・ハットの蓄積が転換点となって、人材不足への危機感が一気に高まるケースも多いと感じます。
また、その一方で多くの企業の現場ではICT化が進み、設備操作の多くが電子制御化されています。その結果、少人数での運用が可能となった一方で、1人あたりの業務範囲が広がり、求められるスキルの難易度はむしろ上がっています。人材不足と業務の高度化が同時に進み、しかも需要は増加している。こうした複合的な要因が危機感を高め、従来の育成方法だけでは限界があるという認識が広がったのではないかと感じています。
AI & Technology Modernization Business Unit
Technology-Led Enterprise Excellence Sector
加藤 祐作氏
NECファシリティーズのバーチャルトレーニング開発において、現場業務を整理し、研修として成立させる設計を担当。PoC段階から参画し、要件整理や業務運用への落とし込み、効果検証などを行った
——今回、バーチャルトレーニング導入に至った経緯について教えてください。
陳野氏:もともとはトップダウンで「VRを活用できないか」という話があったことがきっかけです。検討を進める中で、現場課題の解決につながる可能性が見えてきたため、まずは試作してみようということになり、今回の取り組みが始まりました。
また、従来は「知識を問う」研修が主流でしたが、VRでは受講者の行動を可視化できるので、「どのような判断傾向があるか」「なぜその行動をとったのか」というプロセスまで把握できる。その内容をもとに会話を重ねることで、実践的なスキルの習得につながると考えています。
櫻井氏:NECファシリティーズの経営層も、VRなどの先端技術を人材育成に活用することに関心が高く、VRの導入はトップダウンでスタートしました。現在はPoC(実証実験)を終え、本格稼働に向けて準備を進めているところです。
仮想空間で「失敗」や「危険な操作」を存分に体験可能に
——VRで研修を仮想化するにあたり、対象とする工程やテーマはどのように選定されたのでしょうか。
櫻井氏:NECファシリティーズにはFM-Baseがあるので、その設備を前提として研修を仮想化することができました。その中で、「ここを間違えるとリスクが高い」といった工程を中心に、優先度を付けて選定していきました。
加藤氏:工程(設備)の選択にあたっては、選定を誤った場合のリスクが高いという点に加え、社内におけるバーチャルトレーニングの裾野を広げる観点から、受講者数が多い設備であることも考慮しました。コンテンツのテーマについては、設備ごとに学習すべき要素が異なるため、その都度検討しています。
NECの強みは「業務全体を見据えた設計」
——バーチャルトレーニングの制作にあたり、なぜNECをパートナーとして選んだのでしょうか。
陳野氏:ダイキンがNECをパートナーに選んだ理由の1つは、「システム全体を構築できる」という点です。例えば、VR上での行動をサーバで可視化するなど、システム全体をコーディネートできる強みがNECにはあります。もう1つはセキュリティ面の優位性です。当社はセキュリティ要件が厳しいのですが、NECとは長年の関係があり、IT部門とも直接連携しながら必要な情報を提供していただくことができました。この2つの理由から、NECなら安心してお任せできると考えたのです。
櫻井氏:NECファシリティーズとしては、コンテンツ制作にとどまらず、業務全体を見据えた設計ができる点を評価しました。その点を考慮すると、NECグループ内で完結したほうがスムーズに運用できると考えたのです。
——今回のプロジェクトでバーチャルトレーニング開発側として特に配慮した点や、苦労した点があれば教えてください。
加藤氏:苦労したのは、学習内容を「定着する設計」に落とし込む点です。まず、実機の研修資料を読み込み、実際にFM-Base に足を運んでレクチャーを受けました。こうして、FM-Base の内容を十分に把握した上で、次に要件整理とコンテンツ設計を行いました。ただし、単に仮想空間で手順を繰り返すだけでは知識が定着しないので、受講者が時には失敗も経験しながら、手順を学べる仕組みを随所に散りばめていきました。
柳生氏:開発側にいると技術中心の議論になりがちですが、 今回は現場での使われ方を前提に設計することを意識しました。VRは現実に近い形で自由に操作できる分、そのまま再現すると操作のパターンが膨大になり、訓練として成立させることが難しくなります。そのため、現場での判断に本当に必要なポイントに絞り込み、実際の業務に近い形で学べるよう設計しています。
高橋:今回のプロジェクトでは、実際に設備を見ないとイメージしにくい部分も多かったため、NECグループのメンバー全員で現場に伺いました。ダイキン工業、NECファシリティーズそれぞれの研修設備もNECグループのメンバー全員で見学し、チーム全員が業務や背景を理解した上でコンテンツ開発に取り組んでいます。
VRを業務に適用する際は、「見た目がきれいなものをつくる」だけでなく、「正しいプロセスが学べる」ことが重要です。そのため、不具合の原因特定から対処までの流れを体験できるように設計しています。
そのため、試作したコンテンツは実際に現場の方に触っていただきながら、フィードバックをもとに何度も改善を重ねています。
パブリック事業部門 パブリックプロダクツ統括部 デジタルイノベーショングループ 主任
柳生 拓哉氏
NECファシリティーズのプロジェクトでバーチャルトレーニングコンテンツの開発を担当。ダイキンのプロジェクトでもVRのメンテナンスを手掛ける
(右)NEC
プラットフォーム・テクノロジーサービス事業部門 バイオメトリクス・ビジョンAI統括部
DxID開発グループ 主任
高橋 大河
ダイキン工業とNECファシリティーズそれぞれにおけるバーチャルトレーニング構築のプロジェクト全体を統括した
柳生氏:技術面では、コンテンツ単体でなく全体を設計する難しさもありますが、一方で、コンテンツ自体が使えるものでなければ意味がありません。実際に使うのは現場の方なので、まず出して、触ってもらい、フィードバックをもらう。その繰り返しで、少しずつ精度を上げていく進め方を意識しました。VRの良さを活かしつつ、できるだけ現場で作業している感覚に近いUI/UXを心掛けました。
研修におけるVRの有効性を確認
——導入後の成果についてお聞かせください。
陳野氏:現在は約20台のVR機器を導入し、協力会社も含めて新人の3分の2が受講しています。受講者からは、「新しい切り口の講習でわかりやすい」「これまで見落としていた点に気付けた」といった声が寄せられています。
当初は「講師が指導する」形式を想定していましたが、研修では「受講者同士で教え合う」状況が自然に生まれました。早く問題を解き終えた受講者が、ほかの受講者の仮想空間に入ってサポートする姿も見られ、想定外の成果が生まれたと感じています。
また、以前よりカリキュラムも凝縮され、3日間という限られた研修期間でも、これまで以上に多様なケースが扱えるようになっています。普段は経験できない希少な機械も体験できるため、「安心して現場に出られるようになった」という声も聞かれます。VRの活用が、人材育成のスピードアップとさまざまな課題解決につながると期待しています。
櫻井氏:NECファシリティーズでも、想定以上に肯定的な反応が寄せられています。FM-Baseで行っている研修の内容をVRで再現できるため、「実機での学習を復習できる」「リスクの高い操作を繰り返し体験できる」と好評です。
加藤氏:NECファシリティーズのプロジェクトでは、「バーチャルトレーニングを受講したグループ」と「受講していないグループ」を比較し、定着度の定量分析を行ったところ、約20%の差があることが確認できました。
陳野氏:20%という数値は大きいですね。それも、現場業務を深く理解しようとするNECグループの皆さんの姿勢があったからだと思います。
共通要素をプラットフォーム化し 高品質なサービスを提供する
——今後の展開について、ご予定をお聞かせください。
陳野氏:今後はバーチャルトレーニングを研修フローに組み込み、全国の拠点に配備して、「いつでもどこでも受講できる環境」を整備することが当面の目標です。将来的には海外拠点にも展開し、国境を越えた同時研修も実現していきたい。また、仮想空間内の行動ログを活用することで、これまでブラックボックスだった現場の動きを可視化し、属人的なノウハウの形式知化にもつなげていきたいと考えています。
櫻井氏:当社としては、まず主要拠点から展開を進め、コンテンツを拡充して研修の高度化を図っていきます。将来的にはアカウント管理と連携し、タレントマネジメントによる人材配置の最適化にもつなげたいと考えています。
高橋:2年間のプロジェクトを通じて、バーチャルトレーニングの機能やデータ活用法における共通要素が見えてきたと感じています。今後は共通要素のプラットフォーム化を進め、開発期間の短縮とコスト低減を図りながら高品質なサービスを提供し、NECグループとしてさらなる展開を図りたいと考えています。