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息を吹き返すメタバース、生成AIが魅力を高める
~若年層がプラットフォームをけん引、関連サービスも2025年に大躍進~
Text:織田浩一
このところ、ポジティブな話題から遠ざかってしまった感のあるメタバース・VR(仮想現実)業界。主だったニュースは2024年6月の3Dカメラ「Apple Vision Pro」の発表くらいだろうか。ところが最近、アナリストはAR(拡張現実)、MR(複合現実)も含めたXR(クロスリアリティ)について、その未来は決して暗いものではないと言い出し、それどころか急成長の予測さえ発表している。なぜそのような状況が生まれているのか。その背景を含めて、考察したい。
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織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
鳴り物入りの登場も、低評価に留まったApple Vision Pro
テクノロジー業界を巡るビジネスニュースでは、生成AIを中心としたAIの話題が人気を集め、メタバース・VRなどはあまり人の口に上らない状態が続いていた。2024年2月にAppleの期待を背負って発売されたApple Vision Proも、同社が得意とするマス市場向けの製品になり得ていないという評価を受けた。コンサルタントやデジタル開発企業がデモ機として使うことはあっても、その価格の高さからも50~60万台が売れ残っているというレポートもある。
この状況を裏付けているのがテクノロジー調査・コンサルティング企業IDCが2024年に発表した調査結果だ。世界のAR・VRヘッドセットの出荷数は、2024年第二四半期に110万台と対前年比で28.1%減少しており、2024年通年でも670万台と同1.5%減を予測している。
だが、同時にIDCは、2025年の出荷量を対前年比で41.4%増加すると予測している。その後も毎年30%以上の成長が続き、2028年には2290万台を出荷するまでに伸びていく予測である。なぜ、ここに来てこれほどの急成長を予測するのだろうか。
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生成AIが生み出した新たなデバイスとは
2024年9月にMeta CEOのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏は同社のイベント「Meta Connect 2024」でARグラスOrionのプロトタイプを公開した。まだ市販されるわけではないが、ホログラムで部屋に置いてある物の情報を見たり、遠方にいる誰かとホログラムでビデオ会議をしたり、近くの人とARゲームをすることが出来ると紹介している。「音声」や「手や指を使ったジェスチャー」で出した指示をAIが判別し、生成AIを活用した音声などで返答するというものである。
Meta CEOのマーク・ザッカーバーグ氏が同社のARグラス「Orion」のプロトタイプをイベント「Meta Connect 2024」でお披露目した。出典:YouTube:UploadVRチャンネル:In Full: Mark Zuckerberg Reveals "Orion" Prototype AR Glasses
もともとMetaは、2021年にサングラスブランドRay-BanでAI音声コントロールが可能なARグラス「Ray-Ban Metaスマートグラス」をローンチしており、今回の発表は、それにホログラムスクリーンが加わったものである。新たなARグラスはAIや生成AIの発展によって生み出された、新たなユーザーインターフェースと目される。
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上記のIDCのレポートでも、ヘッドセットやスマートグラスの利用者の増加を予測している。理由としては、Metaが手頃な値段のMRヘッドセットを出していくことや、AIや生成AI機能の追加によってこれらのデバイスがさらに小さく、薄いデザインになることを挙げている。Appleもより安価なXRヘッドセットのローンチを予定しているという。
Z世代、α世代を夢中にさせるオンラインゲーム
次に、メタバース市場の様子を見てみよう。下図はメタバースコンサルティング企業KZero Worldwide/Metaversedによるメタバース利用者数の推移である。右側の「Older Users(より高い年齢のユーザー)」向けのプラットフォームも多少伸びているが、右上の「Kids(子ども), Tweens(トゥイーン、8~12歳) & Teens(ティーン、13~19歳)」向けのプラットフォームが、コロナ後も順調に伸びていることが分かる。
オンラインゲームのFortniteは月間アクティブユーザーが1億2500万、メタバースプラットフォームのRobloxは3億2000万となって記録を更新し続けている。いずれもコロナ後も数千万の単位でユーザーを増やしている。サンドボックス型のビデオゲームであるMinecraftは若干減ったが、ユーザーがFortniteやRobloxに移っていると見ることもできる。
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Robloxの業績を見ると、コロナ禍での伸びとその後の揺り戻しはあるものの、2023年から売上を着々と伸ばしており、再び拡大フェーズに戻っていることが分かる。
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これらメタバース市場をけん引しているのはZ世代やα世代の利用者である。Metaversedによると、2022年時点でRobloxやFortnite、Minecraftの利用者の平均年齢は12-13歳で、メタバース利用者の51%が13歳以下、そして83.5%が18歳未満であったという。
こうした利用者が3年後の2025年現在、これらのメタバースプラットフォームを使い続けていたり、他のXR、ARなどのアプリやサービスを使っていたりするために、メタバース、VR市場が伸びているのである。
そして、彼らがこれから大学生、社会人へと成長し、関連製品の購買能力を高めていくため、市場の拡大が期待されているのだ。
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生成AIがメタバース、XR開発を容易にする
生成AIの波は3Dデータやメタバース、XR開発の世界にも押し寄せつつある。ビデオや3Dデータを構築するために、Stability.aiなどの生成AIプラットフォームの利用ニーズが高まる中、よりニッチな領域に特化した生成AIモデルが増えている。例えば、Zibra AIは炎や煙、爆発、水の流れなどのエフェクトを構築する生成AIである。
生成AIは3Dデータの出力だけにはとどまらない。次に紹介するのはInworld AIという、キャラクターのアバターを生成し、自律的に動かすことができるプラットフォームである。生成したアバターはゲームを含めたメタバースなどの状況をはじめ、プレーヤーの場所やその場で何が起こっているかを理解し、そのメタバース固有の知識をもった大規模言語モデルを構築できる。それぞれのキャラクターに割り当てられたAIエージェントがプレーヤーに対応し、3D開発者向けプラットフォームUnityとも統合する。こうしてゲーム開発者の開発スピードを向上させる。
出典:YouTube:Inworld AI:Mass AI character generator powered by LLMs | Inworld AI Unity Demo
同時に、メタバースプラットフォーム自体も、開発のハードルを下げる機能を次々と提供しつつある。Robloxは2024年に同社のプラットフォーム内向けのアバターとテクスチャを生成するAIツールを発表している。Avatar Auto Setup機能は3Dメッシュから動きのあるアバターを生成するもので、それまで何日もかかっていたプロセスを数分に短縮することができるという。また、Texture Generator機能はテキストによるプロンプトで、3Dデータの見た目を簡単に変えることができる。
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B2B領域では企業のデジタルツインをサポート
2025年のAI分野の進化を定義するキーワードの1つはPhysical AI(物理的なAI)である。重力や重さ、物の大きさなど現実の物理的な特徴や動きをAIで再現し、シミュレーションしていく。製造、輸送・ロジスティックス、小売、不動産業などで現実の状況をAI分析や生成AIを利用して再現し、シミュレーションするデジタルツインとして利用されることが多い。
例えば、製造プロセスのオートメーションを支援するSiemensはNVIDIAのOmniverse APIと、同社のSiemens Xceleratorプラットフォームのアプリ製品ライフサイクル管理ツールTeamcenter Xを統合したシステムを提供している。このシステムは、現実のカメラやセンサー、ERPなどのデータから、製造プロセスにおける3Dデジタルツインを生成するものである。リアルタイムでやり取りしながら、製品の仕様やデザインを変更した場合などのシミュレーションが可能となる。
下記のビデオはSiemensのクライアントであるHD Hyundaiの造船のプロセスである。700万のパーツを持つ再生可能エネルギー利用の貨物船の設計・開発のために、大量のデータの入力と統合を行い、パーツや全体像の3Dオブジェクト、デジタルツインを生成している。実際の製造の前に可視化することで、課題などを事前に見つけることができ、多大なコスト削減につながっているという。
Siemensの製品ライフサイクル管理ツールTeamcenter XとNvidia Omniverse APIを用いた貨物船のデジタルツイン。この活用により、設計プロセスを迅速化とコスト削減を実現している。出典:YouTube:Nvidia: Siemens Teamcenter X Powered by NVIDIA Omniverse APIs
こうしたデジタルツインやARグラスなどの利用が広がるには、使い手が先進的なインターフェースに親しんでいることが重要なファクターとなる。上述の通り、消費者向けのメタバースを利用し、多くの機能を使い慣れているZ世代、α世代が社会人になることが、企業におけるデジタルツインの浸透を後押しするだろうと期待されている。
メタバース市場で生成AIプラットフォームが急成長
メタバース、XR、ARへのニーズが高まっていることは数字でも裏付けられている。調査会社MarketResearch.bizによる予測では、メタバース・XR向けの生成AIプラットフォームは年31.5%の成長率が10年続き、10年後には現在の15倍程度の市場規模に膨らむものと予測する。この調査では、「VRプラットフォーム」「ARプラットフォーム」「ソーシャルメディアプラットフォーム」「ゲームプラットフォーム」「没入型デジタルプラットフォーム」向けの生成AIプラットフォームとその他に分けているが、それぞれの分野における生成AI市場規模はほぼ同程度である。
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AI、生成AIはユーザーインターフェースを変革するだけではなく、開発やコンテンツ生成のスピードを大幅に上げていく。メタバースやゲームにおいては利用者が1つの場所に集まっていないと閑散とした雰囲気を強く感じてしまい、その理由から利用促進やエンゲージメント向上につながらないケースもあるとされる。そのため、3D環境、キャラクターのアバターの生成などは開発サイドにとって特に重点項目となる。
この課題に応える生成AIプラットフォームが次々と出てきている。さらにユーザー向けにはメタバースの関連製品として、生成AIにより音声、ジェスチャーでのユーザーインターフェースが整った軽量なVR、ARグラスの登場も控える。
今後のこうした環境の充実は、Z世代、α世代ユーザーのエンゲージメントを高め、メタバース・XRの利用を広げていくという、ポジティブなスパイラルを生み出すはずである。これが、他の世代を巻き込んでいく可能性も容易に想像できる。モバイル端末から軽量なグラスへのデバイスの変化もあり、メタバース・XR市場は非常に面白い転換期を迎えていることに注目したい。
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北米トレンド