社員の幸せをつくる探求。人事データ活用の意義
ビジネス変革をもたらすテクノロジーの活用は、人事の分野にも波及している。それは、「HR(ヒューマンリソース)テクノロジー」や人事データの活用だ。パーソルホールディングス株式会社は、人事データ活用の先進企業として知られている。同社 グループ人事本部 人事企画部 タレントマネジメント室の室長を務める山崎涼子氏と、山崎氏のもとで人事データの活用に取り組む藤澤 優氏に、これまでの取り組みについて聞いた。
人事のデータ活用をボトムアップでスタート
同社は、グループ各社を含め約3万9000人の社員を擁し、グループ各社の人事業務は、各社の人事担当者が担っている。タレントマネジメント室はタレント(才能)を人事データなどから可視化、分析し、人事施策を通してグループ全体を活性化していくことをミッションに掲げている。
その出発点は、2015年だった。会社の成長に伴いグループ会社が増えたことから、グループ各社のIT活用やタレントマネジメントシステムを一体化する取り組みを進めた。その際、過去に実施した研修のデータなど、人事にさまざまなデータが眠っていることに気づいたという。そこで、山崎氏を中心に人事データ活用チームを発足させた。「最初はボトムアップ、スモールスタートで始めました。組織上も存在せず、どういう成果を出せば認められるのか、考えながら進めていきました」と山崎氏は語る。
挑戦したから分かった ”現場の課題改善に活かされるデータ活用”の重要性
チームが最初に試みたことは、データを使い退職の可能性を調べることで、人事からのフォローに活用できるモデルを作ったことだ。この「退職者予測モデルの構築」は、2016年に実施された第1回HRテクノロジー大賞のアナリティクス部門優秀賞を受賞した。
しかし、山崎氏はこの最初の取り組みは「課題があった」と振り返る。それは、人事部の現場で使われなかったからだ。過去に退職した人との類似度を調べることで退職者リスクを事前に検知するモデルを作成したが、退職の要因が分からいないと、本質的な課題解決には至らないため、各社の人事部がそれを十分に活用するまでには至らなかった。
「最初のうちは、これまでにないテクノロジーが活用して、人事にとってデータ分析が必要であることを証明する必要があると思っていました。しかし、もっと現場の課題に切り込んでいく視点に変えていかないと現場に活用してもらえないと知りました。挑戦したからこそ気づけたことです」と山崎氏は率直に明かした。
そして2017年、新規メンバーが加入し、取り組みも勢いづく。前職ではマーケティングリサーチを担当していた藤澤氏が加入した。「データからインサイト(洞察)を見つけ出し、意思決定していくマーケティング分野の手法は、人事データ活用でも使えるのではないかという仮説を持ちました」と藤澤氏。これが、現在のタレントマネジメント室の取り組みにつながっている。
愛情をこめて取り組む。現場や社員と向き合ったデータ可視化・分析を追求
人事データ活用の新しい局面が見えてきた。それは、現場のためにデータを可視化し、活用しやすくすることだった。「退職のリスクを検知するだけではなく、退職の要因として多い事象を特定し、人事が把握できるように工夫しました。難しい分析手法は使っておらず、ツールを活用してデータを分かりやすいように可視化することに注力しました」と藤澤氏は話す。
退職要因を分かりやすく可視化する取り組みにより、例えば、社内で成果を挙げていた人が退職する理由の多くは、キャリアップを目指していることが見えてきた。人事データの可視化で、具体的な施策に結びつける展開が開けた。
また並行して、グループ各社の人事担当者のニーズに対応する取り組みも進めた。例えば、人事の現場ではスプレッドシートを使った集計作業に大きな手間を取られていた。そこでBI(ビジネスインテリジェンス)ツールの活用を推進し、各社人事担当者の工数を削減した。「単なるグラフ化ではなく、スプレッドシートの作業を置き換えできるように活用方法を伝え、”無くては困る”と思ってもらえるように定着化しました。スプレッドシートの作業がなくなった分、新企画の立案や応募者、社員と向き合う時間を増やすことができました」と藤澤氏。
人事データの活用の推進には、グループ各社の人事担当者からのフィードバックを集めることも重要だという。山崎氏は「現場の声をもらい、データ活用は『役に立つ』という評価を積み重ねました」と話す。
経営や人事の目が届く範囲は限られる。しかし、人事データを可視化し分析することで、一つの気づきを得ることができたという。それが「ポテンシャル人材」の発見だ。グループ各社の経営や人事が気づいていなかった潜在能力を持った人材を、データ活用の中で見つけ出すことができたという。
「共通のアセスメント結果を分析し、さらには一人ひとりの社員情報を読み込んでいきました。人事の判断は社員の人生に関わることも多いので、単なる分析結果だけでなく、そのほかの情報もしっかりと見ます。そのスタンスは、データ分析においてもとても重要であり、愛情をこめて取り組んでいます」と藤澤氏は力説する。データ分析には、数カ月といった長い時間をかける。それは、人と向き合い、分析を繰り返すことが大切だからだ。「これは正しい時間のかかり方です」と山崎氏もうなずく。
人材ポートフォリオ、研修レコメンドに手応え
同社のデータ活用は、現場のニーズに対応した多数の個別事例の積み重ねだ。その中で、印象的な事例を見てみよう。一つは人材ポートフォリオの把握だ。
「端的にいうと、『社内にどんな社員がいるかしっかりと把握しよう』ということです。データを駆使しながら、社内にいる人材のタイプをいくつか構成し、人材のプールを可視化します。それにより、事業の未来像と照らし合わせて『こういうタイプの人材が足りない』となったとき、育てるのか、採用するのか、建設的な議論ができます」と藤澤氏。
もう一つは、社員に対する研修、キャリアプランのレコメンド(推薦)だ。現在は研究中の事例としながらも、藤澤氏は「社員に対して、その人に合ったキャリアプランや研修を、データを元にレコメンドします。当人と似ている人が、過去にたどったキャリアや受講した研修など、成功パターンを抽出し、その内容を社員にレコメンドすることで、成長の機会を提供することが可能です」と手応えを得つつある。
「データ活用は有意義」が、日本中の人事部の共通認識になってほしい
タレントマネジメント室のデータ活用の取り組みは、グループ各社の人事担当者と一緒に伴走してきた5年間といえる。重要なポイントは、BIツールでデータを可視化できただけではなく、データを「複数の視点」で活用できるという新たな価値が生まれたことだ。
「例えば、人事担当者は採用のリードタイムは『問題ない』という感覚がありました。ところがデータで可視化すると、リードタイムが思った以上にかかっていることが判明します。そこで、採用経路のどこで時間がかかっているのか、どうしたらリードタイムが短くなるのかを考え施策を打ちます。データに対する現場の意識が変わっていきました」と藤澤氏は成果を話す。
タレントマネジメント室では各取り組みを総合して、グループ全社でデータ活用を広める施策を検討中だ。藤澤氏は「現場の人事担当者が実務でデータをどんどん使ってもらえるような、データ活用の教育メニューを作ろうと企画を進めています」とさらなる展開に意欲を示す。
同社にとってデータ活用は、「社員」のための取り組みだ。「人事と社員の間に信頼関係がないとデータは集まりません。そのため、データは社員の価値を高めるアイテムとして、社員のために役に立つデータ活用を心掛けています。経営のためでもありますが、一番は社員のために。現場と一緒にディスカッションして、社員にとってメリットのあるデータ活用を探究し続けています」と山崎氏は言葉に力を込める。
従来の人事部門は、マス(多数)に対する人事施策が中心だった。しかし、時代が変わっていく中で、社員の働き方や価値観も大きく変わり、企業の成長や競争力強化には社員一人ひとりに合った人事施策が必要となるだろう。人事データ活用の先進企業として、山崎氏は次のようなメッセージで締めくくった。「パーソルグループのグループビジョン『はたらいて、笑おう。』は、自社で働く社員に対してのメッセージでもあります。社員のエンゲージメントを高めていくことが重要なミッションといえるでしょう。時代とともに人事も変わらなければいけません。その観点から、『データ活用は有意義だ』と、日本中の人事部の共通認識になればと思っています」。