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2020年02月28日

経営を支える新時代の人事へ HRテクノロジーが企業成長の鍵となる

 少子高齢化による労働人口の減少問題に加え、「働き方改革」により個人の働き方が多様化するなか、グローバル規模でテクノロジーの進化によるビジネスの新陳代謝が激しさを増し、先が予測できない時代。この時代に企業の成長と競争力を高めていくには、経営戦略の変革と合わせて人事戦略の変革も必要となる。そこで、人事部門が人事の変革を加速させるために、「HR(ヒューマンリソース)テクノロジー」が、今、大きな注目を集めている。

プロスポーツのノウハウから進化した人材管理手法

 これまでも人事部門で、給与計算や労務管理の省力化、人為的ミスの防止を図る作業支援ツールの位置付けとして、情報システムを活用していた。

 これが、1980年代から1990年代にかけて、人材管理システムの用途が米国で大きく変化した。「プロスポーツでは、健康状態、体力、スキル、実績、特徴など、個々の選手に関するデータを集め、スカウトや育成などに活用しています。同様の管理手法を企業にも適用するため、個々の人材の質を管理するタレント・マネジメント・システムへと進化したのです」と語るのは、日本のHRテクノロジー研究の第一人者で知られる慶應義塾大学大学院 経営管理研究科(KBS)特任教授の岩本 隆氏だ。

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科(KBS)特任教授 岩本 隆氏
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学部材料学科Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より現職。「産業プロデュース論」を専門領域として、新産業創出に関わる研究を実施。HRテクノロジー大賞審査委員長。著書に『AI・ビッグデータで加速する働き方改革と人事変革 HRテクノロジー入門』がある

 こうしたタレント・マネジメント・システムを中心に、2000年代以降、「HRテクノロジー」と呼ばれるようになり、多くのベンチャー企業が人材活用支援ツールを次々と投入したことで、その活用が世界中で瞬く間に広がった。

金太郎アメ的な人材による経営の終焉

 世界の株価時価総額トップ10に入る米国のIT企業は、HRテクノロジーのパワーユーザーである。なぜ、世界のトップ企業はHRテクノロジーを活用しているのか。「これらの企業の価値は、従業員の数ではなく、一人ひとりの才能や能力、スキルの質の高さによって生み出されているからです。一人ひとりの能力やスキルをキメ細かくデータ化できていれば、経営戦略に応じて、迅速かつ最適な人材活用が可能になります」と岩本氏は話す。

 日本では、均一な能力・スキルを持つ人材を採用・育成してきた面がある。「『経営は人なり』と昔から言われていましたが、日本企業は金太郎アメのような人材による『経営は人なり』でした」と岩本氏。日本の高度経済成長期は、一定水準以上の労働力を数多く確保することが国際競争力の強化につながりやすかった。ところが、現代では、従業員一人ひとりが価値を生み出すよう、能力に応じた適切な育成や配置をしていかないと生き残れない時代になってきている。

 「経営者が全従業員の能力やスキルを把握することは不可能です。本当の意味での『経営は人なり』となるためには、能力やスキルをデータ化することが重要になってきます」と岩本氏は力説する。

終身雇用、年功序列が大きな壁となる日本での導入

 日本企業におけるHRテクノロジーの実践は、海外企業のように簡単には進まない。それは、データを活用することで、従業員のパフォーマンスと業績が可視化されるため、年功序列の給与体系では不公平感が顕在化するからだ。このため、労働組合との折衝に苦慮し、思い通りに進まないケースが多い。「日本企業のHRテクノロジー活用は圧倒的に遅れています。昨年、調査会社と行ったグローバル調査の結果、人事領域でのAI活用で日本は最下位でした。インドや中国、ブラジルの方が進んでいました」と岩本氏は警鐘を鳴らす。

 さらに、「産業構造が変化する中で、人事でのイノベーションの成否は、会社の未来を大きく左右します。だからこそ、トップ主導で最新テクノロジーの活用と人事戦略の刷新に取り組む必要があります」と岩本氏は力を込める。

 近年、企業競争力の維持・強化にむけて、労使双方で危機感を抱き、旧来型の人事制度を見直す企業も増えてきている。しかし、岩本氏によると、大企業には特有の課題もあるという。「日本の大企業では給与管理、労務管理、研修など、業務システムごとにベンダーが異なり、オンプレミスでシステムを構築している場合が多いです。従業員一人ひとりのデータ活用を実践するには、さまざまな人事データを横串で見る必要がありますが、業務システムごとにデータが格納されており、思うようにつなげられないのです」と岩本氏は語る。

CHROは世界の動きに合わせた人事制度刷新の旗振り役

 人材の能力やスキルをデータで表現するパラメーターは多岐にわたる。経営会議において、今後、自社でどのようなパラメーターを重視して人材を採用し、育成・配置すべきなのか議論し、具体的に示すことが重要だ。そのためには、人事データの可視化と最適化が必要不可欠だ。「欧米企業には、『CHRO(Chief Human Resources Officer)』と呼ばれる、人事戦略の策定・実行を主導する役員を置くところが多いです。日本でも、CHROを置き、HRテクノロジーの実践に向けた旗振り役とする必要があります」と岩本氏は強調する。

 しかし、HRテクノロジーの実践で重要な点は、対応する人材管理システムさえ導入すれば、魔法のように企業競争力が高まるわけではないこと。あくまでも、年功序列などの旧来型人事制度を、時代の要請と世界の動きに合わせて刷新した新しい人事戦略を策定する。その取り組みを加速し、支援するツールがHRテクノロジーであるべきだ。

 ツール導入ありきではなく、どのような経営課題があって、その解決のために何をするのかをしっかり議論することが重要となる。岩本氏は「例えば、どの企業でも行っている従業員満足度調査(エンゲージメント調査)などのデータから課題を洗い出し、着手する方法もあります」と話す。

HRテクノロジーは、個人の成長につながる領域で活用

 HRテクノロジーを活用すれば、個々の能力やスキルに合わせたキャリアアップの道筋を客観的に照らし出すことが可能となる。「日本でも既に実践している企業では、従業員それぞれのキャリアやスキルをデータベース化し、キャリアアップを後押しする従業員一人ひとりに最適な研修プログラムを提案する仕組みを作っています」と岩本氏。

 このように、HRテクノロジーで得られるデータの活用は、採用や育成・配置の領域に限定されている。「欧米でも日本でも、先行して取り組んでいる企業は個人業績評価の領域でデータは活用しない方針を打ち出しています。人事がコミットメントして、従業員も自分のためになるということで、分析に必要なデータを書き込みます。個人情報保護法の関係からも、人事は運用に気を付けています」(岩本氏)。しかし、欧米では部長昇格などを決める会議でデータが活用されるという。これは、人間による判断のバイアスを客観的なデータによってある程度排除し、議論の時間を短縮するのが狙いで、最終的な決定は人間が行っている。

「人材マネジメント集団」として、会社の成長に貢献

 HRテクノロジーの活用が本格化すれば、日本企業における人事部門の業務も大きく変わる。「給与計算や就業管理など、人事業務はほとんどITによって自動化できます。これからの人事部門は、自社の戦略的人事の実践を支援したり、経営者や管理職が人材管理に利用する独自の情報システムを整備したりする開発部門へと変貌していくでしょう」と岩本氏は語る。

 人事部門でも、ビッグデータ解析やAIなど最新技術を使いデータを活用する時代が、いよいよ始まろうとしている。そのため、人事担当者にもデータサイエンティストの能力が求められている。「海外では、データサイエンティストが、企業経営の中核を占め、伸びしろのある活躍の場として人事分野に進出しています」と岩本氏。欧米では、人事にデータサイエンティストを加えた「HRアナリスティクス部門」を設置する企業が増えているという。

 プロスポーツでは、10,000項目を超えるパラメーターを分析する。しかし、企業でそれは難しいため、自社にとって必要なパラメーターを経営層で議論し、100から200項目に絞り込んだうえで、データサイエンティストが分析している。人事の採用でも、どのような人材を集めるのかパラメーターで戦略的に定義している。日本企業でも、自社内でアサインできない場合、積極的にデータサイエンティストを採用したり、アウトソーシングしたりする動きが始まっている。

HRテクノロジー活用例イメージ
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 HRテクノロジーよって、多くの従業員が自らの仕事の内容や役割を再定義し、新たな能力を身に着けることが求められるようになる。そして、人事部門は分析したデータをもとに、戦略的な採用や育成・配置を経営層へ提言し、組織強化や人事管理を行う「人材マネジメント集団」として、会社の成長に貢献することになるだろう。

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