サービス改善の極意とは? 顧客体験の向上でユーザの心をつかむ
いかにサービスを改善し、顧客体験を高めていくか。これは多くの企業にとって重要なテーマだといえるだろう。今や製品・サービスは「リリースして終わり」ではない。継続したサービス改善を通じて「顧客体験をいかに向上させるか」が企業成長のカギを握るようになったのだ。それでは、サービスを改善し、顧客ロイヤリティを高めるためには何が必要なのか。ヤフーで天気・路線・防災のサービスを統括した実績があり、ディップでもバイトルなどのサービスグロースを経験してきた宮内 俊樹氏に話を聞いた。
スマートフォンが顧客体験の起点となった
ここ数年、「顧客体験の向上」や「サービス改善」に対する企業の取り組みが積極的に行われるようになった。その背景について、宮内 俊樹氏はこう説明する。
「今はモノ(製品)だけでは差別化できず、コト(体験)で差別化をしていかざるを得ない時代です。しかも、顧客体験の起点はスマートフォンに変わり、製品・サービスの情報収集から移動経路や店舗の検索に至るまで、すべてがスマートフォン1つで完結する。もはや、スマートフォンは“手の延長”となったといって良いかもしれません。スマートフォンの操作がうまくいかないとイライラしてしまうのはその証拠です。それに伴い、顧客体験を充実させるための取り組みもより一層進化していったわけです」
コロナ禍によるデジタル化の浸透も加わり、それが大きく加速。多くの企業がサービス改善に向け、しのぎを削っている。とはいえ、必ずしも成功しているケースばかりではない。なぜ、少なからぬ企業がつまずいてしまうのか。
「インターネットの世界では、どんなにプロモーションをしても、サービス自体が良くなければ最終的にはユーザは離れてしまう。したがって、プロダクト・マーケット・フィット、すなわち顧客体験がユーザにフィットした状態までサービスを改善していくことが重要です」(宮内氏)
例えばAmazonは、全世界共通の行動規範である「Our Leadership Principles」の筆頭に、「Customer Obsession(カスタマー・オブセッション)」という項目を掲げている。Obsessionとは「取り憑かれること」であり、「あたかも顧客に憑依されたかのごとく、顧客を起点として考え行動する」という意味が込められている。
「ところが、自分ではユーザ(顧客)にフィットさせたつもりでも、実際にはそうなっていないケースが数多い。ユーザに寄り添った製品やサービスをつくるといいつつ、実は“自分自身”や“売り上げ”にフィットさせているケースが少なくないのです」
「組織の壁」をいかに乗り越えるか
サービス改善に取り組むにあたり、企業が陥る失敗にはいくつかのパターンがあるという。
1つは、「売り上げを上げたい」という思いが「ユーザを喜ばせたい」という思いを凌駕してしまい、市場ニーズにマッチしない製品・サービスを“押し売り”してユーザの心には刺さらないケースである。
もう1つは、快適な顧客体験が提供できないために、ユーザに見放されるケースである。「例えば、アプリケーションでユーザ登録をしている最中に、急な用事で一時的に席を外している間にセッションが切れてしまった。すると、入力済のデータが全部消えてしまい、一から入力し直すのが面倒なので、ユーザ登録を止めてしまう、というようなケースです。あるいは、アプリでムダなクリックが多すぎてイライラするので、途中で使うのをやめてしまった。このように、サービスの使い勝手が悪いと、ユーザはストレスを感じて離脱してしまいます。これも典型的な失敗パターンです」
さらに、サービス改善のフレームワークを導入したものの、そのプロセスが自己目的化してしまい、なかなか成果が出せないケースもあるという。
「例えば、デザイン思考を導入したはいいが、一連のプロセスを学んで実践するには非常に時間がかかる。時間をかけた割に、期待したほど顧客提供価値が上がらなかった、という話はよく聞きます。フレームワークを学び、順番通りにプロセスを追ったからといって、うまくいくとは限らないわけです」
それでは、どうすれば、サービス改善を実現できるのか。宮内氏は自らの経験に基づいて抽出した「鉄則」の中から、特に重要となる5つのポイントを挙げる。
1つ目は、「組織の壁を越えてコミュニケーションする」ことだ。企業は往々にして組織間に壁をつくり、その壁を越えることに二の足を踏む傾向がある。だが、組織の壁が厚ければ厚いほど、サービス改善に支障をきたす、と宮内氏は断言する。
「例えば、ユーザの声はサポート部門に集約されますが、チームリーダーが率先してサポート部門と連携しなければ、ユーザの声を吸い上げることはできない。組織の壁を越えないと、社内の他部門に集積された資産を活かすことはできないわけです」
組織の壁を越えたコミュニケーションが活発になれば、ユーザからのフィードバックを受けてサービスを改善し、よりクリエイティブで優れた製品・サービスを生み出すことができる。その意味で、「組織の壁を越えること」は非常に重要と宮内氏は強調する。
ユーザに憑依して、ユーザの心を知る
2つ目は、「机上の議論に時間をかけない」ということだ。
よいサービスをつくるために重要なのは、素早く試し、素早く改善すること。ミーティングやドキュメントづくりに工数をかけるより、失敗を恐れずどんどん形にしていくことが大事だ、と宮内氏は指摘する。
「一番大事なことは、組織の中に“失敗を許容するカルチャー”をつくっていくことです。私がヤフー時代に行っていたのは、『新サービスの企画を考えて、プロトタイプをつくり、ユーザの声を聞く』というサイクルを複数チームでグルグル回すこと。そして、『仮説が間違っていたから一旦、クローズしよう』となれば、フェアウェルパーティー(送別会)を開く。『良くないサービスをユーザに届けなくてよかったね』と、前向きに解散するわけです」。机上の議論に時間とコストをかけず、失敗を許容しながら、サービスを素早くつくっていく。それがサービス改善の鉄則だという。
3つ目は「ユーザに憑依して、話を聞きに行き、観察する」ことだ。
「僕のかつての同僚は、女子高生向けのサービスをつくるとき、女装して渋谷109の前に立ち、女子高生の様子を観察していたそうです。そこまで徹底すると、今まで見えなかったものが見えてきて、『あの子はあそこで何をしているんだろう』と、さまざまな疑問が湧いてくる。そうしたら、実際に人に会って話を聞く。その積み重ねが、『ユーザは何を考えているのか』という気付きにつながるわけです」
ただし、ユーザの声を鵜呑みにすると、方向性を誤る可能性もある。集めた声の中から真のユーザニーズをあぶり出すためには、深い洞察が必要だ。そこで4つ目のポイントとなるのが、「自分を信じない。でも、自分を信じる」ということだ。
「ユーザの声を聞くことも大切ですが、自分自身が『これは絶対にいい』と思えないものを、世の中に出してはいけない。『自分を信じない。でも、自分を信じる』というのは一見矛盾した表現ですが、この矛盾を自分なりに解釈できるようになると、ものづくりのレベルは一段上がると思います」
とはいえ、こうした洞察力を身に付けるためには、自分自身を「メタ認知」する能力が必要だ。「メタ認知」とは「思い込みを排除して、自身の姿や事象を客観的にとらえること」。思い込みバイアスを取り除き、真のユーザニーズに気付けるかどうかが、サービス改善の成否を左右するわけだ。
5つ目は、「重力を変える」ことだ。
例えば、対面で10人に営業するにはそれなりの時間を要するが、ソーシャルメディアやテレビで発信すれば、比較にならないほど多くの人に、一瞬にしてアプローチすることができる。「自分自身が目立つ存在になれば、自分からわざわざ会いに行かなくても、向こうから会いに来てくれる。これが『重力を変える』ということです。そのときに重要なのは、重心はどこか、どこを押せば重力が変わるかを見極めることです。具体的にはソーシャルメディアで発信する、メディアの取材を受ける、社内で顔の広い同僚にPRを依頼するなど、さまざまな方法が考えられます。そのやり方を見極めるセンスを、毎日のように磨き続けることが重要です」
内なる声に耳を傾ければ、そこにヒントがある
これらを実践することによって大きな成果を上げた事例も多い。宮内氏自らがヤフー時代に手掛けたアプリケーション、「Yahoo!天気」はその1つだ。
当時のヤフーではウォーターフォール型モデルによる開発が主流であったが、宮内氏はチーム編成を小さくし、コミュニケーションロスの解消に腐心。ユーザの立場になって考えることを徹底してエンジニアに求めたところ、エンジニアは試行錯誤しながら、率先してサービス改善に取り組むようになった。そのかいあって、「Yahoo!天気」のユーザ数は2年間で7倍に急増。チームのコミュニケーションを密にすると同時に、エンジニアのユーザ憑依度を上げ、サービス改善の意欲を高めたことが成果につながった。
「最初から大規模にサービスを改善しなくとも、自分の権限の範囲内で、小さく始める方法は何かしらあるわけです。仮説を立てて、実際にやってみる。それがうまくいったら、サービスを広げていく。それが、成果につながるやり方だと考えています」
ヤフーでの経験をベースに、現在はサービス改善のエキスパートとして社内外で活躍する宮内氏。今後も引き続き、この分野で企業の支援を行っていくという。
「ここ10年間で、スマートフォンがすべてのサービスの起点となりました。誰もが1人のユーザですから、内なる声に耳を傾ければ、そこにサービス改善のヒントがあるはずです。自社のサービスに違和感を覚えたら、その感覚を信じて、サービス改善に取り組んでいただきたい。私自身も実践しながら、ご支援していきたいと思います」