変革が進む欧米小売業の最前線
~最新事例に見るポストコロナのトレンドは~
Text:織田浩一
コロナ禍による急速なEコマースシフトにより、米国では本来10年かかる変化がわずか2カ月で進んだという。これに続いて、リアル店舗でのDX(デジタルトランスフォーメーション)も活発化してきた。小売りの業態や運営手法、マーチャンダイジングやマーケティングの仕方が大きく変わろうとしているのだ。近未来の小売業はどんな方向性を目指しているのか。ポストコロナを見据えた“小売DX”の最前線について、米国の小売り・流通のトレンドに詳しい織田浩一氏に話を聞いた。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
コロナ禍を機にデジタルコマース市場が急成長
顔認証によるキャッシュレスで商品を買う。来店客の視線を分析し、商品の陳列やレイアウト変更に活かす。AIで需要・在庫を予測し、発注も自動化する。こうしたデジタル技術の活用は欧米の小売業界ではコロナ禍前から進んでいたが、パンデミックにより、顧客の消費行動は大きく変わった。欧米の多くの都市でロックダウンが実施されたため、デジタルコマースが急成長したのだ。
米国では2009年から10年間で小売売上に占めるEコマースシェアが約10%伸び16%になったが、2020年初頭にはじまったコロナ禍の2カ月間で同シェアは27%に一気に拡大した。つまり10年分の変化がわずか2カ月で起こったわけだ。コロナ禍の長期化と消費のデジタルシフトにより、リアル店舗もDXを加速させた。「ARや3Dなどのデジタルテクノロジーを活用し、デジタルコマースの中で優れた店舗・製品体験の提供に努めています」とデジタル・メディア・ストラテジーズの織田 浩一氏は話す。
例えば、ある美容サロンは自分の写真の髪色を自由に変えて好みのカラーリングを試せるモバイルアプリを提供し、顧客体験を高めた。アパレルブランドと組んでインフルエンサーを起用したライブコマースで売り上げを伸ばした衣料ショップもある。
スーパーマーケットや量販店ではBOPIS(オンライン購買・店舗受け取りの仕組み)が普及した。オンラインで商品を購入し店舗に行くと、自分の車まで商品を運んでくれる。「米小売大手ウォルマートは全米4700店舗のうち3700店舗がBOPISに対応しています。1回あたりの購買金額も大きく、BOPIS売上は2019年の72億ドルから2021年は204億ドルへ拡大しました」と織田氏は語る。
Eコマースのトラフィックが大きく増えたため、それを収益化する動きも活発化した。リテールメディアを活用したスポンサード広告はその1つだ。メーカーと組んで小売りの顧客データを活用したターゲティング広告で成果を上げている。先行したウォルマートに続き、コロナ禍によってほかの小売企業の参入も相次いだ。さらにはテクノロジープラットフォームを活用した広告購買のセルフサービス化も進んでいる。
欧米小売のトレンドは「フリクションレス・コマース」
コロナ禍で急伸した小売DXの流れは、ポストコロナ時代も続く。新しい購買手法としてデジタルコマースが定着したからだ。それと同時にポストコロナ時代はリアル店舗への回帰も進むと見られている。
その際に重要なのは、デジタルでもリアルでも顧客体験をより高めていくこと。キーワードは「フリクションレス・コマース」である(図1)。「購買プロセスの“邪魔”(フリクション)をなくし、顧客の好みに合わせて簡単に購買できるコマース形態のことです」と織田氏は説明する。
顧客はどこからでも注文可能で、2時間以内の短時間で購入したものを配達してくれる。別々に購入した商品を1つにまとめて指定日に受け取ることもできる。支払いはキャッシュレスやチェックアウトフリーに対応し、店舗でもレジに並ばずに済む。事業者側は購買、製品閲覧、ソーシャル行動データなどで顧客をパーソナル化し、購入しそうな商品の予測推奨が可能になる。
このフリクションレス・コマースで急成長したのが、ドイツを中心に食品宅配サービスを展開するGorillasだ。同社はマイクロフルフィルメントによる“10分配送”を実現したことで知られる。マイクロフルフィルメントとは商品の受注、梱包・発送、決済などの機能を担うフルフィルメントセンターを小型・自動化した施設。「これを各所に展開することで、顧客を待たせない“10分配送”が可能になったのです。設立は2020年5月ですが、既にヨーロッパ9カ国20都市でサービスを展開し、社員数は1万人。米国にも進出を果たしました」(織田氏)。
米国でもフードデリバリーのDoorDashが30分以内で配送する“配達するコンビニ”をコンセプトとする「DashMart」を米国8都市で展開。2021年6月には日本の仙台でもサービスを開始した。生鮮食品や日用品・雑貨を扱うAmazon Freshも米国シアトルで2時間配送を実現。現在全米で28店舗展開し、2023年までに580店舗に拡大するという。
大型スーパーも変革を進めている。カナダのスーパーチェーン大手Sobeysは新たなEコマースブランド「Voila by Sobeys」を立ち上げ、大型配送センターをカナダに2拠点設立した。AIによる自動商品仕分けで効率化を図り、宅配トラック網も充実させた。またウォルマートやAmazon Freshは購入した商品を自宅の冷蔵庫まで届けるサービスの試験運用を始めている。
クラウドインフラの活用が小売DXを推進するカギ
こうした小売DXを支えているのが、クラウドをはじめとするデジタルテクノロジーである。実際、米国では多くの小売企業がクラウドインフラへシフトした。狙いは分散したシステムの統合だ。「これにより、店舗のほか、Eコマース向けや配送センターも含め全在庫をほぼリアルタイムで可視化できるようになります。店舗同士での在庫の融通もやりやすくなる。あるアパレルブランドは店舗のエッジ環境と本社システムをクラウドでつなぎ、価格変更、在庫管理、プロモーション活動の迅速化に取り組んでいます」と織田氏は述べる。
AmazonはAmazon Freshのチェックアウトフリーを支える「Just Walk Outテクノロジー」の外販を始めた。アプリのQRコードや掌認証で入店し、商品をピックアップして退店すれば決済が完了する。全米で空港内コンビニを1000店舗以上展開するHudsonが採用し、搭乗前にレジで並ばない利便性から客単価を高めているという。
マイクロフルフィルメントや配送管理のサービス化も進んでいる(図2)。こうした流れの中で「ナノ・マイクロフルフィルメントソリューション」も登場した。オートメーションのピックアップで作業を大幅に効率化する。このソリューションを活用し、小・中規模の配送センターを既存店舗に併設する動きが米国で広がりを見せている。
ハイブリッド店舗を軸にしたポートフォリオ戦略が重要
デジタルテクノロジーの活用で小売DXはさらに進化していくだろう。その先にある近未来の店舗はどうあるべきか。注目されているのが、体験型店舗スペースとマイクロフルフィルメントを併設した「ハイブリッド店舗」である(図3)。
「例えば、スーパーマーケットの体験型店舗では人気レシピを使った料理教室などを開催し、楽しみながら商品をゆったりと選べるようにする。デジタルでも店舗でも、購入したものはマイクロフルフィルメントで自宅まで届ける。そんなフリクションレスな店舗への期待が高まっています」(織田氏)
ただし、すべての店舗をハイブリッド店舗にするのは現実的ではない。コストや立地スペースの問題もある。「地域特性などを考えて、ハイブリッド店舗、体験型に特化した店舗、Eコマース対応の配送センターとなるダークストアの3つの形態を適材適所に組み合わせるポートフォリオ戦略がより重要になるでしょう」と織田氏は話す。
小売業界は異業種の参入で競争が激化している。従来の販売スタイルでは顧客は満足しない。より便利で快適なサービスを求めている。「顧客の期待に応え、顧客とどうつながるかが生命線です。変わるリスクもあるが、変わらないリスクの方がはるかに大きい」と織田氏は指摘する。
欧米で進む小売DXの波はいずれ日本市場にも押し寄せる。最新動向を注視するとともに、デジタルテクノロジーに積極的に投資し、スピード重視で変革に取り組むことが肝要だといえるだろう。
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