従業員ウェルビーイングとは?
~従業員の“幸福度”が、企業が成長するカギになる~
働き方改革に取り組む企業は多いが、実はそれが“働かせ改革”になっていないだろうか。大切なことは、従業員がやりがいを持って働き、その力をフルに発揮できることである。そうした中、新たな経営キーワードとして「従業員ウェルビーイング」に注目が高まっている。その維持・向上に、AIはどう貢献できるのか。今後、AIはどう活用できるのか。ウェルビーイング研究の第一人者である慶應義塾大学大学院の前野隆司教授とNEC AI事業のリーダーたちが語りあった。
働く人の幸福度と会社の業績には密接な関係がある
――ウェルビーイングが社会的注目を集めるようになり、新たに「従業員ウェルビーイング」という言葉もクローズアップされています。改めて従業員ウェルビーイングについて教えてください。
前野氏:ウェルビーイングとは、社会と健全なつながりを持ち、心身ともに良好なこと。つまり、職場や仕事に対する満足度・幸福度・モチベーションも高い状態です。
ハッピーと何が違うのかとよく聞かれますが、ハッピーは「うれしい」「楽しい」といった、その時々の感情を表す言葉です。ウェルビーイングは心身ともに良好な状態を長期間保っていることで、ここが根本的に違います。最近の研究でウェルビーイングが高いことが仕事にも好影響をもたらすことがわかってきたため、企業では従業員ウェルビーイングの関心が高まっています。
――従業員ウェルビーイングが高いと、具体的にどのような好影響が期待できるのですか。
前野氏:ハーバードビジネスレビューに発表された研究成果によると、幸福感の高い社員はそうでない社員と比べて創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高い。幸福度の高い社員は欠勤率が41%、離職率が59%低く、業務上の事故も70%少ない。
先進国に住む多くの人で比較したところ、幸せを感じている人はそうでない人に比べ、およそ10年も寿命が長い。こうしたことから、従業員ウェルビーイングの維持・向上に取り組む企業が増えつつあります。
――従業員ウェルビーイングに取り組むことで、企業はどのように変わるのですか。
前野氏:ナットの老舗メーカーである西精工は「社員満足度日本一企業」として知られ、近年では「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞(中小企業庁長官賞)や日本経営品質賞などを受賞しています。
しかし、以前の会社の雰囲気は、今とは程遠いものだったそうです。これを変えたのが現社長の西 泰宏氏。でも、やったことはたったの3つだけ。「挨拶」「掃除」「コミュニケーション」です。
以前は出社しても社員同士で挨拶もしなかったが、社長自らが元気よく挨拶するようにした。社内の掃除も業者に委託せず、自分たちの持ち場は自分たちで掃除するように変えた。そして社長が積極的に従業員や顧客に話しかけるようにした。
今では90%の社員が「月曜に会社に行きたくてたまらない」と感じ、朝礼もチームごとに毎朝1時間行っているそうです。
AIとの対話でウェルビーイングを計測し、改善を促す
――従業員ウェルビーイングの向上に重要な役割を果たすテクノロジーとして、AIの活用が注目されていますね。
今岡:従業員ウェルビーイングの向上には、従業員の今の状態を知り、行動の変容を促すことが重要です。例えば、映像解析AIを使えば、顔の表情から幸福な状態かそうでないかを把握できます。会話の内容からその人の心理状態や健康を把握し、さまざまなアドバイスを行うこともできます。
AIの本質は、人に代わって仕事の負荷を下げること。人の置き換えではなく、人をサポートすることです。
NECはこの考えに基づいて、AIを活用したさまざまなプロダクトを開発・提供しています。AIの提供価値を高めるコンサルタントやデータサイエンティスト、AIエンジニアが大勢おり、AI活用を内製化できる人材の教育・育成も可能です。この強みを活かし「AI×人」による従業員ウェルビーイングの向上を支援しています。
――AIを活用した従業員ウェルビーイングの向上に向け、共同研究も実施しています。
青木:前野先生の研究室とNEC AI・アナリティクス事業統括部は2020年度から2年間、ウェルビーイングに関する共同研究を実施しました。ウェルビーイングは人の幸せのことですが、AIというテクノロジーがどのような役割を果たせるのか、働く人のウェルビーイングを高めることができるのか、について一緒に考えて頂いたのです。
2022年6月には「健康に気をつかうように、幸せに気をつかおう」という共同メッセージを発信しました。そして行動変容を促す手段として「AIチャットボット」に注目しました。
前野氏:コロナ禍によってテレワークが普及した一方、コミュニケーション不足によるウェルビーイングの低下が深刻な課題になっています。帰属意識が持てない。わからないことがあっても、誰に聞けばいいかわからない。自分が仕事で本当に役立っているのか不安――。多くの人がそんな悩みを抱えています。
雑談でもいいから、まずは「対話」を増やすことが重要です。対話しなければ何も始まらない。ウェルビーイングが上がれば、生産性や創造性が上がり、離職率や欠勤率も下がることは研究成果からわかっています。コミュニケーションの大切さをマネジメント層がもっと理解する必要があるでしょう。
問題は“誰が”行動変容を促すかです。上司や同僚では、踏み込んだことは面と向かって言いづらい。その点、AIなら角が立たない。聞く方も、AIの発言なので構えずに気軽に受け入れられます。
AIは人に寄り添い、人をサポートしてくれるパートナー
――そのAIチャットボットを使って、NECグループ内で実証に取り組んだと聞きました。
青木:まずAIチャットボットとの対話によって、その人のウェルビーイングを計測します。状態やタイプをグループ化した上で、NEC版行動変容提案モデルをもとにアドバイスを行いました。
昨年はトライアルサービス(既に終了)として、お客様に10日間のメッセージ配信を実施しました。その結果、半数以上の方が「好感が持てる」と評価。「ウェルビーイングを意識するきっかけづくりになった」「毎日、気づきを与えてくれて非常に有用」「チャットに返信して宣言すると、とても前向きな気持ちになる」など好意的な意見が数多く寄せられました。たったの2週間ですが、AIと人との良好な関係性を築くことができ、AIの役割と可能性が大きく広がったことを実感しました。
――AIの活用によって、NECはどのような世界の実現を目指しているのですか。
青木:NECは今、働き方改革の第2章ともいえる「Smart Work 2.0」を推進しています。目指しているのは、ハイブリッドワークによるチーム力の最大化です。個人が能力を発揮してチーム力につなげていくためには、ウェルビーイングの向上が欠かせません。それをサポートするのがAIの役割です。
今岡:私も同感です。わからないことがあったら気付きを与えてくれる。AIはそんなパートナーのような存在であるべき。人が主役で、人とAIが協調する社会の実現をNECは目指しています。
前野氏:ウェルビーイングを高めるには、みんながわかりやすい、共感できるメッセージを出すことも大切です。その点、チーム力の最大化は良いメッセージですね。
ウェルビーイングの重要な因子に「やりがい」と「つながり」があります。個人のウェルビーイングを高め、それをチーム力に高める上でも、この2つが欠かせないでしょう。まずコミュニケーションを活発に行い、自分自身をよく知る。そのツールとして、AIには大きな可能性があると思います。
NECの社内実証を反映し、お客様の人事施策をAIで支援
――生産性や離職率とも関連する従業員ウェルビーイングは、企業の人事部門が高い関心を示しています。
青木:NECでもデータやAIを人事戦略に活かす「People Analytics」の施策・検証に取り組んでいます。
その一環として開発・運用しているのが、人材の最適配置を支援する予測型の「人材マッチングAI」です(図1)。人材公募制度を通年で運用するにあたり、その活性化を目指してAIによるレコメンドを行っています。従業員は自らキャリア形成に挑戦し、新しい可能性も知ることができます。部門側は必要なポストに対して、最適な人材を短期間で探し出すことが可能です。マッチング成立による人事異動は毎月実施されており、人材公募サイトへのアクセス数・応募者数・マッチング数、ともに増え続けています。
――最終的に異動を決めるのは人ですが、その最適な選択肢をAIが提案してくれるわけですね。
青木:その通りです。人の能力を高めるAI活用も進めています。それが因果関係を可視化する「要因分析型AI」です。NEC社内で実施した従業員エンゲージメントに関するアンケート結果からは、働く気分を天気で表現していたのですが、それに影響する因果構造を分析・可視化。要因を把握することで、具体的な改善アクションにつなげています。
これにより、エンゲージメントスコアの向上に成功しました。NECは2025年にエンゲージメントスコア50%達成を経営目標としています。その実現に向けて、積極的にAI・データ分析を活用していく方針です。
NECが実践してきたモデルをベースにお客様の人事施策を支援するサービスも提供しています。さまざまな人事施策をAIがサポートし、従業員ウェルビーイングの維持・向上を図る。フィット&ギャップ方式によるAI活用で、お客様と一緒にゴールを目指していきます(図2)。
前野氏:八百よろずの神に象徴されるように、日本には万物に生命が宿ると考え、その存在を尊ぶ文化がある。もともとサステナブルな風土が根付いているのです。これは欧米にはない、日本の美徳の1つだと思います。AIともきっとうまく協調していけるでしょう。世界に先んじて、そのモデルケースをつくってほしい。AIの社会実装を進めるNECの活動に、今後も大いに期待しています。