本文へ移動

100年企業のリーダーたちが語りあう! 次の100年に向けた企業変革戦略とは

 今年で創業108年を迎えた横河電機(以下、YOKOGAWA)は、今、創業から3回目の戦略的事業転換に挑戦している。創立120年以上の歴史を有するNECも社内変革プロジェクト「Project RISE」を推進中だ。両社の変革の原動力として共通するのが「マーケティング・マインド」である。マーケティング・マインドとは何か。それをどうやって組織に実装させるのか。変化の激しいVUCA時代を生き抜くための企業変革戦略について、100年企業の変革リーダーが語りあった。

  • 本コンテンツは、NEC Future Creation Community主催のスペシャルミートアップ「100年企業の挑戦!生き残るための企業変革戦略と実例紹介」をもとに再編集したものです

企業変革の第一歩は「自社の存在意義を問い直すこと」にあり

 企業変革には経営トップの強いリーダーシップが不可欠だ。だが、日本企業は戦術を重視し、中長期的な戦略が不得手だといわれる。その結果、変革の推進力が生まれにくい。企業の決意を内外に示し、組織を動かすために重要となるのが「パーパス」である。ビジョンは企業自らの理念を掲げたものだが、パーパスは「自分たちが何のために存在するのか」「社会の中でどのような価値を提供していくのか」という存在意義を打ち出したもの。両社はなぜ新たなパーパスを打ち出したのだろうか。

森田:NECは「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指す」というパーパスを掲げています。NECグループの存在意義と、100年先を見据えて取り組むNECグループの目指す姿を示したものです。

 ここに至るきっかけは、先々代の遠藤社長時代の2010年ごろ。株価は低迷し、社員の士気も上がらない。NECという会社は何を提供し、何のために存在するのか。根源的な存在意義を見つめ直すことから変革が始まりました。YOKOGAWAグループではどういった理由から企業変革に挑まれたのですか。

阿部氏:社会は大きく変わってきています。これまでの企業の存在意義は稼ぐことでしたが、社会は利益を超える価値を企業に求め始めています。企業はこの期待に応えなければいけない。そこで創業から3回目の戦略的事業転換に挑んでいます。

 今年で創業108年を迎えるYOKOGAWAですが、この100年を超す歴史の中で過去2回の戦略的転換期(SIP)を乗り超えてきました。コア・事業を1回目は計測事業へ、2回目は制御事業へ転換させてきました。今回は計測事業の測る力と、制御事業のつなぐ力、そしてOT(Operational Technology)情報をコアコンピタンスとして、制御事業化のグリーン・セールスを強化し、持続可能な社会の実現に貢献を掲げました。それが、2021年5月に発表した中期経営計画の中で制定した、「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」というパーパスです。

 このパーパスは社員参加型でつくりました。多くの社員の願いや期待が詰まっているだけにシンパシーが強い。全社員が同じベクトルを向くためにも、パーパスは非常に重要なものだと思います。

横河電機株式会社
常務執行役員
マーケティング本部 本部長
CMO 博士(技術経営)
阿部 剛士氏

森田:目の前の仕事は一生懸命やっていても「自分がなぜこの仕事をするのか」「この仕事がどんな意味を持っているのか」ということを意識しないと、全体としての力にならない。

 NECは創業120周年を迎えた2020年を機に、グループ共通の価値観と行動を示した「NEC Way」も改定しました。2008年に策定したものですが、パーパスの制定に伴い、NECグループ全社員が共有すべき軸として「存在意義」を明確にし、行動原則や行動基準、行動規範もより具体化しました。

 この中身については常にディスカッションを重ねており、時代や社会情勢の変化を踏まえ、適宜、追加・改定していきます。

NEC
カルチャー変革エバンジェリスト
森田 健

社員の自主性を大切に がんじがらめのルールは逆効果

 変革を推進するためには、パーパスの制定に加え、既存の価値観にとらわれない新しい制度設計も必要だ。例えば、多様性を認める柔軟な働き方を推進し、失敗を許容しチャレンジを促す。社員が委縮せず、のびのびと働くことができれば、本来の力を発揮できるようになる。「この制度設計も変革リーダーが果たすべき重要な責務の1つ」と2人は口をそろえる。その主眼となっているのは「人を活かす」ためのアプローチだ。

阿部氏:YOKOGAWAグループは2021年度から大規模組織改革、22年度から大規模人事制度改革をスタートさせ、改革推進の真っ只中にいます。制度設計は「IT」「人事」「戦略」を3つの柱とする三位一体の取り組みです。さまざまな仕組みをITで支え、仕事に対する評価の仕方も変える。これによって次世代を担う人財も戦略的に育成していきます。

 ITに関しては仕組みをつくるだけでなく、グローバルで世界各国の拠点も含めて“Fit Standard”推進することにより、ムダを極力無くすことができます。またDXのもと、技術とどう折り合いをつけるかも考えながら導入・活用を進めています。

森田:NECも軸の部分は、ほぼ同じ考え方です。2018年7月からグループの社内変革プロジェクト「Project RISE」を始動しました。この中で「人事制度改革」「働き方改革」「コミュニケーション改革」を推進しています。デジタルを活用した働き方やコミュニケーションを仕事の標準として、挑戦機会や成長機会をたくさんつくり、成果はフェアに評価します。

阿部氏:「働き方改革」というより、「働きがい改革」に近いですね。

森田:おっしゃる通りです。環境の整備だけで働きがいは上がりません。挑戦できたり、成長実感が湧いたりすることが大切です。

阿部氏:よくワークライフバランスといわれますが、ワークとライフを別物と考えるから「バランスをとる」という考え方になってしまいます。YOKOGAWAではワークライフバランスといわずに「ワークinライフ(ライフの中にワークがある)」として、会社の成長と社員の成長がシンクロし、正のスパイラルを描き始めると、組織も人も大きく伸びることを実感しています。

森田:コロナ禍が落ち着いて、リモートワークからオフィスワークに戻す企業も増えていますが、YOKOGAWAグループではどのように対応されているのですか。

阿部氏:そういう動きは予想していたので、コロナ禍の段階で先手を打ちました。働き方改革を経営会議の俎上に上げ、コロナ禍が落ち着いても社員はリモートワークを選択できるようにしたのです。「いつ来ても社員が少ない」と幹部クラスは寂しがっていますけどね。

森田:制度設計は、ルール化と自由度のバランスが重要ですね。基本は同じパーパスの元に集まっている前提で、会社と社員は対等である、ということだと思います。

阿部氏:息苦しくなってしまいますよね。「ここまではいいけど、これ以上はダメ」といった具合に、緩やかなルールを決める。あとは公序良俗に反しない限り、自主性を重んじる方が、社員も結果を出しやすいのではないでしょうか。

マーケティング手法で社員に変革の意義を訴えかける

 制度はつくって終わりではない。運用して初めて意味を持つ。社員がのびのびと働き、持てる力をフルに発揮し、個人と組織の成長につなげる。そのためのフレームワークが制度なのである。制度を新しくしても、そこで働く社員のマインドが旧態依然のままでは意味がない。その末路は、俗に言う“働かせ改革”に終わる。制度という仏に魂を入れるため、両社が採用した手法が「マーケティング・マインド」の活用である。

阿部氏:マーケティングというと商品を売るためのマーケット・リサーチや広告宣伝やプロモーション、企業のブランディングなどの仕事と思われがちです。もちろん、それも重要な仕事の1つですが、YOKOGAWAのマーケティング本部ではそれら狭義のマーケティングの役割に加えて、次期中期事業計画・長期事業構想、R&Dセンター、デジタルマーケティング(i.e.マーケティング・オートメーション)、新事業開拓やM&A、特許戦略、国際標準規格戦略、工業デザインなど多岐にわたるミッションを担っています。

 マーケティングの本質(古典)は「誰に、どのような価値を、どうやって提供するか」ということ。対象をマーケットではなく社員に置き換え、マーケティングの“技”を用いて、変革の意義や必要性を組織に浸透させています。

 前職はインテルで技術開発とマーケティングの仕事に従事していました。インテルは戦略の策定やそれを組織に落とし込むのがうまい会社で、マーケティングの手法を活用していたのです。2016年にYOKOGAWAに入社後はマーケティング本部長に就任し、前職で学んだノウハウを変革プロジェクトに応用しています。

森田:行動原則や行動基準を策定しても、社員各自が自分事としてとらえなければ意味がないですからね。NECも「Project RISE」の活動にマーケティングの手法を活用しています。社員一人ひとりの心に訴え、行動につなげてもらうためです。

阿部氏:理想的にはまず社員のマインドを変え、行動が変わり、環境が変わって、文化が変わる…というのが望ましいのですが、このステップだとおそらく10年くらいはかかってしまうでしょう。よって、弊社では今、逆のステップを踏んで改革を進めています。まず制度などの環境が変われば、社員の行動が変わる。行動が変われば、自然とマインドも変わっていくでしょう。マインドを変えろといってもすぐに変わるものではありません。こうしたステップを踏んで進めていくことが大切だと考えています。

失敗を恐れずチャレンジできる文化をつくる

 日本企業は安全・確実を好み、変化や失敗を恐れる傾向が強い。大きな組織ではそれが顕著となる。前例を踏襲して真似し、部下は上からの指示を待つ。両社が目指す変革は、これまでの日本企業のこうした習慣を打破することだ。「人財は無形の重要資産」と語る阿部氏は、人事面でもマーケティングスキルに基づく科学的人事を実践しているという。

阿部氏:社員が仕事を任されていても、組織の大きな戦略とひも付いているのが見えないと「なぜ、この仕事をしているのか」がわからなくなります。これではモチベーションも上がりませんし、頑張っている社員が可哀想です。そこでOKR制度を導入して、すべての階層業務をデイジーチェーン(数珠つなぎ)のように戦略とひも付けるようにしました。

 具体的には中期経営計画の財務計画を因数分解していくのです。そうすると各部署がやるべきことや達成すべき目標が明確になる。その実現に向けて、各自は何をすればいいかも見えてくる。最初の因数分解は手間がかかりますが、一度やってしまえば、次回からは比較的楽にできるようになります。

森田:社員は仕事の意味や理由がわかるから、仕事に対する姿勢も変わっていきますね。

阿部氏:仕事の評価もプロセスではなく、結果を重視するように変えています。人事の査定もこれまでの減点方式を改めようとしています。減点方式だと、失敗しないように無難な道を選ぶ。チャレンジを促し、失敗しても「ナイストライ」と称えられる文化を育てたい。新しい評価軸で部下を評価できるように、上長を対象にしたトレーニングも始めています。

森田:上司から仕事を振ると、言われたことしかやらない指示待ち体質になってしまう。自ら課題ややるべきことを見つけ、チャレンジしていく。NECもそういう文化を目指しています。

阿部氏:社員のやる気を引き出したり、チャレンジを促したりするための施策もいろいろやっています。

 大規模人事制度改革の一環として始めた個人事業主制度はその1つです。これは働きがい改革の一環で、社員の方により多くの選択肢を享受させるための制度です。私のようなベビーブーマー世代やX世代では属に3ステージというライフデザインでしたが、これからはギグワーカーのような選択肢も増えるマルチステージが主力になってくると思っています。希望者には個人事業主として会社の仕事を請け負ってもらう。働き手は働き方や仕事の選択肢が広がります。

 仕事に対する評価や感謝の気持ちを仮想通貨というインセンティブで報いる「社内仮想通貨制度」も始めました。これは社員同士の感謝の気持ちをコインで提供するというインスタント・リワード制度です。社員全員が誰でも感謝を贈り合うことができます。年度末には社員全員のコインを集計して、それらを法定通貨(日本円)に変換して、外部団体に寄付を実施しています。もちろん、これらの結果は社員全員に報告します。

 人財教育の一環でシナリオプランニングのトレーニング手法も独自に開発し、実践しています。近くを見る「虫の目」、俯瞰で見る「鳥の目」、潮の流れを見る「魚の目」、上下逆さまに見る「蝙蝠の目」という4つの眼力を養うもの。これを軸に目指すべき姿を定義し、その実現に向けた具体的な施策をバックキャストで考えていきます。これらは社員の視座をあげるために、役立っていると思っています。

 依頼があれば、ほかの企業でもトレーニングを請け負います。既に5社ほどトレーニングを行った実績があります。

「もの造り」から「もの創り」へのシフトを加速

 企業変革の一丁目一番地は「組織文化の変革」である。先述したように経営トップが強いリーダーシップを発揮するとともに、変革の取り組みにもコミットメントすることが欠かせない。市場はその取り組みをよく見ている。変革前の水準と比べて、YOKOGAWAグループの時価総額は約3倍、NECも2倍に増進したという。変革に向けた歩みを市場が高く評価している表れである。最後に変革を目指す日本企業へのエールと、今後の展望について語ってもらった。

森田:先々代から続く変革の取り組みが、今、ようやく実を結びつつあります。トップが変われば、組織は変わる。NECはそれを、身をもって実感しています。しかし、まだまだ変えていかなければならないこともたくさんある。NECの存在意義を問い続けながら、社会価値創造企業として、持続可能な社会の実現に貢献していきます。

阿部氏:いまだにJapan as No.1と称賛されたころの成功体験を捨てきれずにいる日本企業が少なくありません。分断された部門ごとのKGI&KPI、非効率的な対面営業のこだわり、間違った古い顧客満足第一主義など日本企業のアキレス腱は数多い。失われた30年というのはなにを意味しているのか、それは日本が昭和の時代に築き上げ提供してきた価値のままで、新たな価値を提供できていないことに起因していると考えています。新しい「価値」、そしてさらにその「意味」を世界に向けて提供することが肝要だと思います。

 組織文化を変えていく企業変革は一筋縄ではいきませんが、これをやり切らないと、未来はない。経営トップはそういう覚悟を持ってハードコールも辞さない覚悟で変革をリードしていただきたい。

 YOKOGAWAグループとしても、今後もマーケティング・マインドで変革を推進し、価値を提供する「もの造り」から、意味を提供する「もの創り」へのシフトを加速していきます。