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NECフェローが語る新時代の道標 今岡 仁 連載

フェロー対談with TOTO:
ヒット商品の立役者×顔認証技術の生みの親
~世の中を変えられる「イノベーション」の醍醐味とは~

 近年、技術開発や研究に大きく貢献した人材を「フェロー」に任命する企業が増えている。TOTOで2人目のフェローとなった北角 俊実氏もその1人だ。北角氏は浴室事業で業界初となるヒット商品を次々に世に送り出し、業界標準の創出にも貢献。トップランナーとして数々のイノベーションを先導してきた。イノベーションを創造する視点や資質とは何か。フェローになるまでにどんなキャリアを積み、どんな未来を志向しているのか――。TOTO フェローの北角氏とNEC フェローの今岡 仁が語り合った。

SPEAKER 話し手

TOTO株式会社

北角 俊実氏
フェロー

1990年TOTO入社。1997年、浴室の入口段差解消のための排水溝をなくした「ノングレーチングドア止水」を開発。その後、「カラリ床」、「魔法びん浴槽」、「ほっカラリ床」など、TOTOの浴室事業におけるコア技術を相次いで開発した。2020年、TOTOで2人目のフェロー(研究・開発職スペシャリストの最高位)に就任。省エネ大賞 経済産業大臣賞(2004年、魔法びん浴槽)、文部科学大臣表彰 科学技術賞(2009年、ほっカラリ床)など数々の賞を受賞。

NEC

今岡 仁
NECフェロー

1997年NEC入社、2019年NECフェロー就任。入社後、脳視覚情報処理の研究開発に従事。2002年に顔認証技術の研究開発を開始。世界70カ国以上での生体認証製品の事業化に貢献するとともに、NIST(米国国立標準技術研究所)の顔認証ベンチマークテストで世界No.1評価を6回獲得。令和4年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞(開発部門)」受賞。令和5年春の褒章「紫綬褒章」受章。東北大学特任教授(客員)、筑波大学客員教授。

従来の浴室の概念を変えるものづくりで大ヒットを連発

今岡:北角さんはTOTO入社以来、浴室事業におけるコア技術の開発に取り組んで来られました。その中で一番印象に残っているプロジェクトは何ですか。

北角氏:2004年に発売して、第15回省エネ大賞の最優秀賞「経済産業大臣賞」をいただいた「魔法びん浴槽」のプロジェクトです。なぜ印象に残っているかというと、商品がヒットして収益が上がっただけでなく、この商品がきっかけとなって、浴槽の保温性能に関するJIS基準ができたからなんです。当社がトップランナーとなってJIS基準ができたことで、他メーカーも追随し、競争によって浴槽の性能が底上げされた。それによって、消費者はメーカーを問わず、高い性能が標準装備された浴槽を買えるようになった。その意味で、仕事の意義を実感できたプロジェクトでしたね。

TOTO株式会社
フェロー
北角 俊実氏

今岡:北角さんは、2001年に速乾性浴室用床の「カラリ床」で全国発明表彰の特別賞、2009年に「カラリ床」のバージョンアップ版「ほっカラリ床」で文部科学大臣表彰の科学技術賞を受賞されています。これはどんな発想から生まれたものなのでしょうか。

北角氏:「ほっカラリ床」は「浴室をリビングのような空間にしたい」という発想から生まれた商品です。トイレを例に挙げると、昔はとてもじゃないけど長居できる環境ではなかった。でも、洋式の便器が普及して居住性が格段に向上したことで、文庫本を読みながらくつろげる空間になった。お風呂もそんな空間にしたいな、と思ったんです。

 浴室では水を使うので、水に強くて乾燥しやすく清潔さが保てるような、特殊な素材や構造でできています。一方、リビングでは耐水性はそこまで求められないので、心地よさが感じられる材質のものが使われている。そう思って観察してみると、人が一定の時間を過ごす場所は、「足元が柔らかい」ことに気がついたんです。足元に柔らかい材質のものがあると、人はホッとして安心するのかもしれない。だとしたら、浴室も足元が柔らかい方が喜ばれるのではないか、と考えたわけです。

北角氏が開発したコア技術の数々。これらの製品は大ヒットして各方面から高く評価され、一部性能基準がJIS化されるなど、業界全体に多大な影響を与えた

無理難題にも本気で取り組めば、周囲の見る目が変わる

今岡:次々と画期的な発明をされていますが、最初の発明は30代前半とまだまだ若手で、会社の中ではあまり権限がない時期ですよね。どうやって大きな仕事を任せてもらえたのでしょうか。

NEC
フェロー
今岡 仁

北角氏:私の最初のアウトプットは、受注設計部隊に在籍していた32歳のときに開発した、「ノングレーチングドア止水」です。当時、バリアフリーの観点から、「できるだけ段差がない住環境を提供する」ことが社会的要求であり必須課題でした。ただ、浴室の出入り口で段差をなくしてしまうと、どうしても水が浴室の外に漏れてしまう。しかし、旧来の方法でそれを解決しようとすると、さまざまなデメリットのある方式を組み合わせなければならないので、開発部隊は頭を抱えていたんです。

 そこでそれらの問題を解決可能な具体案を形にしたところ、開発部隊の責任者からの鶴の一声で、「これをすべての標準品の機構として採用しよう」ということになった。これが社内外で高く評価されたわけです。

今岡:なるほど。ただ、通常の企業では「そういう問題を抱えているのであれば、私がパズルを解くので予算を出してください」というのが真っ当なやり方ですよね。

北角氏:そうですね。本来なら私が開発部隊に異動して、その管理下で開発を行うのが正攻法だと思います。ところが、私は管理されていない状態で勝手にやり始めて、プロトタイプをつくってしまった。そのプロトタイプがある程度の「答え」になっていたので、開発部隊にとっては「渡りに船」だったんです。

 商品開発というのは、真っ当なラインでやっていても、うまくいかないことも多い。組織のしがらみの中で仕事をしていると、いろいろと横槍が入ることもある。そういう横槍が効かないところで、私はずっと仕事をしてきたんです。上司も「あいつは管理するとダメな奴だから、放っておけ」という立ち位置でいてくれた。それがいいか悪いかは別として、企業にありがちな「組織が硬直化して、自由な裁量で仕事ができない」という問題を解決する、1つのヒントになるのではないかと思います。

今岡:開発の仕事って、初回の一発目の成果を出すときが、一番難しいと思うんです。まだ実績がない状態だから、上司から十分信頼されているわけでもないし、周りを説得するのが難しいですよね。

北角氏:まだヒット商品がない段階で、周囲の信頼を勝ち得るためには、「こいつは無理難題を言っても、そこそこやるよね」と理解してもらう必要があると思います。難しいことを頼まれても「できない」と言わず、「これを解決したらできますよね」と前向きに取り組む。それだけでも実績になりますし、周りの見る目も変わってくる。

今岡:ということは、一発目のヒット商品を生み出す前に、地ならしをしていたわけですね。いきなり大物を狙うのではなく、小さな要望に応えながら、徐々に大きな仕事に挑戦していく。

北角氏:そうですね。まずは、「自分は無茶苦茶な人間ではない」というところを見せておく。信頼関係がないと、自分がやりたいようにはできませんし、面白い仕事も舞い込んできませんから。今岡さんも、顔認証の開発でなかなか結果が出ず、一時は風前の灯火のような状態に陥ったこともあると伺いました。それを乗り越えるために、どのような地ならしをされたんですか。

失敗しても死ぬわけじゃない。だからこそ思い切ってチャレンジする

今岡:一時期、プロジェクトのメンバーが、10人から2人に減らされて、プロジェクト存続の危機に直面したことがあるんです。そんなとき、「あいつは頑張る奴だから、任せておけば何かが起こるかもしれない。だから、勝手にやらせとけ」と言ってくれた上司がいたんです。そういう人たちが見えないところで守ってくれたからこそ、風前の灯火になっても持ちこたえられたのかな、と思いますね。

北角氏:今岡さんにとって、最初のスモールサクセスとは何だったのですか。

今岡:顔認証の小さいベンチマークで勝ったことです。国内で行われる非公開のベンチマークがいくつかありまして、最初は負けていたのが少しずつ勝てるようになり、周囲の信頼を獲得していったという感じですね。

北角氏:私が今岡さんのお話を伺って思うのは、高校野球の地区予選を勝ち抜いて甲子園に出場し、ベスト8、準決勝、決勝と勝ち進んで、優勝旗を勝ち取るような生き方をされてきたんだな、ということです。

 出場実績を積み重ねてきたからこそ、「野球の強豪校」というイメージができたし、世界No.1評価を何度も積み重ねたことで、「顔認証なら今岡さん」という揺るぎない地位を確立することができた。

 マーケティングや社内政治など一切考えず、1本のレールを突き進み、シンプルに勝つことにこだわって成果を上げ、会社に認めさせた。「こういうシンプルな方法もあるんだな」と、目からウロコが落ちる思いでした。

今岡:スポーツの大会なら運やコンディションに左右されることもあるでしょうが、技術なので裏付けされたものをしっかり積み上げていけば、必ず勝てると信じていました。逆に北角さんご自身はどういうタイプだと思われますか。

北角氏:皆から「無理だ」と言われると、「いや、無理じゃないでしょ」と言いたい気質がある。要はへそ曲がりで負けず嫌いなんです。無条件に「できない」というのが我慢ならない。

 難題を突き付けられた時、周りを見ていると、できない理由を探す人が多い。でも私の場合、無理難題が降ってきても、「とりあえず考えてみる」といったん飲み込む。周りから見ると都合がいいし、便利なんじゃないでしょうか。やってみてできなかったとしても、死ぬわけじゃない。だから、思い切って挑戦したくなるんですよね。

今岡:思うに、研究所というのは会社のコストセンターですよね。会社は何のために研究所に投資しているかといえば、チャレンジして大きなものをつくるために投資しているわけです。それなら、小さな成功に甘んじている場合じゃない。負けても失うものは何もないのだから、本気でチャレンジすればいい。ただし、この戦略は、負けず嫌いの人でないと意味をなさないかもしれませんね。

 1つお聞きしたいのが、私たちのような研究者は、1つの問題を何年も何十年も考え続ける癖が付いている。でも、北角さんは研究者ではなく、開発者ですよね。そういう癖を、どうやって身に付けていったのですか。

研究職でなくてもフェローという仕事はできる

北角氏:問題の解法がすぐに見つかればいいのですが、大抵そうはいかないですよね。自分は「すべての要件がそろえば解決できるけれども、必要なピースが1つ足りない」という、リーチのかかったビンゴ待ちの案件を入社以来、脳内に大量にファイリングし、アーカイブしているんです。

 ただ、各案件は頭の片隅に常にあり、脳内メモリーでスリープ状態になっているので、例えばテレビを見ていて足りないピースの答えがフッと浮かんできた場合でも、その瞬間にピピッと反応して起動します。私の知識は深くないけど、広いんです。いろいろなことに興味があって、それが頭の中にずっと入っている。だから、何かの瞬間に化学反応が起きやすいんじゃないかと思います。

今岡:フェローという称号には研究者のイメージがありますが、北角さんの話を伺っていると、「フェローという仕事は、研究者というバックグラウンドがなくてもできるんだな」とつくづく思います。

北角氏:一般にフェローというのは研究系の称号だと思いますし、TOTOのフェロー第1号も研究職の方ですが、私は明確に開発系の人間です。物事を研究して1つの真理を探究するのが研究のイメージだとすると、開発では真理の追究はそれほど重要ではなく、「その問題をいかに高度かつ合理的に解決するか」が問われる。冷蔵庫の残りものを使って料理をするように、「こんな材料しかないのか」という状態から、知恵を絞って美味しい料理をつくるのが開発の仕事です。

 TOTOでのフェローの定義は、「特定の技術分野で高い技術を持ち、類まれなる業績を上げた人」。だから、研究職か工学系の人材かは、実はあまり問われていない。問われているのは「会社のためになっているかどうか」で、アカデミックな研究経験がなくても、技術の組み合わせ方や答えの出し方が上手で、会社にレアな貢献をしている人間がいたら、そいつにもフェローという称号を与える、ということだと思います。

今岡:その点はNECも同じで、やはり「会社の中で突出した成果を出した人」というのが大きいですね。

 フェローは会社の顔でもあるので、対外的なエバンジェリストという役割もあるし、若手の育成に対する貢献も求められる。その点について、北角さんはどうお考えですか。

北角氏:私もフェローを拝命したとき、「俺は何のフェローなんだ」と考えたんです。私は浴室の世界で仕事をしてきたけれど、TOTOは浴室が中心事業ではない。そうか、自分は「売れるものをつくるスペシャリスト」なんだ、と思ったわけです。「課題が与えられたら、工学的に最適解を導き出し、マーケットで売れる形にして提供する」料理人としての腕を買われたと思っているんですね。

 だから、今はフェローという立場で、多種多様な事業や製品の問題を全社横断的に見ながら、「これって、こういう切り口で考えた方がよくない?」「俺だったらこうするよ」と口を挟む。要するに、“チャチャ入れ係”です。

今岡:その意味では、私も、生体認証やAI畑の人間に対して、“チャチャ入れ係”かもしれません。私は、フェローが1社のためだけに存在するのは、もったいないような気もするんです。もっと、日本全体のために役に立つ方がいいんじゃないかと。

北角氏:それはそうですね。とはいえ、私の立場で「日本を変えていこう」と思っても、これもまた雲を掴むような話にしかならない。まずはTOTOの中で画期的なアウトプットを出すことによって、「あそこの会社は、なぜこんな切り口で、こんな面白い商品がつくれるんだろう」「どうもフェローが1枚噛んでて、こんな考え方でものづくりをしているらしい」となれば、その考え方がほかの会社にも伝播していく。そうなれば、ほかのメーカーが新しい価値を創出する力も上がっていくのかもしれません。

今岡:全体のレベルが底上げされても、スタートラインで先行しているから、常に一歩先を行けばいいわけですよね。

北角氏:常に一歩先を歩み続けて新しいトレンドをつくっていけば、消費者は「またNECがやった」「またTOTOがやりやがった」と感じる。企業ブランドとは、「何かが変わるときは、絶対にあそこが先陣を切るよね」というイメージの積み重ねだと思うんです。それをつくるためには、競争に勝ち続けていかなければならない。厳しい競争にさらされるということは、大局的に見ればすごくいいこと。物事の進化が格段に速くなるからです。

フェローに必要なのは「夢を語って人を鼓舞する」力

今岡:北角さんは、フェローの役割や必要な資質について、どうお考えですか。

北角氏:フェローに求められる資質とは、「夢を語って、人を鼓舞し、やる気にさせる」力だと思います。「こんな商品が実現したら、世の中はこう変わるよね」と、未来展望を語って、皆をその方向へと導いていく。そうすれば、優秀な人たちは勝手に燃えてくれますから、あとは放っておく。

 「何をこうしろ」ということはほとんど言わず、皆のモチベーションをいかに維持するかということに腐心しています。また、ものづくりの面白さを皆に伝えることも、フェローの重要な役目だと思います。

今岡:私も、まずは次の世代に伝えるためのストーリーをつくります。時には、あえてストーリーに穴を開けておくこともあります。そうすると、その穴を見つけて、私よりいい方法を考え出して、ストーリーをつくってくれる人が出てくるからです。北角さんは若手技術者や研究者に対してどんなメッセージを伝えたいですか。

北角氏:よくスタートアップ企業の方が自由にいろいろなことができる、と言う人もいますが私は必ずしもそうとは思いません。大きな会社に属している技術者・研究者は、人・モノ・金のリソースがローリスクで自由に使えるという点で、天賦の才を授けられたに等しい。だからもし大きな企業にいるのなら、リスクを恐れず、その力を存分に発揮して、世の中を変えていただきたい。未来はあなたたちにかかっているということをお伝えしたいですね。

今岡:人生、勝負していいときもあれば、勝負してはいけないときもある。しばらく勉強して勝負のときが来たら、何も考えずに勝負に賭けてみてもいいのではないか。人生に1度か2度、そういう経験をすると、面白い人生が開けていくのではないでしょうか。私も最後にそんなメッセージをお伝えして、今日の対談の締めとさせていただきたいと思います。

対談を振り返って

北角さんと私は、やってきたことこそ違うものの共通点がいくつもあり、共感できることが多く、対談させていただいて、とても楽しかったです。力を合わせれば、世の中を変えるような「何か」ができるのではないかという思いさえ抱きました。近い将来、そんな機会があることを願っています。今後もこうした対談を通して、気付きを得たり、新たな共創のきっかけにしていきたいと思っています。是非、企業フェローの方からのご連絡をお待ちしております。

NEC フェロー 今岡 仁