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クラウド利用でのデータ遅延を救うエッジAI
~ Edge Computing Worldレポート ~

 10月なかばにバーチャルで開催されたエッジコンピューティングのカンファレンス「Edge Computing World」に参加した。今回はその内容についてレポートする。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

Edge Computing World

 クラウドの次はエッジコンピューティングが新たなコンピューティングモデルとして注目されている。その状況を学ぶために10月12-15日に、業界カンファレンス 「Edge Computing World」に参加した。昨年12月に第一回目が米シリコンバレーで開催されたカンファレンスである。今回はオンライン開催となり、参加人数も増え、80ヶ国から2000人以上が登録していたという。4日間のうち2日ずつ、開発者向けの「ディベロッパーカンファレンス」と事業開発者向けの「エグゼクティブカンファレンス」に分かれ、キーノートや個別のテーマのセッションなど125以上のライブセッションが行われた。「ディベロッパーカンファレンス」では、テクノロジー施策などの事例に加えて、エッジコンピューティング分野のスタートアップ企業のピッチコンテストが行われた。「エグゼクティブカンファレンス」は「小売」「自動車」「アプリケーション管理」「通信」「産業」「エッジAI」などに分かれて、各テーマでのケーススタディや利用ケース、パネルディスカッションで構成された。

 これから数年で2億5千万ドル以上の市場が生まれてくると言われており、マイクロソフトやIBM、Lumenなどがスポンサーとなっている非常に熱の入ったカンファレンスとなった。

エッジAIが次のトレンドに

 今回のカンファレンスでは、現在進んでいるコンテンツ配信やロケーショントラッキング、スマートセンサー、自動運転、医療モニタリング、在庫管理などのケーススタディが紹介され、次のトレンドとしてエッジAI、VR・AR・MR、ブロックチェーン、タッチレス取引、5Gの利用ケースなどがガートナーのアナリストによって取り上げられた。その中でもカンファレンスの一つに含まれ、数々のケーススタディやスタートアップのプレゼンなどがあったエッジAIは最も注目されているトレンドと言えるだろう。

 今まではクラウドのAI機能やAIを利用したアプリでクラウド上のデータ分析などを行ってきたが、遅延が許されない自動運転や工場、店舗などでの利用には限界があった。そこで、IoTやビデオデバイス、センサーなどエッジデバイスで小さいサイズのAIアルゴリズムを展開し、生データをクラウドに戻すことなくリアルタイムで処理するというのがエッジAIの考え方である。

 特にこれらのデバイスはデータ処理能力が高くなく、メモリ・ストレージも少ないため、電力が多く使えないので、それに対応した小さい規模のアルゴリズムが必要になる。そして生データをすべてクラウドに戻さないことで、通信やストレージ費用を削減するメリットがある。また、店舗内やスマートシティのビデオ分析などでは、元のビデオデータをそのビデオ端末内から出さないことで、プライバシーを守りながら分析を行うことを可能にする。

 エッジAIの事例では、画像認識AIを数十から数千KBという非常に小さなサイズのモデルで達成するLatent AIや、工場での手作業による生産業務をビデオ解析するDrishtiなどが紹介された。

Latent AIのプレゼンの様子
Latent AIのプレゼンでは、80-3500KBほどのAIモデルでIoTエッジデバイスの画像データを処理して、人や物を数百ミリ秒単位で認識できることが示されている(撮影:筆者)
工場での手作業による生産業務をビデオ解析するDrishti
トヨタ、日産、デンソー、アイシン精機などとも提携し、伊藤忠がパートナーとなっているDrishtiは、AIビデオ分析により工場内の作業のモニタリング、記録、異常や欠陥の通知、生産性向上のサポートをする(撮影:筆者)

スタートアップピッチでもエッジAIが焦点に

 テクノロジーカンファレンスでは当たり前になったスタートアップピッチであるが、Edge Computing Worldでも応募した数千のエッジコンピューティング関連のスタートアップから選ばれた9社が、8人のベンチャーキャピタルやエンジェル投資家の前でプレゼンを行った。その中からトップスタートアップと次点の2社が選ばれた。次点の2社はやはりエッジAI関連企業となっている。その3社を紹介する。

Mutable

 「サーバのAirbnb」という謳い文句でパブリックエッジクラウドを提供するのがMutableである。

 通信会社やケーブル会社、データセンターなどの利用されていないサーバを、低遅延のコンピューティング能力にまとめて一つのクラウドのように提供し、「すべての企業が自社のクラウドを持つことを可能にするものだ」という。データセンターの管理ソリューションMutable OS、パブリックエッジクラウドサービスのMutable Node、サーバ間の通信のセキュリティを高めるMutable Mesh、多数のサーバ管理の心配をせずにアプリを構築するMutable k8sプラットフォームなどの製品を提供している。2013年に立ち上がった同社はまだ11人ほどの社員数であるが、Cox CableやT-Mobileなどの通信会社と提携している。

全米でデータセンターを構築するユニファイドクラウドを示すプレゼン資料

Imagimob別ウィンドウで開きます

 プロセッシング能力、メモリ、電力などが低い小さなエッジデバイス向けにディープラーニングアプリーケーションを1分以下で構築できるSaaSソリューションを提供するのがImagimobである。

 2013年にスウェーデンで立ち上がり、今では社員17人の企業であるが、この5年ですでにトラックメーカーScania、電力・重工業企業ABBなど20の大手企業と協力してエッジAIアプリの開発をサポートしてきたという。オープンソース機械学習フレームワークTensorFlowの上に構築されたアプリで、2時間ほどのトレーニングを受けると、同社のプラットフォームを使って小さなサイズのアプリの構築が可能になるという。

Imagimobのユーザーインターフェースを示す同社のサイト

Stream Analyze別ウィンドウで開きます

 どのようなデバイスでもAIを開発、配備、運用できる小さなメモリのAI分析アルゴリズムを展開可能なプラットフォームを提供するのがStream Analyzeである。

 2015年にやはりスウェーデンで立ち上がった会社で社員は6人ほどのようだ。エンジニア、プロダクトマネージャー、財務担当者がエッジ向けのAIアプリを構築、運営することを可能にするツールを用意している。すでにアプリの中に何千もの統計モデルや財務モデルを用意しているが、顧客が自社で開発したAIモデルも利用可能で、これらのモデルがエッジデバイス上で利用できるようになるのである。例えば、重機材のリースの利用ケースでは、フォークリフトの傷みなどを画像認識で分析し、リース価格の設定をエッジで行うことなどが可能であるという。そしてハードウェア、ソフトウェアに寄らないAIアルゴリズムの配備を行い、自社のプラットフォームを利用することでアップデートは瞬時にできるとしている。

Stream Analyzeサイト
エッジでの端末・デバイスでのAI分析が可能なことを示す同社のサイト

GAPの小売業界のエッジケーススタディ

 コロナ禍の影響で小売業界は店舗運営やEコマースへの対応も含めて大きく変革している。その対応状況をGAPの店舗テクノロジーエンジニアリングのトップが説明した。同社はGAP、Old Navy、Banana Republicなど6つのファッションブランドで世界3000店舗を展開している。

 数年前からPOSや在庫管理スキャン端末、店内ビデオカメラ、支払い端末などの10万台以上の専門端末の利用からiPhone、iPadを利用してPOSや注文管理、ロイヤリティ管理などの複数機能が利用でき、店員がUIにも馴染みやすいデバイスとクラウドの組み合わせを導入することにしたという。Eコマース対応で店舗からの商品発送やBOPIS(オンライン注文・店舗ピックアップ)などオムニチャネル在庫管理の必要性もあり、早急な対応が求められた。この時点ではエッジは計画に含まれていなかった。

 初期の施策として、まずは店員のフィードバックを得るために最低限のPOSアプリを開発し、テスト的に少数店舗で利用してもらった。結果的にクラウドにつながらない場合にそのPOSアプリが停止してしまい、非常に評価が悪かった。

 そこで店舗にエッジを導入することで対応することにしたという。そして下図のように、クラウドとの間に、エッジサーバーを用意して、間にある通信機器の故障やネットワークの障害がある場合でも、店舗でのデータや情報などを一時的に保存し、復旧とともにクラウドとのデータ共有をすることができる。

GAPの店舗でのエッジ構成。同社プレゼンより(撮影:筆者)

 同社では、製品価格の変更や割引、プロモーションなどを本社側で地域や店舗に合わせて決めている。毎日数回のアップデートがあり、閉店から次の日の開店までには大きくアップデートする必要がある。これらのデータを管理する本社システムをクラウド側に置き、店舗の情報をエッジ側でアップデートするためのPOSシステムを下図のように構築した。米店舗全2500店にこのエッジ・クラウドシステムを3年かけて導入したという。

 エッジサーバー上で製品や価格、プロモーションなどを管理するマイクロサービスと、クラウド上でそれと同じ構成のマイクロサービスを用意し、通信端末の故障やネットワークの問題があった場合に復旧後にデータを同期させる形となっている。これにより、店舗でオンラインショッピングカートに入れた商品を後にEコマースで購買するというような別々のチャネルでの取引をスムーズに行えるようになったという。また、決済システムにはクラウドにリアルタイムで繋がる必要があるが、ネットワークの課題がある場合に、オフラインでの決済をGAP側がリスクをとって行い、後に処理することも行っているという。

GAPのPOSによる取引処理のためのエッジとクラウドのアーキテクチャー。エッジサーバー上のマイクロサービスとクラウド上のマイクロサービスが同じ機能を持つものになっている。同社プレゼンより(撮影:筆者)

 同社では、店内ビデオカメラでの分析もエッジとクラウドを組み合わせて行っている。各店長がそれから得られた情報をすばやく利用し、来店状況に応じた店員構成や店員の配置などを判断しているという。最後にGAP担当者は「エッジを利用することが未来の店舗である」とまとめている。

 IDC別ウィンドウで開きますによると2018年に77%の大手企業がクラウドコンピューティングを利用し、企業の30%のIT予算がクラウドコンピューティングに使われているという。このコストを抑えながら、ネットワーク遅延によりAIアルゴリズムを今まで使えなかった分野や場所で利用するために、エッジコンピューティングが大きな役割を持つことを確認することができたカンファレンスであった。同時にエッジで今まで手に入れられなかったデータを収集できるようになり、それがクラウドでの分析に利用され、結果的にこの2つの市場はさらに伸びることになるだろう。