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どう変わる?バイデン新大統領のテック政策
~独禁法、フェイク規制など厳しさを増すGAFAを取り巻く環境~

 バイデン政権が生まれて約1ヶ月になる。ここ数年でフェイクニュースなどの問題はますます拡大しており、同時に大手テクノロジー企業の影響力は増大している。果たしてバイデン政権のテクノロジー政策はどのようなものになるのか、占ってみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

フェイクニュースとソーシャルメディア

 筆者が明らかなフェイクニュースに触れたのは2016年11月5日のことだ。前回2016年の大統領選挙でドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが競い合っている中、投票の3日前に「ヒラリー・クリントンを調査中のFBIエージェントが自殺」という記事が「Denver Guardian」で公開された。それを妻の高校時代のトランプ支持者・保守派キリスト教徒の友達がFacebook上で共有していたのを見た時である。

 この記事の信憑性はどうなのかと考えながら、「Denver Guardian」の他の記事や「About Us(このサイトについて)」のリンクをクリックすると、そこには「ページが存在しない」というメッセージが出るだけで何も表示されない。そして少し検索して調べると新聞社サイトに見せかけたドメインのDenverGuardian.comはまったくのフェイクニュースサイトであることが分かった。

 実際に存在する新聞社The Denver Post別ウィンドウで開きますは、このドメインが2016年7月に登録されたばかりのもので、記事がフェイクであることを同じ日に記事にしている。後日、このドメインはUSAToday.comなど他の主要ニュースサイトのドメインに似せたフェイクニュースサイトとして、Disinfomediaという企業が運営していることが判明した。20-25人のライターがフェイクニュースを書いており、前述の記事はFacebookで50万回以上共有され、トランプサポーターのフォーラムなども含めて160万回閲覧されていると公共ラジオNPRが伝えた。別ウィンドウで開きます

ニュースなどの事実確認サイトSnopes別ウィンドウで開きますでも、この記事がまったくのフェイクニュースであることを伝えている

 これ以前からも、保守派サイト「Fox News」や極右ニュースサイト「Breitbart」がフェイクニュースを流すことは多くあった(Breitbartは後にトランプ前大統領の選挙の主席戦略官を務めるSteve Bannonが会長で、ヘッジファンドでビリオネアになったMercer親子が投資している)。

 同じくSteve Bannonが役員を務めるイギリスの政治心理作戦コンサルティング企業Cambridge Analyticaが英ケンブリッジ大学のデータサイエンティストを雇い、調査と偽って政治広告心理キャンペーンなどが行われていることも大きく報道されている。

 その手法はFacebookの8000万ユーザーのアカウントデータから心理プロファイルを集め、それを利用して有権者を恐れさせるようなフェイクニュースコンテンツを作成し、FacebookやTwitterで拡散するといったものだ。フェイクニュースやそれを広げるFacebook、Twitterなどのソーシャルメディアが民主主義を壊していくということも議論されてきた。

 そしてトランプ大統領就任以降の4年、このフェイクニュースの傾向はさらに強まっている。彼自身が多くの保守派サイト、極右インフルエンサーからのフェイクニュースや嘘のコメントを共有したり、「新型コロナウイルスがすぐに無くなる」という発言をしたり、移民や人種差別に反対するデモなどに関して期間中3万以上の嘘をつくなど、フェイクニュースを積極的に広めてきた。

 また、保守派フォーラムやソーシャルグループではビル・ゲイツ氏が「コロナワクチンにトラッキングナノデバイスを入れている」、民主党やハリウッド関係者が「子供の血を吸っている」などという陰謀論を信じるQAnon支持者がさまざまななフェイクニュースや極右インフルエンサーコメントを共有するようになっている。

 そしてトランプ前大統領は2020年の選挙戦後、多数の選挙詐欺がありバイデンは勝利していないという、またしても嘘の主張を行った。共和党を含める各州の州務長官が承認した後も結果を受け入れず、トランプ陣営は60ほどの裁判を起こしたが、大規模な選挙不正や詐欺があった証拠をまったく示すことができず、提出された証拠・証人もまったく信頼できないものであり、ほとんどの主張は敗訴か棄却が決まっている。

 だが、今でもトランプ前大統領や共和党支持者は、まったくといってよいほどバイデンの勝利を認めていない。そして、米議会でのデモに集まることを奨励するメッセージがトランプ前大統領からあり、これが米議会襲撃に繋がることになる。

バイデンが合法的に勝利したとは考えていないトランプ・共和党指示者は非常に高い率で存在する

Parlerの登場と米議会の襲撃

 言論の規制をしないことで知られる、保守派・極右向けのTwitterともいえるParlerは2018年に立ち上がり、その後上記Breitbert同様にMercer親子が投資を行っている。TwitterやFacebookは、特に大統領選挙結果についてフェイクニュースが共有されるたびに、その投稿に対して警告を出したり、選挙結果に関する正しい情報を共有するようになり、これをきっかけに大統領選挙開票後、トランプ支持者のParlerや他の保守派ソーシャルサイトへの移行が進んだ。

Facebook、Twitterはバイデンの勝利を示す情報を共有

 元々議論を管理するモデレートが厳しくないParlerや音声通信プラットフォームなどを利用し、選挙結果に満足しないトランプ支持者がトランプ前大統領の指示にしたがって米議会デモに集まり、襲撃を行ったのである。

 アメリカでは言論の自由は保障されているが、暴力を起こすような言論は当然のことながら認められない。トランプ前大統領のTwitterアカウント、Facebookアカウントはすぐに停止となり、続いてApp Store、Google PlayなどがParlerアプリを削除、ダウンロードできなくした。さらに、Parlerは暴力を引き起こす言論に対しての警告を何度も無視し、ホスティングしていたクラウドサービスAmazon Web Services(AWS)からも、規約違反としてサービスを停止された。

 そしてQAnonや白人至上主義者のコンテンツを管理することでAWSに戻ることを考えた同社CEOは、Mercerを含める役員会から解雇されてしまった。また、課金・Eコマースプラットフォームなどもトランプ支持キャンペーンへの寄付やグッズ販売などの課金処理を止めている。

米議会によるバイデン勝利の認証を止めるために議会に乱入するトランプ支持者。トランプ支持や白人至上主義、キリスト教支持の旗を掲げ、軍隊式の防護服を着た者や武器を持った者も多数おり、この後、230人以上が逮捕されている(クレジット:AFP=時事)
AWSから削除されて1ヶ月、Parlerのサイトは2月半ばに復活した。言論の自由を守るというメッセージは含まれているが、App Store、Google Playには公開されていない。写真は同サイトより

GAFA影響力の議論が高まる

 だが、この件でTwitterやFacebook、YouTube(Google傘下)、Apple、クラウドサービスを持つAmazon、Microsoft、Google、課金プラットフォームなどの影響力についての議論が高まっている。元々ソーシャルメディア上では、保守派からは大手テクノロジー企業が言論を規制しすぎているという意見があり、リベラル派からは逆にフェイクニュースへの規制が足りないために民主主義を壊すことになるという議論がされてきた。

 同時にGAFAなどの企業に対して独占禁止法が厳しく適用されず、スタートアップ企業が生み出すイノベーションを潰しているという議論もされている。さらに、大手テクノロジー企業が消費者・ユーザーのデータを大量に集めることによる、プライバシー問題への懸念や、データの占有によるスタートアップの阻害、それらのデータを利用した新たなサービスを開発することについての是非なども批判の対象となっている。

 これらに加えて今回、一企業が言論や、大統領や国、州などの政治家のメッセージを止めてよいのか、誰のアカウントを止めて、何を言うことを規制すべきか、それらの企業は誰によって所有されているのか、誰から影響を受けて言論の良し悪しを判断しているのかを明確にする必要がある、などの議論が高まっている。

GAFAへの独占禁止法裁判

 同時に大手テクノロジー企業に対しての独占禁止法訴訟がアメリカでも起こり始めている。背景には、GoogleやFacebookのデジタル広告を購買していた広告会社の幹部Dina Srinivasan氏がその後、イエール大学の法学部に進み、そこでFacebookが収集したデータを独占的に利用して超過利潤を得ていること、Googleがデジタル広告でマーケットプレイスとメディアを同時に運営することは、金融業界の株式市場では禁止されていることを指摘した論文を発表したからである。この論文の議論がアメリカの議員や規制当局、州政府の両社に対する独占禁止法違反の訴訟の理由に使われているのである。

 Googleは現在、米司法省と38州の州法務長官から検索の独占禁止法違反で訴えられており、テキサス州法務長官からはデジタル広告での違反で訴えられている。Facebookも米公正取引委員会と46州の州法務長官からWhatsApp、Instagramの企業買収で訴えられている。

 これは、国や州政府だけの問題ではない。Appleも同社のApp StoreはAppleだけが運営する独占状況にあり、昨年8月にオンラインゲーム「フォートナイト」を運営するEpic Gamesは同社が自由にアプリ内で課金できないことに対して独占禁止法違反で訴えている。またFacebookは今後AppleのiOS14で提供されるアプリでユーザーからのデータ収集がオプトインになることに反対し、同様に訴えを起こすことを検討していると報じられている。

バイデン政権は大手テクノロジー企業に対して厳しく規制していくことが予測される(クレジット:EPA=時事)

バイデン大統領のテック政策

 さて、それではこれらの状況に対応するために、バイデン新政権のテクノロジー政策はどのようなものになっていくのだろうか。

 まず、バイデンの右腕であるハリス副大統領はカリフォルニア州法務長官時代、その後の上院議員時代に、州のオンラインやApp Storeのユーザープライバシーのガイドラインを提示したり、Facebook CEOの公聴会での質問で前面に立ったりなど、テクノロジーとプライバシーの問題について最も詳しい米政治家の一人と考えられている。

 カリフォルニア州のプライバシー規制(CCPA・CPRA)や他の州で法制化が進められているような規制を元に、彼女の活躍により、全米規模で展開される可能性が高くなっている。この分野は民主党・共和党の両者の関心が高く、企業側でも各州での個別対応よりも統一した全米での対応を求めているため法制化が速くなる可能性は高い。

 Facebook、Twitter、Instagram、TikTok、YouTubeを含めたソーシャルメディアなどのプラットフォームへの政策では、コンテンツや議論の管理の責任が強く問われていくと考えられる。バイデンは大統領選挙前からフェイクニュースや嘘のメッセージを含めた広告キャンペーンの管理をFacebookなどが偽や嘘と分かっていながら対処していないことや、ロシアからの政治キャンペーンをそのまま配信していたことを指摘している。

 1996年に成立したインターネットでの暴力やテロリズム、性的コンテンツなどを規制する米通信品位法230条がいま特に注目されている。これはプラットフォーム企業が誠意を持ってコンテンツや議論の管理などをすることで、ユーザーを含めた第3者のコンテンツに対する責任を免除するという条項である。

 この条項を無効、または改正することで、プラットフォームへの損害賠償を問う訴訟や捜査が行われやすくなることが予想されるが、共和党側はまったく別の言論の自由を拡大し、企業が管理できないようにすべきという観点からこの230条改正に賛成している。無効、改正になれば、おそらくフェイクニュースなどを減らすことに貢献すると考えられるが、同時に大掛かりなコンテンツや議論管理テクノロジーを持てないスタートアップ企業に不利になる可能性も出てくる。

 大手テクノロジーの市場独占状況については、上記の通りすでに数々の訴訟が起こっており、これから数年をかけて進行していくことになる。バイデン政権では今まで強制力が弱まっていた米公正取引委員会の予算を増やしたり、業界シェアのデータ収集能力を高めることで強制力の強化や企業買収の是非などの検討をさらに厳しくする可能性がある。さらに、競合からの独占を強化する買収への訴えに対して、今は仲裁がまず行われる形となっているが、すぐに訴訟ができる形にすることでスタートアップ企業でも対抗できる状況を作ることも考えられる。すでにヨーロッパ連合(EU)はこの件についてバイデン政権と協力をしたいという意思を示しており、グローバルでの対応も長期的には考えられる。

 最後に、中国テクノロジー企業の5G機器、HuawaiやTikTok、WeChatなどへの対応であるが、多くは中国政府によるアメリカ人のデータ監視などに焦点を当てた対応がなされると考えられている。さらに、バイデン政権の国家安全保障会議のテクノロジー分野の担当は、AIなど新規テクノロジー市場での地政学の専門家で、特に中国の状況に詳しく、未来のAI政策を他の民主主義国と協力をしながら行っていくべきという白書を出しており、EUや日本との協力が期待される。

 バイデン新政権は、まず新型コロナウイルスとその経済対策に非常に力を入れており、その後にも医療、移民対策や選挙運営、米政府のサイバーセキュリティなど課題を多く抱えているが、かなりの速度で次々と対応政策を発表しており、テクノロジー政策への対応も進んでいくのではないかと考えられる。グローバルな状況にも大きな影響を与えるものが多く、日本政府も協力する部分が大きいのではないだろうか。